ダウン症に合併する一過性骨髄異常増殖症(TAM)は、GATA1遺伝子変異を有する巨赤芽球系造血前駆細胞集団に起因する
2020-05-11 京都大学iPS細胞研究所
ポイント
- ダウン症候群に合併する一過性骨髄異常増殖症について、GATA1遺伝子に変異を有する患者さんの細胞からiPS細胞を樹立し、異常造血のモデル化に成功した。
- iPS細胞からの造血分化過程を段階的に解析することにより、GATA1遺伝子変異の影響による異常造血に寄与している造血前駆細胞集団の同定に成功した。
- 同定した造血前駆細胞集団は、通常は巨赤芽球系統へと分化する前駆細胞であるが、GATA1遺伝子変異を有することで骨髄球系への偏りと異常増殖が共に起こることを見出した。
1. 要旨
CiRA臨床応用研究部門の西中瑶子研究員(現・京都大学大学院人間健康科学系助教)、丹羽明特定拠点助教、齋藤潤准教授らの研究グループは、ダウン症候群に合併する一過性骨髄異常増殖症(transient abnormal myelopoiesis: TAM)において、GATA1遺伝子の変異に起因する異常な血液細胞の分化と増殖をもたらす、責任細胞集団の同定に成功しました。
この研究成果は、2020年4月30日に欧州血液学会の公式誌である英文科学誌「Haematologica」に掲載されました。
2. 研究の背景
TAMはダウン症候群(トリソミー21:21番染色体が1本余分に存在する)に合併し、白血球増加や血小板減少といった症状を呈する一過性の前がん病態です。自然治癒する軽症例が多い一方、重症例ではしばしば致死性であることが課題となっています。TAMの原因遺伝子として、赤血球分化や巨核球分化に関与する事が知られているGATA1遺伝子の変異が同定されています。しかしながら、GATA1遺伝子変異の影響を受けて最も病態に寄与しているのはどの細胞か、ということがこれまで明らかにされていませんでした。
本研究では、TAM患者さんの細胞から樹立したiPS細胞(TAM-iPS)と野生型胚性幹細胞(ES細胞)に21番人工染色体を導入したES細胞(Ts21-ES)を用いて解析を行うことで、TAMの表現型であるGATA1遺伝子変異依存的な異常造血を試験管内で再現しました。その上で、その表現型に最も寄与していると考えられる造血前駆細胞分画の同定を試みました。
3. 研究結果
(1) 初期造血分化過程におけるGATA1遺伝子変異の影響を受けた分画の同定
まず、ゲノム編集技術を用いてTAM-iPS細胞株のGATA1遺伝子変異を修復しました。同時に、Ts21-ES細胞株のGATA1遺伝子には逆に変異を導入しました(図1A)。これにより、遺伝的背景の異なる2ペア(計4株)の細胞を用いて、それぞれでGATA1遺伝子変異だけによる影響を厳密に比較することを可能にしました。これら4株を造血分化誘導し(図1B)、GATA1遺伝子変異の有無による分化細胞の構成に差が見られるのが分化開始9日目であることを見出しました(図1C)。
そこで、分化開始9日目の造血前駆細胞を、より系統特異的なマーカーであるCD41、CD71、CD11bの発現パターンにより、3分画(P-mye、P-erymk41(-)、P-erymk41(+))に分類しました。その結果、GATA1遺伝子変異の有無による細胞存在率に差が見られたのは、P-erymk 41(-)及びP-erymk 41(+)の2分画でした(図1C)。
次に、分化開始9日目から16日目まで1週間の浮遊培養を行い、培養前の造血前駆細胞分画の割合と培養後に産生された各系統に分化した細胞数の相関を調べました。すると、P-erymk 41(+)分画のみが、GATA1遺伝子変異の無い株における赤血球系及び巨核球系細胞、またGATA1遺伝子変異を有する株におけるより未熟な巨核芽球細胞との間に強い相関を示しました(図1D)。これらのデータから、GATA1遺伝子変異の影響を最も受けている造血前駆細胞分画は P-erymk 41(+)であることが示唆されました。
そこで、P-erymk41(+)分画における造血分化関連遺伝子の発現を、GATA1遺伝子変異の有無により比較しました。その結果、GATA1遺伝子変異を有する細胞では、遺伝子発現レベルでも白血球系への傾倒や、細胞周期及びDNAダメージ関連経路の濃縮が見られました。
図1 GATA1遺伝子変異による造血前駆細胞期における差異
A. 本研究で使用した多能性幹細胞ペア
B. 未分化細胞から造血前駆細胞の分化誘導スキーム
C. 分化開始9日目における各造血前駆細胞分画の割合の変化
D. 分化開始9日目の各造血前駆細胞分画の割合と、そこから1週間追加培養した際に得られた
各分化系統の細胞数の対数の相関図
(2) GATA1遺伝子変異を有するP-erymk41(+)分画の分化能の解析
