記憶の鍵となる受容体を働かせる仕組みを解明

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4つのパーツを0.1秒毎に組み立て直して働かせるメカニズム

2019-11-26   京都大学

岡昌吾 医学研究科教授、森瀬譲二 同助教、鈴木健一 岐阜大学教授(高等研究院 物質-細胞統合システム拠点(iCeMS=アイセムス)客員教授)、楠見明弘 沖縄科学技術大学院大学教授(iCeMS客員教授)らの研究グループは、脳の記憶と学習に重要な働きをするタンパク質分子であるAMPA型グルタミン酸受容体が働くときに、どのように分子が組み立てられて働くのかを解明しました。

この受容体は、神経細胞同士の連絡を担うシナプスという部分で働きます。受容体は4つのパーツからできており、細胞は各パーツを4種から選ぶことができるので、用途に応じて最大256種の組合せが可能です。従来この分子組立は細胞内で起こり、違う用途の受容体を作るには新たな合成が必要だという不便な仕組みがあるものと信じられていました。

しかし、本研究によって受容体の4つのパーツは0.1秒ほどでバラバラになり、それらがまたすぐに違うパーツと集まって4個で受容体を作って0.1秒間働き、またすぐにバラバラになるということを繰り返す、という驚くべき仕組みで働いていることが明らかになりました。この仕組みを使うことで、神経細胞は環境変化や刺激に応じて、ただちに適した受容体をシナプスで作ることができます。また、4つのパーツに分けて運ぶことでシナプスに受容体を集めるのも素早くなることが分かりました。このような新事実の解明は、分子を1個ずつの分解能で観察して追跡するという新たな手法(1蛍光分子イメージング法)によって可能になりました。

AMPA型グルタミン酸受容体はてんかん発作の原因分子としても知られ、受容体のチャネル活性を制御する拮抗剤も治療薬として注目されています。本研究成果により、学習記憶の分子機構の理解や、関連する疾患への新たな治療薬の開発につながることが期待されます。

本研究成果は、2019年11月20日に、国際学術誌「Nature Communications」のオンライン版に掲載されました。

記憶の鍵となる受容体を働かせる仕組みを解明

図:本研究の概要図

詳しい研究内容について

記憶の鍵となる受容体を働かせる仕組みを解明
―4 つのパーツを 0.1 秒毎に組み立て直して働かせるメカニズム―

概要
京都大学大学院医学研究科 岡昌吾 教授、森瀬譲二 同助教、岐阜大学研究推進・社会連携機構 生命の鎖統 合研究センター(G-CHAIN) 鈴木健一 教授、沖縄科学技術大学院大学 楠見明弘 教授(後者 2 人は、京都大 学物質-細胞統合システム拠点 (iCeMS=アイセムス)客員教授兼任)らの研究グループは、脳の記憶と学習 に重要な働きをするタンパク質分子である AMPA 型グルタミン酸受容体が働くときに、どのように分子が組 み立てられて働くのかを解明しました。
この受容体は、神経細胞同士の連絡を担うシナプスという部分で働きます。受容体は 4 つのパーツからでき ており、細胞は各パーツを 4 種から選ぶことができるので、用途に応じて最大 256 種の組合せが可能です。従 来この分子組立は細胞内で起こり、違う用途の受容体を作るには新たな合成が必要だという不便な仕組みがあ るものと信じられていました。
本研究で、本研究グループはその定説を覆しました。受容体の 4 つのパーツは 0.1 秒ほどでバラバラになり、 それらがまたすぐに違うパーツと集まって 4 個で受容体を作って 0.1 秒間働き、またすぐにバラバラになると いうことを繰り返す、という驚くべき仕組みで働いていることが分かったのです。この仕組みを使うことで、 神経細胞は環境変化や刺激に応じて、ただちに適した受容体をシナプスで作ることができるのです。また、4 つのパーツに分けて運ぶことでシナプスに受容体を集めるのも素早くなることが分かりました。このような新 事実の解明には、分子を 1 個ずつの分解能で観察して追跡するという新たな手法(1 蛍光分子イメージング法) によって可能になりました。
AMPA 型グルタミン酸受容体はてんかん発作の原因分子としても知られ、受容体のチャネル活性を制御する 拮抗剤も治療薬として注目されています。本成果により、学習記憶の分子機構の理解や、関連する疾患への新 たな治療薬の開発につながることが期待されます。
本研究成果は、2019 年 11 月 20 日に、国際学術誌「Nature Communications」にオンライン掲載されまし た。

