プラムポックスウイルスの一時的弱毒化による広域拡散戦略

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感染症が国際警戒の目をかいくぐり分布拡大する仕組みを解明

2020-01-24 東京大学
発表者
前島 健作(東京大学大学院農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻 助教)

山次 康幸(東京大学大学院農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻 教授)

発表のポイント
  • プラムポックスウイルス(PPV)の海外からの侵入・拡散に、一時的な弱毒化が関わっていたことを発見しました。
  • これは、人・家畜・作物の感染症が検疫などの国際警戒の目をかいくぐって分布拡大する新たな仕組みと考えられます。
  • 本研究成果は、感染症の予期せぬ侵入が同様の仕組みによって今後も起きる可能性を示しており、対策のさらなる高度化が必要と考えられます。
発表概要

 近年、豚コレラ(CSF、豚熱)のように侵入を警戒すべき感染症(注1)の発生が国内で相次ぎ、大きな社会問題となっています。プラムポックスウイルス(PPV、注2)は2009年に初めて侵入が確認された重要植物病原体です(図1)。これまでに12都府県で発生が確認されていますが、国内への侵入と拡散の原因はわかっていませんでした。

 今回、東京大学大学院農学生命科学研究科の前島健作助教らの研究グループは、大規模かつ高精度な分子疫学解析(注3)により、PPVの侵入が西ヨーロッパから2度にわたって起きていたこと、侵入後にそれぞれ関東と関西を中心に国内各地へと分布を拡大したことを明らかにしました(図2)。さらに、関西のPPVは複製酵素の変異によって日本への侵入時に一時的に弱毒化しており、侵入後に本来の病原性の回復と多様化を伴いながら拡散していることを明らかにしました。このような一時的な弱毒化は症状を見えづらくし、感染植物の発見を困難にしてしまうことから、PPVが検疫をくぐり抜けて侵入・拡散する際に貢献したと考えられます(図3)。

 本研究で明らかにした一時的な弱毒化は、作物のみならず人や家畜の感染症が検疫などの国際警戒の目をかいくぐって分布拡大する新たな仕組みと考えられます。このような感染症の侵入や拡散を、症状の有無に基づいた検査で食い止めることは困難なため、極微量の病原体であっても検出できるような超高感度の検査技術の開発・普及など、対策のさらなる高度化が必要と考えられます。

発表内容

図1 プラムポックスウイルス(PPV)に感染したウメの症状

図2 PPVの世界的拡散経路の解明

PPV(D系統)は東ヨーロッパから西ヨーロッパに広がり、西ヨーロッパから日本やアメリカ、カナダに侵入したことが示された。灰色の線はヨーロッパ域内、黒色の線はヨーロッパ域外へのPPVの拡散を表す。

図3 PPVの一時的弱毒化による分布拡大のモデル図

PPVは国際的な検疫による監視システムをくぐり抜けて関西に侵入したと考えられるが、その際、ウイルス複製酵素中の2635番目のアミノ酸部位が、従来のシステイン(Cys;赤色)から弱毒型のアルギニン(Arg;黒色)へと変異しており、侵入後はCys(赤色)の再獲得や、ヒスチジン(His;緑色)やセリン(Ser;青色)への再変異も起きるなど、病原性の回復と多様化が起きていた。このような一時的な弱毒化は、ウイルスが国際的な監視の目をくぐり抜けて分布拡大する新たなメカニズムと考えられる。

1.研究の背景

 国内に常在しない感染症の予期せぬ発生は、発見や対応の遅れからしばしば重大な被害を引き起こし、封じ込めにも多大な人的・時間的・経済的コストが必要となります。このような感染症の侵入・拡散の原因や経路を解明することができれば、発生の阻止や効率的な封じ込めに貢献すると期待されます。PPVは侵入が警戒されていた果樹の最重要病原体の1つで(図1)、2009年に国内での初発生が東京大学大学院農学生命科学研究科 植物医科学寄付講座 東京大学植物病院®によって確認されました。以降、累計約300万本に及ぶ全国調査により関東から関西にわたる広い範囲で約3万本の感染樹が発見されましたが、そのほとんどは感染理由が不明で、PPVの侵入・拡散の原因や経路の解明が求められていました。

2.研究内容

 今回、東京大学大学院農学生命科学研究科の前島健作助教らの研究グループは、国内の発生地域から網羅的に集められた200以上のPPV分離株の全ゲノム配列を決定することにより高精度の分子疫学解析を行いました。その結果、すべて同一のD系統(注4)に含まれたものの、西ヨーロッパから別々に侵入したと推察される2つの異なる集団が存在することを明らかにしました(図2)。この2集団はそれぞれ関東と関西を中心に分布しており、関東では東京都において、関西では大阪府においてウイルスの多様性が最も高かったことから、これらの地域がPPVの最初の侵入地域と推定されました。また、和歌山県での発生が関東のPPVに由来するなど国内における詳細な拡散経路も明らかになりました。

