母マウスのオキシトシン神経活動を簡便に記録~断乳や離乳時の活動動態を詳細に解析~

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2023-05-23 理化学研究所

理化学研究所(理研)生命機能科学研究センター 比較コネクトミクス研究チームの矢口 花紗音 大学院生リサーチ・アソシエイト、宮道 和成 チームリーダーらの共同研究チームは、授乳行動の鍵となるホルモン物質オキシトシン[1]を作る神経細胞(オキシトシン神経細胞)の活動を野生型の母マウスにおいて簡便に可視化する実験系を開発し、その活動頻度が授乳期の間で変動することを発見しました。

本研究成果は、授乳をつかさどる神経機構を解明する上で重要な知見であり、将来的には産婦人科医療に貢献する基礎的知見へ発展すると期待できます。

オキシトシンは乳腺を収縮させることで母乳を放出させる射乳と呼ばれる機能に必須です。授乳の際、オキシトシン神経細胞は数分に1回、波状(パルス状)の活性化を呈し、大量のオキシトシンを血中に分泌しますが、このような特殊な活動様式が実現される仕組みは未解明です。宮道チームリーダーらは2022年、授乳中のマウスからオキシトシン神経細胞の活動を捉えることに成功しました。しかしその実験には遺伝子組換えマウスの掛け合わせといった複雑な操作が必要でした。

今回、共同研究チームは、遺伝子組換えマウスを用いず、野生型マウスの脳内でオキシトシン神経細胞の活動をリアルタイムに可視化する新たな手法を開発しました。この手法を用いて、短期間の断乳後の授乳時にオキシトシン神経細胞の活動頻度が高まることや、仔マウスの成長に伴いオキシトシン神経細胞の活動パターンが変化することなど、授乳期におけるオキシトシン神経細胞の活動パターンの変化を初めて詳細に記録しました。

本研究は、オンライン科学雑誌『PLOS ONE』(5月10日付)に掲載されました。

母マウスのオキシトシン神経活動を簡便に記録~断乳や離乳時の活動動態を詳細に解析~

オキシトシン神経細胞の活動をモニターするシステム(左)と、巣で授乳中の母マウス(右)

背景

授乳は、ヒトを含めた哺乳動物が養育者との絆を確立し、社会性を発達させていく基盤となります。また、妊娠・出産を機に出現する授乳システムは個体成熟後の脳神経系に起きる最大の可塑的変化の一つであり、そのメカニズムの解明は基礎神経科学の観点からも重要です。

授乳行動において中核的な役割を果たすのが、神経ホルモンのオキシトシンです。脳視床下部[2]の室傍核[2]や視索上核[2]と呼ばれる領域には、オキシトシンを合成する神経細胞(オキシトシン神経細胞)が存在します。授乳期の母体において、子が乳頭に吸い付く吸啜(きゅうてつ)刺激が与えられると、その情報は感覚神経を通って母体の脳に伝わり、オキシトシン神経細胞を数分に一度の頻度で激しく活性化させ、大量のオキシトシンが波状(パルス状)に血中へと分泌されます。これが乳腺を収縮させ、貯蔵されていた母乳を乳管へと放出させることで、子は母乳を得ることができます。この一連の反応を「射乳反射[3]」と呼びます。宮道チームリーダーらは先行研究において、ファイバーフォトメトリー[4]と呼ばれるイメージングツールを用いてオキシトシン神経細胞の活動イメージングを実現しました注1)。しかしその観察実験には複数の遺伝子組換えマウスの掛け合わせといった複雑な操作が必要であり、神経回路の機能を調べるための遺伝子組換えを伴う介入実験と組み合わせることは困難でした。これは、授乳を支える神経機構の研究を進める上で大きな障壁となっていました。

そこで共同研究チームは、遺伝子組換えマウスを用いずにオキシトシン神経細胞の活動を特異的に可視化する技術を確立しました。これを用いて、まだ記述の少ない授乳後期におけるオキシトシン分泌リズムの動態を明らかにしました。

注1)2022年7月22日プレスリリース「オキシトシン神経細胞の脈動を捉える

研究手法と成果

宮道チームリーダーらは以前に、マウスのオキシトシン遺伝子の上流2.6キロ塩基対(kb)の領域に存在する転写制御配列を組み込んだウイルスベクター[5]を開発し、室傍核のオキシトシン神経細胞に特異的に外来遺伝子を発現させることに成功していました注2)。本研究ではこのウイルスベクターを用いて、カルシウムイオン(Ca2+)センサーとして働くタンパク質GCaMP[4]を野生型マウスのオキシトシン神経細胞に特異的に発現させました。この雌マウスを交配・出産させ、授乳中のオキシトシン神経細胞の活動を観察したところ、複雑な遺伝子組換え動物を用いた先行研究と比較して遜色のない活動データが得られました(図1)。