1.背景
私たちの脳はたくさんの神経細胞が結びついた神経回路網によってできています。神経細胞と神経細胞の結 び目にはシナプスと呼ばれる場所があり、シナプスの前側の神経細胞からは神経伝達物質が放出され、シナプ スの後側の神経細胞には神経伝達物質に対する受容体が存在して信号の受け渡しが行われます。シナプスは一 旦形成された後も環境因子や学習などの神経活動によって変化することが知られており、シナプス可塑性*1と 呼ばれる柔軟性を持っています。このようなシナプスにおける可塑性の分子機構を明らかにすることは学習記 憶の分子基盤を理解するためにも、またシナプスに病変がある様々な神経疾患の病態解明にも、とても重要な 研究課題です。
AMPA 型グルタミン酸受容体*2 は 4 つのサブユニット*3 (GluA1-4)から成り、四量体*4 で機能するイオンチ ャネル*5 型受容体で脳内の興奮性シナプスの可塑性に特に重要な分子です。神経活動に応じて AMPA 型グル タミン酸受容体は、シナプス後部での数やサブユニットの組み合わせ*6が変化し、シナプスでの伝達効率が変 化すると考えられています。AMPA 受容体はシナプス後部で働きますが、その主要な供給源はシナプス領域外 の樹状突起膜*7であるといわれています。従って神経活動に対応した樹状突起膜からシナプス後部へのすばや い移動が必要となります。これまで AMPA 受容体は小胞体*8内で四量体が構築された後、細胞膜へ運ばれても 依然安定な四量体として移動すると考えられてきました(図 1 左)。
しかし、この定説には無理な点がいくつもあります。AMPA 受容体は四量体の形では神経細胞膜上をほとん ど動かないという報告があります。また、神経活動に伴ってサブユニットの組成が違う受容体がシナプスに出 現しますが、四量体が安定だと、不要な受容体をシナプスから追い出し、全く新しい組合せの四量体を合成し てシナプスまで運ぶ必要があります。これには、多大な時間とエネルギーや原材料などのリソースが必要です。 つまり組成の違う受容体に取り替えるのが非常に難しいのです。
一方私たちは以前、ゴルジ体*9 での糖鎖修飾*10 が AMPA 受容体の四量体構成を大きく変えることを見いだ していました。糖鎖修飾は小胞体よりあとに行われるタンパク質修飾であるため、小胞体内で完成された安定 な四量体の構成が、ゴルジ体で変化するというのは、以前からの定説が間違っている可能性を示唆していまし た。

2.研究手法・成果
それでは本当に細胞膜上の AMPA 受容体は四量体として存在するのでしょうか?本研究ではその可視化に 取り組むために、我々が開発してきた最先端の 1 蛍光分子イメージング法*11 を改善して応用し、AMPA 受容 体サブユニットの 1 分子観察を行いました。この方法は、生細胞膜に存在する目的の 1 分子すべてをリアルタ イムに観察できる手法で、分子の移動や結合状態を可視化することができます。
まず最初に、AMPA 受容体をもたない HEK293 細胞*12膜上で、蛍光標識 AMPA 受容体を観察しました。こ の条件では、すべての AMPA 受容体に蛍光の目印が付いているので、すべての AMPA 受容体分子を見ること が可能です。すると、四量体以外にも、単量体がたくさん見つかりました。加えてその四量体も安定的ではな く、単量体が集まっては一過的に四量体を形成し、0.1~0.2 秒後には再び単量体 ・二量体 ・三量体へ分かれて いく様子が極めて明瞭に見えました(図 1 右)。このように四量体は寿命が 0.1~0.2 秒しかないのですが、その 間にイオンチャネルとして働くことも分かりました。
神経細胞でも、蛍光標識 AMPA 受容体を観察しました。神経細胞にはもともと多くの AMPA 受容体があり、 それらは蛍光標識できないので、単量体か四量体かを直接見定めることは不可能です。しかし、膜上を拡散運 動する速さを測定することにより、樹状突起膜上では、多くが単量体(または一部二量体)として高速で動いて シナプス内に入り込むこと、また、シナプスから出ていくときも単量体として素早く出ていくことが分かりま した。
シナプス内では、多数の AMPA 受容体のサブユニットが濃縮されています。それで、単量体はすぐに四量 体となりますが、四量体の寿命は 0.1~0.2 秒なので、すぐに分解します。四量体が分解する速度は決まってい るものの、サブユニット濃度が高いと単量体同士がぶつかる機会が増え、単量体ができるとすぐに四量体とな るため、各サブユニット分子は、シナプス内では、四量体として過ごす時間が増えます。ただ、あくまでも、 1 個の四量体の寿命は 0.1~0.2 秒程度である可能性が高いことに注意してください。この四量体が、チャネル として機能します。
以上の結果から、神経刺激後にシナプス内でのサブユニット組成を変える仕組みとしては、必要なサブユニ ットが選択的に単量体としてシナプスに拡散運動で入ってくるというモデルが想定できます(図 2)。すなわち、 樹状突起の AMPA 受容体は環境に応じて単量体の形ですばやくシナプス内に送り込まれ、そこで適切な四量 体が作られては壊されているのです。本研究ではこのように、AMPA 受容体は単量体として存在することによ って、シナプス内で非常に効率良く形成・分解するモデルを提案することができました。

