2020-03-06 大阪大学,日本医療研究開発機構
研究成果のポイント
- 日本人集団2,000人の全ゲノム情報からミトコンドリアゲノムの配列を詳細に決定し、配列の個人差を同定。
- ミトコンドリアゲノムと核ゲノムの遺伝子変異のパターンの違いを高精度で明らかに。
- 機械学習の手法の活用により、日本人集団におけるミトコンドリアゲノムの配列の多様性を可視化。
- ミトコンドリアゲノムの配列の個人差と、筋逸脱酵素(CK)、腎機能(eGFR)、肝逸脱酵素(AST)、バセドウ病の関係が明らかに。
概要
一般的によく知られている核ゲノムとは異なり、ミトコンドリアは独自のゲノム(ミトコンドリアゲノム)を持っています。大阪大学大学院医学系研究科の山本賢一 大学院生(博士課程)、岡田随象教授(遺伝統計学)らの研究グループは、バイオバンク・ジャパン*1により収集された日本人集団2,000人の全ゲノム情報を用いてミトコンドリアゲノム*2の配列を解析しました(図1)。その結果、日本人集団に特徴的なミトコンドリアゲノムの配列を同定し、ミトコンドリアゲノムと核ゲノムの遺伝子変異のパターンの違いを詳細に明らかにしました。また、機械学習*3の手法を活用することで、日本人集団におけるミトコンドリアゲノムの配列の多様性を可視化しました。更に、バイオバンク・ジャパンにより収集された日本人集団15万人のゲノムワイド関連解析データに含まれていたミトコンドリアゲノムの情報と組み合わせることで、複数の形質や疾患がミトコンドリアゲノムの配列の個人差と関連があることを明らかにしました。
今回、岡田教授らの研究グループは、ミトコンドリアゲノムの遺伝子変異の組み合わせを分類し、その分布を調べることで、ヒトの祖先集団の移動や由来を推定することが出来るハプログループ*4を解析しました。日本人集団に特徴的なハプログループのパターンを同定したところ、日本国内の地域によってハプログループの頻度分布が異なることが明らかになりました。また、ミトコンドリアゲノムの配列情報を詳細に調べることで、核ゲノムとの遺伝子変異のパターンの違いを詳細に明らかにするとともに、得られたミトコンドリアゲノムの配列情報に機械学習の手法を適用することで、日本人集団における多様性を可視化することに成功しました。
更に、バイオバンク・ジャパンの日本人集団15万人のミトコンドリアゲノムの情報を用いて、疾患、臨床検査値、食生活習慣などの99の形質との関連を調べたところ、筋逸脱酵素、腎機能、肝逸脱酵素、バセドウ病といった形質とミトコンドリアゲノムの配列が関係していることが初めて判明しました。本研究により、ミトコンドリアと疾患との関わりの解明が加速することで、健康の増進に寄与すると考えられます。
図1:ミトコンドリアゲノム情報を用いた包括的な解析
本研究成果は、英国科学誌「Communications Biology」に、3月6日(金)午前1時(日本時間)に公開されます。
研究の背景
ミトコンドリアは細胞内に存在する細胞小器官の1つであり、太古の昔に真核生物の細胞に寄生した細菌に由来すると考えられています。細胞とともに進化し、酸化的リン酸化*5を通じて細胞にエネルギーを供給するという生体維持に重要な役割を担っています。ミトコンドリアは独自のゲノム(ミトコンドリアゲノム)を持ち、酸化的リン酸化に関する遺伝子を含んでいます。広く研究されている核ゲノムと異なり、変異が生じやすく、組換えがないという特徴があることが分かっています。母系遺伝*6により継承されることから、人類の起源や変遷、またその機能からいくつかの疾患や形質との関わりが調べられてきました。しかし、最新の次世代シークエンサー*7を用いた包括的なミトコンドリアゲノムの解析や、非ヨーロッパ人集団におけるバイオバンクを活用したヒトの形質とミトコンドリアゲノムとの関わりはほとんど調べられていませんでした。
本研究の成果