Ts21-ES細胞株及びTAM-iPS細胞株ペアを造血前駆細胞まで分化誘導し、P-erymk41(+)、P-erymk41(-)分画を単離した(図2A)ところ、形態学的にはGATA1遺伝子変異の有無による差は見られませんでした(図2B)。しかし、単離した前駆細胞分画を別々に1週間浮遊培養し、巨赤芽球系または白血球系へと分化させて得られる細胞数を比較したところ、GATA1遺伝子変異を有する細胞は白血球特異的分化条件下で有意に高い細胞増殖を示しました(図2C)。さらに、その変化率は、P-erymk41(+)分画でP-erymk41(-)分画よりも大きいことがわかりました(図2D)。
これらのデータより、P-erymk41(+)分画が、TAMの異常な白血球増殖に最も大きく寄与する造血前駆細胞分画であることが示されました。
図2 各造血前駆細胞分画の系統特異的分化による差異
A. 各造血前駆細胞分画を単離、培養した実験デザイン
B. 単離した造血前駆細胞分画の形態写真
C. 白血球特異的分化条件下で、単離したG1s細胞はいずれの分画も有意に高い
細胞数増殖レベルを示した
D. 細胞数増殖の変化率はP-erymk41(+)分画でP-erymk41(-)分画よりも大きい
図3 GATA1遺伝子変異の有無によるP-erymk41(+)分画への影響のまとめ
4. まとめ
本研究では、Ts21-ES細胞株及び TAM-iPS細胞株を用いて構築した疾患モデルを造血分化の段階ごとに解析することで、TAMの病態に関連する異常造血が、巨赤芽球系前駆細胞であるP-erymk41(+)分画の寄与によることを同定しました。P-erymk41(+)分画は赤血球分化阻害及び巨核球成熟障害と、TAMにおける異常な細胞増殖の両方に対して、最もインパクトを与える分化段階であることが示されました。また、GATA1遺伝子変異を有することで、白血球系への傾倒だけでなく、細胞周期や DNAダメージ経路の活性化も見られたことは、これらの細胞において遺伝子発現レベルでは腫瘍様の性質がすでに獲得されていることを示唆しています。
TAMはダウン症候群に合併する急性巨核芽球性白血病(DS-AMKL)に先行する病態であり、DS-AMKLはGATA1遺伝子変異を有するTAM細胞がさらに後天的な遺伝子変異を追加的に獲得した結果発症すると考えられています。そのため、GATA1遺伝子変異の機能的および分子的な影響が及び始める最も適切な細胞集団を同定することは重要な課題でした。この観点から、本研究の疾患モデルはTAMだけでなくDS-AMKLの病因解明、発症予測及び治療戦略に新たな知見をもたらしたと考えられます。
5. 論文名と著者
- 論文名
Down syndrome-related transient abnormal myelopoiesis is attributed to a specific erythro-megakaryocytic subpopulation with GATA1 mutation - ジャーナル名
Haematologica - 著者
Yoko Nishinaka-Arai1,2*, Akira Niwa1*, Shiori Matsuo1, Yasuhiro Kazuki3,4, Yuwna Yakura3,
Takehiko Hiroma5, Tsutomu Toki6, Tetsushi Sakuma7, Takashi Yamamoto7, Etsuro Ito6,
Mitsuo Oshimura3, Tatsutoshi Nakahata8, Megumu K. Saito1**
* 筆頭著者
** 責任著者 - 著者の所属機関
- 京都大学 iPS細胞研究所 臨床応用研究部門
- 京都大学 医学研究科人間健康科学系専攻
- 鳥取大学 染色体工学研究センター
- 鳥取大学 医学部 生命科学科 分子細胞生物学講座 細胞ゲノム機能学分野
- 長野県立こども病院 総合周産期母子医療センター
- 弘前大学 医学研究科 小児科学講座
- 広島大学 大学院統合生命科学研究科 分子遺伝学研究室
- 京都大学 iPS細胞研究所 基盤技術研究部門
6. 本研究への支援
本研究は、下記機関より支援を受けて実施されました。
●日本医療研究開発機構(AMED)再生医療実現拠点ネットワークプログラム
iPS細胞研究中核拠点、疾患特異的iPS細胞を活用した難病研究
●AMED 難治性疾患実用化研究事業
●AMED 革新的先端研究開発支援事業(CREST)
●文部科学省 リーディングプロジェクト
●文部科学省 地域イノベーション戦略支援プログラム
●日本学術振興会(JSPS)科研費 [JP25221308、JP16K10026、JP19K17358]
●日本学術振興会(JSPS)特別研究員奨励費
●内閣府 最先端研究開発支援プログラム(FIRST)