ヒトのiPS細胞やES細胞の生存に必要な遺伝子の発見 ~これまで見過ごされていた、タンパク質レベルで量が制御されている遺伝子群の制御機構解明に向けて~

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2022-05-13 京都大学iPS細胞研究所

ポイント

  1. ヒト多能性幹細胞でmRNA(注1)の量とは独立してタンパク質の量が多い20種類の遺伝子群は、ヒト多能性幹細胞(注2)の生存に必須である。
  2. mRNAの細胞内局在の変化がタンパク質の量を制御している可能性を示唆した。
  3. 分化している細胞では、リボソームがmRNAに結合しているのにもかかわらず、タンパク質翻訳が抑制されていた。

1. 要旨

タンパク質はmRNAを鋳型としてつくられる遺伝子の最終産物です。mRNAはタンパク質を作るための設計図のコピーとして働く分子ですが、mRNAの量とタンパク質の量には違いがあります。ただ、どのような細胞でそれらの量的な違いが大きいのか、また、量的な違いを持つ遺伝子は細胞にとって重要な働きを持っているのか、という点はよくわかっていませんでした。
京都大学iPS細胞研究所の岩崎未央講師と高橋和利准教授らの共同研究グループは、ヒトのiPS細胞やES細胞といった多能性幹細胞に、mRNAとタンパク質の量が相関しない遺伝子種類が多いこと、また、それらの遺伝子がヒトの多能性幹細胞の生存に必須であることを明らかにしました。未だにわからないことの多いタンパク質量の制御機構の解明に向けた一歩となる研究です。
本研究成果は4月23日にiScience誌に掲載されました。

2. 研究の背景

タンパク質は遺伝子の最終産物として細胞内で様々な機能を担っています。mRNAと比べて、タンパク質は網羅的に測定・定量することが難しく、遺伝子発現量の解析には主にmRNAの量が用いられてきました。しかし、mRNAとタンパク質の量は必ずしも相関しているわけではなく、特に以下の3点が良くわかっていませんでした。

① mRNA量とタンパク質の量が相関していない遺伝子群がどのくらいあるのか

② 細胞種類が変わればタンパク質量の制御機構も変わるのか

③ それらの制御されている遺伝子群は細胞にとって重要なのか

3. 研究結果

本研究では、ヒトのiPS細胞やES細胞といった多能性幹細胞と、iPS細胞と作る元となった皮膚の分化細胞(注3)(線維芽細胞: HDF)を用いて、mRNAとタンパク質の量を網羅的に解析しました。その結果、mRNAの量は細胞間で変化がないものの、タンパク量のみが変動している遺伝子群を228種類同定しました。それらの遺伝子群は特に多能性幹細胞で変動が大きいことがわかりました。
それらの遺伝子群が細胞にとって重要かどうかを調べたところ、84種類の遺伝子は細胞種類によらず重要であったものの、20種類の遺伝子群は多能性幹細胞の生存に特に必須であることがわかりました。
さらに、それらのタンパク質の量がどのように制御されているかを調べたところ、分化細胞ではタンパク質の分解が促進されている遺伝子群が3種類あることがわかりました。また、細胞間でmRNAの細胞内局在が変動している遺伝子群が多くあることがわかり、mRNAの局在によってタンパク量が制御されている可能性が示唆されました。

図:iPS/ES細胞では20種類の遺伝子のタンパク量が多く制御されており、皮膚由来の分化細胞(HDF)ではその量が少なく制御されている

4. 今後の展開

今回発見した遺伝子群は、多能性幹細胞でタンパク質の量がmRNAの量に比べて多くなっています。逆に言うと、分化した細胞ではそのようなタンパク質の量の増加を起こす制御が抑制されているといえます。細胞の種類に特異的なタンパク質の量制御の詳細が解明されれば、特定の細胞を狙ってタンパク質の量を制御することができるかもしれません。そのような知見は新しい創薬研究につながる可能性があります。

5. 論文名と著者

  1. 論文名
    Multi-omics approach reveals post-transcriptionally regulated genes are essential for human pluripotent stem cells

  2. ジャーナル名
    iScience
  3. 著者
    Mio Iwasaki1,7,*, Yuka Kawahara1, Chikako Okubo1, Tatsuya Yamakawa1, Michiko Nakamura1, Tsuyoshi Tabata1, Yohei Nishi1,2, Megumi Narita1, Akira Ohta1, Hirohide Saito1, Takuya Yamamoto1,3,4, Masato Nakagawa1, Shinya Yamanaka1,5,6, and Kazutoshi Takahashi1,*
    *責任著者
  4. 著者の所属機関
    1. 京都大学iPS細胞研究所(CiRA) 未来生命科学開拓部門
    2. 理化学研究所 バイオリソース研究センター(RIKEN BRC)
    3. 京都大学高等研究院ヒト生物学高等研究拠点(ASHBi)
    4. 理化学研究所革新知能統合研究センター(AIP)iPS細胞連携医学的リスク回避チーム
    5. グラッドストーン研究所
    6. カリフォルニア大学

6. 本研究への支援

本研究は、下記機関より支援を受けて実施されました。

  1. 日本学術振興会(科研費)
  2. 日本医療研究開発機構(AMED)
  3. 日本医療研究開発機構(AMED-PRIME)
  4. 京都大学iPS細胞研究所(iPS細胞研究基金)

7. 用語説明

(注1)mRNA(メッセンジャーRNA、伝令RNA)
遺伝子の一時的なコピーとして、リボソームで合成されるタンパク質のアミノ酸配列を指定する役割を持つRNA。

(注2)多能性幹細胞
ES細胞(胚性多能性幹細胞)やiPS細胞(人工多能性幹細胞)といった、多能性を有する細胞の総称。

(注3)分化細胞
多能性幹細胞から発生した、特定の機能を持つ細胞のこと。

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