ダイズの分泌物「ダイゼイン」が根圏微生物叢を形成することを解明

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根から数ミリの土壌で働く植物特化代謝物

2020-01-14  京都大学

杉山暁史 生存圏研究所准教授、奥谷芙季 農学研究科修士課程学生、濱本昌一郎 東京大学准教授、青木裕一 東北大学助教らの研究グループは、シミュレーションと根箱栽培による実証試験により、ダイズ根から分泌されるダイゼインが根から数ミリの限られた土壌領域に留まることを明らかにしました。

さらに、植物の根から影響を受ける土壌領域である根圏と同程度の濃度でダイゼインを人工的に与えた土壌は、実際の圃場(農作物を栽培する場所)で栽培しているダイズの根圏と共通する微生物が増加し、ダイズ根圏微生物叢に近づくことを明らかにしました。

根圏でのダイゼインは生育期間を通してほぼ同濃度で維持されますが、ダイゼインは根粒形成だけでなく、生育に重要な役割を担う根圏微生物叢の形成にも機能するために、生育期間を通してダイズ根から分泌されることが示唆されます。

本研究成果は、微生物資材とダイゼインのような植物特化代謝物を活用して根圏微生物叢を調節し、持続可能な農業を実現するために活用されることが期待されます。

本研究成果は、2019年12月24日に、国際学術誌「Plant Cell & Environment」のオンライン版に掲載されました。

図:本研究の概要図

詳しい研究内容について

ダイズの分泌物「ダイゼイン」が根圏微生物叢を形成することを解明
―根から数ミリの土壌で働く植物特化代謝物―

概要
根圏は植物の根から影響を受ける土壌領域です。ダイズは根からイソフラボンの一種であるダイゼインを分泌し、窒素固定を行う根粒菌との共生関係を構築することが古くから知られていました。
京都大学生存圏研究所の杉山暁史 准教授、同大学院農学研究科 奥谷芙季 修士課程学生、東京大学大学院農学生命科学研究科 濱本昌一郎 准教授、東北大学メディカル・メガバンク機構 青木裕一 助教らの研究グループは、シミュレーションと根箱栽培による実証試験により、ダイズ根から分泌されるダイゼインが根から数ミリの限られた土壌領域に留まることを明らかにしました。さらに、根圏と同程度の濃度でダイゼインを人工的に与えた土壌は、実際の圃場 農作物を栽培する場所)で栽培しているダイズの根圏と共通する微生物が増加し、ダイズ根圏微生物叢に近づくことを明らかにしました。根圏でのダイゼインは生育期間を通してほぼ同濃度で維持されますが、ダイゼインは根粒形成だけでなく、生育に重要な役割を担う根圏微生物叢の形成にも機能するために、生育期間を通してダイズ根から分泌されることが示唆されます。この研究成果は、微生物資材とダイゼインのような植物特化代謝物を活用して根圏微生物叢を調節し、持続可能な農業を実現するために活用されます。
本研究成果は、2019 年 12 月 24 日に英国の国際学術誌「Plant Cell & Environment」にオンライン掲載されました。

1.背景
根圏は「 根から影響を受ける土壌領域」と定義されている根近傍の土壌です。根圏は植物から分泌されるさまざまな代謝物の影響によって、土壌の中でも特に微生物が多く存在することが知られています。また、根圏にいる微生物のコミュニティー 根圏微生物叢)は植物の生育に密接に関係します。たとえば、根粒菌という土壌微生物はダイズの根に共生し、窒素固定を行い、空気中の窒素をアンモニアに還元して植物の生育を支えます。根圏は植物の生育や作物生産に極めて重要な土壌領域であることから、根圏の微生物叢と植物生育のかかわりについて世界的に研究が盛んに行われています。しかし、根圏領域は「 根から影響を受ける範囲」と定義されているのみで、実際の土壌ではどこまでが根圏なのかは不明であり、また、根からの主要な影響である植物代謝物の根圏微生物叢形成における役割については未解明な部分が多く残されています。本研究グループは、土壌のブラックボックスであった「 根圏の代謝物の世界=根圏ケミカルワールド」を解明し、それを作物生産に活用することを目指しています。

