4億年前の謎の脊椎動物の正体解明~シンクロトロン放射光X線マイクロCTによる化石の精密観察~

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2022-05-26 理化学研究所,東京大学大学院理学系研究科

理化学研究所(理研)開拓研究本部倉谷形態進化研究室の平沢達矢客員研究員(東京大学大学院理学系研究科准教授)、倉谷滋主任研究員(生命機能科学研究センター形態進化研究チームチームリーダー)らの国際共同研究グループは、シンクロトロン放射光X線マイクロCT(SRXμCT)[1]を用いて、中期デボン紀(約4億年前)の脊椎動物パレオスポンディルス(Palaeospondylus gunni)[2]の化石の頭骨の形態を精密観察し、この動物が陸上脊椎動物の祖先と近縁であったことを発見しました。

本研究成果は、魚類から陸上脊椎動物への移行段階[3]に、従来知られていなかった奇妙な形態パターンを持つ動物が存在したことを示しており、ヒトを含む陸上脊椎動物の初期進化過程の全貌解明に貢献すると期待できます。

今回、国際共同研究グループは、頭骨が完全に保存されたパレオスポンディルスの化石を特定し、大型放射光施設「SPring-8」[4]においてSRXμCTで撮影することで、高分解能・高コントラストの断層像を取得することに成功しました。得られた断層像には、細胞小腔(軟骨細胞が収まっていた腔所)や軟骨膜骨(軟骨周囲の鉱物化した骨組織)などの微細組織構造が見られ、それをもとに頭骨の各骨要素の境界(関節)の形を明らかにしました。パレオスポンディルス頭骨の形態的特徴は、脊椎動物の中でもハイギョなどの肉鰭類[5]と類似しており、系統解析からは基盤的な四肢動物[6]であると推定されました。併せ持つ奇妙な特徴(歯やヒレ/四肢がない)は四肢動物の幼生にも見られることから、幼生的形態の進化的起源は4億年前までさかのぼる、非常に古い可能性が明らかになりました。

本研究は、科学雑誌『Nature』オンライン版(5月25日付:日本時間5月26日)に掲載されました。

4億年前の謎の脊椎動物の正体解明~シンクロトロン放射光X線マイクロCTによる化石の精密観察~

パレオスポンディルスの頭骨の3次元モデル(左側が吻部、右側が後頭部)

背景

パレオスポンディルス(Palaeospondylus gunni、学名は「古代の背骨」の意味)は、英国スコットランドにある中期デボン紀(約4億年前)の湖に堆積した地層から産出する化石種として知られています。最初に報告されたのは1890年ですが、脊椎動物のどのグループに属するのかは謎でした。

パレオスポンディルスには歯がなく、頭部の表面を覆う皮骨要素もなく、胸ビレや腹ビレの痕跡も化石に残っていません。これらの形態的特徴は、ヌタウナギやヤツメウナギなど顎を持たないグループである円口類を想起させます。一方で、背骨がよく発達しており、これは顎を持つ脊椎動物の中の後から進化したグループによく見られる特徴です。このような「キメラ的」特徴のため、これまでパレオスポンディルスは、円口類、サメやエイなどの軟骨魚類、初期の顎を持つ脊椎動物(板皮類)の幼生、ハイギョ(肉鰭類)の幼生、両生類の幼生など、さまざまな系統的位置に置かれてきました。

パレオスポンディルスは全長5cmほどの小さな動物で、分類の鍵となる形態的特徴が集まっている頭骨の長さは5~6mmしかありません。また、他の多くの化石と同様に、パレオスポンディルスの化石のほとんどは骨格が岩石の割れ目表面に露出した状態で見つかるため、採集された時点で骨格の一部が破損している場合が多くあります。そのため、これまでの研究では、頭骨の完全な形態を精密に観察することは不可能でした。

研究手法と成果

今回、国際共同研究グループは、頭骨が完全に岩石中に保存されている状態のパレオスポンディルスを研究するために、頭部が母岩に埋まったままで尾部だけが岩石表面に露出している化石を探しました。過去に採集されていた約2,000点の化石の中から、条件を満たすものが2点だけ見つかりました(図1左)。この2点の標本は現在、国立科学博物館に登録・収蔵されています。これらの希少な化石標本を、大型放射光施設「SPring-8」においてシンクロトロン放射光X線マイクロCT(SRXμCT)を用いて撮影した結果、高分解能・高コントラストの断層像の取得に成功しました(図1右)。

