2021-08-20 東海国立大学機構名古屋大学,日本医療研究開発機構
国立大学法人東海国立大学機構名古屋大学大学院創薬科学研究科の杉澤直斗大学院生、布施新一郎教授は、金沢大学大学院自然科学研究科(研究当時)の杉澤宏樹大学院生、東京工業大学生命理工学院(研究当時)の小竹佑磨大学院生、科学技術創成研究院の中村浩之教授、カナダブリティッシュコロンビア大学化学科のRoman Krems(ローマン クレムス)教授らとともに、医薬品候補として重要な「スルファミド注1)」の機械学習と「マイクロフロー合成法注2)」を駆使した新たな高効率合成法の開発に成功しました。今後の医薬品開発プロセスの迅速化、低コスト化、廃棄物量低減につながる成果といえます。
本研究では、「マイクロフロー合成法」を駆使して、副反応を抑えつつ、安価で廃棄物の少ない原料から穏和な条件下で「スルファミド」を一気に合成する世界初の手法の開発に成功しました。フロー合成法の開発では、検討すべき反応パラメーターが増えるため、通常、条件最適化に要する検討数も多くなりますが、機械学習の手法の一つである「ベイズ最適化注3)」を用いて、計10,500通りの実験条件の中からわずか20回以下の実験検討により目標条件の同定に成功しました。また、反応のパラメーター同士の相関情報の取得は反応の化学的理解を深め、プロセスの制御因子を把握するために重要ですが、「ガウス過程回帰注4)」を駆使することにより、わずか20条件のデータから相関情報の予測に成功しました。
本研究成果は、2021年8月18日付国際的学術誌「Chemistry Methods」に掲載されました。
本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)創薬等ライフサイエンス研究支援基盤事業(BINDS)JP20am0101099の研究プロジェクト「多彩な天然物合成と反応開発が加速させる創薬研究」(代表:名古屋大学大学院創薬科学研究科 横島聡教授)の一環として実施されました。
ポイント
- 医薬品候補として重要な「スルファミド」の高効率合成法を開発。
- 機械学習の「ベイズ最適化」を駆使して20実験以内で目標条件を同定。
- 「ガウス過程回帰」により反応パラメーターの組み合わせと収率の相関予測に成功。
研究の背景
近年、科学のあらゆる分野において、最適解を最速で求めるために機械学習を駆使する試みが進んでいます。特に「ベイズ最適化」は取得データ数を抑えつつ、最適解を見逃すことなく同定しうる手法として注目されており、多くの分野において利用が進んでいます。有機合成化学分野は、データ取得のコストが高いため「ベイズ最適化」の活用が期待されていますが、世界的にも未だその利用例はわずかです。また、「マイクロフロー合成法」は、安全、低コスト、迅速に医薬品やその候補化合物を供給できる手法として世界中でその活用が進んでいますが、「マイクロフロー合成法」は通常の合成法と比較して検討パラメーター数が増えるため、条件最適化に要する検討数も多くなります。このため、「ベイズ最適化」は、フロー合成法の条件探索においてとりわけ有効と考えられていますが、未だにその利用例はほんのわずかです。
研究の経緯
これまで「マイクロフロー合成法」を駆使した、安価で廃棄物の少ない反応剤を用いる「高効率有機合成手法」の開発に過去10年以上にわたって取り組んできました。また、「ベイズ最適化」では、複数のパラメーターを同時に変化させつつ最適化を進めるため、他のパラメーターを固定しつつ、一つのパラメーターのみを変えて最適化を進める典型的な条件探索手法と異なり、各パラメーター同士の相関情報を取得することも可能です。このことから「マイクロフロー合成法」の開発において「ベイズ最適化」を駆使することで、最適条件を最短時間で同定可能とし、化学的発見の手がかりともなりうる相関情報取得を期待しました。金沢大学およびブリティッシュコロンビア大学の機械学習の研究者と共同研究を推進することによりこれが実現しました。
研究成果
「マイクロフロー合成法」を駆使することにより、これまで抑制が困難とされていた副反応を回避しつつ、安価で入手容易、なおかつ廃棄物量の少ない原料から一気に、医薬品候補化合物として重要な「スルファミド」を合成することに成功しました。
なお、機械学習の手法の一つである「ベイズ最適化」を用いることにより、検討数を抑えつつ、目的条件を同定することに成功しました。今回条件検討の対象としたパラメーターは全て組み合わせると10,500通りにもなりますが、「ベイズ最適化」の利用により、わずか19実験(最適化1回目)および10実験(最適化2回目)で目的条件を見つけ出しました。さらに、各パラメーター同士の相関情報を、「ガウス過程回帰」を駆使して、上述のわずか20以内の実験データから予測することに成功しました。開発した手法を用いて新規「スルファミド」類の高効率合成を実現しました(図1)。
