2021-06-03 千葉工業大学,東京医科歯科大学,日本医療研究開発機構
研究成果のポイント
- 後天性免疫不全症候群(エイズ)の原因ウイルスであるHIV-1ゲノムRNAの5’末端におけるGの残基数がRNA構造に与える影響を解明
- HIV-1のゲノムRNAの翻訳や逆転写反応に与える影響を解析するための知見を提供
- HIV-1制圧に向けた新しいRNAターゲット創薬につながる立体構造を提供
概要
千葉工業大学大学院先進工学研究科の河合剛太教授と東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科の増田貴夫准教授らの研究グループは、これまでの研究で、HIV-1のゲノムRNAが感染細胞内で転写合成される際に、その5ʹ末端の構造が3種類あること、およびそれらの細胞内およびウイルス粒子内局在が異なり、また、逆転写反応の効率なども異なっていることを世界で初めて見出していました(Masuda et al., Sci. Rep. 5, 17680, 2015)。その後、米国の研究グループがこの現象に興味を持ち、5’-UTR※1の立体構造解析を行い、2020年にその成果を報告しています(Brown et al., Science 368, 413-417, 2020)。今回、河合教授と千葉工業大学大学院生の大林カミーユ美智子さんおよび篠原陽子さん(当時)は、増田准教授との共同研究として、機能の違いに重要な部位に絞り込んだモデルRNAを設計し、それを用いて構造の安定性および立体構造を解析することによって、5ʹ末端のわずかな違いがRNAの構造と機能にどのように影響するのかを明らかにしました。本研究で得られた成果によって、今後のHIV-1の生活環に関する研究が加速するだけでなく、エイズに対する新しい創薬のための材料を提供することが可能となります。
本研究成果は、英国科学雑誌「Scientific Reports」に2021年5月25日18時(日本時間)に掲載されました。
研究の背景
後天性免疫不全症候群(エイズ)は、有効な治療法が開発され続けているものの完治には至っておらず、依然として生命を脅かす危険な感染症です。したがって、その原因ウイルスであるHIV-1をより効果的に抑え込む医薬品の開発は依然として重要であり、このためにはウイルスの生活環についてより詳しい知識が必要となります。本研究グループは、HIV-1ゲノムRNAの5’末端のわずかな構造の違いに着目し、そのわずかな構造の違いが機能の大きな違いに関係していることを突き止め(図1)、そのメカニズムの研究を進めてきました。
図1HIV-1のプロウイルスには3つの転写開始点があり、それぞれから5’末端の構造が異なるRNAが合成される。これまでの研究から、これらのRNAの運命がそれぞれ異なっていることを明らかにしている。
本研究の成果
本研究グループは、千葉工業大学の大学院生と共にHIV-1ゲノムRNAの5’-UTRの構造特性の解析を粘り強く進め、数年の研究を経て、5’末端にGが一つの場合と、二つ以上の場合で、構造の安定性が大きく異なり、このことがゲノムRNAの運命を分けていることを突き止めました。また、5’末端にGが一つの場合には5’-UTRの一部分で安定な構造が形成されること、およびその立体構造をNMR法※2によって決定しました(図2)。これまでHIV-1に対する創薬はタンパク質を対象として行われてきましたが、この機能的に重要なRNAの立体構造は、HIV-1に対するRNAターゲット創薬※3という新たな展開につながると期待されます。
図23つのモデルRNA(G1G、G2GおよびG3G)を設計し、解析を行った。G1G(5’末端にGが一つ)は安定な構造を形成するが、G2GとG3Gでは、PolyA側のステムが不安定化されており、これがRNAの運命に関係していることが分かった。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究によって解明されたG1G(5’末端にGが一つの場合)の立体構造は、RNAの安定性と機能に深く関与することから生体内に潜むHIV-1の増殖を制御する新規の創薬ターゲットとなり、今後、機能をもつRNAの立体構造をターゲットとしたエイズ治療薬への新たな展開が期待されます。また、近年急速に進展しているRNAターゲット創薬の実証の場としても重要です。現在流行しているコロナウイルスを含め、多くの感染症の原因ウイルスがRNAゲノムを有しており、本成果から発展するHIV-1に対するRNAターゲット創薬研究から得られる知見は、さまざまな感染症に応用されると期待されます。
特記事項
本研究成果は、英国科学雑誌「Scientific Reports」に5月25日18時(日本時間)に公開されました。
- タイトル
- Influence of the 5′-terminal sequences on the 5′-UTR structure of HIV-1 genomic RNA
- 著者名
- Camille Michiko Obayashi1, Yoko Shinohara2, Takao Masuda3 and Gota Kawai1,2
- 所属
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- 千葉工業大学 大学院先進工学研究科 生命科学専攻
- 千葉工業大学 大学院工学研究科 生命環境科学専攻
- 東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科 医歯学系専攻
なお、本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)エイズ対策実用化研究事業「HIV多機能分子が制御する新規感染機構の根幹構造の解明」(研究代表者:東京医科歯科大学 増田貴夫 准教授)の一環として行われました。
用語解説
- ※1 5’-UTR
- 成熟mRNAのコーディング領域の上流に存在するタンパク質に翻訳されない領域。HIV RNAの5’-UTRにおいてはその構造が転写、翻訳、パッケージングや逆転写の制御と多岐にわたり機能しているのではないかと考えられている。
- ※2 NMR法
- 原子核と磁場との共鳴現象を利用して、分子の構造などの情報を得る分析手法。病院にあるMRIと原理は同じ。
- ※3 RNAターゲット創薬
- 細胞内のRNAをターゲットとして創薬を行う方法。従来のターゲットはタンパク質であったが、これをRNAとすることによって、創薬の可能性を格段に広げる手法として注目されており、国内外で開発が進められている。
お問い合わせ先
本件に関する問い合わせ先
千葉工業大学 大学院先進工学研究科
教授 河合 剛太(かわい ごうた)
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
准教授 増田 貴夫(ますだ たかお)
報道に関する問い合わせ先
千葉工業大学 入試広報部
大橋 慶子(おおはし けいこ)
東京医科歯科大学 総務部総務秘書課広報係
事業に関する問い合わせ先
日本医療研究開発機構
疾患基礎研究事業部 疾患基礎研究課