授乳中のオキシトシン神経細胞の活動をモニターするシステムおよび本研究の新規点の図

図1 授乳中のオキシトシン神経細胞の活動をモニターするシステムおよび本研究の新規点
カルシウムイオンセンサータンパク質GCaMPを組み込んだウイルスベクターを室傍核の細胞に感染させることで、脳下垂体後葉に投射するオキシトシン神経細胞の活動を光ファイバーでリアルタイムに可視化した(左)。遺伝子組換えマウスを用いる2022年の先行研究と比較し、煩雑な交配手順が必要なく、簡便に生理的な状態におけるマウスの授乳の研究が可能となった。


共同研究チームはこの新しい実験系の有用性を生かし、以下の観察を行いました。まず、短期的な断乳が母体のオキシトシン神経細胞の活動に与える影響を調べるため、授乳中期に当たる出産後12~14日目に、仔マウスを金網で隔離して乳頭を吸綴できない状態で母マウスのオキシトシン神経細胞を観察しました。金網による隔離では、母マウスは仔の姿や鳴き声、匂いなどの感覚刺激を受け取ることができ、実際に母マウスは金網の周囲を探索する行動を示しました(図2A)。しかし、隔離期間中はオキシトシン神経細胞のパルス状の活動は全く見られなくなりました(図2B)。ヒトにおいては、熟練した授乳婦は子の声や写真を見るだけで泌乳する例が知られていますが、マウスの場合には、乳頭への吸綴刺激が無いと射乳反射が起こらないようです。興味深いことに、仔を金網から出し再び母マウスが直接授乳を行えるようにすると、オキシトシン神経細胞のパルス状活動は直ちに再開し、その発生回数が隔離前よりも有意に増加していました(図2C)。この結果から、射乳反射時の神経活動には可塑性があり、母仔の隔離により一時的に断乳された後には”リバウンド”が起きることが分かりました。

母仔隔離による断乳がオキシトシン神経活動に与える影響の図

図2 母仔隔離による断乳がオキシトシン神経活動に与える影響
A.金網による母仔の隔離前後、および隔離中における母マウスの行動。隔離中は仔マウスがいる金網の周りを母マウスが探索していた。
B.オキシトシン神経活動のファイバーフォトメトリー記録。上のグラフは、隔離前2時間、隔離中18時間、隔離後2時間の記録を表している。横軸は記録開始を0としたときの経過時間、縦軸は相対的なGCaMPの蛍光強度を表し、これを神経活動の指標とした。下は、母仔の隔離前後および隔離中におけるオキシトシン神経活動の拡大図の例。隔離前後では、蛍光強度が最大値の1/2を超えたタイミングを0秒とし、隔離前27回、隔離後31回のパルス状活動について、それぞれ平均値(赤)と標準偏差(グレー)を表した。隔離中においては母マウスが仔の入れられている金網の周囲を探索したタイミングを0秒とし、全202回の探索エピソードについて平均値(赤)と標準偏差(グレー)を表した。
C.金網に仔を隔離する前後における2時間当たりのオキシトシン神経活動のパルス状活動の数。隔離後は隔離前に比べて有意にパルス状活動の数が増加した。実験には7匹の母マウスを用いた。*はWilcoxonの符号順位検定により、p < 0.05であることを示す。


次に、これまで報告の少なかった、授乳後期のオキシトシン神経細胞の活動動態を調べました。仔の成長に伴う授乳中のオキシトシン神経細胞の活動変化を観察するため、出産後2~4日目(授乳初期)、12~14日目(授乳中期)、18日目(授乳後期)の3回、明暗期それぞれ6時間の記録を行いました。このとき、同時にマウスケージをビデオ撮影して、母仔の様子を観察し、母マウスが巣にいる時間を計測しました(図3A)。ビデオ解析の結果、母マウスが巣にいて仔の上にしゃがみ姿勢を取っているときにのみ、オキシトシン神経細胞のパルス状活動が生じることがわかりました。母マウスが巣に滞在する時間は、マウスが主に休息する明期では授乳期全体を通して一定である一方、活発に活動する暗期では授乳期が進むにつれて減少することが分かりました(図3B)。6時間当たりのパルス数は授乳期全体を通して明暗期共に変化がなく(図3C)、結果として母マウスが巣にいる1時間当たりのオキシトシン神経細胞のパルス状活動の発生数は授乳中期・後期の暗期において有意に増加していました(図3D)。