3.波及効果、今後の予定
AMPA 受容体は四量体の形でイオンチャネルとして働きますが、それが細胞膜で作られては壊される事実 は、チャネル機能を人工的に制御する方策を示唆するものです。例えば、AMPA 受容体が起因で生じる神経細 胞の過剰興奮は、てんかん発作を引き起こすことが知られます。その治療では、AMPA 受容体に選択的に結合 しチャネル機能を抑制する化合物(ペランパネル)が薬剤として使用されています。本研究は、チャネル自体を 阻害してしまうのではなく、四量体形成の速度を微妙に抑えることで過剰興奮を適度に抑制するような、新た な作用点を持つ治療薬開発の可能性を示すものです。今後は本研究で見出したモデルを元に、神経興奮時には AMPA 受容体がどのように作られては壊されているのか、そのメカニズムをより詳細に調べつつ、治療薬開発 へつながるような研究をしたいと考えています。

4.研究プロジェクトについて
本 研 究 は 、 科 学 研 究 費 補 助 金 17K15090, 19K16074, 15H04351, 18H02401, 19H03370, 16K14695, 17K19521, 24247029, 16H06386、新学術領域 23110006, 23110001, 18H04671、CREST[生命動態の理解と制 御のための基盤技術の創出]、WPI-iCeMS の支援を受けて実施しました。

<用語解説>
*1 シナプス可塑性:
シナプスにおける情報伝達効率が刺激などにより長期間変化する現象
*2 AMPA 型グルタミン酸受容体:神経伝達物質のグルタミン酸に結合する受容体の一つで、ナトリウムイオ ンを通過させるイオンチャネル型受容体。
*3 サブユニット:1つの機能タンパク質が複数のポリペプチド(構成タンパク質)によって作られている場 合、その構成タンパク質をサブユニットという。
*4 四量体:分子 4 個が会合することでできる4分子複合体。
*5 イオンチャネル:細胞膜に穴を作り細胞内外のイオンを通過させるチャネル。
*6 サブユニットの組み合わせ:AMPA 受容体は 1 種類のサブユニットから成る四量体(ホモ四量体)や、複数 種から成る四量体(ヘテロ四量体)で構成される。神経細胞活動時には、その環境に適したホモまたはヘテ ロ四量体の存在がシナプス内に求められる。
*7 樹状突起膜:神経細胞から枝のように伸びている突起の膜で、本研究では特にシナプス以外の場所を指す。
*8 小胞体:分泌タンパク質や膜タンパク質が作られる細胞小器官。
*9 ゴルジ体:小胞体で作られたタンパク質に様々な修飾を行う細胞小器官
*10 糖鎖修飾:糖鎖がタンパク質に付加されること。分泌タンパク質や膜タンパク質の多くは糖鎖修飾を受け る。ゴルジ体と呼ばれる細胞内小器官で様々な糖鎖修飾が行われる。 *111蛍光分子観察と追跡:生細胞の中で観察したい目的分子に蛍光を発する分子を結合させ、蛍光を目印に 1 分子分解能でその分子を観察する方法。
*12 HEK293 細胞:ヒト胎児腎細胞 293。AMPA 受容体の機能解析時に頻用される。

<研究者のコメント>
AMPA 受容体は細胞膜上に四量体の形で存在すると言われていたので、初めて実験した際に単量体がたくさん 見つかったときの興奮は今でも覚えています。このとき私の脳内の AMPA 受容体たちが慌ただしく作られて は壊されていたのかと考えると、面白いですね。結果のとりまとめに数年かかりましたが、無事成果として発 表できて嬉しく思います。

<論文タイトルと著者>
タイトル:AMPA receptors in the synapse turnover by monomer diffusion
(シナプスにおける AMPA 受容体のターンオーバーは単量体が担う)
著 者:Jyoji Morise, Kenichi G.N. Suzuki# , Ayaka Kitagawa, Yoshihiko Wakazono, Kogo Takamiya, Taka A. Tsunoyama, Yuri L. Nemoto, Hiromu Takematsu, Akihiro Kusumi# , and Shogo Oka# #本研究全体に関する共同責任著者
掲 載 誌: Nature Communications  DOI:10.1038/s41467-019-13229-8

<参考図表>


図 1: AMPA 受容体サブユニットは細胞膜上で四量体が一過的に形成される
(左) これまで定説とされたモデル。AMPA 受容体は小胞体で四量体に構築され、安定な四量体として細胞膜に存在する。
(右) 本研究で分かった AMPA 受容体の一過的形成モデル。①単量体や二量体が集まり四量体が作られる。②四量体は 0.2 秒の寿命で、イオンチャネルとして働く。③四量体は単量体などに壊れる。以上①から③を繰り返すことで、神経細胞環 境に適した四量体構築を細胞膜上で短時間に実現できると考えられる。


図 2: 神経細胞シナプス領域への移動は単量体が担う
①樹状突起膜上はシナプスと比べて AMPA 受容体サブユニットの発現密度は低く、単量体や二量体が多い。② 単量体は 四量体に比べて動きが非常に速く、シナプスへすばやく移動する。③後シナプスでは AMPA 受容体サブユニットが多く集 積しており、四量体が形成されやすい。これにより、前シナプスからの刺激に応じてただちに適した四量体構成に組み変 えることができると考えられる。

医療・健康生物化学工学
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