爬虫類ソメワケササクレヤモリの全ゲノム解読~マウス、ニワトリに並ぶ有用な研究対象として期待~

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2018-04-16 理化学研究所

理化学研究所(理研)生命機能科学研究センター分子配列比較解析ユニットの原雄一郎基礎科学特別研究員、工樂樹洋ユニットリーダー、生体モデル開発ユニットの清成寛ユニットリーダーらの共同研究チームは、爬虫類「ソメワケササクレヤモリ(Paroedura picta)」の全ゲノム配列を解読、公開しました。

本研究成果から得られたゲノム情報により、爬虫類であるソメワケササクレヤモリが、哺乳類のマウス、鳥類のニワトリと並ぶ研究対象として広く活用され、生命科学研究における多様な成果をもたらすと期待できます。

今回、ゲノムが解読されたヤモリ科に属するソメワケササクレヤモリは、理研において何代にもわたり飼育されており、理研内外の研究者に提供されています。共同研究チームが培ってきた技術により得られたゲノム配列は、これまで発表された他の爬虫類のゲノム配列と比較して、高い完成度を持つことが示されました。本成果により、ソメワケササクレヤモリは、高い繁殖力など実験への適性だけでなく、生命現象全般を分子レベルで解き明かすための研究に欠かせない情報も備えるようになりました。さらに、ソメワケササクレヤモリのゲノム情報を、既にゲノムが公表されているヤモリ科のニホンヤモリと比較することにより、ヤモリの祖先に起きた進化現象の一端を解明しました。

本研究は、英国のオンライン科学雑誌『BMC Biology』(4月16日付け:日本時間4月16日)に掲載されます。

背景

主に陸上に生息する哺乳類、鳥類、爬虫類は、約3億2000万年前に共通の祖先動物から分岐したと考えられています。この哺乳類、鳥類、爬虫類からなるグループ(メスに羊膜が備わることから有羊膜類と呼ばれる)の動物は、ヒトやゾウ、ニワトリやダチョウ、ヘビ、ワニやカメ、そして絶滅した恐竜から想像できるように、多様な形態を持っています。それ以外にも、カメやワニにみられる温度依存性の性決定機構[1]、哺乳類と鳥類で独立に獲得された恒温性など、この有羊膜類というグループの中でさまざまな特徴が進化してきました。

従来、有羊膜類の生命科学研究において、哺乳類のマウスやラット、鳥類のニワトリやウズラが実験に広く用いられてきました。しかし、前者はネズミ科、後者はキジ科という限られたグループに属する動物であり、有羊膜類における生命現象を包括的に理解するには、より多様な動物を対象として研究を進める必要があります。たとえば、種によって多様な形態を持つに至った仕組みを解明するために、ヒトやマウスなどの哺乳類とニワトリを比較して、哺乳類で独自に作られた/失われた、あるいは有羊膜類の祖先で既に持っていた特徴を見いだす研究がしばしば行われてきました。一方でこの比較解析には、進化において爬虫類の祖先から形態を大きく変化させた鳥類よりも、爬虫類そのものを用いることがより妥当と考えられます。さらに、3つの系統を全て用いれば、より詳細な比較解析が可能です。そのため、爬虫類の中から実験動物を確立することが急がれてきました。

「ソメワケササクレヤモリ(Paroedura picta)」(図1)は、アフリカ大陸の南東沖に浮かぶマダガスカル島原産のヤモリの一種です。名前のとおり「染め分け」られた模様を持ちます。また他の爬虫類と比べて、1年を通して繁殖力が高く、飼育が容易であり、胚を用いた実験を容易に行えるという、実験に用いる研究対象として適した特徴を兼ね備えています(表1)。

この特徴を生かして、理研の生体モデル開発ユニットでは、ソメワケササクレヤモリの系統を安定的に維持、供給できるシステムを確立しています。2015年、原雄一郎研究員(当時)らは、ソメワケササクレヤモリの形態形成で機能する遺伝子の配列情報を網羅的に得ることに成功しました注1)。この研究の発表後、ソメワケササクレヤモリは、予想以上に広い分野の生物学の研究者に興味を持たれるようになりました。また、形態形成をはじめとするさまざまな生命現象において、遺伝子がどのように機能するかを理解するには、遺伝子だけではなくその周辺のゲノム領域が持つ特徴も知る必要があります。それを実現するのが、生物が持つ遺伝情報の全てをあらわにできる全ゲノム解読です。

