2019-03-13 東北大学 産学連携機構,科学技術振興機構(JST)
ポイント
- 胃酸発電でエネルギーを獲得する錠剤サイズの「飲む体温計」を開発し、動物適用実験にてコンセプトの実証に成功しました。
- 本センサーは、有害なボタン電池を用いていないので、高い安全性を実現できます。また、小さいので、滞留なく体外に排出されることが期待できます。
- 真の基礎体温(安静時の深部体温)や体内時計を日常的に測定、管理することにより、病気の早期発見や健康増進につながることが期待されます。
東北大学 イノベーション戦略推進センターの中村 力 特任教授、マイクロシステム融合研究開発センターの宮口 裕 助手、工学研究科の吉田 慎哉 特任准教授らの研究グループは、胃酸発電で動作する錠剤サイズの「飲む体温計」を開発し、このたび動物適用実験に成功しました。
安静時の基礎体温、深部体温やそのリズム(体内時計)は、健康状態を把握するための重要な指標の1つです。これらは一般的な体温計では測定が難しく、また誤差が大きいです。温度センサーを肛門に挿して直腸温を測定する方法は、正確かつ比較的容易に深部体温を測定できますが、これを日常的に行うことは困難です。
そこで研究グループは、胃酸発電でエネルギーを獲得する飲み込み型センサーを開発しました。胃の中でセンサーに貯めたエネルギーを腸内でも使用することで、深部体温を継続的にモニタリングすることができます。有害なボタン電池を搭載していないので安全です。また、錠剤サイズにまで小さくすることで、滞留せずに確実に体外に排出されることが期待できます。今回、試作したセンサーを動物に服用させて動作検証をしました。その結果、発電、測温、通信というシステム全体の動作を確認することで、コンセプトの実証に成功しました。
本成果は、2019年3月12日~14日に開催される2019 IEEE 1st Global Conference on Life Sciences and Technologies(LifeTech)にて発表されます。
本研究は、科学技術振興機構(JST)の研究成果展開事業「センター・オブ・イノベーション(COI)プログラム」の支援によって行われました。
睡眠中の基礎体温、深部体温やそのリズム(体内時計)は、健康状態を把握するための重要な指標の1つと考えられています。例えば、うつ病患者は、睡眠時の深部体温が、健康な人と比較して高いことが報告されています。また、深部体温リズムは体内時計の指標の1つであり、これが睡眠覚醒リズムや社会的時間とずれると、睡眠障害やさまざまな疾病リスクを上昇させることが報告されています。これらを日常的にモニタリングできれば、病気の早期診断や健康増進につなげることができます。
一般的な体温計ではこれらを正確に測定することは容易ではありません。例えば、体表温度計は、環境温度や皮膚との接触状態によって測定誤差が生じてしまいます。センサーを貼り付け続けなければならないという煩わしさもあります。温度センサーを肛門に挿して直腸温を測定する方法は、正確かつ比較的容易に深部体温を測定できます。しかし、センサー挿入時に誤って腸壁を傷付ける恐れもありますし、これを日常的に行うことは困難です。
そこで、研究グループは、胃酸発電でエネルギーを獲得する「飲む体温計」を開発しました。今回、試作した錠剤型センサーの外形寸法は、直径が約9mm、厚み約7mmです(図1)。胃酸電池の電極となるMg(マグネシウム)とPt(プラチナ)金属板以外は樹脂に覆われており、樹脂内部には、温度センサー、マイコン、カスタム集積回路、通信用コイル、積層セラミックコンデンサーなどが実装されています。センサーが飲み込まれ、胃酸電池電極部に胃酸が接触すると、レモン電池と同様の原理で発電し、センサーが胃を通過する前に、発電エネルギーで昇圧回路を動かし、高い電圧でコンデンサーに充電してしまいます。そして、この充電エネルギーを用いることで、例えば30分に1回程度の頻度で腸内温度を測定し、体外の受信器へデータを送ります。体外への通信は、体内吸収の極めて少ない約10MHzの周波数帯での近距離磁気誘導方式を採用しました。このセンサーは、通常であれば24時間以内に体外に排出され、下水処理場での沈殿工程で回収、廃棄されることを想定しています。
動物適用実験では、試作したセンサーをイヌに服用させて胃の中に滞在させ、センサーシステムの動作を検証しました。その結果、市販のループアンテナを用いることで、イヌの体内温度の測定に成功しました(図2)。また、実験に使用されたセンサーは、滞留することなく翌日に自然に体外に排出されました。体内のセンサーと外部アンテナは50cm離しても十分に通信させることができました。受信器を改良することで、さらに通信距離を延ばすことは可能であると考えられます。
例えば、受信アンテナをベッドの脇、もしくは下に内蔵しておき、ユーザーが就寝前にセンサーを服用しておけば、就寝中の深部体温データを収集できます(図3)。これにより、真の基礎体温や体内時計の位相のずれなどを、容易かつ「さりげなく」測定できます。運動中のデータ収集には、ベルトや腕時計タイプの受信器を用いることを想定しています。将来的には、個人が普段使いできるように、安価な部品や実装技術を用いることで、原価を100円以下に抑えることを目指しています。今後は、ヒトへの適用試験を目指し、システムの最適化と動物実験を重ねていく予定です。
図1 試作した胃酸発電で駆動する「飲む体温計」
左)センサーと一円玉との比較写真。
右)センサーの断面概略図。
図2 センサーの動物適用実験
左)服用させたセンサーからの測温データの受信。イヌの体表とアンテナとの距離は10~20cm。体内の測定温度は38.9℃であると液晶画面に示されている。
右)センサー服用後のイヌのX線コンピューター断層撮影(CT)像。センサーが体内にあることを証明。
図3 想定されるユースシーンの一例
左)就寝中の深部体温の測定。データは蓄積されてビッグデータ化される。
右)測定データと深部体温の概日リズム変動の概念図。通常であれば、早朝に深部体温の最低温度が観察される。これを真の基礎体温とみなすことができる。
“Proof of Concept for Tablet-Shaped Ingestible Core-Body Thermometer with Gastric Acid Battery”
2019 IEEE 1st Global Conference on Life Sciences and Technologies (LifeTech)
中村 力(ナカムラ ツトム)
東北大学 産学連携機構 イノベーション戦略推進センター 特任教授
吉田 慎哉(ヨシダ シンヤ)
東北大学 大学院工学研究科 特任准教授
科学技術振興機構 イノベーション拠点推進部 COIグループ
東北大学 産学連携機構 イノベーション戦略推進センター 事務支援室
科学技術振興機構 広報課