テントウムシの卵巣移植および卵巣凍結保存に成功

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2018/07/13 基礎生物学研究所

基礎生物学研究所 進化発生研究部門の川口はるか特任研究員と新美輝幸教授の研究グループは、テントウムシの卵巣移植技術を開発し、テントウムシ卵巣の凍結保存に初めて成功しました。米粒ほどの大きさのテントウムシの幼虫から卵巣を取り出し、凍結保護剤で処理した後に液体窒素中で凍結保存することが可能となりました。凍結保存した卵巣は、解凍後に別の幼虫の体内に移植することで、凍結卵巣由来の子孫を残すことが出来るようになりました。

昆虫での卵巣移植および卵巣凍結保存の成功は、比較的大きな卵巣を持つカイコなどに続く成功例となります。本技術により、より多様な昆虫の生物遺伝資源の安定した保存につながることが期待されます。本研究成果はJournal of Insect Biotechnology and Sericology に2018年7月13日に掲載されました。
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米粒(左)とナミテントウ4齢幼虫(中央)および卵巣(右)の大きさの比較

左下のスケールバーは1mm

【研究の背景】

様々な生命現象の解明を探求していく研究には、モデルとなる生物が欠かせません。モデル生物として、昆虫ではショウジョウバエやカイコが有名です。モデル生物は、飼育や繁殖が容易で、実験操作がしやすいため、研究が注力され、多くの生命現象が解明されてきました。しかし、非モデル生物には、モデル生物にはない未だ謎に包まれた生命現象が豊富に存在するものの、飼育や繁殖の困難さが研究の進展の妨げとなっています。近年、ゲノム解析技術やゲノム編集技術の急速な進展により、非モデル昆虫に特有な興味深い生命現象の解明も可能になりつつあります。これら遺伝子改変技術の発展とともに、モデル、非モデルにかかわらず、生物を用いた研究では、生物遺伝資源である多数の系統を抱えることとなってきました。さらに継代飼育には、病気や人為的な過失、災害による喪失、近交弱勢、自然突然変異の蓄積などの問題もあり、系統の維持には大変な労力が必要です。そのような生物遺伝資源の保存手段の一つに凍結保存があります。ヒトを含め哺乳類や魚類、両生類、爬虫類、鳥類などで精子や卵子、受精卵、始原生殖細胞など生殖細胞が凍結保存されていますが、昆虫ではカイコでのみ卵巣の凍結保存法が系統維持のため実用化されています。非モデル生物の昆虫類でも凍結保存が可能になれば、非モデル昆虫を用いた研究が躍進する一役を担うことが予想されます。そこで、かねてより当研究グループで新規モデル生物化を目指しているナミテントウを用いて、系統の安定的な長期的保存のための卵巣凍結保存と卵巣移植の技術確立を試みることにしました。

本研究で用いたナミテントウは、日本(南西諸島を除く)では普通に見られるテントウムシです。害虫であるアブラムシを捕食することから生物農薬として利用され、販売されています。翅の斑紋に200 以上もの遺伝的多型がある興味深い昆虫です。当研究室では、ナミテントウの新規モデル生物化を目指し、飼育法の簡易化やゲノムの解読、様々な遺伝子機能解析法の確立を行ってきました。また、飛ばないテントウムシなどの新規生物農薬の開発も行ってきました。

【研究の成果】

昆虫での卵巣凍結保存は、モデル生物であるカイコで実用化されています。本研究グループはカイコの卵巣凍結保存法に着目し、独自の工夫を加えてナミテントウに応用しました。移植に用いるドナーとホストのナミテントウの幼虫は、成虫になった時に翅の斑紋で区別ができるように異なる斑紋型を用いました。また、ドナーとホストは共に終齢である4齢幼虫を使用しました。このステージの幼虫の体長は7 ㎜(カイコの体長の1/4 程度)であり、卵巣も小さいこと(カイコ約1mm弱、ナミテントウ 0.3〜0.4mm)に加え、幼虫の体液は不透明であり、体液が固まりやすく、卵巣の摘出は当初不可能と思われました。本研究グループは、これらの難題を培養液中での解剖や虫ピンによる幼虫の固定などのオリジナルな方法で解決し、卵巣から伸びる輸卵管となる糸状の器官を絡める手法により卵巣移植を行った結果、幼虫は成虫まで生育して、受精卵を産卵し、卵巣の移植法を確立することに成功しました。さらに、この移植法に基づき、摘出した卵巣を凍結保護剤で処理し、液体窒素で凍結保存した後に移植し、交配させると、その移植個体は受精卵を産卵することができました。孵化した幼虫を成虫まで育てたところ、ドナー由来の斑紋をもつことが判明し、卵巣の凍結保存法の確立に成功しました。
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テントウムシの卵巣凍結保存の手順と、凍結卵巣由来の子孫を得るまでの一連の流れ

【今後の展望】

本研究で、テントウムシでの卵巣移植と卵巣凍結保存技術技術の確立に成功しましたが、現在はこれらの技術を応用して、オス由来の遺伝資源である精巣や精子の凍結保存の技術開発に取り組んでいます。また、より効率の良い凍結保存および移植技術の開発のために、未だ解明されていない輸卵管となる糸状の器官の再生メカニズを解明も重要であると考えています。

今回の成果は、研究に用いる実験昆虫だけでなく、人工飼育や人工繁殖が困難な絶滅危惧種の保存や繁殖などに役立つことが期待されます。

【発表雑誌】

雑誌名: Journal of Insect Biotechnology and Sericology

(日本蚕糸学会が発行する昆虫テクノロジーに関する国際誌です)

論文タイトル: A method for cryopreservation of ovaries of the ladybird beetle,

Harmonia axyridis

著者:Haruka Kawaguchi and Teruyuki Niimi

【研究グループ】

基礎生物学研究所 進化発生研究部門の川口はるか特任研究員と新美輝幸教授の研究グループにより実施されました。

【研究サポート】

本研究は、科学研究費補助金・基盤研究(A)(16H02596)および基礎生物学研究所・生物遺伝資源新規保存技術開発共同利用研究 (18-914)の支援を受けて行われました。

【本研究に関するお問い合わせ先】

基礎生物学研究所 進化発生研究部門

教授 新美 輝幸(ニイミ テルユキ)

【報道担当】

基礎生物学研究所 広報室

 

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