5-FU系抗がん剤の重篤副作用発現に影響する薬物代謝酵素の日本人集団における遺伝的特性を解明

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2022-06-16 東北大学,東北大学東北メディカル・メガバンク機構,東北大学未来型医療創成センター,東北大学病院,日本医療研究開発機構

ポイント
  • 抗がん剤の副作用発現の原因となるDPYD*1遺伝子多型*2には著しい民族集団差が存在するため、日本人集団における低頻度の遺伝子多型を考慮した解析が重要。
  • 東北メディカル・メガバンク機構が構築した「日本人全ゲノムリファレンスパネル*3 3.5KJPN」を活用して、5-フルオロウラシル(5-FU)系抗がん剤を生体内で分解する薬物代謝酵素の機能低下を起こすDPYD遺伝子多型9種類を特定。
  • 酵素機能が低下する遺伝子多型を有する場合、5-FU系抗がん剤によって重篤な副作用が発現する可能性があるため、遺伝子多型を事前に検査することで重篤な副作用発現を回避できるようになると期待。
概要

これまで、5-FU系抗がん剤の解毒代謝酵素であるジヒドロピリミジンデヒドロゲナーゼ(DPD)の遺伝子DPYDについて、重篤な副作用発現を予測する遺伝子多型マーカーが、欧米の先行研究で4種類報告されており、既に欧米の治療ガイドラインに記載されています。しかし、DPYD遺伝子多型には著しい民族集団差があり、日本人をはじめとする東アジア人集団では、5-FU系抗がん剤の副作用発現を予測できる遺伝子多型マーカーがありませんでした。最近、東北メディカル・メガバンク機構(ToMMo)による大規模な一般住民集団の全ゲノム解析によって、これまで見落とされてきたDPYD遺伝子多型が数多く同定されてきました。これらの遺伝子多型の中には、日本人集団に特有の5-FU系抗がん剤の体内動態変動を予測する遺伝子多型マーカーが存在する可能性があります。

東北大学未来型医療創成センター(INGEM)の菱沼 英史(ひしぬま えいじ)助教と東北大学大学院薬学研究科の平塚 真弘(ひらつか まさひろ)准教授(生活習慣病治療薬学分野、ToMMo、INGEM、東北大学病院兼任)らの研究グループは、ToMMoが公開する「日本人全ゲノムリファレンスパネル」を利用して、5-FU系抗がん剤の代謝酵素DPDの41種類の遺伝子多型バリアントタンパク質について、酵素機能に与える影響とそのメカニズムを解明しました。

本研究では日本人3,554人の全ゲノム解析で同定された41種類のDPYD遺伝子多型がDPD酵素の機能に与える影響を、遺伝子組換え酵素タンパク質を用いて網羅的に解析し、9種類の遺伝子多型で酵素機能が低下または消失することを明らかにしました。本研究の成果は、5-FU系抗がん剤で重篤な副作用が発現する可能性が高い患者を遺伝子多型診断で特定し、個々に最適な個別化がん化学療法を展開する上で、極めて重要な情報となることが期待できます。

本研究成果は2022年6月15日にFrontiers in Pharmacologyで公開されました。

背景

5-FU系抗がん剤は多くの固形がんの治療に使用される重要な薬剤ですが、10~30%の患者に、骨髄抑制、下痢、手足症候群などの重篤な副作用を引き起こします。このような副作用の発現は、治療の中断や患者の死亡に繋がるため、治療開始前にその発現を予測することは極めて重要です。生体に投与された5-FUは、その大部分が解毒代謝酵素であるDPDにより分解されます。DPDはDPYD遺伝子にコードされており、4種類の遺伝子多型が5-FU系抗がん剤の副作用予測マーカーとなることが、欧米で行われた研究で既に明らかになっており、治療ガイドラインにも遺伝子型に基づいた投与量調節に関する記載がなされています。しかし、DPYD遺伝子多型の位置や頻度には民族集団差が存在し、副作用予測マーカーとなる遺伝子多型は日本人集団では同定されていませんでした。近年、ToMMoによる大規模な一般住民集団の全ゲノム解析によって、存在頻度が低いためにこれまで見落とされてきた遺伝子多型が数多く同定されました。日本人集団で副作用発現を予測するゲノムマーカーを特定するためには、これら低頻度の遺伝子多型を含めた網羅的な機能解析が必要です。平塚准教授らのグループではこれまでに、日本人1,070人の全ゲノム解析で同定されたDPYD遺伝子多型に由来する、酵素タンパク質のアミノ酸配列の一部を人工的に置換したDPDバリアント酵素を作製し、酵素と5-FUを反応させて代謝物の生成量を測定することで、その酵素機能の変化を解析してきました。

研究成果

本研究では、ToMMoが構築した日本人3,554人の全ゲノム解析で同定されたDPYD遺伝子多型に対象を拡大し、41種のDPDバリアントについて網羅的な機能解析を行いました。その結果、9種類の遺伝子多型でDPD酵素の機能が著しく低下することが明らかとなりました(表)。また、酵素機能が低下するメカニズムとして、アミノ酸置換に伴って酵素の複合体形成能が低下することや活性発現に重要な補因子結合部位の立体的構造が変化する可能性を、3次元(3D)シミュレーション解析により明らかにしました(図)。これらの機能変化情報は、ToMMoが運用する日本人多層オミックス参照パネル(jMorp )データベース上にPGx情報として登録・公開予定です。