研究グループは、バイオバンク・ジャパンにより収集された日本人集団2,000人の日本人の全ゲノム情報(Okada Y et al. Nat Commun2018)からミトコンドリアゲノムの情報を取り出し、包括的な情報の解析を行いました。共通祖先のグループを調べるハプログループの解析では、日本人集団に見られるハプログループの頻度分布が日本国内の地域によって異なることが判明しました。また、ミトコンドリアゲノムの配列情報をもとに機械学習の手法を用いてサンプルを分類することで、日本人集団における遺伝的多様性を最適に説明するハプログループの組み合わせを可視化できることを示しました(図2)。本研究は次世代シークエンサーによる詳細な多型情報を用いているため、ミトコンドリアゲノムと核ゲノムとの違いを詳細に明らかにしました。更に、バイオバンク・ジャパンにより収集された日本人集団15万人のゲノムワイド関連解析*8データに含まれていた、部分的なミトコンドリアゲノムの配列情報と組み合わせることで、これらのサンプルにおけるミトコンドリアゲノムの配列をコンピューター上で推定することが可能になりました(遺伝型インピュテーション*9)。その結果、99の形質と疾患の情報に対し、ミトコンドリアゲノムワイド関連解析*10を行い、筋逸脱酵素であるクレアチンキナーゼ(CK)、腎機能であるeGFR、肝逸脱酵素であるAST、自己免疫疾患の一種であるバセドウ病といった形質とミトコンドリアゲノム配列の個人差との関連を明らかにすることができました。
図2:機械学習で判明した日本人集団におけるミトコンドリアゲノムの遺伝的多様性
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究成果により、日本人集団に特徴的なミトコンドリアゲノムの配列が解明され、日本国内の地域によってハプログループの頻度分布に違いがあることが分かりました。また、ミトコンドリアゲノムの配列の個人差といくつかの疾患や形質が関係することが明らかになり、今後、ミトコンドリアゲノムと疾患との関わりの解明が加速することが期待されます。一方で、ミトコンドリアゲノムに含まれる遺伝子変異の配列が、ヒトの形質に影響を与えている生物学的、医学的な意味は不明なままであり、更なる研究による解明が望まれます。
用語説明
- ※1 バイオバンク・ジャパン
- 日本人集団27万人を対象とした生体試料バイオバンクで、ゲノム解析が終了した人数は20万人とアジア最大である。オーダーメード医療の実現プログラムを通じて、ゲノムDNAや血清サンプルを臨床情報とともに収集し、研究者へのデータ提供や分譲を行っている。
- ※2 ミトコンドリアゲノム
- ミトコンドリア内には小さい環状DNA(塩基数 16,569)が局在し、37の遺伝子を含んでいる。酸化的リン酸化に関与する遺伝子をいくつか含んでいるが、大半は核ゲノムに含まれている。1つのミトコンドリア内に複数のゲノムが含まれており、1つの細胞内に数百のミトコンドリアが存在しているため、1つの細胞内に1000個程度のミトコンドリアゲノムが存在する。核ゲノムに比較して、変異が生成される頻度が高く、通常、変異は母系遺伝※6により伝播していく。
- ※3 機械学習
- 大量のデータに対し、明示的な指示を与えることなく、機械にパターンや規則を発見させ、特定の課題を効率的に実行するための技術のことである。
- ※4 ハプログループ
- 片方の親由来の遺伝子の並びをハプロタイプと呼ぶ。ミトコンドリアゲノムは母系遺伝で伝播し、地域特異的なハプロタイプを持つ。ミトコンドリアゲノムのハプロタイプによる分類をハプログループといい、その分布を調べることでヒトの誕生、移動が推定することができる。
- ※5 酸化的リン酸化
- 細胞内のミトコンドリアで起こるエネルギー合成反応のことである。ミトコンドリア内膜に存在するタンパク質や補酵素の酸化により、アデノシン二リン酸をリン化することで高エネルギー化合物であるアデノシン三リン酸を得る。
- ※6 母系遺伝
- 母親のみから遺伝情報が引き継がれる遺伝形式のことである。一般的に、受精卵には精子のミトコンドリアは存在せず、母親のミトコンドリアゲノムのみ次世代へ引き継がれていく。
- ※7 次世代シークエンサー
