絶対嫌気性病原菌における糖代謝の新経路を発見

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遺伝子クラスターの利用と化合物ライブラリーのスクリーニングの有用性を証明

2020-01-10 愛媛大学

【ポイント】

  •  齲蝕(うしょく;虫歯)・歯周病、下痢症・食中毒といった公衆衛生的に広く知られている病気の原因菌が持つ新しい糖(L-フコース)の分解経路を世界で初めて発見
  •  こうした菌は空気があると生育できない嫌気性であり培養も難しいことから、代謝経路の発見は困難
  •  この経路は人間だけでなく善玉菌にもないことから、治療薬の開発につながる

【概要】

愛媛大学大学院農学研究科 渡辺誠也教授は、ベイロネラ属やカンピロバクター属といった人体に感染する病原性細菌に特異的に存在する L-フコース(デオキシ糖の一種)の新しい代謝様式を発見しました。

人体に棲む微生物集団(叢)のことを「マイクロバイオーム」と呼び、例えば腸内細菌叢は健康と深くかかわっていることはよく知られています。彼らは体内で糖(L-フコースなど)や有機酸を栄養源に増殖していますが、生育に酸素を嫌う絶対嫌気性のものが多く培地も特殊で病原性もあるため直接培養による詳しい代謝系の解明は困難です。渡辺教授は、ゲノム上の L-フコース代謝に関連すると考えられる遺伝子の集まり(クラスター)に含まれる機能未知遺伝子を生化学的に解析することで、ピルビン酸と L-ラクトアルデヒドまで分解される新たな経路を発見しました。培養可能な微生物は自然界全体の 1% 以下ともいわれており、本アプローチの有用性が如何なく発揮されました。この代謝様式は人間や善玉菌のものとは異なるため、この遺伝子の機能を阻害する化合物を作ることができれば創薬のシーズになる可能性があります。

本研究成果は、2019 年 12 月 30 日に生化学分野の専門誌「Journal of Biological Chemistry」のオンライン版に先行掲載されました。

【研究の背景と経緯】

ベイロネラ・ラッティ(Veillonella ratti)は齲蝕(うしょく;虫歯)や歯周病の、カンピロバクター・ジェジュニ(Campylobacter jejuni)は下痢症や食中毒の原因菌として、それぞれ広く知られています。彼らは人体内において糖や有機酸を栄養源に増殖していますが、生育に酸素を嫌う絶対嫌気性であり培地も特殊で病原性もあるため直接培養による詳しい解析は困難です。一方でこうした細菌は公衆衛生上重要なことからゲノム配列は分かっているものは逆に多く、そこに存在する膨大な遺伝子の中には未知の代謝経路が眠っていると考えられます。

【研究の内容】

渡辺教授は、微生物のゲノム上の遺伝子の集まり(クラスター)から糖代謝に関連すると考えられるものを抽出し、そこから作られるタンパク質(酵素)の基質候補化合物ライブラリーからスクリーニングすることで多くの分解経路を発見してきており、今回もこの手法を活用することにしました。

人体において L-フコースは、上皮細胞から分泌されるムチンと呼ばれる粘性のある糖タンパク質の糖鎖成分として大量に存在しており、体内に生息する細菌は自ら持つムチン分解酵素によって遊離させることで栄養源にしています。例えば有名な腸内細菌である大腸菌や乳酸菌は、L-フコースを分解の途中でリン酸化する経路を持っています(経路 1)。細菌の持つ L-フコースの代謝経路としては、他にリン酸化ステップがなく L-2-ケト-3-デオキシフコン酸(L-KDF)と呼ばれる中間体を経て最終的にピルビン酸と L-乳酸になるものが知られています(経路 2)。こうした代謝経路に関わる遺伝子は、ゲノム上でしばしばクラスターを形成しています。

これらの情報をもとにV. rattiとC. jejuniのゲノムを探索したところ興味深い遺伝子クラスターが見つかりましたが、そこには経路 1 や 2 とは異なる機能未知遺伝子(FucH)が含まれていました。FucH は DHDPS/NAL と呼ばれるタンパク質ファミリーに属しており、その中には 2-ケト-3-デオキシ糖酸を基質とする酵素がいくつか含まれています。そこで、L-KDF を含む 9 種類の化合物ライブラリーを準備し精製したタンパク質と反応させたところ、FucH は L-KDF をピルビン酸と L-ラクトアルデヒドに変換する新規アルドラーゼであることが分かりました。また FucH 周辺の遺伝子の解析から L-ラクトアルデヒドは、V. ratti では(嫌気的条件下の経路 1 のように)還元されて 1,2-プロパンジオールに、C. jejuni では酸化されて(経路 2 と同じ)L-乳酸に変換されることも分かり、これにより第 3 の L-フコース分解経路の全容が明らかとなりました。

【今後の展開】

分子生物学が勃興する前まで、新たな酵素の発見は(微生物の)無細胞抽出液中の活性を指標に行われました。L-KDF アルドラーゼ(FucH)は存在すら知られていない全く新しい酵素ですが、これを持つものが難培養性の嫌気性細菌に限定されているため当時は発見の糸口がつかめなかったのです。第 3 の L-フコース分解経路は、人間だけでなく人体に棲む大腸菌や乳酸菌などの善玉菌にもないことから、 FucH の働きを阻害するような化合物が幅広い病気への創薬シーズとして使える可能性があります。

FucH は機能が分かっているタンパク質と比較してアミノ酸配列の類似性が 30%以下しかない典型的な「機能未知遺伝子」でしたが、今回初めて生理的役割を解明することが出来ました。これからもこうした新規酵素の発見を目指して研究を進めていきます。

図 1.L-フコースの代謝経路

 

図 2.嫌気性細菌の持つ経路 3 の遺伝子の集まり

【論文情報】

掲載誌:Journal of Biological Chemistry 題名:Characterization of L-2-keto-3-deoxyfuconate aldolases in a non-phosphorylating L-fucose

metabolism pathway in anaerobic bacteria.(嫌気性細菌の持つリン酸化を伴わない L-フコース代謝経路に含まれる L-2-ケト-3-デオキシフコン酸アルドラーゼの解析)著者:Seiya Watanabe

DOI:10.1074/jbc.RA119.011854

【本件に関する問い合わせ先】
愛媛大学大学院農学研究科(沿岸環境科学研究センター兼任) 教授 渡辺誠也

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医療・健康細胞遺伝子工学生物化学工学生物環境工学
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