DPANN群に属する難培養性アーキアの培養に成功。寄生性アーキアの新しい生理生態を発見

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2022-01-17 創価大学

成果のポイント
  • 培養が極めて難しいDPANN群(※1) に属する寄生性アーキア(古細菌)(※2) の培養に成功し、形態学的特徴、生理性状、宿主依存性、全ゲノム配列情報を明らかにしました。
  • DPANN群の中に「複数種の宿主を持つ寄生性アーキア」が存在することを世界で初めて培養実験によって確認しました。
  • 培養に成功したDPANNアーキア(ARM-1株)を微生物リソースとして公開しました。ARM-1株は世界初の第三者研究機関が利用可能なDPANNアーキアです。
  • アーキアにおける新門Microcaldota門(※3) を提唱しました。

創価大学理工学部 共生創造理工学科 黒沢則夫教授、酒井博之助教、国立研究開発法人理化学研究所 バイオリソース研究センター 微生物材料開発室 大熊盛也室長、伊藤隆特別嘱託研究員、加藤真悟開発研究員、雪真弘開発研究員(研究当時)、清水未智留テクニカルスタッフ I、IPB大学 Antonius Suwanto 教授(インドネシア)、Muhammadiyah大学 Naswandi Nur 博士(インドネシア)で構成される研究グループは、DPANN群に属する難培養性アーキアの培養に成功し、その生理性状および全ゲノム配列情報を明らかにするとともに、アーキアの新門Microcaldota門を提唱しました。
本研究成果は2022年1月12日(英国時間)、科学雑誌「Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America」1月号に掲載されました。
本研究は日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金特別研究員奨励費「門レベルで新規の極小アーキアARMANの生理学的性状の解明と機能未知遺伝子の解析(研究代表者:酒井博之)」、JSPS科学研究費補助金若手研究「DPANN群に属する共生アーキア培養株の確立と共生機構の解明(研究代表者:酒井博之)」、JSPS科学研究費補助金新学術領域研究(研究領域提案型)「超地球生命体を解き明かすポストコッホ生態学(領域代表者:高谷直樹)」、「ポストコッホ微生物資源の基盤整備(研究代表者:大熊盛也)」、発酵研究所(IFO)若手研究者助成「DPANN群に属する新奇アーキアの共生機構の解明(研究代表者:酒井博之)」、創価大学理工学部国際共同研究費「インドネシアの温泉に生息する好熱菌の生態学および分類学的研究(研究代表者:黒沢則夫)」の支援を受けて実施されました。

研究の背景

バクテリアと真核生物とともに生物界を構成するアーキアは、1977年に発見されてから長い間、極限環境に生息する“変わり者の生物”として認識されてきました。しかし近年、自然環境中のDNAを解析することにより、アーキアは通常の環境にも普遍的に存在し、これまで考えられていたよりも遥かに多様であることが明らかとなりました。一方、これらの多くは実験室での培養が困難なため、生理生態に関する理解がほとんど進んでおらず「微生物ダークマター」と呼ばれています。DPANN群と呼ばれるグループに属するアーキア(DPANNアーキア)も、温泉を含む多様な水圏から動物の体内まで様々な環境からそのDNAが見つかっているものの、培養された種はほとんど無く、それらの生理生態には多くの不明な点が残されています。DPANNアーキアは、通常の微生物が増殖するために必要な多くの遺伝子(核酸やアミノ酸を生合成する遺伝子など)を持たないため、他の微生物から栄養を受け取らないと増殖できない寄生性アーキアだと考えられています。この寄生性はDPANNアーキアの培養を困難にしている最大の要因だと考えられます。このような状況の中で私たちの研究グループは、インドネシアの火山性温泉中にDPANN群に属するアーキアの一種を発見しました。このアーキアに近い種のDNAは、2006年にカリフォルニアの鉱山の酸性排水中から最初に見つかりARMAN(※4)(現在はMicrarchaeota暫定門(※5)とParvarchaeota暫定門に分けられている)と呼ばれていましたが、培養に成功した例はこれまで2件しかありませんでした。これまでARMANアーキアは、増殖が非常に遅く、嫌気性(※6)または微好気性(※7)で取り扱いがとても難しいこと、公的な機関から研究者が利用できる材料となっていないことなどから詳しい解析が進められていませんでした。私たちは、インドネシアの温泉から世界初の好気条件下で増殖する“取り扱いやすい”ARMANの培養に成功し、このアーキアについて詳細な形態学的解析、生理性状解析、宿主依存性の解析、およびゲノム解析を行いました。

