2018-04-03 大阪大学,科学技術振興機構(JST)
ポイント
- 弱い相互作用で引っ付いたり離れたりする複合体の構造は、解析が難しく働いている姿を見ることは出来ていなかったが、人工的に再構成したフェレドキシンを使い、不安定な複合体を結晶化することに成功。
- 光合成電子伝達鎖を構成する巨大な膜たんぱく質が、末端の電子キャリアたんぱく質(フェレドキシン)に電子を渡す際、立体構造を変化させながら効率良く電子伝達する仕組みを解明。
- 今後、光合成の人工的な最適化や光合成機能の強化につながる可能性。
大阪大学 蛋白質研究所の栗栖 源嗣 教授らの研究グループは、ドイツ・ルール大学のマチアス・レグナー 教授らと共同で、光合成で働く巨大な膜たんぱく質(光化学系I注1))が、光のエネルギーを使って電子を伝達する姿の構造解析に成功しました。
植物や藻類が行う光合成反応は、地球上の全ての生命体を支える重要な反応で、光エネルギーを使って発電する太陽電池のような反応です。発電に相当する反応は“電子伝達”と呼ばれ、チラコイド膜注2)中の巨大な膜たんぱく質と可溶性の電子伝達たんぱく質が行っています。水から得られた電子はチラコイド膜の回路を伝って光化学系Iと呼ばれる巨大な膜たんぱく質に伝わり、最後の受け手である電子キャリアたんぱく質(フェレドキシン)に電子をバトンパスすることで、さまざまな酵素に電力が供給されています。しかし、電子伝達は弱い力で駆動されるので、その詳細な仕組みは解明されていませんでした。今回、栗栖教授らは人工的に再構成注3)したフェレドキシンを使い、不安定な複合体を結晶化することに成功しました。さらに、大型放射光施設SPring-8のX線を用いて構造解析を進めました。X線構造解析注4)と生化学的な解析から、フェレドキシンを結合した時に玉突き式の構造変化を起こして対称な形を変化させながら効率良く電子を渡していることを突き止めました(図1)。
今後、フェレドキシンからの電子伝達経路も詳細に解析することで葉緑体の電子回路の改変指針を得る事ができれば、光合成の人工的な最適化や光合成機能の強化につながる可能性があります。
本研究成果は、英国科学誌「Nature Plants」に4月3日(火)午前1時(日本時間)に公開されます。
本研究は、JST 戦略的創造研究推進事業 CREST研究の一環として行われ、大阪大学から国際共同研究促進プログラムの支援を受け、ルール大学ボーフムのマチアス・レグナー 教授の協力を得て行われました。また、たんぱく質の立体構造は、大型放射光施設SPring-8に大阪大学が設置しているビームラインBL-44XUを用いて得られたものです。
<研究の背景>
光合成反応は、地球上の全ての生命体を支える重要な反応で、生成する酸素や取り込む二酸化炭素の量が地球環境を決定づけているといっても過言ではありません。光合成反応は光エネルギーを化学エネルギーに変える電子伝達部と、その化学エネルギーを利用して二酸化炭素を取り込む部分とに分かれています。光合成電子伝達と呼ばれる電子伝達部は主に3種の巨大たんぱく質複合体(光化学系ⅠおよびⅡ、チトクロムb6f複合体)により構成されていますが、今回注目した“働いている構造”が分かる光化学系I複合体は、その中で最も大きな分子サイズを持っています。光化学系I単体の構造はすでに報告されていましたが、電子伝達する相手であるフェレドキシンと呼ばれる電子キャリアたんぱく質は、非常に弱い相互作用で複合体を形成するため、複合状態での結晶化が難しく、電子をバトンパスする詳細な姿と、その電子伝達の分子メカニズムは不明でした。
<研究の内容と成果>
栗栖教授らの共同研究グループでは、フェレドキシンが持つ鉄硫黄クラスターと呼ばれる金属部分を人工的に別の金属に置き換えて、酸化還元注5)状態を均質にすることで、安定な結晶を得る事に成功しました。この複合体の結晶を用いて大型放射光施設SPring-8において回折実験を行い、複合体たんぱく質の構造を原子分解能で解析しました。その結果、フェレドキシンが光化学系Iに結合し、結合した時だけ光化学系Iの三量体が非対称に構造を変化させることを突き止めました(図2:左)。またフェレドキシンの結合に伴い、光化学系Iが玉突き式に構造を変化させて(図2:右)、もう1つの電子キャリアたんぱく質シトクロムとの結合を調整していることも分かりました。以上のことから、電子キャリアたんぱく質の結合が光化学系Iの構造を変化させて効率良く電子伝達することを世界で初めて明らかにしました。
<今後の展開>
電子伝達は相互作用が弱いにもかかわらず非常に特異的に進行する反応で、特に光合成生物ではさまざまな調節機構を持っています。本研究成果のように、光合成電子伝達の巧妙な活性化機構を理解することで植物や藻類の改変指針を得ることができれば、光合成の人工的な最適化や光合成機能の強化につながる可能性があります。
<参考図>
図1 玉突き式構造変化を示した概念図
Fd(フェレドキシン)の結合により順番に構造が変化し、膜の反対側に情報が伝達されることが分かりました。
図2 光化学系Iとフェレドキシンの複合体構造
- (左)膜の上から見た光化学系Iの三量体の図。結合しているフェレドキシン(黄、緑、水色)はリボンモデルで表示して赤い波線で囲っている。
- (右)左図の青い波線に対応する単量体(3分の1の構造)を切り出して横から見た図。
<用語解説>
- 注1)光化学系Ⅰ
- 植物や藻類が持つたんぱく質複合体で、クロロフィルやカロテノイドなどの色素や金属中心が分子内部に精巧に配置された膜たんぱく質。ラン藻の複合体は三量体構造をとり、分子サイズは巨大で約100万ダルトンにおよぶ。
- 注2)チラコイド膜
- 光合成を行う植物や藻類が持つ光合成機能に特化した生体膜。多くの色素や膜たんぱく質が規則正しく埋め 込まれている。
- 注3)再構成
- 金属を含むたんぱく質のうち、金属を含む部分のみを人工的に入れ替えて、構造のよく似た改変体を作る操作。
- 注4)X線構造解析
- 物質の構造を解析する手法の1つ。調べたい物質の結晶に対してX線を照射して、そこから散乱されたX線の強度を観測し解析することで最終的に結晶中の物質の構造を知ることができる。
- 注5)酸化還元
- 2つの物質間に電子の授受が起こる反応をいい、片方が酸化(電子を奪われる)されると還元(電子を受け取る)される成分も必ず存在するため、両者をまとめて酸化還元と呼ぶ。
<論文情報>
タイトル
“X-ray structure of an asymmetrical trimeric ferredoxin-photosystem I complex”
著者名
Hisako Kubota-Kawai, Risa Mutoh, Kanako Shinmura, Pierre Sétif, Marc M. Nowaczyk, Matthias Rögner, Takahisa Ikegami, Hideaki Tanaka and Genji Kurisu*(*責任著者)
<お問い合わせ先>
<研究に関すること>
栗栖 源嗣(クリス ゲンジ)
大阪大学 蛋白質研究所 教授
<JST事業に関すること>
科学技術振興機構 戦略研究推進部
<報道担当>
科学技術振興機構 広報課