研究に用いた化石標本とシンクロトロン放射光X線マイクロCT(SRXμCT)装置の図

図1 研究に用いた化石標本とシンクロトロン放射光X線マイクロCT(SRXμCT)装置

左:研究に用いたパレオスポンディルス化石標本NSMPV 24679(国立科学博物館登録標本)。尾部だけが岩石表面に見えている。
右:大型放射光施設「SPring-8」に設置されているシンクロトロン放射光X線マイクロCT(SRXμCT)装置。CT撮影は、分解能6.63、2.74、1.46μm/voxelの三つの異なるセッティングで行われ、観察される微細組織構造が撮影条件によるノイズではないことも検証された。


得られた断層像を組織学的に観察した上で、頭骨の3次元モデルを作成し、形態的特徴を精密に調べました。組織学的観察では、パレオスポンディルスの骨格組織は、硬骨魚類の肥大軟骨(軟骨が骨に置き換わる過程で生じる組織)に類似しており、現生の硬骨魚(ハイギョ幼生)の肥大軟骨のSRXμCT断層像との比較を通して、類骨(鉱物化していない骨組織)や細胞小腔(軟骨細胞が収まっていた腔所)、軟骨膜骨(軟骨周囲の鉱物化した骨組織)など骨格組織の詳細な特徴が把握できました(図2)。軟骨膜骨がパレオスポンディルスの骨格に存在することは、本研究で初めて明らかになりました。

SRXμCTで撮影された骨格組織の比較の図

図2 SRXμCTで撮影された骨格組織の比較

左:パレオスポンディルスの骨格組織(上段)と現生のオーストラリアハイギョの幼生(液浸標本;下段)の骨格組織の比較。どちらにも、類骨(鉱物化していない骨組織)、軟骨膜骨(軟骨の周囲にできる鉱物化した骨組織)、細胞小腔(軟骨細胞が収まっていた腔所)が観察される。どちらでも、細胞小腔は周囲の軟骨基質と異なる黒色の領域として観察されたが、現生ハイギョ標本では細胞そのものも入っており、細胞小腔の中に細胞核(白色)も写っている。
右:パレオスポンディルスと現生ハイギョ幼生に見られた骨格組織の模式図。


これまでの研究では、化石を物理的に研磨してその断面の画像を積層することで3次元モデルを作成したり、マイクロCT撮影をすることで、パレオスポンディルス頭骨の形態の観察が行われた例がありました。しかし、本研究で微細組織レベルまで正確に捉えることが可能になったことで、頭骨を構成していた各骨格要素の境界(関節)を断層像の観察から明らかにすることに成功しました。

この観察を基に各骨格要素の3次元モデルをコンピュータ上で作成したところ、パレオスポンディルス頭骨は、下顎が短いという点を除けば、顎を持つ脊椎動物の頭骨の形態パターンと一致した構造をしていることが分かりました(図3)。各骨要素の形態を調べると、頭骨を吻部側(口側)と後頭部側に2分する頭蓋内関節[7]など、肉鰭類の特徴が見つかり、特に肉鰭類の中でも四肢動物に近い四肢動物型類と共通点が多いことが判明しました。

パレオスポンディルス頭骨3次元モデルの分解図の画像

図3 パレオスポンディルス頭骨3次元モデルの分解図

脳や感覚器(眼など)を囲う神経頭蓋(灰色)は、吻側部(左側)と尾側部(右側)に分かれ、「頭蓋内関節」でつながっていた。神経頭蓋の尾側部(耳後頭部)の中には三半規管が入っていた腔所が見られ、その部分に関節でつながる骨格要素は舌顎骨(緑)であると同定された。


そこで、先行研究注)で化石四肢動物型類の系統解析に用いられたデータに、今回明らかになったパレオスポンディルスのデータを追加し、系統解析を行いました。その結果、パレオスポンディルスはヒレから四肢への移行段階に当たる動物と近縁であり、肘関節や指の骨格をヒレの中に持っていた動物(エルピストステゲ、ティクターリク、パンデリクチス)とそれらを持たない動物(エウステノプテロンなど)の間の系統的位置に当たると推定されました(図4)。

