理論計算による新設計法で凝集誘起発光色素の開発に成功

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見たい対象だけ光らせる分子イメージング蛍光色素の自在設計

2020-04-08 京都大学

鈴木聡 福井謙一記念研究センター特定研究員、岩井梨輝 東京工業大学修士課程学生、小西玄一 同准教授、九州大学、大阪大学、仏・ナント大学の研究グループは、化学反応の経路を予測する理論計算の方法を用いて、凝集誘起発光色素(以下、AIE色素)を設計・合成することで、溶液中では消光し、固体状態で100%に近い発光量子収率を示す色素の開発に成功しました。

AIE色素は、一般的な蛍光色素と逆に、希薄溶液状態では発光せず、固体・凝集状態で強発光する蛍光色素です。この性質を利用して、センサーや分子イメージングなどへの応用が期待されています。本研究グループは、励起状態において大きな構造変化を起こすことが知られている蛍光色素スチルベンの二重結合のまわりを炭化水素鎖で縛った橋かけスチルベンをモデルにして、溶液中で消光する化学反応経路を持つ分子構造を理論計算により探索しました。見つかった色素分子を実際に合成すると、理論計算の予測通りの機能を示しました。

この理論計算による方法は、従来の経験的な構造設計に代わる、AIE色素の簡便かつ強力な設計法であり、今後、情報科学との融合などにより、目的に適合した機能を持つ色素の開発への応用が期待されます。

本研究成果は、2020年3月26日に、国際学術誌「Angewandte Chemie」のオンライン版に掲載されました。

図:本研究で開発した凝集有機発光色素「橋かけスチルベン(n=7)」

詳しい研究内容について
理論計算による新設計法で凝集誘起発光色素の開発に成功
-見たい対象だけ光らせる分子イメージング蛍光色素の自在設計- 要点
○化学反応経路を予測する理論計算により、新規な凝集誘起発光色素を開発
○光る分子の設計ではなく、光らない反応経路を持つ分子の探索という逆転の発想
○理論計算と情報科学の融合による機能性蛍光色素の設計に期待

概要
東京工業大学 物質理工学院 応用化学系の岩井梨輝大学院生、小西玄一准教授、京都大学 福井謙一記念研究センターの鈴木聡特定研究員、九州大学、大阪大学、仏ナント大学の研究グループは、化学反応の経路を予測する理論計算の方法を用いて、凝集誘起発光色素(以下、AIE 色素)を設計・合成することで、溶液中では消光し、固体状態で 100%に近い発光量子収率(用語 1)を示す色素の開発に成功しました。
AIE 色素は、一般的な蛍光色素と逆に、希薄溶液状態では発光せず、固体・凝集状態で強発光する蛍光色素です。この性質を利用して、センサーや分子イメージングなどへの応用が期待されています。研究グループは、励起状態において大きな構造変化を起こすことが知られている蛍光色素スチルベン(用語 2)の二重結合のまわりを炭化水素鎖で縛った橋かけスチルベン(用語 3)をモデルにして、溶液中で消光する化学反応経路を持つ分子構造を理論計算により探索しました。見つかった色素分子を実際に合成すると、理論計算の予測通りの機能を示しました。
この理論計算による方法は、従来の経験的な構造設計に代わる、AIE 色素の簡便かつ強力な設計法であり、今後、情報科学との融合などにより、目的に適合した機能を持つ色素の開発への応用が期待されます。
本研究成果は、ドイツ化学会と Wiley-VCH の総合化学雑誌『Angewandte Chemie(アンゲヴァンテ・ケミー)』Web 版に 3 月 26 日付(現地時間)で公開されました。

●研究成果
溶液中で消光し、固体状態で強く発光する凝集誘起発光(AIE)色素は、分子イメージングや固体発光材料への多彩な応用への期待から、その分子設計法の確立が求められてきました。その中でも理論計算を用いる方法は、もっとも簡便かつ迅速ですが、実在系で計算から合成・物性検討まで行った例はほとんど知られていませんでした。
研究グループは、光を照射すると二重結合のまわりで大きな構造変化を起こすことが知られているスチルベン類に注目し、二重結合のまわりを炭化水素鎖で縛った「橋かけスチルベン」をモデルとしました(図 1)。橋かけしていないフェニルスチルベンは、溶液中でも固体中でも強く発光します。この分子骨格を AIE 色素にするには、励起された分子が溶液中で失活する(蛍光を放射せずに基底状態に戻る)ようにしなければなりません。
この橋かけスチルベンについて、量子化学をベースに化学反応の経路を計算する方法により、ポテンシャルエネルギー曲面(用語 4)を算出しました。その曲面の中で、円錐交差(CI)と呼ばれるポテンシャル面の交差点の近くでは失活が起こりやすく、消光の原因となります。そこで、橋かけ部位の長さを変えたスチルベン誘導体について、励起状態の溶液中での性質を計算したところ、橋かけ部位が 5 および 6 員環構造の場合(二重結合を強く縛った場合)には、CI が高いため、化学反応は蛍光発光する経路を通るのに対し、7 員環構造の場合(二重結合をゆるやかに縛った場合)には CI が低いため、化学反応の経路が CI 付近を経由することから(その付近にねじれた構造の中間体が観察される)分子が失活し、蛍光を放射しないことが予測されました。この結果をエネルギーダイヤグラムで示したものが図 2 です。
実際にそれぞれの構造の分子を合成し、光物理的性質を検討したところ、図 1 に示すように、7 員環化合物(n=7)のみが、AIE 特性を示しました。またエネルギーダイヤグラムの各状態と、分子分光法から得られたデータがよく一致したこ
とから、理論計算による光物理過程の予測精度が高いことがわかりました。