注1)2015年11月20日プレスリリース「新たな実験動物としてのソメワケササクレヤモリ

ソメワケササクレヤモリと代表的な爬虫類の1種グリーンアノールの比較表

表1 ソメワケササクレヤモリと代表的な爬虫類の1種グリーンアノールの比較

研究手法と成果

共同研究チームは、ソメワケササクレヤモリの胚からDNAを抽出し、超並列DNAシーケンサー[2]を用いてゲノム配列を網羅的に解読しました。DNAシーケンサーで読み取った断片的な配列を高性能なコンピュータでつなぎ合わせた結果、総塩基数が1.69 Gb(16億9000万塩基対)のゲノム配列が得られました。さらに、コンピュータ演算によりゲノム配列の中に遺伝子領域を予測し、約28,000個の遺伝子を推定しました。このゲノム配列はつながり具合、ならびに復元された遺伝子の網羅度という点で、これまで解読された爬虫類ゲノムの中でも高品質であることが示されました(図2)。本研究で作成したソメワケササクレヤモリのゲノム配列は、共同研究チームが構築したオンラインデータベースReptiliomixで公開しています。

生物種間で比較する対象は、目に見える体の特徴に限りません。ゲノムに刻まれる遺伝子情報も、哺乳類、鳥類、ならびに爬虫類の間でコンピュータを用いて比較できます。本研究では、ソメワケササクレヤモリを含む14種の有羊膜類の動物を用いて、各生物が持つ遺伝子セットを比較することで、その進化的な変遷を推定しました(図3)。その中で、ヤモリ科の祖先は視覚に関わる2種類のオプシン遺伝子[3]を既に失っており、夜行性の動物として生活していた可能性が示されました。また、壁を登るのが苦手なソメワケササクレヤモリ、得意なニホンヤモリは、ともに趾下(しか)薄板[4]の形成に必要なβ-ケラチン遺伝子をゲノム中に多数保持していたことから、ヤモリ科の祖先において複雑な形態の趾下薄板を形成しうる分子機構が備わっていたことも示されました。

また、この遺伝子セットの比較解析において、有羊膜類だけではなく脊椎動物全体に当てはまりうる、遺伝子進化の普遍的な仕組みを発見しました。共同研究チームは、ソメワケササクレヤモリの遺伝子セットから、有羊膜類の祖先に存在し、かつ哺乳類、鳥類には見つからず爬虫類だけに見つかる遺伝子、すなわち進化の過程で哺乳類と鳥類でそれぞれ別々に失われたと考えられる遺伝子を選び出しました。そして、その遺伝子が経た数億年にわたる変化の過程をコンピュータを用いて推定しました。

ソメワケササクレヤモリの遺伝子のうち、哺乳類と鳥類で別々に失われた遺伝子では、有羊膜類に広く保持される遺伝子と比較して、タンパク質のアミノ酸配列に影響するゲノム配列の塩基が速く変化することが示されました。これは、機能的に重要でない遺伝子ほど変化を受けやすくその結果として失われやすい、という進化学における従来の説と合致します。加えて、これらの遺伝子では、アミノ酸配列に影響しない塩基の変化の度合いも増大していることが分かりました。この結果は、遺伝子の失われやすさや配列の変化のしやすさが遺伝子の機能に依存していないことを示唆しており、従来の説では説明できません。さらに、これら失われやすい遺伝子には、ゲノム上の分布に偏りがあることが示されました。以上の結果より、共同研究チームは、遺伝子の失われやすさや配列の変化のしやすさを決める要因には、遺伝子が存在するゲノム領域の特徴も関わっていると推測しました。

共同研究チームは、この遺伝子進化の傾向が、少なくとも他の爬虫類にも存在することを確認しました。以上の結果は、数億年にわたる遺伝子の進化が、個々の遺伝子の機能の重要性だけではなく、遺伝子が存在するゲノム上の「場」の特徴によっても左右されることを示していると考えられます。この新しい説を共同研究チームは、「Field disparity(ゲノムの場の不均一性)仮説」として提唱しています。

今後の期待

本研究結果から、実験動物としての資質を兼ね備え、全ゲノム配列情報が整ったソメワケササクレヤモリには、哺乳類のマウス、鳥類のニワトリと並び、さまざまな生物学の分野での活用が期待できます。また、全ゲノム情報の解読により、ソメワケササクレヤモリを用いたゲノム編集による操作的な実験の実現が格段に近づいてきました。

共同研究チームは、ゲノムDNAの核内相互作用の情報を用いた最新の方法[5]による、ソメワケササクレヤモリの染色体スケールのゲノム配列を得るべく、さらなる解析を進めています。この方法により「ほぼ完全な」ゲノムを再構築できるようになれば、多様に進化した爬虫類の性決定機構の解明など、これまで実現できなかったきわめて高精度なゲノム配列が求められる研究にアプローチできると考えられます。

原論文情報

Yuichiro Hara, Miki Takeuchi, Yuka Kageyama, Kaori Tatsumi, Masahiko Hibi, Hiroshi Kiyonari, Shigehiro Kuraku, “Madagascar ground gecko genome analysis characterizes asymmetric fates of duplicated genes”, BMC Biology, 10.1186/s12915-018-0509-4

