セプチンによる細胞内区画化機構などを解明
2019-04-26 理化学研究所
要旨
理化学研究所(理研)脳神経科学研究センタータンパク質構造疾患研究チームの田中元雅チームリーダーと杉山伸樹研究パートタイマーⅠ(研究当時:研修生、東京工業大学博士後期課程、日本学術振興会特別研究員)の研究チームは、出芽酵母の細胞が分裂する際のタンパク質分配の偏りを網羅的に解析することで、細胞骨格のセプチン[1]による細胞表面の区画化の機構などを明らかにしました。
本研究成果は、細胞表面の区画化についての基礎的な理解を深めるとともに、抗真菌剤の開発などに貢献すると期待できます。
細胞内で特定部分に偏って分布するタンパク質は、その局在により細胞の形態形成、細胞老化などを制御するとともに、がんや神経疾患、真菌症などへの関与が報告されています。しかし、このようなタンパク質の分配の機構や機能はよく分かっていませんでした。
今回、研究チームは、出芽酵母が分裂する際の母細胞と芽(突起)との間における、タンパク質の分配を網羅的に解析し、不均等に分配されるタンパク質に共通した特徴を発見しました。その情報をもとに、セプチンによる小胞体[2]-細胞膜接触部位のタンパク質の不均等な分配は、従来の仮説と異なり、細胞膜結合小胞体[2]の分断によって引き起こされることを明らかにしました。また、タンパク質の分泌に関わるSso1タンパク質の分配が、栄養を探すための細胞伸長を促進し、さらに抗真菌剤のターゲットでもある細胞壁に異常を引き起こす薬剤への耐性を高めていることを明らかにしました。
本研究は、米国の科学雑誌『Proceedings of the National Academy of Science of the United States of America』のオンライン版(4月11日付け:日本時間4月12日)に掲載されました。
図 出芽酵母の分裂時に、セプチン(緑)によって分断された小胞体(赤)
※研究支援
本研究は、日本学術振興会(JSPS)特別研究員制度DC1、同科学研究費補助金新学術領域研究「新生鎖の生物学(領域代表者:田口英樹)」などによる支援を受けて行われました。
背景
タンパク質は細胞内で一様に分布するのではなく、ある特定の部分に偏って分布する場合があります。そのような分布の偏りは、細胞の形態形成、細胞老化、分化・発生などさまざまな生命現象を制御するとともに、がんや神経疾患、真菌症など多様な疾患への関与が報告されています。しかし、タンパク質分布の偏りを引き起こす機構やその機能には、明らかになっていない点が多くあります。
例えば細胞骨格のセプチンは、膜タンパク質[3]の分布の偏りを維持する機能を持つことが知られています。その機構について、セプチンが膜タンパク質の拡散を局所的に制限することで、膜タンパク質の分布を制御するという仮説が立てられていますが、それを裏付ける十分な証拠はありませんでした。
このようにタンパク質分布の偏りの理解が不十分な要因の一つに、分布が偏っているタンパク質にどのような特徴があるのかほとんど明らかになっていない点が挙げられます。そこで研究チームは、タンパク質分布の偏りを網羅的に解析し、偏って分布するタンパク質に共通した特徴を見つけることで、その機構や機能についての新たな知見が得られるのではないかと考えました。
研究手法と成果
出芽酵母は、母細胞から芽(突起)が生じ、その芽が大きくなることで新たな細胞(娘細胞)になるという特徴的な細胞分裂を行います。この分裂の際には、母細胞と芽の間でさまざまなタンパク質が不均等に分配されることが報告されており、また母細胞と娘細胞を蛍光標識などによって容易に区別できます。これらの理由から、出芽酵母はタンパク質分布の偏りを研究する上で有用なモデル生物です。
研究チームは、さまざまな生命現象に関わることが知られている、以前の細胞周期[4]で合成された既存タンパク質の母細胞と芽への分配に注目しました。まず、蛍光標識による母細胞と娘細胞の分画や、質量分析によるタンパク質の網羅的な定量法などを組み合わせることで、既存タンパク質の母・娘細胞への分配を網羅的に解析するプロテオーム解析法(セグレゲイトーム解析法[5])を開発しました。この手法によって、母細胞に偏って分配される既存タンパク質を、新しい候補36種を含む56種同定することができました。これらのタンパク質には、細胞表面のタンパク質が多く含まれていました。
