iPS細胞を用いて筋萎縮性側索硬化症の新規病態を発見

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早期治療標的への応用に期待

2019-07-02 東北大学大学院医学系研究科, 東北大学東北メディカル・メガバンク機構, 東北大学病院,慶應義塾大学医学部,日本医療研究開発機構

発表のポイント
  • 筋萎縮性側索硬化症(ALS)患者より樹立したiPS細胞注1から運動ニューロンを作製し、その運動ニューロンの軸索の形態が異常となることを発見した。
  • マイクロ流体デバイス注2とRNAシーケンス注3を組み合わせ、軸索形態異常の原因としてFos-B注4遺伝子を同定した。
  • 本研究によりALSの早期治療標的となり得る新たな病態が見出された。
研究概要

東北大学東北メディカル・メガバンク機構の秋山 徹也(あきやま てつや)助教、東北大学大学院医学系研究科神経内科学分野の鈴木 直輝(すずき なおき)助教、割田 仁(わりた ひとし)院内講師、青木 正志(あおき まさし)教授、慶應義塾大学医学部生理学教室の岡野 栄之(おかの ひでゆき)教授らの研究グループは、ALS患者由来のiPS細胞を用いてALS運動ニューロンの新たな病態を発見しました。

国の指定難病となっているALSは、全身の運動ニューロンが変性する疾患で、手足の筋肉や呼吸に必要な筋肉がだんだん衰えていく病気です。重篤になると車椅子や人工呼吸器が必要となる場合があります。ALS患者の運動ニューロンでは、ニューロンの細胞体から筋肉へ伸びる「軸索」と呼ばれる突起構造が早期に障害されることが知られています。今回、研究グループは、ALSの原因の一つであるFUS遺伝子に変異を持つiPS細胞から運動ニューロンを作製し、その運動ニューロンの軸索が異常な形態を示すことを発見しました。さらに、新規マイクロ流体デバイスとRNAシーケンスを組み合わせ、運動ニューロンの軸索形態異常にFos-B遺伝子が中心的な役割を担っていることを見出しました。軸索形態異常はALSの神経変性より先に生じていることから、Fos-Bが早期治療標的となることが期待されます。

本研究成果は日本時間2019年6月29日付け(日本時間)で、オープンアクセス学術誌「EBioMedicine」に掲載されました。本研究は国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)などの支援を受けて行われました。

研究内容

筋萎縮性側索硬化症(ALS)は、運動ニューロンの障害を特徴とする神経変性疾患です。ALSのうち約10%が家族性(遺伝性)で20以上の原因遺伝子が発見されていますが、病態は未解明で未だ根本的治療法はありません。ALSでは、神経細胞に特徴的な構造である「軸索」が、ALSの運動ニューロン変性の初期に障害されるため、軸索異常が病態解明の糸口として注目されてきましたが、実験に十分な量の軸索を集めることが難しく研究が困難でした。近年の人工多能性幹細胞(iPS細胞)の発見は、ALS患者から病変組織の検体を取ることが困難であった神経変性疾患研究のブレークスルーとなり、病態解明のための研究手法として確立されつつあります。

今回、我々は家族性ALSの原因遺伝子のうち、日本人で2番目に多いfused in sarcoma(FUS)遺伝子に注目し、FUSに変異を持つ家族性ALS患者よりiPS細胞を樹立しました。さらに、健常者由来のiPS細胞やALS患者由来のiPS細胞のFUS遺伝子をゲノム編集技術により組み換え、人為的な健常株とALS株を作成しました。それらのiPS細胞から運動ニューロンを誘導して細胞の形を確認した結果、FUS遺伝子に変異がある運動ニューロンの軸索では分岐が増えるという現象を見出しました(図1)。同様の軸索形態の変化は、ほかのALS原因遺伝子であるSOD1遺伝子やTARDBP遺伝子の変異によっても生じることを明らかにし、ALSに共通する表現型である可能性を示しました。さらに、軸索のみを回収できるNerve organoid deviceと呼ばれるマイクロ流体デバイスと、RNAシーケンスを組み合わせて軸索のRNAを分析する手法を確立(図2)し、軸索形態異常に関連する因子としてFos-Bを同定しました。ALS株ではFos-Bの発現が増加しており、また、Fos-Bの抑制により、FUS変異を有する運動ニューロン軸索の形態を改善できることを示し、Fos-Bが治療標的となる可能性を見出しました(図1)。また、Fos-Bを人工的に発現させることで、健常なiPS細胞由来の運動ニューロンだけでなく、小型モデル魚類ゼブラフィッシュの運動ニューロン軸索も異常に分岐することを確認し、生体内におけるFos-Bの機能の重要性も示しました(図3)。以上のように、本研究成果はALSの運動ニューロンの軸索形態の異常という新たな表現型を明示しただけでなく、その表現型に関連する因子Fos-Bを世界で初めて明らかにした重要な報告です。

