統合失調症における社会機能障害への大脳皮質下領域の関与を発見

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2018-01-19 東京大学,大阪大学,日本医療研究開発機構

発表者

越山 太輔(東京大学大学院医学系研究科精神医学分野 博士課程3年生)
笠井 清登(東京大学大学院医学系研究科精神医学分野 教授)
橋本 亮太(大阪大学大学院連合小児発達学研究科 准教授)

発表のポイント

  • 統合失調症をもつ人にみられる社会機能障害に、大脳皮質下領域(注1)における神経回路のかなめである視床(注2、図1)の体積異常が関与することを世界で初めて発見しました。
  • これまでに統合失調症をもつ人で視床の体積低下がみられること、視床に脳梗塞が起きた人で社会認知機能が低下することは知られていましたが、統合失調症における視床と社会機能との関連性は明らかでありませんでした。
  • 本研究成果は、視床を中心とする神経回路の機能不全が統合失調症の社会機能障害に影響することを示唆しており、統合失調症の病態解明や新たな治療法開発の契機となることが期待されます。

発表概要

東京大学大学院医学系研究科精神医学分野の越山太輔大学院生、笠井清登教授、大阪大学大学院連合小児発達学研究科の橋本亮太准教授らの研究グループは、磁気共鳴画像法(MRI, 注3)を用いた研究により、統合失調症において、大脳皮質下領域に存在する視床の体積が健常者に比べて小さいという既知の報告を再現するとともに、統合失調症の社会機能障害に、大脳皮質下領域における神経回路のかなめである視床の体積異常が関与することを新たに見出しました。

本研究の結果は、統合失調症を持つ当事者にとって社会生活の支障となっている社会認知機能(社会通念や文脈の理解)や日常生活技能(金銭出納やコミュニケーション能力)の障害の基盤として、視床を中心とする神経回路の機能不全が重要であることを示した初めての報告です。これにより、統合失調症の病態解明の一助となるとともに、統合失調症の社会生活機能リハビリテーション法の開発に貢献すると考えられます。

本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)「革新的技術による脳機能ネットワークの全容解明プロジェクト」や文部科学省科学研究費補助金などの支援により行われました。

発表内容

(1)研究背景

統合失調症は生涯に約100人に1人が発症する精神疾患です。思春期や青年期に発症することが多く、幻聴や妄想、意欲の低下や気分の落ち込み、認知機能の障害などがみられます。また社会的機能の低下を生じ、働くことが困難となるケースも多くみられます。統合失調症において認知・社会機能障害は日々の生活に大きな支障をきたしますが、その病態は未だに明らかになっていません。近年の統合失調症の脳構造に関する研究では、健常者との比較で、前頭前野(注4)などの前頭葉や側頭葉を中心とした大脳皮質の体積減少、海馬、扁桃体、視床、側坐核などの大脳皮質下領域の体積減少が報告されてきました。大脳皮質下領域は、運動制御や注意・感情といった原始的な機能のみならず、前頭前野と連携して抑制の制御や作業記憶といった高次の機能にも関与する、重要な脳部位です。実際に、視床に脳梗塞が起きた人で社会認知機能が低下することがこれまでにも知られていました。しかしながら、統合失調症において前頭前野などの大脳皮質体積と認知・社会機能との関連についてはすでに報告があるものの、視床や側坐核などの大脳皮質下領域の体積と認知・社会機能との関連は、報告が少なく十分に明らかになっていませんでした。

(2)研究内容

そこで本研究では、統合失調症における認知・社会機能障害と大脳皮質下体積との関連を網羅的に観察する研究を行いました。参加者は統合失調症患者163名と健常者620名です。構造MRI画像を用いてFreeSurferという解析ツールにより大脳皮質下領域である海馬、側坐核、視床、扁桃体、尾状核、被殻、淡蒼球の左右それぞれ14部位の体積を算出しました。得られた体積値と、年齢、性別、頭蓋内容積、MRI機種により影響を受ける体積の差をとり、補正後体積を算出しました。認知機能および社会認知機能の測定にはウェクスラー成人知能検査WAIS-III, (注5)を用い、日常生活技能の測定には簡略版UCSD日常生活技能簡易評価尺度UPSA-B, (注6)を用いました。補正後体積値とWAIS-IIIにより得られる知能指数(IQ)とその下位検査評価点およびUPSA-Bの下位項目の評価得点との相関を観察しました。

