2020-04-08 京都大学
篠原隆司 医学研究科教授らの研究グループは、精子幹細胞を自家移植することで先天性男性不妊症の治療ができることをモデルマウスによる実験で発見しました。
本研究グループは精子形成に必須と考えられている血液精巣関門を構成するCldn11(クローディン11)と呼ばれる膜タンパク質に注目しました。血液精巣関門は精巣の体細胞であるセルトリ細胞の間にある構造で血液中の分子が精巣内に侵入するのを妨げるものです。Cldn11欠損マウスでは精子形成が減数分裂期で停止しており、先天的に不妊症になっています。本研究グループはこのマウスの右側の精巣細胞をバラバラにし、左側の精巣の精細管内に移植したところ精子形成が回復することを見出しました。精巣にはCldn11のファミリー分子であるCldn3、Cldn5も発現しています。そこでこれらの分子の発現を小ヘアピンRNAにより発現抑制したところ、精子形成を回復することが出来ました。こうした精巣に生じた精子を用いて顕微受精を行うと、外来遺伝子の入っていない正常な子孫を得ることが出来ました。
本研究成果は血液精巣関門が精子形成に必要であるという従来の見解を覆し、先天的な不妊症でも一定の可塑性があり妊孕性(にんようせい:妊娠する力)を回復できる可能性を示すものです。一般に幹細胞移植は正常な幹細胞を正常な環境へ移植することで治療を行う手法ですが、今回のように異常組織の自家移植で治療が出来るケースがあることを考えると他の組織においても同様に治療が可能なケースがあることが示唆されます。
本研究成果は、2020年3月31日に、国際学術誌「PNAS」のオンライン版に掲載されました。
図:本研究の概要図
詳しい研究内容について
精子幹細胞の自家移植により先天性男性不妊症が回復することを発見
―先天性不妊症にも柔軟性―
概要
京都大学大学院医学研究科の篠原隆司教授らのグループは、精子幹細胞を自家移植することで先天性男性不妊症の治療ができることをモデルマウスによる実験で発見しました。
今回、私たちのグループでは精子形成に必須と考えられている血液精巣関門注1を構成する Cldn11(クローディン 11)と呼ばれる膜タンパク質に注目しました。血液精巣関門は精巣の体細胞であるセルトリ細胞の間にある構造で血液中の分子が精巣内に侵入するのを妨げるものです。Cldn11 欠損マウスでは精子形成が減数分裂期で停止しており、先天的に不妊症になっています。私たちはこのマウスの右側の精巣細胞をバラバラにし、左側の精巣の精細管内に移植したところ精子形成が回復することを見出しました。精巣には Cldn11 のファミリー分子注2 である Cldn3, Cldn5 も発現しています。そこでこれらの分子の発現を小ヘアピン RNA により発現抑制したところ、精子形成を回復することが出来ました。こうした精巣に生じた精子を用いて顕微受精を行うと、外来遺伝子の入っていない正常な子孫を得ることが出来ました。
これらの結果は血液精巣関門が精子形成に必要であるという従来の見解を覆し、先天的な不妊症でも一定の可塑性があり妊孕性( にんようせい 妊娠する力)を回復できる可能性を示すものです。一般に幹細胞移植は正常な幹細胞を正常な環境へ移植することで治療を行う手法ですが、今回のように異常組織の自家移植で治療が出来るケースがあることを考えると他の組織においても同様に治療が可能なケースがあることが示唆されます。
本研究成果は、2020 年 3 月 31 日に国際学術誌 「米国アカデミー紀要( Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America)」のオンライン速報版で公開されました。
1.背景
精子幹細胞は毎日膨大な数の精子を作り続けます。精巣は細長い精細管というチューブがつながった構造が基本となりますが、この精細管内にあるセルトリ細胞とセルトリ細胞の間には血液精巣関門と呼ばれる構造があります。この構造によりセルトリ細胞は密接に隣のセルトリ細胞に結合しており、血液中の細胞や分子が精巣のチューブ内に侵入するのを妨げます。血液精巣関門の破綻は、精子形成中に起こる減数分裂の停止や精子に対する自己免疫疾患の発症を引き起こすことが、これまでに遺伝子欠損マウスの解析から知られていました。