母仔間の相互作用とオキシトシン神経活動の関連および経時変化の図

図3 母仔間の相互作用とオキシトシン神経活動の関連および経時変化
A.ビデオ撮影したケージ内の母仔の様子。
B.6時間=100%としたときの、母マウスが巣にいる時間の割合の経時変化。授乳中期・後期では暗期で有意に減少していた。白点は各母マウスのデータ(n = 5)。
C.6時間当たりのオキシトシン神経のパルス状活動の発生数の経時変化。授乳期全体を通して差はなかった。白点は各母マウスのデータ(n = 7)。
D.母マウスが巣にいる1時間当たりのオキシトシン神経のパルス状活動の発生数の経時変化。授乳中期・後期では暗期で有意に増加していた。白点は各母マウスのデータ(n = 5)。


また、オキシトシン神経細胞のパルス状活動の発生状況を詳しく見ると、授乳期の進行に伴って集積(クラスター)化する現象が認められました。そこで、これを定量的に解析するために、パルス状活動の間隔(inter-pulse interval: IPI)を定量解析しました(図4A)。その結果、授乳期の進行に従って明期・暗期共に短いIPIの割合が有意に増加し、クラスター化がより顕著になる(パルスの発生がより連続的になる)ことが示されました。また、クラスター化が明瞭な授乳後期のクラスター内のIPIの分布は、パルスの発生がランダムに生じると仮定した場合のコンピュータシミュレーションで生成された指数分布と極めて類似していました(図4B)。これらのことからオキシトシン神経細胞は、ランダムなパルスを自律的に発生する仕組みを持つことが示唆されました。

オキシトシン神経細胞のパルス状活動間隔(IPI)の分布の図

図4 オキシトシン神経細胞のパルス状活動間隔(IPI)の分布
A.授乳初期(出産後2~4日目)、中期(12~14日目)、後期(18日目)の母体で観察されたパルス状活動の間隔(IPI)分布のパターンを比較するため、明期におけるIPIの長さと数を棒グラフで示した。本研究では、IPIが450秒以下のパルス状活動を「クラスター」と定義している。授乳期が進行し仔が成長するにつれ、短いIPIの割合が増え、オキシトシン神経のパルス状活動の発生がクラスター構造を形成していることが分かる。なお、暗期でも同様の結果が観察された。
B.授乳後期(出産後18日目)において明期(左)と暗期(右)で観察された、クラスター構造内部のIPI(450秒以下のIPI)の累積分布(水色・青)と、コンピュータシミュレーションにより最小二乗法でフィットさせた指数分布に基づくシミュレーションデータの分布(黒)の比較。どちらも実験データとシミュレーションデータの間に有意差はなく、実験データのIPIの分布は、パルスの発生がランダムに生じる指数分布に従うと考えられた。


以上のデータからマウスの授乳パターンを推定すると、授乳初期には、仔マウスは常に母乳を必要とするため、クラスター構造は不明瞭で、断続的な授乳パターンが優勢です。仔マウスが成長し1回の哺乳量が増えてくると、短時間に集中して授乳ができ、授乳しない時間が長くなり、クラスター化が進みます。夜行性のマウスは、特に暗期にはケージ内の探索行動など授乳以外の活動に多くの時間を費やすようになり、巣にいる時間は短くなっても効率よく集中的に授乳を行うようになります。本研究の成果は、授乳期におけるオキシトシン神経細胞の活動パターンの変化を初めて詳細に記録したもので、授乳開始から卒乳までの一連のプロセスの理解の一助となるものです。

注2)2022年4月20日プレスリリース「父親の子育てを支える神経回路の変化

今後の期待

本研究では、遺伝子組換えマウスを用いない手法により、野生型マウスでの授乳期間全体を通したオキシトシン神経細胞の活動パターンの経時変化を記録し、その活動に可塑性があることを発見しました。本研究で確立された手法は、授乳におけるオキシトシン神経細胞のパルス状活動をつくり出す分子基盤や神経回路基盤の解明に貢献するとともに、将来的にはさまざまな変異マウスに適用することで、授乳の「質」や「量」に影響を与える遺伝的要因と環境因子の探索を促進し、これにより授乳期の母親や家族の生活の質の改善に貢献するものと期待できます。

特に、授乳期の雌マウスにおいて、仔の吸綴刺激がオキシトシン神経細胞を強く活性化させるメカニズムの解明は、人為的に効率よくオキシトシン系を活性化させる技術の開発につながる可能性があります。オキシトシン系の活性化は自閉症スペクトラム障害などの治療戦略としても着目されていることから、本研究の成果は母性機能の解明を超え、より広範な重要性を持つと考えられます。