本研究成果は、従来検討が困難であったヒトの運動ニューロンの軸索の解析を可能とし、ALS以外の神経変性疾患へも応用可能な技術基盤となりえます。軸索形態の変化は運動ニューロン変性より先におこるため、Fos-BはALSの早期治療標的として期待されるだけでなく、Fos-Bによる軸索形態変化への影響は神経発生・再生のメカニズムを解明する上でも重要と考えられます。

iPS細胞を用いて筋萎縮性側索硬化症の新規病態を発見
図1.Fos-Bが関与するALS患者運動ニューロンの軸索形態異常


図2.マイクロ流体デバイスを用いた軸索を解析する方法の概要

iPS細胞(左上)から運動ニューロンを作成し、デバイスで培養を行うとマイクロ流路の中を軸索だけが伸びるため、軸索だけを回収して解析できる。右図は、実際に培養した運動ニューロンを示す(上段は位相差画像。下段は運動ニューロンを緑色で標識した画像)。


図3.ゼブラフィッシュの運動ニューロン軸索の形態異常

運動ニューロンが緑色に光るゼブラフィッシュ(左列は全体像を示し、白い枠組み部分を右列に拡大して示している)に、Fos-Bを人工的に発現させる(下段)と、軸索の分岐が増える(白矢頭)。

本研究は日本医療研究開発機構(AMED)再生医療実現拠点ネットワークプログラム「疾患特異的iPS細胞の利活用促進・難病研究加速プログラム」、科学技術振興機構(JST)/日本医療研究開発機構(AMED)再生医療実現拠点ネットワークプログラム「疾患特異的iPS 細胞を活用した難病研究」、厚生労働省(MHLW)/AMED 難治性疾患実用化研究事業「筋萎縮性側索硬化症(ALS)新規治療法開発をめざした病態解明」、AMED 医療研究開発推進事業「橋渡し研究加速ネットワークプログラム」、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)/AMED 再生医療の産業化に向けた評価基盤技術開発事業「再生医療の産業化に向けた細胞製造・加工システムの開発」京都大学 再委託費、文部科学省(MEXT)/日本学術振興会(JSPS) 新学術領域研究「脳タンパク質老化と認知症制御」、MHLW/AMED 再生医療実用化研究事業「精神・神経疾患特異的iPS 細胞を用いた創薬研究」、文部科学省 若手研究(A)(15H05667)、基盤研究(C)(18K07519)、基盤研究(B)(25293199、16H05318)、かなえ医薬振興財団、「生命の彩」ALS研究助成基金、難病医学研究財団の助成を受けて実施されました。

論文題目
Title:
Aberrant axon branching via Fos-B dysregulation in FUS-ALS motor neurons
Authors:
Tetsuya Akiyama, Naoki Suzuki, Mitsuru Ishikawa, Koki Fujimori, Takefumi Sone, Jiro Kawada, Ryo Funayama, Fumiyoshi Fujishima, Shio Mitsuzawa, Kensuke Ikeda, Hiroya Ono, Tomomi Shijo, Shion Osana, Matsuyuki Shirota, Tadashi Nakagawa, Yasuo Kitajima, Ayumi Nishiyama, Rumiko Izumi, Satoru Morimoto, Yohei Okada, Takayuki Kamei, Mayumi Nishida, Masahiro Nogami, Shohei Kaneda, Yoshiho Ikeuchi, Hiroaki Mitsuhashi, Keiko Nakayama, Teruo Fujii, Hitoshi Warita, Hideyuki Okano, Masashi Aoki
タイトル:
FUS変異ALS運動ニューロンではFos-Bの調節障害による異常な軸索分岐が生じる
著者名:
秋山徹也、鈴木直輝、石川充、藤森康希、曽根岳史、川田治良、舟山亮、藤島史喜、光澤志緒、池田謙輔、小野洋也、四條友望、長名シオン、城田松之、中川直、北嶋康雄、西山亜由美、井泉瑠美子、森本悟、岡田洋平、亀井孝幸、西田真由美、野上真宏、金田祥平、池内与志穂、三橋弘明、中山啓子、藤井輝夫、割田仁、岡野栄之、青木正志
雑誌名:
EBioMedicine
DOI:
10.1016/j.ebiom.2019.06.013
用語説明
注1.iPS細胞(induced pluripotent stem cell):
人工多能性幹細胞とも言われ、目的細胞へ分化誘導可能な多能性を獲得した細胞。
注2.マイクロ流体デバイス:
ここでは、軸索のみが通過可能なマイクロ流路を有する特殊な培養デバイスを指す。ニューロンの細胞体と軸索を分離して培養できるデバイスで、軸索のみの解析が可能。
注3.RNAシーケンス:
RNAを網羅的に解析する手法の一つ。
注4.Fos-B:
遺伝子発現を調節する転写因子タンパク質の遺伝子。最初期遺伝子と呼ばれる遺伝子群の一つで、神経細胞では神経活動に伴い発現が増えることが知られるが、運動ニューロンでの役割はわかっていない。
お問い合わせ先
研究に関すること

東北大学大学院医学系研究科 神経内科
教授 青木 正志(あおき まさし)
助教 鈴木 直輝(すずき なおき)

慶應義塾大学医学部生理学教室
教授 岡野 栄之(おかの ひでゆき)

取材に関すること

東北大学大学院医学系研究科・医学部広報室

AMED 事業に関するお問い合わせ先

日本医療研究開発機構 戦略推進部 再生医療研究課

日本医療研究開発機構 戦略推進部 難病研究課

医療・健康細胞遺伝子工学生物化学工学
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