表 本研究で特定した9種類の酵素活性低下型DPYD遺伝子多型の日本人集団における頻度
図 41種類のDPDバリアント酵素機能変化機能解析各DPDバリアントタンパク質を哺乳動物細胞株293FT発現系で発現させ、5-FUを基質薬物とした酵素反応速度論的解析や3次元ドッキングシミュレーションモデルを用いたin silicoのタンパク質-リガンドドッキング解析等を行いました。


本研究により特定された酵素機能が低下するDPYD遺伝子多型を有する患者は、代謝が遅延することで5-FUの血中濃度が上昇するため、重篤な副作用を発現する可能性があります。 これらの大部分の遺伝子多型は非常に低頻度で、主にアジア人集団のみで同定されており、これまでに有用な副作用予測マーカーが同定されていない民族集団における潜在的な5-FUによる副作用発現の原因であることが示唆されます。2022年6月現在、ToMMoでは、全ゲノムリファレンスパネルのデータを14,000人の規模まで拡大しており、新たに同定された遺伝子多型についても現在解析を進めています。本研究の成果は、5-FU系抗がん剤で重篤な副作用が発現する可能性が高い患者を遺伝子多型診断で特定し、個々に最適な個別化がん化学療法を展開する上で、極めて重要な情報となることが期待できます。

今後への期待

本研究では、ToMMoが構築した一般住民バイオバンクの全ゲノム解析情報を活用して、DPYDだけでなく、様々な薬物代謝酵素における約1,000種の組換えバリアントを作製・機能評価を目的としています。これにより、これまで見落とされてきた薬物代謝酵素活性に影響を及ぼす重要な低頻度遺伝子多型を同定し、遺伝子型から表現型を高精度で予測できる薬物応答性予測パネルを構築できると考えられます。さらに今後、薬物代謝酵素の発現量に影響を及ぼすプロモーター・イントロン多型、miRNA、エピゲノム、臨床研究情報等を加えることにより、患者個々の薬物応答性を高精度に予測できるファーマコゲノミクス*4コンパニオン診断薬*5の開発や医療実装が期待できます。

謝辞

本研究は日本医療研究開発機構(AMED)のゲノム創薬基盤推進研究事業「ファーマコゲノミクスにより効果的・効率的薬剤投与を実現する基盤研究」課題名:健常人バイオバンクを活用した薬物代謝酵素遺伝子多型バリアントの網羅的機能変化解析による薬物応答性予測パネルの構築(JP19kk0305009、研究開発代表者:平塚真弘)、東北メディカル・メガバンク計画(東北大学)東日本大震災復興特別会計分(JP17km0105001)、東北メディカル・メガバンク計画(東北大学)一般会計分(JP21tm0124005)、文部科学省先端研究基盤共用促進事業などの支援を受けて実施されました。

論文情報
論文名
Importance of rare DPYD genetic polymorphisms for 5-fluorouracil therapy in the Japanese population
(日本人集団の5-フルオロウラシル療法における希少なDPYD遺伝子多型の重要性)
著者名
Eiji Hishinuma, Yoko Narita, Kai Obuchi, Akiko Ueda, Sakae Saito, Shu Tadaka, Kengo Kinoshita, Masamitsu Maekawa, Nariyasu Mano, Noriyasu Hirasawa, Masahiro Hiratsuka(菱沼英史、成田瑶子、小渕開、上田昭子、齋藤さかえ、田高周、木下賢吾、前川正充、眞野成康、平澤典保、平塚真弘)
雑誌名
Frontiers in Pharmacology
DOI
10.3389/fphar.2022.930470
公表日
2022年6月15日
用語解説
*1 DPYD
生体内のウラシルやチミン、抗がん剤の5-FUを分解する酵素であるDihydropyrimidine dehydrogenase(ジヒドロピリミジンデヒドロゲナーゼ)の遺伝子。DPYD遺伝子からDPDタンパク質が作られる。
*2 遺伝子多型
ゲノムDNA配列の個人間の違い。
*3 日本人全ゲノムリファレンスパネル
数千人規模の全ゲノム解析を行い構築した日本人のリファレンスパネル。一塩基バリアント(Single Nucleotide Variant:SNV)、挿入・欠失の位置情報、アレル頻度情報などをまとめたデータベース。
*4 ファーマコゲノミクス
ゲノム情報(遺伝子情報)に基づいた創薬研究と、医薬品の作用と患者個人の遺伝子特性との関係性を研究する学問(ゲノム薬理学)を指す。ファーマコゲノミクスの目的は、個々の患者に最適化された医薬品や投薬法の開発である。患者個人の遺伝子に最適な医薬品を開発・投与することで、医薬品の効果の向上や副作用の抑制が期待でき、医療費の削減につながることが期待される。
*5 コンパニオン診断薬
特定の医薬品の有効性や安全性を一層高めるために、その使用対象患者に該当するかどうかなどをあらかじめ検査する目的で使用される診断薬。
お問い合わせ先

研究に関すること
東北大学大学院薬学研究科生活習慣病治療薬学分野
准教授 平塚 真弘(ひらつか まさひろ)

報道に関すること
東北大学東北メディカル・メガバンク機構
(東北大学未来型医療創成センター 兼務)
長神 風二(ながみ ふうじ)

AMED事業に関すること
(ゲノム創薬基盤推進研究事業)
日本医療研究開発機構(AMED)
ゲノム・データ基盤事業部 ゲノム医療基盤研究開発課

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