補足説明

1.オキシトシン
視床下部室傍核や視索上核に存在するオキシトシン神経細胞によって合成され、下垂体後葉から分泌されるホルモン。9個のアミノ酸残基から構成されるペプチドホルモンで、1906年、ヘンリー・デールによって子宮筋の収縮活性を指標に発見された。ヒトを含む哺乳動物の陣痛促進剤として広く使用されている。近年、古典的な母性機能に加えて、男性の生殖機能の制御や、両性ともに社会親和性を亢進させる作用が着目され、活発に研究が進められている。

2.脳視床下部、室傍核、視索上核
脳視床下部は、内分泌や自律機能の調節を担い生理機能をつかさどる中枢領域。視床下部は特定の機能をつかさどる数多くの神経核(細胞の集まり)から構成されており、室傍核や視索上核はその一つである。特に室傍核はオキシトシン神経細胞のほか、抗利尿ホルモンとして有名なバソプレシンや、ストレス応答に重要なコルチコトロピン放出ホルモンを分泌する神経細胞などから構成され、神経内分泌の中枢の一つである。

3.射乳反射
授乳期にプロラクチンなどの指令を受けて産出された母乳は、乳腺葉に貯蔵されているが、そのままでは子に届かない。子が乳頭に対して吸啜(きゅうてつ)刺激を与えると、刺激を受けた授乳期の個体の感覚神経を介して視床下部のオキシトシン神経細胞が活性化し、下垂体後葉からオキシトシンが分泌される。オキシトシンが乳腺を収縮させると、母乳が乳管へと射出され、子に届くようになる。オキシトシンは射乳反射の機能において必須であり、オキシトシン遺伝子を欠損する変異マウスは重篤な授乳障害を呈する。

4.ファイバーフォトメトリー、GCaMP
ファイバーフォトメトリーはin vivo(生体内)蛍光検出法の一つ。脳などの臓器に蛍光プローブを導入後、その直上に光ファイバーを埋め込み、光ファイバーを介して励起光の照射と蛍光の検出を行う。蛍光プローブとしては、本研究でも使用したGCaMPなどのカルシウムイオン(Ca2+)センサーがよく用いられる。GCaMPは、緑色蛍光タンパク質、カルモジュリンのCa2+結合部分、ミオシン軽鎖キナーゼのM13ペプチドを遺伝子工学的に結合させたCa2+センサー蛍光タンパク質で、Ca2+が結合すると蛍光の明るさが変化する。Ca2+センサーのほかにも、シグナル伝達分子活性の可視化や小分子リガンドの検出などさまざまな用途に応用可能であるが、空間解像度は低く、通常、数百の細胞の集団的な蛍光強度変化を捉える手法である。

5.ウイルスベクター
ウイルスが細胞に感染する性質を利用し、ウイルスゲノムを改変して外来遺伝子を細胞に導入するツールとしたもの。本研究では、アデノ随伴ウイルスを用いた。

共同研究チーム

理化学研究所 生命機能科学研究センター 比較コネクトミクス研究チーム
チームリーダー 宮道 和成(ミヤミチ・カズナリ)
大学院生リサーチ・アソシエイト 矢口 花紗音(ヤグチ・カサネ)
(京都大学大学院 生命科学研究科 大学院生)
テクニカルスタッフⅡ 萩原 光恵(ハギハラ・ミツエ)
研究員(研究当時)幸長 弘子(ユキナガ・ヒロコ)

群馬大学 医学部
教授 平井 宏和(ヒライ・ヒロカズ)
講師 今野 歩(コンノ・アユム)

研究支援

本研究は、理化学研究所運営費交付金(生命機能科学研究)で実施し、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業基盤研究(B)「妊娠期における神経回路の再編による母体機能の制御」(研究代表者:宮道和成)、同挑戦的研究(開拓)「ニューロンの個性と接続パターンとを結び付ける新規技術で解明する脳の性差と進化」(研究代表者:宮道和成)などによる助成を受けて行われました。

原論文情報

Kasane Yaguchi, Mitsue Hagihara, Ayumu Konno, Hirokazu Hirai, Hiroko Yukinaga, Kazunari Miyamichi, “Dynamic Modulation of Pulsatile Activities of Oxytocin Neurons in Lactating Wild-type Mice”, PLOS ONE, 10.1371/journal.pone.0285589

発表者

理化学研究所
生命機能科学研究センター 比較コネクトミクス研究チーム
チームリーダー 宮道 和成(ミヤミチ・カズナリ)
大学院生リサーチ・アソシエイト 矢口 花紗音(ヤグチ・カサネ)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当

生物化学工学
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