次世代ディスプレイや照明装置の開発に向けた優れた青色有機ELの低コスト化に展望
2019-11-28 京都大学
時任宣博 化学研究所教授、吾郷友宏 茨城大学准教授、安田琢麿 九州大学教授らの研究グループは、酸素原子を導入した有機ホウ素化合物を活用することで、優れた発光効率と色純度を併せ持つ有機EL用の青色蛍光体の開発に成功しました。
有機ELは次世代のフラットパネルディスプレイや照明装置の開発に向けて世界的に活発に研究されています。近年では熱活性化遅延蛍光(TADF)という現象を活用した有機ELの開発が進められ、特に青色を発光するTADF材料については、高輝度時の発光効率の低下などの問題を解決する新しい分子デザインが求められていました。
本研究では、「ラダー構造」と呼ばれる梯子状に縮環した分子骨格に、ホウ素・酸素原子を埋め込んだMCz-BOBOと、ホウ素・硫黄を埋め込んだMCz-BSBSという2種類の分子を合成し、TADF材料としての特性を調査しました。その結果、MCz-BOBOの方が、発光効率が高輝度領域までほとんど低下せず、発光色も純粋な青色を示すなど、青色EL材料として良好な特性を持つことが明らかになりました。このことは、ホウ素と酸素を埋め込んだラダー構造が、優れた青色発光特性の発現に重要であることを明らかにしたものです。
今後は有機EL材料としての実用化を目指したさらなる研究とともに、青色以外の様々な波長域への展開を図り、EL照明を始めとする様々な応用を目指します。
本研究成果は、2019年11月22日に、国際学術誌「ACS Materials Letters」のオンライン版に掲載されました。
図:本研究で開発した2つの「ラダー構造」分子。MCz-BOBOの方が青色EL材料として良好な特性を示した。
詳しい研究内容について
青色 EL 材料の性能向上につながる新しい有機ホウ素化合物を開発
次世代ディスプレイや照明装置の開発に向けた優れた青色有機 EL の低コスト化に展望
茨城大学の吾郷友宏准教授、九州大学の安田琢麿教授、京都大学の時任宣博教授らの研究グループ は、酸素原子を導入した有機ホウ素化合物を活用することで、優れた発光効率と色純度を併せ持つ有 機 EL 用の青色蛍光体の開発に成功しました。今回の成果は、ラダー構造と呼ばれる梯子状に縮環し た分子骨格にホウ素・酸素原子を埋め込むことが、優れた青色発光特性の発現に重要であることを明 らかにしたものです。
今後は有機 EL 材料としての実用化を目指したさらなる研究とともに、青色以外の様々な波長域へ の展開を図り、EL 照明を始めとする様々な応用を狙います。
この成果は、2019 年 11 月 22 日付で米国化学会の雑誌 ACS Materials Letters に速報版(オンラ イン)として掲載されました。
■背景
有機 EL は、軽く、フレキシブルで、輝度、コントラストやエネルギー効率にも優れることから、 次世代のフラットパネルディスプレイや照明装置の開発に向け、世界的に活発な研究が行われていま す。
有機 EL の効率は、発光体となる化合物に注入された電荷を、どれだけ光子に変換できるかによっ て大きく左右されます。この電荷キャリアから光子への変換効率のことを内部量子効率(IQE)と言 いますが、一般的な有機蛍光化合物の IQE は最大でも 25%であり、発光効率に限界があることが理 論的に知られています。一方、イリジウムや白金などの希少重金属を使ったリン光発光化合物では、 理論上100%のIQE 達成が可能であるものの、希少重金属調達のコストや環境毒性が実用における障 害となります。加えてリン光発光体では、ディスプレイや照明を作る上で必須となる三原色発光のう ち、青色発光に関して高効率・長寿命の材料を得ることが困難です。こうした背景から、今後の有機 EL の発展に向けては、地球に豊富に存在する環境に優しい元素のみを用いて100%のIQE を達成する 青色発光材料が望まれていました。
