三種の光を感知する新しい光受容体を発見~海洋に広く生息する微細藻の光環境への適応~

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2021-06-16 理化学研究所,国立環境研究所,静岡大学,東京都立大学,水産研究・教育機構,東京大学,お茶の水女子大学

理化学研究所(理研)環境資源科学研究センター合成ゲノミクス研究グループの松井南グループディレクター、蒔田由布子上級研究員、嶋田勢津子研究員、国立環境研究所生物多様性領域の河地正伸室長、山口晴代主任研究員、鈴木重勝特別研究員(研究当時)、静岡大学大学院理学研究科の成川礼講師(研究当時、現所属:東京都立大学准教授)、伏見圭司特任助教(研究当時)、水産研究・教育機構水産技術研究所の渡辺剛研究員(研究当時)、東京大学大学院農学生命科学研究科の吉武和敏助教、お茶の水女子大学の作田正明教授らの共同研究グループは、2012年から2014年にかけて東北地方の沿岸・沖合域で得られた海洋モニタリングメタゲノムデータを利用し、海洋に広く分布する微細藻から三種の光を感知する新規の光受容体[1]を発見しました。

本研究成果は、海洋における微細藻類の光受容メカニズムと光受容体の進化の解明に貢献することが期待されます。

微細藻類の多くは、その生存のために光の利用が不可欠です。太陽光の成分のうち、青色光は海深くまで届きますが、赤色光は届きません。そのため、種々の深さに生息する海洋の微細藻類にとって、さまざまな波長の光を感知する光受容体が重要です。

共同研究グループは、海洋メタゲノム[2]データを用いて青色光受容体のクリプトクロム[1]遺伝子配列を探索子として解析しました。そして、クリプトクロムと高等植物における赤色光受容体のフィトクロム[1]が融合した遺伝子を発見し、この遺伝子由来のタンパク質「デュアルクロム」と名付けました。デュアルクロムは、青色光、橙色光、遠赤色光を感知でき、海洋浮遊性微細藻類のプラシノ藻[3]の一種であるピクノコッカス[3]とその近縁種だけが保有していることが分かりました。さらに、ピクノコッカスのゲノム配列を完全解読し、ピクノコッカスが海洋中で光のほとんど届かない有光層下部から海洋表層までの多様な光環境に適応してきた理由の一端を明らかにしました。

本研究は、オンライン科学雑誌『Nature Communications』(6月16日付:日本時間6月16日)に掲載されます。

三種の光を感知する新しい光受容体を発見~海洋に広く生息する微細藻の光環境への適応~

海洋浮遊性のプラシノ藻の一種ピクノコッカス

背景

海水は、400~700ナノメートル(nm、1nmは10億分の1メートル)の波長の光のうち、長波長の赤色光(620~700nm)はあまり通さず、短波長の青色光(450~500nm)を深部まで通す性質があります。そのため、種々の深さに生息する海洋藻類にとって青色光の利用が重要です。光受容体は特定の波長の光を吸収することで光を感知します。そのうち、青色光の光受容体であるクリプトクロムは、微生物から哺乳類、植物まで幅広い生物が保有していますが、海洋性の微生物が持つクリプトクロムについての知見は限られていました。

そこで共同研究グループは、クリプトクロムに注目し、新しいクリプトクロム様遺伝子を探しました。探索には2012年から約4年間、仙台湾と北海道・東北沖で実施された海洋モニタリングによって集められたデータの一部を利用しました。この海洋モニタリングは、東日本大震災後、東北沿岸域の生物多様性評価と環境予測法の開発を目的とした研究プロジェクトとして実施され、海洋環境データとともに、どのような微生物が生息しているのかを調べるため、海洋メタゲノムデータを収集していました。メタゲノムデータでは、サンプル中の微生物を培養する必要がないため、難培養性微生物など、これまで知られていなかった新規のDNA配列を決定できます。また得られたDNA配列情報からは、サンプル中に存在する微生物の種類や量を知ることもできます。

研究手法と成果

共同研究グループは、海洋メタゲノムデータの中から青色光の光受容体であるクリプトクロムの遺伝子を探した結果、クリプトクロムと赤色光の光受容体であるフィトクロムが融合した光受容体の遺伝子を発見し、「デュアルクロム」と名付けました。また、デュアルクロムは、プラシノ藻の一種であるピクノコッカスの遺伝子であることも分かりました。