一方で、パレオスポンディルス独自の特徴(歯、皮骨要素、胸ビレと腹ビレがない)は、これまで四肢動物型類の化石種には知られていなかったものです。系統的位置を基にすると、パレオスポンディルスの祖先動物は歯、皮骨要素、胸ビレ、腹ビレを備えていたはずなので、パレオスポンディルスではそれらが二次的に消失した状態にあったと考えられます。歯、皮骨要素、胸ビレ、腹ビレ(あるいは手足)が未発達な状態は、四肢動物の幼生に見られます。パレオスポンディルスのこのような奇妙な形態は、個体発生における幼生的状態の獲得による産物であった可能性があります。

デボン紀に続く石炭紀以降の手足を持つ四肢動物は、エラを持つ幼生期が存在していたことが知られています。一方で、多数の化石が見つかり成長過程が解析されているエウステノプテロン(図4右上)には幼生形はなかったようです。パレオスポンディルスの形態が幼生的状態の獲得であったとすると、四肢動物型類の系統における幼生形の発生基盤は、従来推定されていた石炭紀中頃(約3.5億年前)よりも古い中期デボン紀(約4億年くらい前)の段階で既に成立していたことになります。

パレオスポンディルスの系統的位置の図

図4 パレオスポンディルスの系統的位置

ハイギョ系統と分岐した後、現生陸上脊椎動物へ至る系統上の動物は四肢動物型類と呼ばれる。その中には、ヒレを持つ動物と四肢を持つ動物の両方が含まれ、系統図上でヒレから四肢への移行を見ることができる。今回、系統解析により、パレオスポンディルスはヒレを持つ四肢動物型類のうち、四肢に近いヒレを持つ動物(エルピストステゲ、ティクターリク、パンデリクチス;肘関節や指の骨格を持つ)に近い系統的位置にあったと推定された。

注)Cloutier R, et.al. Elpistostege and the origin of the vertebrate hand. Nature 579, 549-554 (2020).

今後の期待

国際共同研究グループは、130年以上も謎の存在であったパレオスポンディルスが四肢動物の系統に属することを解明し、長い間多くの学者を悩ませてきた奇妙な形態的特徴は四肢動物の幼生的状態に相当する可能性を示しました。

しかし、この幼生的形態が、パレオスポンディルスの成長しきった姿だったのか、あるいは成長すると皮骨要素や胸ビレ、腹ビレを備えた別の形態へ変化したのかについては、現時点では結論を下すことはできません。体サイズや生息場所によって、遺骸が水の中を運搬され堆積物に埋没して化石化するまでの過程に差異が生じ、幼生と成体が同じ地層に保存されるとは限らないからです。今後、パレオスポンディルスおよび同時代の四肢動物について、さまざまな体サイズの化石から成長過程を調べていくことでこの問題を解決できると期待されます。

幼生期を持つ動物では、一部の器官が形成されるタイミングが祖先と比べて遅い方にずれています。そのような発生では、異なるタイミングで起こる器官形成でそれぞれ独立した変異も起こりうるため、形態の一部を大きく変えるような進化に結びつく可能性も考えられます。本研究は、脊椎動物の陸上進出時におけるヒレから手足への変化などの劇的な形態進化が、幼生期を持つ系統の中で起こった可能性に、初めて光を当てることになりました。

補足説明

1.シンクロトロン放射光X線マイクロCT(SRXμCT)
X線CTとは、さまざまな方向からX線を照射して得られた画像をコンピュータ上で再構成することにより、試料の断層像や3次元構造を非破壊で可視化する技術で、特に解像度が高いものはマイクロCTと呼ばれる。X線を発生させる方法はいくつかあるが、シンクロトロン放射光X線マイクロCTでは、ほぼ光速まで加速された電子が磁石(電磁石)によって曲げられる際に、その接線方向に発生する非常に明るいX線を光源とする。管球を光源とする一般的なCT装置と異なり、指向性が高くほぼ平行に進むX線を用いるため、物体界面でわずかに生じるX線の屈折を利用して、試料の界面を強調して観察できる。

