核酸二重らせん構造に糖骨格は必要か?〜人工核酸の安定化の仕組みを解明〜

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2020-11-11 生命創成探究センター

名古屋大学大学院工学研究科の浅沼 浩之 教授、神谷 由紀子 准教授らの研究グループは、名古屋市立大学大学院薬学研究科の佐藤 匡史 准教授、自然科学研究機構生命創成探究センターの加藤 晃一 教授(分子科学研究所/名古屋市立大学兼任)、大阪大学大学院工学研究科の内山 進 教授(生命創成探究センター兼任)との共同研究により、X線結晶構造解析法を用いることで、アミノ酸の誘導体を骨格にもつ人工的な核酸が、天然の核酸であるRNAを認識する構造基盤を明らかにすることに成功しました。
DNAやRNAはリン酸基、糖部、核酸塩基から構成される生体分子です。これらは塩基配列特異的に結合することで二重らせん構造を形成します。当研究グループでは、糖骨格をもたず、アミノ酸のセリンあるいはトレオニンの誘導体を化学構造にもつ人工核酸Serinol nucleic acid (SNA)およびacyclic L-threoninol nucleic acid (L-aTNA)を開発しており、これらが塩基配列特異的に天然核酸と結合できることをこれまでに明らかにしていました。しかし、天然核酸と化学構造が大きく異なるSNAおよびL-aTNAが、どのようにRNAと結合しているのか、原子レベルでの詳細は明らかとなっていませんでした。今回の研究で、これらの人工核酸とRNAの二重鎖の立体構造は、天然核酸と同様に右巻きの二重らせん構造でありながらも、ピッチが大きく伸びた独自のらせん構造であることがわかりました。この二重らせん構造は、SNAやL-aTNAが隣同士のユニット間で水素結合ネットワークを形成し安定化していることがわかりました。本研究で得られた構造情報を活用することで、この人工核酸を用いた核酸医薬やナノマシンの創出、人工生命の設計など、様々な分野に応用されることが期待されます。

この研究成果は、2020年11月6日付 英国科学雑誌Communications Chemistryオンライン版に掲載されました。
この研究は、AMED『先端的バイオ創薬等基盤技術開発事業』、基盤研究A、基盤研究C、内藤記念女性研究者研究助成金の支援のもとで行われたものです。

ポイント
  • セリンやトレオニンの誘導体を骨格にもつ人工核酸(SNAおよびL-aTNA)とRNAとの二重鎖(ヘテロ二重鎖)のらせん構造を明らかにした。
  • SNAおよびL-aTNAは隣同士の残基で水素結合ネットワークを形成することで立体構造を安定化していた。
  • SNAおよびL-aTNAの立体構造情報に基づいた核酸医薬・ナノマシンのデザインや人工生命の設計への応用が期待される。
研究背景と内容

天然核酸であるDNAやRNAの骨格を異なる化学構造に改造した人工核酸(XNA)の開発は、核酸医薬・ナノテクノロジーなどへの応用研究や、生命分子誕生の謎を解く基礎研究などにおいて期待されています。とくに近年急速に開発が進んでいる核酸医薬の設計においては、核酸が生体内で酵素によって速やかに分解されてしまうため、酵素分解に対する耐性能、また、天然核酸に対する親和性を併せもつ人工核酸の開発が求められています。これまでに開発されている人工核酸の多くは、天然核酸の基本骨格であるリボース構造を派生させた分子デザインでした(図1)。一方、当研究グループではリボース型の環状構造ではなく、アミノ酸のセリンやトレオニンの誘導体である、セリノール、トレオニノールを骨格とする非環状型の人工核酸セリノール核酸(SNA)、およびトレオニノール核酸(L-aTNA)を開発しており、これらが天然核酸と配列特異的に相互作用できることを見出していました。しかし、SNAやL-aTNAの構造が天然の核酸のものと大きく異なるにもかかわらず、これらの人工核酸がどのようにしてRNAと相互作用しているのか、その詳細の解明には至っていませんでした。