そうした中、2012 年には、炭素、水素、窒素といったありふれた元素のみを使って、蛍光発光体 でありながらIQE が100%に達する有機EL が報告されました[注1]。このブレークスルー技術は、熱活 性化遅延蛍光(TADF)[注2]と呼ばれる現象が鍵となっており、この報告以来、TADF を活用した有機EL が活発に研究されています。特に青色のTADF 材料に関しては、①色純度向上のための発光の尖鋭化、 ②高輝度時の発光効率低下(ロールオフ)の抑制、③EL 素子の長寿命化、の3つが実用化における 課題となっており、これらを解決するための新しい分子デザインが求められています。
■研究手法・成果
研究グループのメンバーはこれまで、「ラダー構造」と呼ばれる梯子状の硬く頑丈な分子骨格に、 ホウ素と窒素あるいは硫黄を混ぜて導入することで、青色から赤色に至る幅広い波長において優れた 蛍光特性を持つ発光体を開発していました。また、有機ホウ素化合物を電子アクセプター、芳香族ア ミン類を電子ドナー部位とした「ドナー・アクセプター構造」を用いた、発光効率・色純度の高い青 色TADF 発光体の開発を報告しています。
今回、本研究グループでは、ラダー構造を持つ有機ホウ素化合物と芳香族アミンとを連結したドナ ー・アクセプター型分子である、MCz-BOBO とMCz-BSBS という2 種類の分子(図1)を合成し、これ らのTADF 発光体としての特性を調べました。
(図1)開発したラダー型構造を持つ2 種類のドナー・アクセプター型分子
グループのこれまでの知見から、当初は硫黄を含む MCz-BSBS が優れた性能を持つと予想していま したが、実際には、低輝度領域では非常に高い発光効率を示したものの、輝度を上げていくと発光効 率の低下が顕著になるという結果でした。一方、MCz-BSBS の硫黄を酸素に換えたMCz-BOBO では、低 輝度領域での最高効率では MCz-BSBS にやや劣るものの、発光効率は高輝度領域までほとんど低下せ ず、優れたロールオフ特性を持つことが分かりました。発光色も純粋な青色を示し、その波長幅もド ナー・アクセプター型のTADF材料としては狭く、青色EL材料として良好な特性を示しました(図2)。
(図2)(a)ラダー型TADF 発光体を使った有機EL 素子の発光スペクトル
(b)輝度-EQE 曲線とEL 素子からの発光の様子
これは、項間交差[注3]に対して逆項間交差[注4]や発光が極端に遅い MCz-BSBS に対して、重原子を持 たないMCz-BOBO においては項間交差・逆項間交差・蛍光放射というTADF に重要な過程の速度が高い レベルでバランスが取れており、電流励起により生成した励起子を効率的に TADF 過程に利用するこ とができているためと考えられます。[注5]
今回の研究では、ラダー型構造に複数のホウ素・酸素原子を埋め込んだアクセプター構造を活用し たことによって、青色 EL 材料としての良好な特性が実現したことを、種々の実験・理論化学的検討 から明らかにしており、今後の TADF 型青色発光体の開発における重要な分子設計指針を与えるもの といえます。
■今後の展望
今後は、発光効率や素子寿命のさらなる向上を目指し発光体の分子設計をチューニングするととも に、発光体の合成ルートの短縮や収率向上を測ることで、有機EL 材料としての実用化を目指します。 さらに、青色以外の様々な波長域への展開を行い、EL 照明を始めとする様々な応用を狙います。
■論文情報
タイトル:Pentacyclic Ladder-Heteraborin Emitters Exhibiting High-Efficiency Blue Thermally Activated Delayed Fluorescence with an Ultrashort Emission Lifetime
著者:Tomohiro Agou, Kyohei Matsuo, Rei Kawano, In Seob Park, Takaaki Hosoya, Hiroki Fukumoto, Toshio Kubota, Yoshiyuki Mizuhata, Norihiro Tokitoh, and Takuma Yasuda
雑誌:ACS Materials Letters
公開日:2019/11/22