発表者

理化学研究所
生命機能科学研究センター 分子配列比較解析ユニット
基礎科学特別研究員 原 雄一郎(はら ゆういちろう)
(旧ライフサイエンス技術基盤研究センター 生命機能動的イメージング部門 生命動態情報研究グループ 分子配列比較解析ユニット 基礎科学特別研究員)
ユニットリーダー 工樂 樹洋(くらく しげひろ)
(旧ライフサイエンス技術基盤研究センター 生命機能動的イメージング部門 生命動態情報研究グループ 分子配列比較解析ユニット ユニットリーダー)

生命機能科学研究センター 生体モデル開発ユニット
ユニットリーダー 清成 寛(きよなり ひろし)
(旧ライフサイエンス技術基盤研究センター 生命機能動的イメージング部門 生命動態情報研究グループ 生体モデル開発ユニット ユニットリーダー)

報道担当

理化学研究所 生命機能科学研究センター センター長室 報道担当
山岸 敦(やまぎし あつし)

理化学研究所 広報室 報道担当

産業利用に関するお問い合わせ

理化学研究所 産業連携本部 連携推進部

補足説明
  1. 温度依存性の性決定機構
    われわれヒトがそうであるように、多くの動物では、性染色体の組み合わせによって遺伝的に性別が決まる。大部分の哺乳類ではメスがX染色体を2本、オスがX, Y染色体を1本ずつ持ち、鳥類ではオスがZ染色体を2本、メスがZ, W染色体を1本ずつ持つ。一方、一部の爬虫類では卵の孵化温度で性別が決まる。この仕組みを温度依存性決定という。温度の高低と雌雄の関連は系統によってさまざまであることが知られている。
  2. 超並列DNAシーケンサー
    次世代シーケンサーとも呼ばれる、断片化された数千万~数億本のDNA配列を一度に解読する装置。1配列あたりの解読できる長さは必ずしも長くはないものの、総和として膨大なDNA配列情報が産出される。全ゲノム配列の解読だけではなく、遺伝子発現の定量化、遺伝情報の個人差の同定など、現代の生物学や医学に広く活用されている。
  3. オプシン遺伝子
    光を神経伝達情報に変換するタンパク質「オプシン」をつくる遺伝子。視覚をつかさどるオプシンは5つのタイプに大別され、これらは全て網膜で機能する。そのうちの一つが明暗を識別するロドプシンであり、それ以外のタイプはそれぞれ異なる波長の光を吸収することにより異なる色の識別を担う。
  4. 趾下(しか)薄板
    ほとんどのヤモリが持つ足の裏にあるひだ状の構造で、無数の細い毛からなる。壁面を登るヤモリは発達した趾下薄板を持ち、毛と壁面の分子の間に生じるファンデルワールス力によって支えられていることが知られている。趾下薄板の構造を模倣して接着テープの新たな素材が開発されている。
  5. ゲノムDNAの核内相互作用の情報を用いた最新の方法
    Hi-Cスキャフォールディング法を指す。Hi-C法とは3C法(chromosome conformation capture)を応用した方法で、クロマチン相互作用によって細胞の核内で空間的に近接しているゲノム領域を検出する。空間的に近接するゲノム領域は、同じ染色体上の近くに存在することが多い。この特性を活かして、断片的なゲノム配列を染色体上の実際の位置関係の順に並べることにより(この過程をスキャフォールディングと呼ぶ)、染色体スケールのゲノム配列につなぎ合わせることができる。

爬虫類ソメワケササクレヤモリの全ゲノム解読~マウス、ニワトリに並ぶ有用な研究対象として期待~

図1 ソメワケササクレヤモリの幼体(左)と成体(右)

爬虫類ゲノム配列の品質評価の図

図2 爬虫類ゲノム配列の品質評価

縦軸はゲノム配列のつながり具合、横軸はゲノム配列内に復元された遺伝子の網羅度を示す。特に高品質なゲノム配列を持つ生物の種名を付記した。グリーンアノールとニシキガメ(*印)のゲノム配列は、“長くつながるが、莫大な費用と労力を要する”旧来の方法で作成した。

有羊膜類における遺伝子セットの進化の図

図3 有羊膜類における遺伝子セットの進化

約13,000遺伝子の分子系統樹を推定し、生物種の系統関係に従って遺伝子の新規出現、重複、欠失を推定した。各分岐にある数字は、その分岐に相当する祖先動物が持つ遺伝子の数を示している。横軸のスケールは、このデータの一部を用いて推定した各系統が分岐した年代を示す。例えば、ソメワケササクレヤモリとニホンヤモリの祖先は約8700万年前に分岐したと推定される。

細胞遺伝子工学
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