研究の成果

インドネシアの酸性温泉試料を液体培地に植菌して65℃で培養したところ、約2週間後に微生物の増殖が確認されました。DNA解析の結果、この培養液中にはMetallosphaera属アーキア(※8)、Thermoplasma属アーキア(※9)、DPANNアーキアが増殖していることがわかりました。その後、培養条件の検討を繰り返す中で、最終的にMetallosphaera属アーキア(AS-7株)とDPANNアーキア(ARM-1株)のみからなる培養液(共培養系)を得ることに成功しました。この共培養系を用いてARM-1株の細胞形態、培養性状(生育温度・pH、栄養要求性など)、宿主依存性について詳細な解析を行いました。また、全ゲノム配列を決定して代謝機能を推測しました。
蛍光顕微鏡観察により、ARM-1株の細胞は非常に小さく、宿主AS-7株の細胞に張り付いている様子が確認されました(図1)。電子顕微鏡観察により、ARM-1株は直径240~440 nm(※10)の球菌で、宿主AS-7株は直径0.7~1.4 μm(※11)の球菌であることがわかりました(図2)

図1.蛍光顕微鏡写真

図1.蛍光顕微鏡写真

図2. 電子顕微鏡写真

図2. 電子顕微鏡写真

培養性状を調査した結果、ARM-1株の生育温度は50~75℃、生育pHは1.5~4.5でした。宿主AS-7株の存在下であれば、ARM-1株は酵母エキスや糖などの有機物を加えた培地で増殖しました。また、有機物を含まない培地でも単体硫黄(S0)や黄鉄鉱(FeS2)を加えると増殖することがわかりました。宿主AS-7株の非存在下ではARM-1株は増殖しなかったため、ARM-1株は寄生性アーキアであることが明らかとなりました。
AS-7株を含めた8属10種の好熱好酸性アーキア(※12)を用いて宿主範囲を調査したところ、3属5種の好熱好酸性アーキアがARM-1株の増殖を支持できる事が確認されました。これにより、複数種の宿主を持つDPANNアーキアの存在が世界で初めて確認され、ARM-1株は自然環境中の様々な種に頼る生存戦略を持つアーキアであることが示唆されました。
ARM-1株の全ゲノム配列を決定した結果、ARM-1株は814,439 bpの小さなゲノムを持ち、その特徴はこれまで報告されているMicrarchaeota暫定門アーキアのゲノムの特徴と類似していることがわかりました。具体的には、ARM-1株は完全なクエン酸回路を持つ一方で、解糖系、糖新生、ヌクレオチド・アミノ酸・ビタミンの生合成に関連するほぼ全ての遺伝子を持っていませんでした。このことからARM-1株は、自身で作り出せない様々な代謝物を宿主に作り出してもらい、それらをうまく利用することで増殖していると考えられます。顕微鏡観察結果を合わせて考察すると、ARM-1株は宿主に張り付いている際に、宿主が作り出した代謝物を受け取っているのではないかと考えられました。
以上の解析結果をまとめ、私たちはARM-1株にMicrocaldus variisymbioticusという種名を名付け、アーキアにおける新門Microcaldota門を提唱しました。なお、M. variisymbioticusは微生物リソースとして理化学研究所微生物材料開発室(Japan Collection of Microorganisms)およびIndonesian Culture Collectionに保存されています(JCM No. 33787, InaCC No. Co.001)。
DPANNアーキアは、温泉を含む多様な水圏から動物の体内まで様々な環境から見つかっているため、地球規模で微生物生態系に関わっている生物群だと考えられます。また、これまで培養されたDPANNアーキアは「特定の宿主」を持つ寄生性アーキアとして報告されてきました。ARM-1株は酸性温泉という特殊な環境から培養されたものの、この株が「複数種の宿主」を持つ事が確認されたことは、「DPANNアーキアは特定の宿主を持つ」という定説を覆す研究成果であり、地球規模で分布する他のDPANNアーキアの中にも「複数種の宿主」を持つ種がいることを連想させます。また、DPANNアーキアを研究対象としてここまで詳細な生理性状解析が行われた研究例はこれまでありません。本研究は、今後のDPANNアーキア研究を進める上での方法論としての高い価値も有しています。ARM-1株は、第三者研究機関が利用可能な世界初のDPANNアーキアです。今後、ARM-1株を実験材料として、多くの研究機関で研究を進めることができれば、DPANNアーキアに関する理解が飛躍的に進むことが期待されます。