そこで、細胞表面を細胞壁、細胞膜、細胞膜に結合している小胞体(細胞膜結合小胞体)の三つのカテゴリに分け、さらにタンパク質の膜貫通ドメイン(領域)の有無などを解析しました。その結果、小胞体の膜貫通ドメインのみを持つタンパク質、あるいは細胞膜結合ドメインのみを持つタンパク質は均等に分配されるのに対し、それら両方のドメインを持つ小胞体-細胞膜接触部位のタンパク質は不均等に分配されることが明らかになりました。
次に、小胞体-細胞膜接触部位のタンパク質が局在する細胞膜結合小胞体の形態を蛍光顕微鏡で観察したところ、これらの小胞体がセプチンによって、母細胞と芽の間のくびれで分断されていることが分かりました(図1上)。従来、セプチンは細胞膜や小胞体膜のタンパク質の拡散を制限する拡散障壁[6]として働くとされていましたが、実際には細胞膜結合小胞体を分断することによって、母細胞と芽の間でのタンパク質の動きを制限していることが明らかになりました(図1下)。
プロテオーム解析では、細胞膜貫通タンパク質であるSso1が均等に、Sso1と同じ機能を持つSso2は不均等に分配されることが明らかになりました。
そこで、Sso1が均等に分配される仕組みを蛍光顕微鏡で調べたところ、母細胞の細胞膜にある一部のSso1がエンドサイトーシス[7]により細胞内に取り込まれ、分解されずに芽に運ばれてリサイクルされていました。それによって、一部のSso1が芽に移動し、一部のSso1が母細胞に留まることで、均等に分配されることが明らかになりました。
次に、Sso1の芽への移動にどのような役割があるかを調べました。出芽酵母は、窒素飢餓時に偽菌糸と呼ばれる形態をとります。偽菌糸は芽を長く伸ばし、さらに培地の中に潜り込むことで、栄養が豊富な場所を探すことが知られています。この偽菌糸形成時の芽の伸長を測定したところ、Sso1を欠失した株では、野生型株に比べて芽が短くなることが明らかになりました。また、Sso1と同じ機能を持つSso2を強制的に芽に移動させた場合には、偽菌糸形成時の芽の伸長が促進されることが分かりました。Sso1とSso2は、分泌小胞[8]と細胞膜の融合を引き起こすSNAREタンパク質[9]で、タンパク質などの分泌に不可欠です。細胞が成長する際には、細胞壁を再構築するためのタンパク質を細胞膜の外側に分泌する必要があります。従って、Sso1を芽へ輸送することで、出芽酵母が芽先端でのタンパク質分泌の効率を向上させ、芽の伸長を促進していると考えられます(図2)。
さらに、Sso1のエンドサイトーシスは、細胞壁に異常を引き起こすカルコフロールホワイト[10]やコンゴーレッド[10]に対する耐性を高めていることが分かり、Sso1の分配がさまざまな生命現象に関わることが明らかになりました。
今後の期待
今回、新たに開発したセグレゲイトーム解析法を用いて、不均等に分配される多数のタンパク質を同定することに成功しました。
そして、この解析結果をもとに、セプチンが細胞膜結合小胞体を不連続にすることで、小胞体-細胞膜接触部位を区画化していることを明らかにしました。セプチンはヒトを含む動物にも存在しており、今回発見した機構がさまざまな生物種で小胞体-細胞膜接触部位の場を制御していることが予想されます。小胞体-細胞膜接触部位のタンパク質は、記憶の形成や、免疫細胞の活性化、筋収縮などへの関与が報告されているため、それらの研究への波及が期待できます。
さらに、Sso1の母細胞から芽への移動が偽菌糸形成時の細胞伸長を促進することを発見しました。Sso1やSso2と同様の機能を持ったタンパク質はヒトを含む真核生物に広く保存されており、今回発見した細胞伸長の促進機構は出芽酵母以外の種でも、細胞の伸長や形態制御に関わる可能性があります。また、細胞壁はヒトの細胞には存在しないために、抗真菌剤の重要なターゲットの一つです。Sso1の分配が細胞壁異常への耐性を高めるという発見は、新たな抗真菌剤の開発につながる可能性があります。
原論文情報
Shinju Sugiyama and Motomasa Tanaka, “Distinct segregation patterns of yeast cell-peripheral proteins uncovered by a method for protein segregatome analysis”, Proceedings of the National Academy of Science of the United States of America, 10.1073/pnas.1819715116
発表者
理化学研究所