図1 橋かけスチルベンとその蛍光特性

図2 反応のエネルギーダイヤグラム

さらに、橋かけスチルベン(n=7)は、その量子収率が溶液中で 0.4%、固体状態で 95%以上と、発光のオン・オフをほぼ完璧に行うことができ、サイズが小さ
く分析対象の形状や物性に大きな影響を与えない非侵襲性があります。

背景
一般的に、蛍光色素は希薄溶液中で強発光し、固体状態になると蛍光が弱くなるか、消光します。しかし、2001 年に香港科技大のタン教授(B. Z. Tang)らが発見し、凝集誘起発光(AIE)色素と名付けた色素は、それと正反対の挙動を示します。この AIE 色素は分子イメージングや固体発光材料への応用が期待されています。たとえば、癌細胞に吸着した時のみ発光すれば、バックグラウンドなしで癌細胞の位置を蛍光で示すことができます。この 20 年間で、様々な種類の AIE 色素が開発されてきましたが、サイズが大きくかつ構造が複雑なものが多く、合理的な分子設計法も確立されていませんでした。したがって、求める物性を実現するためには、実際に色素を合成して検討するという試行錯誤の繰り返しが必要でした。

研究の経緯
研究グループはこれまで、様々な機能を有する蛍光色素の開発とその応用を行ってきました[文献 1]。2015 年に色素の原料合成の副産物として、9,10-ビス(ジメチルアミノ)アントラセンが AIE 挙動を示すことを発見しました[文献 2]。これは発見当初、1 段階で合成可能な高性能色素として注目されました。
その後、この蛍光色素の AIE 挙動のメカニズムを、実験と理論計算を用いて調べたところ、従来知られていた AIE 色素の分子の作動原理である「回転運動の抑制」ではなく、分子が溶液中において、励起状態で劇的な構造変化を起こして失活し、基底状態に戻ることを発見しました。具体的には、ポテンシャルエネルギー曲面の円錐交差(CI)が安定化されるため、反応経路がその近傍を経由して、分子が失活します[文献 3]。研究グループでは、この化学反応経路を探索する理論計算によって、分子の発光・消光を予測できるはずだと考えました。本研究では、この理論計算によって AIE 色素を設計して、分子を合成し、機能の検証を行いました。

今後の展開
今回の研究では、化学反応経路を探索する方法による、AIE 色素の合理的な設計が可能なことを実証しました。反応経路自動探索手法や、情報科学の手法(AI も含む)と融合することにより、求める機能を発揮する AIE 色素の開発が迅速に行える時代が到来すると期待されます。また本研究は、反応速度が速く、分光学的に追跡することが難しい内部転換(用語 5)における分子の挙動を、理論計算によって解明したものであり、基礎研究の観点からも興味深いものです。さらに、AIE の性質には、励起された分子が溶液中で失活する反応経路が重要な役割を果たしていることが確認できました。
今回用いた設計手法は、AIE 色素だけでなく、様々な発光材料の設計や光物理過程の予測・解析に役立ちます。今後の研究では、AIE 色素の発光原理の確立を目指しています。同時に、国際共同研究を通して、AIE 色素を応用した材料開発を展開していく予定です。

用語説明
(1) 発光量子収率:分子が 1 個の光子を吸収した時、光子が蛍光として放出される確率。
(2) スチルベン:ベンゼン環が二重結合で連結された分子。Stilbene の名は、ギリシャ語の stilbein(光ること)に由来する。ここでは、トランス型のスチルベンを扱っている。


(3) 橋かけスチルベン:図 1 に示すように、二重結合まわりを炭化水素鎖でしばった構造を「橋かけ」と名付けた。
(4) ポテンシャルエネルギー曲面:ある特定のパラメータに対して系のエネルギーを表したもの。分子構造と化学反応のダイナミクスの解析を行うことができる。
(5) 内部転換(内部変換):分子や原子の高エネルギー準位から低エネルギー準位への遷移のことであり、本研究では励起 1 重項から基底 1 重項への遷移を扱っている。

本研究は、文部科学省 科学研究費助成事業 新学術領域研究(研究領域提案型)「π造形科学」「ソフトクリスタル」および日本学術振興会 科学研究費助成事業基盤研究(B)、科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業(さきがけ)などの支援により行われました。

論文情報
掲載誌:Angewandte Chemie International Edition
論文タイトル:Bridged Stilbenes: AIEgens Designed via a Simple Strategy to Control the Non-radiative Decay Pathway(橋かけスチルベン:無輻射失活経路の制御に着目した凝集誘起発光色素のシンプルな設計戦略)
著者:Riki Iwai, Satoshi Suzuki, Shunsuke Sasaki, Amir Sharidan Sairi, Kazunobu Igawa, Tomoyoshi Suenobu, Keiji Morokuma, Gen-ichi Konishi
DOI:10.1002/anie.202000943

参考文献
(文献 1)S. Sasaki, G. P. C. Drummen, G. Konishi, J. Mater. Chem. C 2016, 4, 2731.
Open Access [DOI: 10.1039/C5TC03933A]
(文献 2)S. Sasaki, K. Igawa, G. Konishi, J. Mater. Chem. C 2015, 3, 5940.
Open Access [DOI: 10.1039/C5TC00946D]
(文献 3)S. Sasaki, S. Suzuki, S. W. C. Sameera, K. Igawa, K. Morokuma, G. Konishi, J. Am. Chem. Soc. 2016, 138, 8194. [DOI: 10.1021/jacs.6b03749]

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