今後の展開

本研究により、DPANNアーキアの一種であるARM-1株について、形態学的特徴、生理学的特徴、宿主依存性、および全ゲノム配列が明らかとなりました。しかし、ARM-1株には依然として多くの不明な点が残されています。例えば、(1)ARM-1株はどのような機構で宿主から栄養を受け取るのか、(2)宿主から受け取っている物質は何か、(3)寄生することにどのような生態学的意義があるのか、(4)寄生される宿主側にメリット・デメリットはあるのか、といった学術的問いにはまだ答えることはできません。ARM-1株を培養することができるようになった今、最先端の科学技術を駆使して更なる研究を進めることで、上記の問いに答えられる可能性があります。
現在、ARM-1株は、微生物リソースとして理化学研究所微生物材料開発室(Japan Collection of Microorganisms)およびIndonesian Culture Collectionに保存されており、第三者研究機関が制限なしに利用することが可能です。DPANNアーキアは微生物生態学の分野で非常に注目されている生物群の一つです。私たちは、今後ARM-1株がDPANNアーキアのモデル生物として広く利用されることで、本系統群の持つ未知の機構が次々と解明されていくことを期待しています。

  • 掲載誌:科学雑誌「Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America(米国科学アカデミー紀要)」(1月号)DOI: 10.1073/pnas.2115449119
  • 論文タイトル:Insight into the symbiotic lifestyle of DPANN archaea revealed by cultivation and genome analyses
  • 著者:Hiroyuki D. Sakai, Naswandi Nur, Shingo Kato, Masahiro Yuki, Michiru Shimizu, Takashi Itoh, Moriya Ohkuma, Antonius Suwanto, Norio Kurosawa

(※1)DPANN群:アーキア(※2参照)の分類群のひとつで10以上の暫定的な門(※3)から成る。細胞とゲノムのサイズが小さく、多くの種が共生性であると考えられている。培養に成功した種は非常に少ない。
(※2)アーキア(古細菌): 生物界を構成する3つのドメイン(超生物界)のひとつ。他の2つはバクテリア(細菌)と真核生物(動物、植物、真菌、原生生物)。アーキアとバクテリアはいずれも核膜を持たない原核生物であるが、進化系統的に大きく隔たっている。アーキアは、以前は嫌気、高塩分、高温、低pHといった極限環境にしか生息していないと考えられてきたが、現在では通常の環境にも普遍的に存在する生物であることが明らかにされている。
(※3)門:生物界の各ドメイン(※2参照)における最上位の分類階級(門以下は一般に綱、目、科、属、種と続く)。
(※4)ARMAN:Archaeal Richmond Mine acidophilic nanoorganisms(リッチモンド鉱山から発見された好酸性のナノサイズのアーキアの意)の略。現在はMicrarchaeota暫定門とParvarchaeota暫定門に分けられている。
(※5)暫定門(Candidatus phylum):正式な記載種の存在しない門(※3)。DNA解析によって存在が確認されている為、暫定的に門の名前がつけられている。培養されている種もあるが、未培養種がほとんどであるため生理生態に関する理解が進んでいない。原核生物の全記載種のデータをまとめているLPSNサイト上では2022年1月7日時点で157の暫定門が確認できる(https://lpsn.dsmz.de/text/candidatus-phyla)。
(※6)嫌気性:酸素があると増殖しない性質のこと(嫌気:空気を嫌うの意)。嫌気性微生物を用いた実験は酸素のない環境を用意しなければならない為、特別な実験設備や高度な実験操作技術が必要とされる。
(※7)微好気性:微量の酸素の存在下で増殖する性質のこと(微好気:微量の空気を好むの意)。微好気性微生物の培養は、嫌気性微生物ほどではないが、操作に気を使わなければいけない点が多く取り扱いが難しい。
(※8)Metallosphaera属:酸性温泉などの高温かつ低pHの環境に生息するアーキア。報告されている種は50~80℃(至適温度:70~75℃)、pH 1~6.5(至適pH:3~3.5)の範囲で増殖する。硫化鉱物を利用して増殖する際に金属を溶出するため、バイオリーチング(微生物を利用して鉱物等から有用成分を溶出させて回収する技術)への利用が期待されている。
(※9)Thermoplasma属:陸上の酸性温泉や炭鉱のくず山などの高温かつ低pHの環境に生息するアーキア。報告されている種は33~67℃(至適温度:59~60℃)、pH 0.5~4.0(至適pH:1~2)の範囲で増殖する。
(※10)nm(ナノメートル):100万分の1ミリメートル。
(※11)μm(マイクロメートル):千分の1ミリメートル。
(※12)好熱好酸性アーキア: 55℃以上、pH 4以下を至適生育条件として増殖するアーキアの総称(※研究者により定義が少し異なる場合がある)。代表的な好熱好酸性アーキアのグループとしてSulfolobaceaeThermoplasmataceae科などが知られている。

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