2019-09-24 京都大学
西小森隆太 医学研究科准教授(現・久留米大学准教授)、八角高裕 同准教授、芝剛 同博士課程学生(現・天理よろづ相談所病院医師)、田中孝之 医学部附属病院医員らの研究グループは、典型的な家族性地中海熱の遺伝子変異をもつ患者のマクロファージ(免疫担当細胞の一種)が、遺伝子変異のないマクロファージよりも発熱物質を多く分泌することを発見しました。
さらに、正常iPS細胞に遺伝子変異を導入してマクロファージに分化させ、発熱物質をたくさん分泌するかどうかを検査することによって、種々の遺伝子変異が家族性地中海熱の原因かどうかを判定する方法を開発しました。
本研究成果により家族性地中海熱のより正確な診断が可能となり、患者により適切な治療が提供されることが期待されます。
本研究成果は、2019年9月18日に、国際学術誌「Journal of Allergy and Clinical Immunology」のオンライン版に掲載されました。
図:本研究のイメージ図
書誌情報
【DOI】 https://doi.org/10.1016/j.jaci.2019.07.039
Takeshi Shiba, Takayuki Tanaka, Hiroaki Ida, Misa Watanabe, Haruna Nakaseko, Mitsujiro Osawa, Hirofumi Shibata, Kazushi Izawa, Takahiro Yasumi, Yuri Kawasaki, Megumu K. Saito, Junko Takita, Toshio Heike, Ryuta Nishikomori (2019). Functional evaluation of the pathological significance of MEFV variants using induced pluripotent stem cell–derived macrophages. Journal of Allergy and Clinical Immunology.
読売新聞(9月19日夕刊 5面)に掲載されました。
詳しい研究内容について
家族性地中海熱の新たな診断方法を開発
―iPS 細胞技術を用いた変異の評価法―
概要
家族性地中海熱は激しい腹痛・ 胸痛を伴う発熱発作を周期的に繰り返す病気で、名前の通り地中海沿岸に多 いのですが、日本にも 500 人程度の患者さんがいると想定されています。炎症に関係するタンパク質であるパ イリンの異常が原因とされており、遺伝子検査が診断の助けとなるのですが、病気との関連性が不明な遺伝子 変異が見つかることが少なからずあり、その変異が患者さんの発熱の原因になっているのかの判断が困難でし た。
西小森隆太 医学研究科准教授(現:久留米大学准教授)、八角高裕 同准教授、田中孝之 医学部附属病院 医員、芝剛 医学研究科博士課程学生(現:天理よろづ相談所病院)らの研究グループは、典型的な家族性地 中海熱の遺伝子変異をもつ患者さんのマクロファージ(免疫担当細胞の一種)が、遺伝子変異のないマクロフ ァージよりも発熱物質を多く分泌することを発見しました。さらに、正常 iPS 細胞に遺伝子変異を導入してマ クロファージに分化させ、発熱物質をたくさん分泌するかどうかを検査することによって、種々の遺伝子変異 が家族性地中海熱の原因かどうかを判定する方法を開発しました。
本研究により家族性地中海熱のより正確な診断が可能となり、患者さんにより適切な治療が提供されること が期待されます。
本成果は、2019 年 9 月 18 日に米国の国際学術誌「Journal of Allergy and Clinical Immunology」にオンラ イン掲載されました。
1.背景
家族性地中海熱は、遺伝性自己炎症性疾患(特定の遺伝子変異によって周期的に発熱などの症状を呈する症 候群)の中で最も多く、最も古くから知られている疾患です。名前が示す通り地中海沿岸に患者が多く、トル コ人、アルメニア人、アラブ人、ユダヤ人では 500 人に 1 人の患者さんがいると言われています。日本にも 500 人程度の患者さんがいると推定されており、疾患の情報や遺伝子検査の普及により診断される患者さんが 増えています。治療薬としては植物から抽出したアルカロイドであるコルヒチンが有効ですが、コルヒチンが 無効または副作用で使えない場合には、発熱物質であるインターロイキン1βに対する抗体製剤が有効です。 原因としては炎症に関与するパイリンというタンパク質の異常が疾患に関連することが知られていますが、そ の異常が患者さんのどの細胞にどのような影響を及ぼしているのか、詳細な病気のメカニズムは解明されてい ません。また、パイリンの設計図である MEFV 遺伝子は個人間のばらつきが大きな遺伝子であり、340 種類以 上の変異が見つかっていますが、病気との関連が明らかにされているものは数種類にすぎず、多くの変異は疾 患との関連があるかどうかが不明でした。このことから、遺伝子検査で見つかった変異が疾患の原因であるか どうかを判定する方法の開発が求められていました。