脳神経科学研究センター タンパク質構造疾患研究チーム
チームリーダー 田中 元雅(たなか もとまさ)
研究パートタイマーⅠ 杉山 伸樹(すぎやま しんじゅ)
(研究当時:研修生、東京工業大学博士後期課程、日本学術振興会特別研究員)
報道担当
理化学研究所 広報室 報道担当
補足説明
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- セプチン
- 湾曲した生体膜に結合する細胞骨格。細胞の形態を制御するとともに、さまざまなタンパク質の足場として働く。
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- 小胞体、細胞膜結合小胞体
- 細胞小器官の一つで、膜タンパク質、分泌タンパク質、脂質が合成される場。そのうち細胞膜結合小胞体は、細胞膜に結合している小胞体で、細胞膜と細胞膜結合小胞体膜の間で脂質が移動する。
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- 膜タンパク質
- 細胞膜や小胞体膜などの生体膜を構成しているタンパク質で、細胞外のシグナルを捕える受容体、細胞膜を介して物質の出入を担うチャネルやポンプ、細胞同士の結合に関わる接着分子などがあり、生命活動に重要な役割を果たす。疾病に関連しているものも多く、創薬の重要なターゲットとされる。
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- 細胞周期
- 細胞は、染色体の複製、染色体の分配、細胞の分裂を順に行うことで増殖する。この細胞が増殖する際の周期を細胞周期と呼ぶ。
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- プロテオーム解析法、セグレゲイトーム解析法
- 特定の状態にある細胞や組織、個体に着目し、それらで発現しているタンパク質の全て(プロテオーム)を明らかにする研究手法。セグレゲイトーム解析法は、プロテオーム解析の手法を応用することで、タンパク質の分配を網羅的に解析する手法。
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- 拡散障壁
- 細胞膜は流れ動く構造をしており、膜にある分子はその中を浮遊し移動することができる。 このため膜にある分子は、混じりあって膜全体に均一に分布してしまう傾向がある。拡散障壁はこの分子の移動をブロックし、一定の場所に特定の分子が集まった状態を維持する。
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- エンドサイトーシス
- 細胞が細胞外の物質(低分子やタンパク質など)を細胞膜で取り囲み、細胞質内に取り込む作用のこと。同時に細胞膜のタンパク質や脂質も取り込まれる。
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- 分泌小胞
- 小胞体で合成されたタンパク質や脂質などを含んだ小胞の一つ。細胞膜に分泌小胞膜が融合することで、積み荷タンパク質を細胞外や細胞膜に届ける。
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- SNAREタンパク質
- 生体膜の融合を引き起こすタンパク質群。分泌やオートファジーの際の小胞を介した生体分子の輸送などに必要となる。
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- カルコフロールホワイト、コンゴーレッド
- 細胞壁に含まれる多糖のキチンに結合し、細胞壁の構造を変化させる薬剤。
図1 セプチンによる細胞膜結合小胞体の分断
上: 野生型とセプチン欠損変異体での小胞体(赤)の形態。野生型では、小胞体がセプチン(緑)によって、母細胞と芽の間のくびれで分断されるが、セプチン変異体では、小胞体が分断されていない。
下: セプチン(緑)が細胞膜結合小胞体を分断することで、小胞体-細胞膜接触部位タンパク質(オレンジ)が母細胞と芽の間で動くことを制限していると考えられる。
図2 Sso1タンパク質の芽への移動による細胞伸長促進モデル
Sso1タンパク質はエンドサイトーシスによって細胞内部に取り込まれた後、リサイクルされて芽に移動する。これによって、芽での分泌の効率が上昇し、細胞壁の再構築が活発になることで、細胞伸長が促進される。