核酸二重らせん構造に糖骨格は必要か?〜人工核酸の安定化の仕組みを解明〜

図1 天然の核酸の構造に基づいて設計された人工核酸とは異なり、本研究ではアミノ酸の誘導体を骨格とする非環状型人工核酸の立体構造に着目した。


SNAおよびL-aTNAはセリノールあるいはL-トレオニノールにアミドを介して核酸塩基が結合した人工核酸です。本研究では、L-aTNAとRNA、および、SNAとRNAの複合体の構造をX線結晶構造解析により明らかにしました(図2)。その結果、L-aTNAとRNA、および、SNAとRNAのヘテロ二重鎖は、どちらも右巻きのらせん構造であり、天然核酸やリボース型の人工核酸と比較してらせんピッチが大きい立体構造を形成することがわかりました。この構造のなかで、L-aTNA鎖およびSNA鎖は、隣接する残基間でアミド部分と核酸塩基との間でCH—O結合を形成し、アミド部分とリン酸基が水を介して水素結合を形成していることが予想されました。このように、SNAおよびL-aTNAは鎖内で水素結合ネットワークを形成する独自の仕組みで構造を安定化していることがわかりました(図3)。さらに結晶構造中に、予期せずSNAおよびL-aTNAがRNAと、ワトソン・クリック塩基対とは異なる水素結合パターンで塩基対(フーグスティーン塩基対)をつくり、三重鎖構造を形成している様子を捉えることもできました(図2)。

図2 (a)L-aTNA(水色)とRNA(ピンク)、(b)SNA(緑)とRNA(ピンク)の二重らせん構造を決定した。二つの二重らせんの末端が三重鎖を形成することで二量体化していた。図3 L-aTNA(水色)およびSNA(緑)は鎖内の隣同士のユニット間で水素結合ネットワークを形成している。水素結合を形成する部分を点線で示した。

成果の意義

本研究では、アミノ酸の誘導体を骨格とした非環状型の人工核酸L-aTNAおよびSNAのRNAとのヘテロ二重鎖の構造を原子レベルで決定し、柔軟性の高い非環状骨格が安定化する仕組みを明らかにすることができました。得られた立体構造情報は疾患に関連するRNAの機能を制御する核酸医薬の設計指針になるものと期待されます。
また、アミノ酸の誘導体を骨格とした非環状型の人工核酸でも、天然の核酸と同様に塩基配列特異的に二重らせん構造を形成できると証明されたことから、そもそも、生命体の遺伝情報を司るDNAやRNAがなぜ糖骨格からなり、遺伝情報の翻訳産物であるタンパク質がなぜアミノ酸から構成されているのか、生命分子の設計の謎を解く足掛かりとなることが期待されます。

用語説明

人工核酸:DNA、RNAの天然核酸を構成するリン酸、糖、核酸塩基のうち、リン酸あるいは糖部分の骨格が天然とは異なる化学構造をもつ人工的な核酸分子。

核酸医薬:核酸分子を原料とする医薬品。アンチセンス、siRNA、アプタマーなどが知られている。近年RNAを標的とするアンチセンスやsiRNAの医薬品開発が盛んである。

X線結晶構造解析:分子が規則正しく並んだ結晶にX線を照射して得られた回折像を解析することにより、分子の立体構造を決定する実験手法。分子を構成する個々の原子の位置を決定できる。

論文情報

雑誌名:Communications Chemistry
論文タイトル:Intrastrand backbone-nucleobase interactions stabilize unwound right-handed helical structures of heteroduplexes of L-aTNA/RNA and SNA/RNA
著者:Yukiko Kamiya*(名大院工), Tadashi Satoh(名市大院薬), Atsuji Kodama (生命創成探究センター), Tatsuya Suzuki(生命創成探究センター), Keiji Murayama(名大院工), Hiromu Kashida(名大院工), Susumu Uchiyama(阪大院工/生命創成探究センター), Koichi Kato(生命創成探究センター/分子研/名市大院薬), and Hiroyuki Asanuma*(名大院工)
DOI:10.1038/s42004-020-00400-2

本件に関するお問い合わせ先
研究者連絡先

名古屋大学大学院工学研究科
准教授 神谷 由紀子(かみや ゆきこ)

名古屋大学大学院工学研究科
教授 浅沼 浩之(あさぬま ひろゆき)

報道連絡先

名古屋大学 管理部総務課広報室
名古屋市立大学 事務局企画広報課広報係
自然科学研究機構 生命創成探究センター広報担当
自然科学研究機構 分子科学研究所 研究力強化戦略室 広報担当
大阪大学工学研究科 総務課 評価・広報係

有機化学・薬学細胞遺伝子工学
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