 さらに、D系統内のウイルス進化に着目したところ、強い正の選択(注5)を受けている5箇所のアミノ酸部位を特定しました。中でもウイルス複製酵素の活性中心(GDDモチーフ)近傍の2635番目のアミノ酸の変異は、ウイルスの蓄積量や伝染効率、症状の激しさなど疫学的な病原性の変化をもたらしていました。D系統の進化に伴うこのアミノ酸部位の変異をシミュレーションしたところ、D系統ではシステイン(Cys)が一般的であるものの、関西に侵入した際に弱毒型のアルギニン(Arg)に変異していました。このような弱毒化は一見不利に思えますが、発症が抑えられるため、検疫などによって症状のある植物が検査・除去される条件下においては見逃される可能性が高くなり、ウイルスの分布拡大にむしろ有利に働くと考えられます(図3)。さらにその後の国内での拡散過程で、多くのウイルスがCysを再獲得していたほか、従来にはないヒスチジン(His)やセリン(Ser)へと再変異したウイルスも認められ、ウイルスが本来の病原性や、従来とは異なる新たな病原性を獲得したと考えられました。

3.社会的意義

 人・家畜・作物に対する重要な感染症は、検疫などにより国際的に侵入・拡散が警戒されていますが、近年その発生が国内で相次ぎ、近隣諸国の発生状況からさらなる侵入も危惧されています。本研究により、病原体の侵入・拡散経路の特定と対策において、高精度な分子疫学解析の有用性が示されました。さらに、病原体が海外から侵入し拡散する際に一時的に弱毒化した後に病原性が回復あるいは多様化するという今まで想定されていなかった現象が見出されました。これは、感染症の分布拡大における新たなメカニズムであり、今後も同様のメカニズムにより予期せぬ侵入や拡散が起きる可能性を示しています。このような事態を食い止めることは、症状の有無に基づいた検査では困難なため、極微量の病原体であっても検出できるような超高感度の検査技術の開発・普及など、対策のさらなる高度化が必要と考えられます。

発表雑誌
雑誌名
Molecular Plant Pathology」(1月24日オンライン公開予定)
論文タイトル
Intra-strain biological and epidemiological characterization of plum pox virus
著者
Kensaku Maejima*, Masayoshi Hashimoto, Yuka Hagiwara-Komoda, Akio Miyazaki, Masanobu Nishikawa, Ryosuke Tokuda, Kohei Kumita, Noriko Maruyama, Shigetou Namba, and Yasuyuki Yamaji
DOI番号
10.1111/MPP.12908
論文URL
https://bsppjournals.onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1111/mpp.12908
問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻 植物病理学研究室

助教 前島 健作 (まえじま けんさく)

用語解説

注1 侵入警戒すべき感染症

 国内への侵入・拡散により重大な人的・社会経済的被害が想定される、人・家畜・作物の感染症。検疫(空港・港湾での検査や消毒など)による侵入防止対策がとられている。具体的には、

 ・人における「検疫感染症」:エボラ出血熱やデング熱(2014年に発生)など

 ・動物における「家畜伝染病」:2018年9月以降国内で発生が続いている豚コレラ(CSF、豚熱)や、現在侵入が危惧されているアフリカ豚コレラ

  (ASF、アフリカ豚熱)、口蹄疫(2010年に発生)など

 ・植物における「重要病害虫」:プラムポックスウイルス(後述)やウリミバエ(1993年に根絶)、ツマジロクサヨトウ(2019年に発生)など

  がこれにあたる。

注2 プラムポックスウイルス(plum pox virus, PPV;ウメ輪紋ウイルス)

 モモ、ウメ、プルーン、スモモ、アンズ、サクランボなどのサクラ属植物に広く感染し、ヨーロッパを中心に甚大な被害が報告されている植物ウイルス。感染により果実の収量および品質の低下をもたらす。アブラムシにより媒介されるほか、感染植物が苗木や穂木、盆栽などのかたちで流通することにより遠隔地へと運ばれ、新たな伝染源となる。

 ヨーロッパ全域で発生しており、近年ではアジア、北米、南米など世界各地で発生が確認されている。国内では2009年に東京都青梅市のウメから初発見され、その後の根絶事業に伴う全国調査により12都府県での発生が明らかになっている。

 東京大学大学院農学生命科学研究科 植物医科学寄付講座 東京大学植物病院®ではこれまでに本ウイルスの国内初発生を確認し、その封じ込めに向けて簡易・迅速・高感度な診断キットを開発したほか、伝染経路の特定により各地での早期根絶に貢献している。(以下、関連のプレスリリース)

 ・我が国への侵入が警戒されていた植物病原ウイルスplum pox virus(プラムポックスウイルス)の国内における発生について【2009年4月8日】

 ・国内に発生した侵入警戒植物ウイルス「プラムポックスウイルス」に対する高感度・迅速簡易診断キットの開発【2009年7月27日】

注3 分子疫学解析(molecular epidemiology)

 疫学(集団を対象として病気の原因や分布などを解析し、その予防や制御に適用する学問)の一分野。塩基配列、タンパク質、代謝産物などの分子情報を手がかりとすることで、病気の由来やリスク要因について詳細に解析・特定できる利点がある。

注4 D系統

 PPVにおいてこれまで知られている10系統の1つで、最も分布を拡大している系統。PPVの疫学的性状はどの系統に属するかに基づいて推定されるが、実際には同一系統内でも病原性など性状の多様性が指摘されており、本研究はその分子機構を初めて解明した研究例となる。なお、神奈川県横浜市周辺ではM系統の発生が近年確認されているが、今回の解析では解析対象に含めていない。

注5 正の選択(positive selection)

 自然選択の一種で、本研究ではウイルスゲノムの特定の部分に、アミノ酸変異を伴う塩基配列の変異が高頻度で起きていることを指す。このような変異は、何らかの環境変化に適応してウイルスが進化したことを示すため、正の選択の検出はウイルス間に性状の違いがあるかどうかを調べるうえで有力な指標となる。

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