2.パレオスポンディルス(Palaeospondylus gunni)
スコットランド北部の中期デボン紀の地層から、1890年に最初に報告された謎の化石脊椎動物。全長約5cm。最初に発見された地層から化石は豊富に産出し、世界各地の博物館に標本が収蔵されている。これまでに学術論文として発表されたものだけでも20報以上もの研究例があるが、頭骨の形態を精密に観察することが難しく、脊椎動物のどのグループに属するのかについて論争が続いていた。

3.魚類から陸上脊椎動物への移行段階
3億9300万年前の地層から指の跡が残る足跡化石が見つかっており、ヒレから手足への形態進化はその時代までに進んだと推定されている。デボン紀(4億1900万年前~3億5900万年前)の地層からは、手足のものと同じ骨や関節をヒレの中に持っていた化石種もいくつか見つかっており、それらを系統図上で比較することで、魚類から陸上脊椎動物への移行過程の解明が進められている。

4.大型放射光施設「SPring-8」
兵庫県佐用郡の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出すことができる大型放射光施設。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、磁石によって進行方向を曲げたときに発生する、細く強力な電磁波のこと。SPring-8では、この放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8GeV(80億電子ボルト)に由来する。

5.肉鰭類
「にくき類」と読む。シーラカンスやハイギョ(肺魚)など、胸ビレと腹ビレの柄部が筋肉に覆われている特徴を持つ脊椎動物の系統。陸上に進出した四肢動物は、この系統の一部として進化した。

6.基盤的な四肢動物
化石種にまで拡張したときの四肢動物の定義は、「現生の陸上脊椎動物に対してハイギョ系統よりも近縁な動物」とされ、ハイギョ系統と分岐した後、現生陸上脊椎動物へ至る系統上の動物全てを含む。このうち、ハイギョ系統との分岐点と現生陸上脊椎動物の共通祖先の間の四肢動物は、化石種のみから知られる系統群であり、基盤的な四肢動物、あるいは四肢動物のステムグループと呼ばれる。

7.頭蓋内関節
脳や感覚器を囲う部分が吻側部と尾側部(後頭部)の二つのユニットに分かれている頭骨において、二つのユニットの間にある可動性がある関節のこと。口をより大きく開けることに役立つと考えられている。肉鰭類の祖先的状態であり、現生種においてもシーラカンスに残っている。現生ハイギョと現生四肢動物では失われている。

国際共同研究グループ

理化学研究所 開拓研究本部 倉谷形態進化研究室
客員研究員 平沢 達矢(ひらさわ たつや)
(東京大学 大学院理学系研究科 地球惑星科学専攻 准教授)
主任研究員 倉谷 滋(くらたに しげる)
(生命機能科学研究センター 形態進化研究チーム チームリーダー)

オーストラリア国立大学
博士課程(研究当時) 胡 雨致(フー ユチ)

国立科学博物館 標本資料センター
コレクションディレクター 真鍋 真(まなべ まこと)
(国立科学博物館 分子生物多様性研究資料センター センター長)

高輝度光科学研究センター 散乱・イメージング推進室
主席研究員 上杉 健太朗(うえすぎ けんたろう)
主幹研究員 星野 真人(ほしの まさと)

研究支援

本研究は、日本学術振興会(JSPS)新学術領域研究(研究領域提案型)「進化の制約と方向性(領域代表者:倉谷滋)」、同若手研究(B)「脊椎動物進化において筋の相同性が保たれてきたしくみの解明(研究代表者:平沢達矢)」による支援を受けて行われました。

原論文情報

Tatsuya Hirasawa, Yuzhi Hu, Kentaro Uesugi, Masato Hoshino, Makoto Manabe, Shigeru Kuratani, “Morphology of Palaeospondylus shows affinity to tetrapod ancestors”, Nature, 10.1038/s41586-022-04781-3

発表者

理化学研究所
開拓研究本部 倉谷形態進化研究室
客員研究員 平沢 達矢(ひらさわ たつや)
(東京大学 大学院理学系研究科 地球惑星科学専攻 准教授)
主任研究員 倉谷 滋(くらたに しげる)
(生命機能科学研究センター 形態進化研究チーム チームリーダー)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
東京大学 大学院理学系研究科・理学部 広報室

生物化学工学
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