そこで、デュアルクロム遺伝子の機能を明らかにするために、まず融合した遺伝子がコードするタンパク質の吸収波長を調べました(下図)。その結果、前半のフィトクロム部分では赤色光より少し短い波長の橙色光(590~620nm)を吸収しました。陸上植物のフィトクロムでは、赤色光で活性化され、遠赤色光(700~800nmまたはそれ以上)で不活性化される可逆性が知られていますが、ピクノコッカスでは橙色光/遠赤色光による可逆性が確認できました。一方、後半のクリプトクロム部分においては、青色光を吸収することを確認しました。

デュアルクロムの機能ドメイン構造と吸光度の図

図 デュアルクロムの機能ドメイン構造と吸光度

左側のフィトクロム領域では、橙色光を吸収すると遠赤色光吸収型へ、遠赤色光を吸収すると、橙色光吸収型へ変換する、橙色-遠赤色光可逆的反応を示した。また右側のクリプトクロム領域では、暗状態では青色光を吸収し、青色光照射により紫外光吸収型へと変換する。

ピクノコッカスは海産の単細胞性藻類で、光の強い海洋表層だけでなく、あまり光が届かない水深でも生息することができます。ピクノコッカスの培養株であるP. provasolii NIES-2893の完全ゲノム配列を決定したところ、デュアルクロム以外の光受容体遺伝子や、強光や弱光に適応するための遺伝子の存在も明らかになりました。これらの遺伝子のおかげで、ピクノコッカスは海水中の多彩な光環境に適応できたと考えられます。

このように、ピクノコッカスでは、別々の光受容体のフィトクロムとクリプトクロムの遺伝子が融合し、一つの光受容体として協調的に働くことで、広い海洋環境にてより確かな光受容を可能にする能力を生み出していることが推察されます。

今後の期待

本研究では、橙色光、遠赤色光、青色光という3種類の光を認識できる光受容体の遺伝子を初めて発見しました。この光受容体は、ピクノコッカスが海洋環境で増殖する上で重要な役割を果たしていると考えられます。ピクノコッカスを含む浮遊性微細藻類は、海洋における二酸化炭素(CO2)固定に重要な役割を果たしており、本成果は今後のCO2固定の研究開発に寄与するものと期待できます。

また、デュアルクロムは光受容体の進化を解明する上で重要な遺伝子の一つであると考えられることから、本研究により、新しい機能を持つタンパク質の探索において、海洋の微細藻類やそのゲノム情報の有用性を示すことができました。

さらに、本成果は、国際連合が2016年に定めた17項目の「持続可能な開発目標(SDGs)[4]」のうち、「13. 気候変動に具体的な対策を」および「14. 海の豊かさを守ろう」に貢献するものです。

補足説明

1.光受容体、クリプトクロム、フィトクロム
さまざまな生物が持つ色素団を結合したタンパク質であり、特定の波長や強度の光を吸収する。例えば、高等植物では、フィトクロムは赤色光~遠赤色光を、クリプトクロムは紫色光~青色光を感知する。

2.メタゲノム
環境サンプルから多様な微生物が混在した状況でゲノムDNAを調製し、配列を決定したゲノムデータのこと。従来のゲノム解析では、単一の菌株を分離、培養する必要があったが、メタゲノムは、難培養性の生物も含めた全てのゲノムDNA配列を決定できる。海洋に限らず多様な環境においてデータが蓄積されている。

3.プラシノ藻、ピクノコッカス
プラシノ藻は、原始的な形質を持った緑藻植物門に含まれる微細藻類である。生活環を通して単細胞性であり、直径は1μm未満から数μmと非常に小さいものが多い。本研究に用いたピクノコッカスは、海洋性のプラシノ藻の一種であり、海洋表層から有光層下部まで、さまざまな光環境下で生息する。

4.持続可能な開発目標(SDGs)
2015年9月の国連サミットで採択された「持続可能な開発のためのアジェンダ」にて記載された2016年から2030年までの国際目標。持続可能な世界を実現するための17のゴール、169のターゲットから構成され、発展途上国だけでなく、先進国自身が取り組むユニバーサル(普遍的)なものであり、日本としても積極的に取り組んでいる(外務省ホームページから一部改変して転載)。