私たちはこの血液精巣関門を構成するのに必須である Cldn11 分子に注目して研究を行いました。この Cldn11 欠損マウスは精子形成が減数分裂の途中で停止しており、先天的に不妊になっています。Cldn11 があると血液細胞ですら血液精巣関門を通過できないので、私たちは Cldn11 を除去してやれば、より大きな精子幹細胞の移植効率を改善できるのではないかと考えて実験を始めました。
2.研究手法・成果
我々が予想した通り、Cldn11 欠損マウスの精巣へ野生型の精子幹細胞を移植した際には、野生型精巣をホストにした場合よりも、より多くの精子幹細胞が生着することが分かりました。この実験の対照実験として Cldn11 欠損マウスをホストとして自家移植を行った場合でも、Cldn11 欠損マウスの精巣の中に精子らしい生殖細胞が認められました。もともと Cldn11 欠損マウスでは精子形成が途中で停止していたのですが、移植の前に幹細胞を生着させるために生殖細胞を薬剤で除去することで、移植の前よりも分化した精子が発生することが分かりました。Cldn11 欠損精巣では血液精巣関門が欠損しているにも拘らず精子が認められることから、血液精巣関門は精子形成には必要ではないということが分かりました。
そこで Cldn11 欠損マウスの精巣を免疫染色で調べたところ、Cldn11 のファミリー分子である、Cldn3 や Cldn5 という分子の発現が正常の精巣よりも強く発現していることが分かりました。そこで私たちは、これらの分子が強く発現していることが、Cldn11 欠損マウスの精子形成を抑制しているのであろうと仮説を立てました。この仮説を証明するために、Cldn11 欠損マウスの精細管内に Cldn3 及び Cldn5 の小ヘアピン RNA を注入したところ、精子形成が再開することが分かりました。こうして生じた精子を回収し、顕微受精の手法を用いて野生型の卵子と受精させると Cldn11 欠損マウス由来の子孫を得ることが出来ました。得られた子孫は正常な外見であり、外来で導入した遺伝子もゲノム内に挿入されていませんでした。
3.波及効果、今後の予定
・ 先天的な男性不妊症の場合は、精子数が少なくても、精子が認められる場合には子孫を得ることが可能です。ところが、精子よりも前の分化段階にある細胞では、現在は治療する手立てがありません。今回の幹細胞の自家移植や小ヘアピン RNA の投与により、より先天的に未分化な細胞の段階で分化が停止していても、妊孕性を回復できる可能性があります。
・ 血液精巣関門は減数分裂の進行や免疫細胞からの精子細胞の防御に必要なため、精子形成に必須だと考えられていました。ところが私たちの今回の結果はこれを覆すものです。
・ 幹細胞の自家移植という手法は、通常は正常な幹細胞を正常な環境に戻すことで治療する方法です。我々の本報告は、異常な幹細胞を異常な環境に移植して疾患が治癒することを示した最初のケースです。
4.研究プロジェクトについて
本研究の遂行にあたり、国立研究開発法人日本医療研究開発機構 (AMED-CREST)および、文部科学省科学研究費補助金・新学術領域研究、基盤研究 S による支援を受けました。
<研究者のコメント>
元々は精子幹細胞の移植効率を改善しようとして始めた実験ですが、対照実験から思わぬ結果を報告すること
になりました。恐らく他にもこうした自家移植で治癒できる幹細胞があるのではないかと思っています。
<語句説明>
注1) 血液精巣関門:セルトリ細胞同士の間にある、特殊な細胞接着装置。血液中に色素を注入しても精細管の中には侵入できないことから見つかった。
注2) クローディン:細胞と細胞の間にある密着結合(タイトジャンクション)と呼ばれる構造を構成する主要分子。4 回膜貫通型のタンパク質。
<論文タイトルと著者>
タイトル :“ Autologous transplantation of spermatogonial stem cells restores fertility in congenitally infertile mice”(自家移植による先天性不妊マウスからの産仔作成)
著 者 :Mito Kanatsu-Shinohara, Narumi Ogonuki, Shogo Matoba, Takashi Shinohara
・ 篠原美都、篠原隆司 京都大学大学院医学研究科 遺伝医学講座 分子遺伝学分野
・ 越後貫成美、的場章悟、小倉淳郎 理化学研究所バイオリソース研究センター遺伝工学基盤技術室
掲 載 誌: 米国アカデミー紀要 「Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America」
D O I 未定