DOI:10.1021/acsmaterialslett.9b00433
■脚注
[注1] 九州大学最先端有機光エレクトロニクス研究センターの安達千波矢教授らの報告による。
[注 2] 熱活性化遅延蛍光(Thermally activated delayed fluorescence, TADF)。有機 EL 素子では、発光層に 注入された電子とホール(以下、キャリアとする)から生じた励起子から発光が生じる。励起子は、一重項励起 子(S1励起子)と三重項励起子(T1励起子)が1:3の割合で生成するが、蛍光発光体では前者しか発光に利用 できないため変換効率が最大 25%に制限されてしまう。一方、リン光発光体は T1励起子の発光への寄与に加え 項間交差を経由してS1励起子も利用できることから、最大100%の変換効率が達成できるが、イリジウムや白金 などの希少金属の使用が避けられないという問題がある。これら従来型の発光体に対し、TADF 材料では S1と T1 の励起子のエネルギー差が小さく、室温程度の熱エネルギーで T1 励起子からの逆項間交差が起こるため、蛍光 発光体でありながら、原理的には100%の変換効率が得られる。TADF 材料ではリン光材料と違って重金属を必要 としないため、コストや環境面で有利である。
[注 3] 項間交差(Intersystem crossing, ISC)。S1励起子から T1励起子への変換過程。スピンの反転を伴う過 程であるため、軽元素からなる有機化合物では通常起こりづらい。
[注4] 逆項間交差(Reverse intersystem crossing, RISC)。上記のISC とは逆に、T1励起子からS1励起子への 変換過程。ISC の一種であるが、一般には、T1励起子とS1励起子のエネルギー差が大きく、ISC に比べて起こり づらいため、RISC という別の名称で呼ばれる。
[注5] MCz-BOBO とMCz-BSBS のTADF 特性について解析したところ、MCz-BSBS の項間交差速度は既報のTADF 分 子の中でも特に大きいものであることが分かった。これは複数の硫黄原子を持つことで、硫黄の重原子効果が増 強されたためと考えられる。一方、逆項間交差速度は項間交差速度の50 分の1程度、蛍光放射速度は 240 分の 1と、項間交差にくらべ逆項間交差や発光が極端に遅いことが分かった。したがって、励起子が高密度に生成す る高輝度領域においては、T1励起子からのTADF 過程に比べ、T1-T1励起子消滅などのT1励起子の失活過程が優先 してしまい、発光効率のロールオフにつながったものと考えられる。一方、重原子を持たない MCz-BOBO では、 MCz-BSBS に比べ項間交差は遅いが、逆項間交差速度はMCz-BSBS と同程度であり、さらに蛍光放射速度も高い値 となった。したがって、MCz-BOBO は、高輝度領域でもT1励起子を溜めこんでしまうことなく、効率的にTADF 過 程に利用することができ、ロールオフを抑制できたと考えられる。
一般にドナー・アクセプター型の TADF 分子では、ドナーからアクセプターに1電子移動した T1状態(3 CT) からS1状態(1 CT)への逆項間交差を経由してTADF を示す。このとき、硫黄などの重原子はスピン反転を加速し、 逆項間交差の効率化に有効にはたらくとされてきた。一方、重原子を持たない MCz-BOBO の異常に速い逆項間交 差は、重原子効果では説明ができない。量子化学計算を組み合わせた検討から、MCz-BOBO では、ラダー型のア クセプターに局在したT2状態(3 LE)とのカップリングを介してS1への逆項間交差が起こっていることが分かっ た。アクセプター部位に局在した3 LE 状態を利用することで逆項間交差が加速されることが最近報告されている が、複数のホウ素原子がラダー型のアクセプターに導入されたことで、3 LE 状態が安定化されたことが効果的に 働いたものと考えられる。このような逆項間交差の加速によって、EL 素子においても、T1励起子の S1励起子への熱励起が促進され、熱失活が抑制されたためと考えられる。