- 2000年半ばごろに登場した、DNAの塩基配列を同時並行に決定することができる機械のことである。従来の塩基配列決定法であったサンガーシークエンスでは解読配列の選別が必要であったが、次世代シークエンサーにおいては、選別を必要とせず、DNAサンプル中に存在する全ての断片の塩基配列を同時に並行して決定することができ、高速に、かつ大量にDNAの塩基配列を決定できるようになった。
- ※8 ゲノムワイド関連解析
- ヒトゲノムの全領域にわたり存在する遺伝子多型*11の情報を用い、疾患や形質と関連する遺伝的要因を探索する手法。ヒトゲノム上から効率的に選択された数十万箇所の遺伝子変異のジェノタイプ情報を、マイクロアレイ技術*12に基づき取得することで実施される。
- ※9 遺伝型インピュテーション
- ヒトゲノム情報において比較的頻度の高い一塩基多型をタイピングするアレイには搭載されていない領域の遺伝型を推定する統計手法で、同一祖先サンプルの全ゲノム解析の結果から作られたハプロタイプ情報をリファレンスとして行われる。
- ※10 ミトコンドリアゲノムワイド関連解析
- ミトコンドリアゲノムの全領域にわたり存在する遺伝子多型の情報を用い、疾患や形質と関連する遺伝的要因を探索する手法。
- ※11 遺伝子多型
- DNAの塩基配列における個体差のことであり、ゲノム上のある一つの領域に二つ以上のアレルが存在する状態を言う。ヒトの複雑な形質との関わり、集団遺伝学や法医学等において研究されている。
- ※12 マイクロアレイ技術
- 主にDNAマイクロアレイのことを指し、数万から数十万に区切られた基盤上にゲノム全体に対応させたDNA部分配列を高密度に配置し、固定したもの。DNAチップとも呼ばれ、塩基配列やコピー数、遺伝子発現の決定に用いられる。
特記事項
本研究成果は、2020年3月5日(木)11時(米国東部時間)〔3月6日(金)1時(日本時間)〕に英国科学誌「Communications Biology」(オンライン)に掲載されます。
- 【タイトル】
- “Genetic and phenotypic landscape of the mitochondrial genome in the Japanese population”
- 【著者名】
- Kenichi Yamamoto1,2, Saori Sakaue1,3,4, Koichi Matsuda5, Yoshinori Murakami6, Yoichiro Kamatani3,7, Keiichi Ozono2, Yukihide Momozawa8, Yukinori Okada1,9,10, *
- 【所属】
-
- 大阪大学大学院医学系研究科 遺伝統計学
- 大阪大学大学院医学系研究科 小児科
- 理化学研究所 生命医科学研究センター 統計解析研究チーム
- 東京大学大学院医学系研究科 アレルギー・リウマチ学
- 東京大学大学院新領域創成科学研究科メディカル情報生命専攻 クリニカルシークエンス分野
- 東京大学医科学研究所 癌・細胞増殖部門 人癌病因遺伝子分野
- 東京大学大学院新領域創成科学研究科メディカル情報生命専攻 複雑形質ゲノム解析分野
- 理化学研究所 生命医科学研究センター 基盤技術開発研究チーム
- 大阪大学免疫学フロンティア研究センター 免疫統計学
- 大阪大学先導的学際研究機構 生命医科学融合フロンティア研究部門
本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)ゲノム医療実現推進プラットフォーム事業先端ゲノム研究開発「遺伝統計学に基づく日本人集団のゲノム個別化医療の実装」の一環として行われ、大阪大学大学院医学系研究科バイオインフォマティクスイニシアティブの協力を得て行われました。
お問い合わせ先
研究に関すること
岡田 随象(おかだ ゆきのり)
大阪大学 大学院医学系研究科 遺伝統計学 教授
報道に関すること
大阪大学大学院医学系研究科 広報室
AMED事業に関すること
国立研究開発法人日本医療研究開発機構
基盤研究事業部 バイオバンク課
ゲノム医療実現推進プラットフォーム事業担当