遺伝性乳癌卵巣癌の原因遺伝子であるBRCA2遺伝子の日本人に特有の病的バリアントを発見~ゲノム情報に基づく個別化医療の実践に期待~

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2023-04-18 東京医療センター,佐々木研究所附属杏雲堂病院,国立がん研究センター,国立病院機構岩国医療センター,がん研究会有明病院,順天堂大学,昭和大学,慶應義塾大学,東京都立駒込病院

概要

国立病院機構東京医療センター遺伝診療科 山澤一樹医長、乳腺外科 松井哲科長らの研究グループは、佐々木研究所附属杏雲堂病院、国立がん研究センター、国立病院機構岩国医療センター、がん研究会有明病院、順天堂大学、昭和大学、慶應義塾大学、東京都立駒込病院との共同研究により、日本人に特有のBRCA2遺伝子のバリアント(注1)を発見、その病的意義を機能解析実験により実証し、病原性を証明しました。

本研究成果は、当該バリアント保有者の乳癌・卵巣癌に対するサーベイランス(注2)やリスク低減手術(注3)、分子標的治療薬(注4)の使用につながり、ゲノム検査の結果に基づき患者一人一人にあった治療を行う個別化医療の実践に貢献することが期待されます。

本研究グループは、BRCA2遺伝子のc.7847C>T (p.Ser2616Phe)というバリアントをもつ日本人の乳癌・卵巣癌患者を7家系10名同定しました。このバリアントは日本人にのみ存在し、海外の一般集団データベースには登録されておらず、その病的意義は不明でした。各種のシミュレーション解析の結果、本バリアントは高い確率で病原性を持つことが示唆され、また本バリアント保持者の臨床的特徴は、遺伝性乳癌卵巣癌の特徴と一致していました。さらに、MANO-B法およびABCDテスト(注5)と呼ばれる機能解析手法により、このバリアントが病原性をもつことが分子遺伝学的に証明されました。したがって、このBRCA2遺伝子のバリアントc.7847C>T (p.Ser2616Phe)は、乳癌・卵巣癌の発症確率を高める日本人集団に特有の病的バリアントであると結論づけました。

本研究成果は、2023年4月18日午前0時(日本時間)に国際科学誌 Cancer Science オンライン版に掲載されました。

背景

日本人の女性は、その生涯のうちに11%が乳癌を、1%が卵巣癌を発症するといわれています。一般的には癌は遺伝する疾患ではありませんが、遺伝性乳癌卵巣癌は親から子へ50%の確率で遺伝します。BRCA1およびBRCA2遺伝子は、遺伝性乳癌卵巣癌の原因遺伝子として知られています。これらの遺伝子のいずれかに生まれつきの病的な変化(バリアント)を持つ方は、乳癌、卵巣癌、膵臓癌、前立腺癌等を若年で発症する可能性が高く、定期的な癌のサーベイランス、予防的なリスク低減手術や、分子標的治療薬(特にPARP阻害薬)の投与などの積極的な医学的管理が行われます。

現在、BRCA1およびBRCA2の遺伝子検査(遺伝学的検査)は健康保険が適応され、一般診療でも広く実施されていますが、この際、病的意義がわからないバリアント(Variant of Uncertain Significance: VUS)が同定されることがあります。このVUSが検出された場合は、癌発症のリスクが判断できないため、上記のような積極的な管理は一般的には行われず、時にバリアント保持者の不利益につながることがあります。こうしたVUSに対して、病的意義を評価する有効な方法のひとつが、分子生物学的な実験によってバリアントの機能解析を行うことです。

成果

今回、研究グループは、各施設の受診患者、JOHBOCデータベース(注6)、過去の論文報告を調査し、BRCA2遺伝子のバリアントc.7847C>T (p.Ser2616Phe)を有する乳癌・卵巣癌の日本人患者7家系10名を発見しました。本バリアントはいずれの家系でもVUSと解釈されており、遺伝性乳癌卵巣癌における積極的な医学管理は実施されていませんでした。本バリアント保有者の癌の発症年齢や病理組織型などの臨床的特徴は、遺伝性乳癌卵巣癌でみられる特徴と一致していました。このバリアントは日本人家系でのみ存在し、海外の一般集団データベースには登録されておらず、日本人に特有のものと考えられました。さらに、各種のコンピュータシミュレーションによる機能予測では、本バリアントは高い確率で病原性を持つことが推定されました。

そこで研究グループは、MANO-B法およびABCDテストと呼ばれる細胞実験による機能解析を実施しました。この結果、本バリアントが病原性をもつことが分子遺伝学的に証明されました(図1)。この結果から、本バリアントは、日本人集団に特異的に認められ、乳癌および卵巣癌等の発症素因となる病原性をもつと結論づけました。

展望

本バリアントの病原性が明らかとなったため、バリアント保有者に対して、乳癌・卵巣癌に対するサーベイランスやリスク低減手術が推奨され、またPARP阻害薬の使用が考慮されます。本バリアントは日本人に特有であり、日本人の祖先に偶然生じたバリアントが現在まで世代継承されていると推察されますが、VUSの判定のまま適切な医学的対応が取られていないバリアント保持者も相当数に達すると推察されます。本バリアントの病原性を広く周知することで、ゲノム検査の結果に基づき患者一人一人にあった治療を行う個別化医療の実践に貢献することが期待されます。

遺伝性乳癌卵巣癌の原因遺伝子であるBRCA2遺伝子の日本人に特有の病的バリアントを発見~ゲノム情報に基づく個別化医療の実践に期待~

1 MANO-B法およびABCDテストによるBRCA2 c.7847C>T (p.Ser2616Phe) バリアントの病原性評価

発表論文

雑誌名
Cancer Science

タイトル
The pathogenic role of the BRCA2 c.7847C>T (p.Ser2616Phe) variant in breast and ovarian cancer predisposition