本研究グループでは以前から自己炎症性疾患の研究に力を入れ、クリオピリン関連周期熱症候群などで研究 成果を報告しており、iPS 細胞研究所とも協力して iPS 細胞を用いた免疫疾患の研究を行ってきました。そこ で今回、当研究室で蓄積された技術を応用して、家族性地中海熱の診断法を開発することを目的としました。
2.研究手法・成果
家族性地中海熱の患者さんから血液を頂き、その中の単球をマクロファージへ変化させました。そのマクロ ファージに対して MEFV 遺伝子により作られるタンパク質であるパイリンを活性化させるクロストリジウム 毒素を投与したところ、家族性地中海熱患者さんのマクロファージでは健常者のマクロファージよりもインタ ーロイキン1βを過剰に分泌し、その分泌はコルヒチン投与により抑制されました。これは家族性地中海熱の 患者さんの症状と合致するもので、マクロファージこそが家族性地中海熱の病態の鍵となる細胞である可能性 を初めて見出しました。
さらに iPS 細胞研究所の協力のもと、患者さんの血液細胞から iPS 細胞を作成しマクロファージへ変化させ たところ、インターロイキン1βの過剰な分泌が再現されました。
我々は次に、健常者由来 iPS 細胞へ種々の変異 MEFV 遺伝子を人工的に導入し、その後マクロファージへ 変化させてインターロイキン1βの分泌を評価することで、個々の MEFV 遺伝子変異が疾患の原因となるも のかどうかを判定する方法を開発しました。この方法により、家族性地中海熱のより正確な診断が可能となり、 患者さんにより適切な治療が提供されることが期待されます。
3.波及効果、今後の予定
本研究は、家族性地中海熱の病状と合致する細胞がマクロファージであることを見出しました。さらに iPS 細胞技術を組み合わせて、意義不明の遺伝子変異が及ぼす効果を判定する方法を開発しました。
これらの結果により、家族性地中海熱の研究がさらに加速し、遺伝子変異の効果を患者さんの血液がなくと も実験室で判定できることが期待されます。ひとつひとつの変異の判定結果を蓄積・ 公開することにより、世 界中の家族性地中海熱の診断に悩む医師 患者さんに貢献できると考えています。
また家族性地中海熱の第一選択薬であるコルヒチンは、マクロファージからの発熱物質の分泌を抑制するこ とができました。この細胞を使うことで、効果や副作用の点でより優れた治療薬候補の探索も進めていきたい と考えています。
4.研究プロジェクトについて
本研究費の一部は日本学術振興会科学研究費(若手研究 B「 iPS 細胞を用いた家族性地中海熱の診断 治 療法の開発」 、研究代表者 田中孝之)、(基盤研究B「難治性炎症病態を示す免疫異常症の原因遺伝子探 索及び病態解明のための基盤構築」、研究代表者 西小森隆太)、厚生労働科学研究費補助金(難治性疾患 等政策研究事業「自己炎症性疾患とその類縁疾患の全国診療体制整備、重症度分類、診療ガイドライン確立 に関する研究」、研究代表者 西小森隆太)、日本医療研究開発機構(AMED) 再生医療実現拠点ネットワー クプログラム、AMED 難治性疾患実用化研究事業、iPS 細胞研究基金によりまかなわれました。
<研究者のコメント>
小児科を含めた医療現場では、家族性地中海熱の遺伝子検査結果の解釈に混乱がありました。今回の研究成 果はその解決につながる結果です。今後も医療の現場に役立つ研究を行っていきたいと思います。
<論文タイトルと著者>
タイトル:Functional evaluation of the pathological significance of MEFV variants using iPSC-derived macrophages (iPS 細胞由来マクロファージを用いた MEFV バリアントの病的意義の機能的評価)
著 者 :Takeshi Shiba, Takayuki Tanaka, Hiroaki Ida, Misa Watanabe, Haruna Nakaseko, Mitsujiro Osawa, Hirofumi Shibata, Kazushi Izawa, Takahiro Yasumi, Yuri Kawasaki, Megumu K. Saito, Junko Takita, Toshio Heike, Ryuta Nishikomori
掲 載 誌:Journal of Allergy and Clinical Immunology DOI:未定