図1.ベイズ最適化において検討対象としたパラメーター(上)、最適化過程での収率の推移(左下)、および反応溶液濃度と反応温度の相関関係の予測(右下)
今後の展開
現在、機械学習も「マイクロフロー合成法」も、高付加価値化成品や医薬品の開発・生産において世界中で重要技術として位置づけられています。一方で、これらの技術をどのように利用すれば、その効用を最大化できるかについては、未だ不明な点が多いです。今回得られた成果は、両技術の組み合わせについて新たなアプローチを提案するものであり、本アプローチを利用することにより「スルファミド」の合成に限らず、多様な有機化合物の合成において、迅速条件最適化と反応に対する化学的理解の深化の両立が可能になると期待されています。また、確立したアプローチでは、熟練研究者の知見や最適化の進捗状況に則した柔軟な判断も取り入れ、最適化プロセス全体としての効率化を達成しており、化学者と機械学習の協働のあり方についても一つの指針を示しています。
用語説明
- 注1)スルファミド:
- -N-SO2-N-の構造を有する有機化合物。肺高血圧治療薬やC型肝炎の治療薬として臨床で用いられているスルファミド薬剤が知られており、また、多彩な生物活性を示す化合物が報告されていることから医薬品候補化合物としても重要である。
- 注2)マイクロフロー合成法:
- 微小な流路を反応場とするマイクロフローリアクターを駆使する合成法。旧来のフラスコ等を用いるバッチ合成法と比較して、反応時間(1秒未満も可)、反応温度の厳密な制御が可能である。
- 注3)ベイズ最適化:
- 機械学習を駆使した最適化手法の一つ。少数標本と最低限の仮定にもとづいて確率的な予測を行えるガウス過程回帰の特長を利用している。
- 注4)ガウス過程回帰:
- 線形の回帰分析手法であり、非線形の回帰モデルに拡張できる。目的変数の推定値だけではなく、その分散も計算できる。
論文情報
- 掲載誌
- Chemistry Methods
- 論文タイトル
- Rapid and Mild One-Flow Synthetic Approach to Unsymmetrical Sulfamides Guided by Bayesian Optimization
- 著者
- Naoto Sugisawa,1 Hiroki Sugisawa,2 Yuma Otake,3 Roman V. Krems,4,5 Hiroyuki Nakamura,6 and Shinichiro Fuse*1
- 所属
-
- Department of Basic Medicinal Sciences, Graduate School of Pharmaceutical Sciences, Nagoya University, Furo-cho, Chikusa-ku, Nagoya 464-8601, Japan
- Department of Chemistry, Graduate School of Natural Science and Technology, Kanazawa University, Kakuma-machi, Kanazawa, Ishikawa 920-1192, Japan
- School of Life Science and Technology, Tokyo Institute of Technology, 4259 Nagatsuta-cho, Midori-ku, Yokohama 226-8503, Japan
- Department of Chemistry, University of British Columbia, Vancouver, British Columbia V6T 1Z1, Canada
- Stewart Blusson Quantum Matter Institute, University of British Columbia, Vancouver, British Columbia V6T 1Z4, Canada
- Laboratory for Chemistry and Life Science, Institute of Innovative Research, Tokyo Institute of Technology, 4259 Nagatsuta-cho, Midori-ku, Yokohama 226-8503, Japan
- DOI
- 10.1002/cmtd.202100053
お問い合わせ先
研究者連絡先
東海国立大学機構名古屋大学大学院創薬科学研究科
教授 布施 新一郎(ふせ しんいちろう)
報道連絡先
東海国立大学機構名古屋大学管理部総務課広報室
AMED事業について
国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)
創薬事業部 医薬品研究開発課
創薬等ライフサイエンス研究支援基盤事業(BINDS)