著者
Kazuki Yamazawa, Kokichi Sugano, Kohji Tanakaya, Satomi Inoue, Haruka Murakami, Moeko Nakashima, Masataka Adachi, Shinya Oki, Takeshi Makabe, Hiroshi Yamashita, Arisa Ueki, Ayako Sasaoka, Ayako Nakashoji, Takayuki Kinoshita, Tatsuo Matsunaga, Masami Arai, Seigo Nakamura, Hiroaki Miyata, Masachika Ikegami, Hiroyuki Mano, Shinji Kohsaka, Akira Matsui

DOI
10.1111/cas.15799

用語解説

(注1)バリアント
遺伝子の多様性を意味する言葉で、ヒトによってさまざまなDNAの配列が異なることが、ヒトの特徴や体質の多様性を生み出しています。特に疾患の発症に関わることが明らかなバリアントは病的バリアントと呼ばれます。

(注2)サーベイランス
遺伝的に癌の発症リスクが高い方を対象に、ハイリスクな臓器に対してきめ細かく計画的に検査を行うこと。

(注3)リスク低減手術
BRCA1/2遺伝子の病的バリアント保持者に対して、癌発症の前にリスクを下げるために予防的に乳腺や卵巣・卵管を切除する手術。

(注4)分子標的治療薬
癌細胞の増殖やDNA損傷の修復に関わる特定のタンパク質を標的にして、癌の増殖抑制や合成致死経路の活性化により細胞死を誘導する薬剤。特にPARP阻害薬はBRCA1/2病的バリアント保持者の乳癌・卵巣癌等に対して治療効果が期待されます。

(注5)MANO-B法およびABCDテスト
MANO-B法はBRCA2遺伝子が安定的に発現するヒト細胞を用いた機能解析の手法であり、BRCA2遺伝子のどの部位のバリアントに対しても機能を評価でき、また一度に多数のVUS(病的意義がわからないバリアント)の病原性の判定が可能です。また、ABCDテストはMANO-B法を用いて、評価したいバリアントを小規模かつ高精度に機能評価する検査法です。いずれも2020年に国立がん研究センターで開発されました(Ikegami M et al. High-throughput functional evaluation of BRCA2 variants of unknown significance. Nat Commun. 2020;11(1):2573)。

(注6)JOHBOCデータベース
日本遺伝性乳癌卵巣癌総合診療制度機構(JOHBOC)が管理する遺伝性乳癌卵巣癌およびBRCA1/2遺伝学的検査に関するデータベース。2022年8月までに、BRCA1/2遺伝学的検査受検者約16,000名、BRCA1/2病的バリアント保持者約3,600名が登録されています。

研究グループ

国立病院機構東京医療センター
遺伝診療科
医長           山澤一樹
認定遺伝カウンセラー®  井上沙聡
認定遺伝カウンセラー®  村上遥香
研究員          中嶋萌子
医員           安達将隆
医員           大木慎也
医員           真壁健
科長           松永達雄

産婦人科
医員        安達将隆
医員        大木慎也
医員        真壁健
科長      山下博

看護部
看護師  笹岡綾子

乳腺外科
医員   中小路絢子
副院長  木下貴之
科長   松井哲

佐々木研究所附属杏雲堂病院                 
遺伝子診療科
科長   菅野康吉

国立がん研究センター           
中央病院 遺伝子診療部門
非常勤医師・外来研究員   菅野康吉

研究所 細胞情報学分野
分野長         高阪真路
任意研修生       池上政周
特別研究員・研究所長  間野博行

国立病院機構岩国医療センター             
外科・消化器外科・乳腺外科
院長       田中屋宏爾

がん研究会有明病院            
臨床遺伝医療部
部長       植木有紗

順天堂大学               
大学院医学研究科 臨床遺伝学
教授       新井正美

昭和大学          
医学部 外科学講座 乳腺外科学部門
特任教授  中村清吾

臨床ゲノム研究所
所長

慶應義塾大学         
医学部 医療政策・管理学教室
教授       宮田裕章

東京都立駒込病院             
骨軟部腫瘍科
医長       池上政周

研究費

本研究は下記の支援を受けて行われました。

日本学術振興会 科学研究費補助金(19H03628, 20K19082, 21K19751)
日本医療研究開発機構 ゲノム創薬基盤推進研究事業(JP22kk0305018), 革新的がん医療実用化研究事業(JP22ck0106536)

問い合わせ先

(注) ご取材の際には、事前に下記までご一報くださいますようお願い申し上げます。
(注) 本リリースは文部科学記者会、科学記者会、厚生労働記者会、厚生日比谷クラブ、各社科学部等に送信しております。

研究内容に関して
独立行政法人国立病院機構東京医療センター
遺伝診療科 医長 山澤一樹

報道に関して
独立行政法人国立病院機構東京医療センター
総務課 庶務係長 飯田雅俊

公益財団法人佐々木研究所附属佐々木研究所
研究事務室 大谷道輝

国立研究開発法人国立がん研究センター
企画戦略局 広報企画室

独立行政法人国立病院機構岩国医療センター
管理課

公益財団法人がん研究会
調達・社会連携部 広報課

順天堂大学
総務部 文書・広報課

昭和大学
総務部 総務課 大学広報係

慶應義塾大学
信濃町キャンパス 総務課 山崎・飯塚・奈良

地方独立行政法人東京都立病院機構東京都立駒込病院
総務課

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