同期したシステム間の結合を振動時刻データから推定する公式を考案 ~事前データ不要で推定を可能に~

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2022-02-04 東京大学,九州大学

発表のポイント

◆生物に見られる多様なリズムを生み出す「振動子」の相互作用をコンピューターによる機械学習で推定するには膨大な事前のデータ(教師データ)が必要。
◆本研究で、事前データなく、振動子間の相互作用およびノイズの大きさを推定する新理論を開発。
◆機械学習やAIへの期待が集中する今日に、起きている現象を方程式で記述し、理論を作って答えを導く「物理学の伝統的スタイル」によって本研究は達成された。

発表概要

約24時間周期の概日リズムや約1秒間隔の心臓の拍動など、生物に見られる多様なリズムは、振り子時計にもたとえることができる「振動子」から作り出されています。リズムを乱す要因となりうるノイズにさらされた中でも安定的なリズムが生み出されている理由は、複数の振動子が相互作用することによって、互いに足並みを揃える「同期状態」を維持しているからです。逆に、相互作用が十分強くなければ機能不全に陥ります。相互作用の強さを、観察対象を傷つけることなく自然な状態のままで測ることができれば、相互作用によって機能を正常に保つ仕組みを明らかにできる可能性があります。

このような背景から、九州大学数理・データサイエンス教育研究センター/大学院芸術工学研究院の森史助教と東京大学大学院新領域創成科学研究科の郡宏教授の研究チームは、結合位相振動子と呼ばれる数理モデルを用いて、振動子間の相互作用およびノイズの大きさを、自然に発生する振動の時刻のデータだけから推定する公式を導出しました。同様の推定を機械学習で行おうとすると事前に膨大な教師データ、すなわち、相互作用強度があらかじめわかっているシステムの振動時刻データが必要ですが、本手法は教師データを必要とせず、しかも、比較的少量のデータで正確な推定を実現します。本手法によって、生物システムなどのデリケートなシステムの情報を得られる可能性が大きく広がりました。

本研究成果は、米国科学アカデミー紀要『Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America(PNAS)』の掲載に先駆け、オンライン版が2022年2月2日(現地時間)に公開されました。

本研究はJSPS科研費 (JP11J11148, JP19K03663, JP21K12056)の助成を受けたものです。

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(参考図)(a)シミュレーションで得られた2つの振動子の振動の時刻のデータ。赤線と緑線が縦に揃っていることは、振動子1と2が同じタイミングで振動している、つまり、同期していることを表している。(i)の結合とノイズの大きさは、(ii)の2分の1に設定してあるが、そのことは同期の程度からは読み取れない。
(b)導出した公式に(a)のデータを当てはめ、結合とノイズの大きさの同時推定を行った結果。推定値は、真の値(×印)を捉えることに成功している。

発表内容

【研究の背景と経緯】
生物には、様々な時間スケールのリズムがあります。例えば、心臓の拍動は1秒に1回、起床と睡眠は1日に1回、脳波は1秒に数回〜数十回程度の繰り返しです。このようなリズム現象は、振り子時計と呼ぶにふさわしい振動子によって生み出されています。外部環境が変化する中でも、規則的で精確なリズムが生み出される理由は、複数の振動子が相互作用することによって、互いに足並みを揃える「同期状態」を維持しているからです。逆に、相互作用が十分強くなければ機能不全に陥ります。正常な機能を保つために相互作用がしっかりと働いているかどうか、つまり、相互作用の強度がどれくらいなのかを実験的に調べようとすると、観察対象を傷付けてしまう恐れが出てきます。このため、起きている振動のデータそのものから非侵襲的に相互作用強度が分かることが理想的です。機械学習は非侵襲的な手法を提供しますが、一方で、膨大な教師データを必要とします。以上の理由により、非侵襲的かつ教師データなしで、振動データだけから相互作用強度を推定する方法が求められていました。

【研究の内容と成果】
結合位相振動子と呼ばれる数理モデルを用いて、振動子間の相互作用およびノイズの大きさを、自然に発生する振動の時刻のデータだけから推定する公式を導出しました。数値シミュレーションによる検証実験で正確な推定が達成されていることが確認され、推定公式の有効性が示されました。本研究の推定公式は、結合の大きさが振動周期のばらつきとどう関係しているかを世界で初めて明確に記述したものです。

【今後の展開】
機械学習に大きな期待が寄せられている現在、ビッグデータを収集することで新たな知見を得ようとするアプローチは正当といえます。しかし、事前に教師データが手に入らない状況は多々あるため、現象を方程式で記述し法則性を導き出す解決方法も依然として有望です。本研究を土台とした非侵襲推定手法の実用化が期待されます。(図1)。

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図1 本研究の位置付けの概略。ここに書き切れない数多くの研究成果に基づいて達成された。

用語解説

ホイヘンス・・・クリスティアーン・ホイヘンスは、オランダの科学者。「ホイヘンスの原理」にも名を残す彼は、振り子時計の発明者でもある。共通の板に支えられた2つの振り子時計のリズムが揃っていることに気付き、その原因が板の振動にあると指摘している。同期現象の記録で最も古いものと考えられている。

ダーウィン・・・チャールズ・ロバート・ダーウィンは、イギリスの科学者。「進化論」の提唱者。オジギソウなどの植物が24時間周期で寝たり起きたりしているように見える就眠運動の詳細な観察を行った。植物がリズムをもつ不思議さそのものに惹かれるともに、その性質がどのように獲得されたのかという進化論的な興味も持ち合わせていた。

アインシュタイン・・・アルベルト・アインシュタインは、ドイツ生まれの物理学者。「相対性理論」があまりにも有名だが「ブラウン運動」(水に浮かんだ微粒子の不規則な運動)においても極めて重要な業績を残している。目に見えない分子の存在の証拠がまだまだ十分ではなかった時代に、ブラウン運動が水分子の不規則な衝突によって引き起こされていると考え、確率的な記述を行った。確率微分方程式の源流の1つとなっている。

ウィンフリー・・・アーサー・テイラー・ウィンフリーは、アメリカの生物学者。体内時計など生物のリズム現象に対して積極的に数理モデルを導入し、先駆的な理論研究を行った。

蔵本・・・蔵本由紀は、日本の物理学者。「蔵本モデル」や「蔵本-シバシンスキー方程式」に名を残すように、振動と同期の研究に欠かせない多数の業績がある。多くの弟子を輩出しており、著者の郡もその一人。

論文情報

掲載誌:Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America(PNAS)
タイトル:Noninvasive inference methods for interaction and noise intensities of coupled oscillators using only spike-time data
著者名:Fumito Mori and Hiroshi Kori
DOI:10.1073/pnas.2113620119

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新領域創成科学研究科 広報室

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