2.研究手法・成果
本研究グループは、ダイズが分泌する主要な植物特化代謝物であるダイゼインに着目しました。ダイゼインはダイズの根から分泌され、根粒菌の共生に必要な遺伝子のスイッチを ON にする機能を有することが 1987 年に報告されています。その後の研究で、ダイゼインは根粒形成が開始されない生育後期に至るまで、ダイズ根圏にほぼ一定の濃度で維持されることが明らかにされ、ダイゼインが根粒形成以外にも根圏で機能を有することが推測されていました。
まず、ダイゼインが土壌のどの領域で機能するのかを調べるために、移流分散方程式をもとにして、ダイズ根から分泌されるダイゼインの動きを計算することにより、根から分泌されたダイゼインが根から数ミリの範囲に留まるというシミュレーション結果を得ました。さらに、根箱装置を用いてダイズを栽培し、実際にダイゼインの分布が根から 2 mm 以内であることを明らかにしました。
根圏のダイゼイン濃度を維持できるように、植物を育てていない土壌にダイゼインを添加すると、土壌の微生物叢が変化し、ダイズ根圏の微生物叢に近づくことが明らかになりました。これまで、ある代謝物をつくれなくなった植物の変異体を用いて、植物代謝物が根圏微生物叢形成に関わることが報告されていましたが、本研究では、根から分泌される植物特化代謝物を直接土壌に添加することにより、根圏微生物叢が形成されることを示すことができました。

図. 根圏領域 (図の黄色い部分)に蓄積するダイゼインが根圏微生物叢の形成に働く

3.波及効果、今後の予定
ダイゼインにより増加する微生物は、植物生育促進効果が期待されるものも含まれています。代謝物を介して、根圏微生物叢が形成されていることから、ダイゼインのような代謝物そのものや、代謝物と微生物を組み合わせたものを農業資材として活用することが期待されます。ダイゼイン等の代謝物を活用することで、微生物資材が圃場によって効果が不安定であることを解消することも期待されます。

4.研究プロジェクトについて
本研究は、JST CREST 研究領域「環境変動に対する植物の頑健性の解明と応用に向けた基盤技術の創出」科研費基盤研究 (B)「根圏メタボロダイナミックスの分子・数理基盤」の支援を受けて行われました。

<用語解説>
根圏
植物の根から影響を受ける領域と定義されている、根の近傍の土壌のこと。根から何ミリと定義されているわけではない。

根粒菌
空気中の窒素をアンモニアに還元する働きを持つ土壌細菌。ダイズなどのマメ科植物は根粒菌と共生し、根に根粒という器官を形成する。根粒の中で、植物は根粒菌に光合成で獲得した炭素を与え、根粒菌は植物に窒素を与えるという、共生関係を成立させている。窒素肥料を与えなくても空気中の窒素を生育に活用できることから、マメ科植物は農業においても重要である。

根圏微生物叢
根圏に生息する微生物のコミュニティー。土壌は多様な微生物が存在するが、根圏は植物根からの影響をうけるため、微生物の多様性 種類の多さ)が低くなる。その一方で、微生物の量は多い。近年、根圏微生物叢を包括的に解析する技術が確立されてきたことから、植物の生育と根圏微生物の関係性が世界的に研究されている。

植物特化代謝物
植物が生産する代謝産物のうち、発生や成長、生殖等に必須ではないものの、植物の生存戦略上重要な機能を担うと考えられる代謝物の総称。生物活性を有するものも多く、医薬品原料や香料など私たちの生活にかかわる代謝物もある。土壌に分泌される植物特化代謝物には、植物と微生物の相互作用に関わるものもある。

根箱
アリの巣を観察するような箱と同じで、根の構造を観察するために開発されたもの。大きさや構造は様々なものがあり、研究の目的に応じて最適な根箱を設計することもある。

<研究者のコメント>
植物代謝生化学、土壌物理学、情報科学の研究者が協力することで植物特化代謝物の土の中での動態や新しい機能が明らかになってきました。今後、圃場での研究を続けることで、持続型農業に役立つ技術を開発していきたいです。

<論文タイトルと著者>
タ イ ト ル : Rhizosphere modeling reveals spatiotemporal distribution of daidzein shaping soybean rhizosphere bacterial community
(ダイズ根圏微生物叢を形成するダイゼインの時空間分布を根圏モデリングにより解明)著 者:Fuki Okutani, Shoichiro Hamamoto, Yuichi Aoki, Masaru Nakayasu, Naoto Nihei, Taku Nishimura,
Kazufumi Yazaki, Akifumi Sugiyama
掲 載 誌: DOI:doi.org/10.1111/pce.13708

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生物化学工学生物環境工学
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