統合失調症における両側の海馬、扁桃体、視床、側坐核の補正後体積値は健常者と比べて有意に低下していました。また、統合失調症における右側の尾状核、両側の被殻、両側の淡蒼球の補正後体積値は健常者と比べて有意に上昇していました。WAIS-IIIのIQ、下位検査の評価点およびUPSA-Bの評価得点すべてが健常者に比べて統合失調症で低い結果となりました。認知機能については、統合失調症で特に評価点が低かった符号課題の評価点(WAIS-III)と右側坐核の体積値が正の相関を認めました。さらに、社会認知機能を反映する理解課題(社会通念の理解)および絵画配列課題(文脈の理解)の評価点(WAIS-III)や、日常生活技能を反映するUPSA-Bの合計得点(金銭出納やコミュニケーション能力)が右視床体積値と有意な正の相関を示しました(図2)。健常者ではいずれも有意な相関を認めませんでした。

(3)考察・社会的意義

本研究により、これまでに知られていた統合失調症での海馬、扁桃体、視床、側坐核の体積の減少が再現されるとともに、視床や側坐核などの皮質下体積が認知・社会機能障害に関連することが示されました。理解課題および絵画配列課題の評価点、およびUPSA-Bの検査得点といった社会機能をよく反映する指標が右視床体積値と相関したという所見は、脳内のさまざまな神経回路のかなめとなっている視床の異常が前頭葉と視床間の神経回路に異常をもたらし、統合失調症の社会機能低下に関連している可能性を示しており、統合失調症の病態解明の一助となることが期待されます。さらに、統合失調症の社会生活機能障害のリハビリテーション法の開発に科学的理論をあたえ、精神疾患の新たな治療法の開発に貢献すると考えられます。

発表雑誌

雑誌名:
Scientific Reports(オンライン版:1月19日)
論文タイトル:
Role of subcortical structures on cognitive and social function in schizophrenia
著者:
Daisuke Koshiyama, Masaki Fukunaga, Naohiro Okada, Fumio Yamashita, Hidenaga Yamamori, Yuka Yasuda, Michiko Fujimoto, Kazutaka Ohi, Haruo Fujino, Yoshiyuki Watanabe, Kiyoto Kasai*, Ryota Hashimoto
DOI番号:
10.1038/s41598-017-18950-2
アブストラクトURL:
https://www.nature.com/articles/s41598-017-18950-2

問い合わせ先

研究に関する問い合わせ先

東京大学大学院医学系研究科精神医学分野
教授 笠井 清登(かさい きよと)

大阪大学大学院連合小児発達学研究科
准教授 橋本 亮太(はしもと りょうた)

広報担当者連絡先

東京大学医学部附属病院 パブリック・リレーションセンター
担当:渡部、小岩井

大阪大学連合小児発達学研究科事務室
担当:西ノ上

AMED 事業に関する問い合わせ先

日本医療研究開発機構 戦略推進部 脳と心の研究課

用語解説

(注1)大脳皮質下領域
大脳の深部にある領域で、海馬、扁桃体、視床、側坐核、尾状核、被殻、淡蒼球などが含まれ、系統発生的に古いとされる構造物です。運動機能や記憶・情動・意欲などに関与するとされています。
(注2)視床
大脳皮質下領域にある構造物の一つで、嗅覚以外の感覚入力(視覚、聴覚、体性感覚など)を大脳皮質へ中継する役割を担うとされています。
(注3)MRI
Magnetic Resonance Imaging の略で、核磁気共鳴画像法と言います。磁気を利用して体内を撮像し、放射線被曝がなく安全な検査装置であり、医療現場で広く利用されています。脳の特定の部位の体積などの値を求めるための構造画像と、脳の機能的活動をとらえる機能画像とに大別されます。
(注4)前頭前野
ヒトで最も発達した脳領域である大脳皮質の一部であり、実行機能や意思決定等の多彩な機能に関係します。
(注5)ウェクスラー成人知能検査(WAIS-III)
成人の知能(IQ)を測るために臨床や研究で用いられる一般的な検査です。14の下位検査から構成されており、下位検査のうち理解課題および絵画配列課題は社会認知機能をよく反映するとされています。
(注6)簡略版UCSD日常生活技能簡易評価尺度(UPSA-B)
ロールプレイにより日常生活技能を測定する検査で、金銭管理技能とコミュニケーション技能課題から構成されています。

添付資料

図1. 大脳皮質下領域構造のMRI水平断面図

図2. 統合失調症において右視床体積と社会機能指標(WAIS-IIIの下位検査)との間に有意な相関がみられています。*p< 1.8 × 10-3を有意と設定しました。rはPeasonの相関係数を示します。

 

 

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