共同研究グループ

理化学研究所 環境資源科学研究センター 合成ゲノミクス研究グループ
グループディレクター 松井 南(まつい みなみ)
上級研究員 蒔田 由布子(まきた ゆうこ)
上級研究員 栗原 志夫(くりはら ゆきお)
研究員 嶋田 勢津子(しまだ せつこ)
研究員 栗原 恵美子(くりはら えみこ)
研究員 濱崎 英史(はまさき ひでふみ)
テクニカルスタッフⅠ 栗山 朋子(くりやま ともこ)
研究生(研究当時) 陶久 あや(すえひさ あや)

国立環境研究所 生物多様性領域 生物多様性資源保全研究推進室
室長 河地 正伸(かわち まさのぶ)
主任研究員 山口 晴代(やまぐち はるよ)
特別研究員(研究当時) 鈴木 重勝(すずき しげかつ)

静岡大学 大学院理学研究科
講師(研究当時) 成川 礼(なりかわ れい)
(現所属:東京都立大学 理学部生命科学科 准教授)
特任助教(研究当時) 伏見 圭司(ふしみ けいじ)

水産研究・教育機構 水産技術研究所
室長(研究当時) 坂見 知子(さかみ ともこ)
研究員(研究当時) 渡辺 剛(わたなべ つよし)

サウジアラビア・アブドラ王立科学技術大学
特別栄誉教授 五條 堀孝(ごじょう ぼりたかし)

東京大学 大学院農学生命科学研究科
助教 吉武 和敏(よしたけ かずとし)

お茶の水女子大学 理学部生物学科
教授(研究当時) 作田 正明(さくた まさあき)
学生(研究当時) 平田 愛実(ひらた まなみ)

研究支援

本研究は、理研-水産研究・教育機構の共同研究として開始され、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金挑戦的研究(萌芽)「海洋メタゲノム解析により単離された新型キメラ光受容体PHYCRYの機能解析(代表者:嶋田勢津子)」による支援も一部受けて行われました。また、全ゲノム配列を決定したPycnococcus provasolii NIES-2893は、ナショナルバイオリソースプロジェクト(NBRP)リソース拠点「藻類」である国立環境研究所から提供されました。

原論文情報

Yuko Makita*, Shigekatu Suzuki*, Keiji Fushimi*, Setsuko Shimada*, Aya Suehisa, Manami Hirata, Tomoko Kuriyama, Yukio Kurihara, Hidefumi Hamasaki, Emiko Okubo-Kurihara, Kazutoshi Yoshitake, Tsuyoshi Watanabe, Masaaki Sakuta, Takashi Gojobori, Tomoko Sakami, Rei Narikawa, Haruyo Yamaguchi, Masanobu Kawachi, Minami Matsui, “Identification of a dual orange/far-red and blue light photoreceptor from an oceanic green picoplankton”, Nature Communications, 10.1038/s41467-021-23741-5*共同第一著者

発表者

理化学研究所
環境資源科学研究センター 合成ゲノミクス研究グループ
グループディレクター 松井 南(まつい みなみ)
上級研究員 蒔田 由布子(まきた ゆうこ)
研究員 嶋田 勢津子(しまだ せつこ)

国立環境研究所 生物多様性領域 生物多様性資源保全研究推進室
室長 河地 正伸(かわち まさのぶ)
主任研究員 山口 晴代(やまぐち はるよ)
特別研究員(研究当時) 鈴木 重勝(すずき しげかつ)

静岡大学 大学院理学研究科
講師(研究当時) 成川 礼(なりかわ れい)
(現所属:東京都立大学 理学部生命科学科 准教授)

水産研究・教育機構 水産技術研究所
研究員(研究当時) 渡辺 剛(わたなべ つよし)

東京大学 大学院農学生命科学研究科
助教 吉武 和敏(よしたけ かずとし)

お茶の水女子大学 理学部生物学科
教授(研究当時) 作田 正明(さくた まさあき)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
国立環境研究所 企画部 広報室
静岡大学 総務部 広報室
東京都立大学 管理部 企画広報課 広報係
水産研究・教育機構 経営企画部 広報課
東京大学 大学院農学生命科学研究科 事務部総務課 広報情報担当
お茶の水女子大学 企画戦略課(広報担当)

生物化学工学
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