深海底熱水噴出孔から門レベルで新規の走磁性細菌を発見~35億年前の生物進化を紐解く鍵~

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2023-06-27 東京大学

中野 晋作(研究当時:地球惑星科学専攻 博士課程)
幸塚 麻里子(地球惑星科学専攻 特任研究員)
鈴木 庸平(地球惑星科学専攻 准教授)

発表のポイント

  • 35億年前の地球環境に類似する深海底熱水噴射孔から採取した岩石内部より、世界に先駆けて走磁性細菌を発見した。
  • 回収した走磁性細菌を解析した結果、これまで知られていない門に属する細菌がマグネトソームの形成を司る遺伝子群を有することを突き止めた。
  • 深海底の岩石内部から発見された走磁性細菌は始原的な特徴を有するため、初期生命の生態や進化の理解につながると期待される。

深海底熱水噴出孔から門レベルで新規の走磁性細菌を発見~35億年前の生物進化を紐解く鍵~
何のための磁石?


発表概要

東京大学大学院理学系研究科の鈴木庸平准教授の研究グループは、南部マリアナトラフの深海底熱水噴出孔から採取した金属硫化物チムニー(注1; 以下、チムニー)から、世界に先駆けて走磁性細菌を発見した(図1A,B,C,D)。チムニーは金色の内壁と、銀色の周縁部から成る構造をしており、研究グループのこれまでの研究により、大きさが100 nm程度の酸化銅のナノ粒子で細胞が覆われた極小微生物が、金色の内壁に生息することを明らかにしている(関連のプレスリリース)。本研究では、銀色の周縁部から磁石を用いて走磁性細菌(注2)の回収に成功した。電子顕微鏡により回収した走磁性細菌を解析した結果、ナノ結晶の磁鉄鉱(注3)が直線に並んで配列しているマグネトソーム(注4)が観察された(図1D)。メタゲノム解析(注5)で構築したゲノム中の遺伝子を詳しく調べた結果、これまで走磁性細菌が知られていない門(注6)に属する細菌が、マグネトソームの形成を司る遺伝子群を有することを突き止めた。また、始原的なマグネトソームの特徴から、35億年前に誕生したと推定される走磁性細菌の共通祖先(注7)の性質を色濃く残していることも判明した。


図1:チムニー試料の採取地点(A)、チムニーを採取する様子(B)、チムニーの水平断面写真(C)、鎖状のマグネトソームを持った微生物の電子顕微鏡写真(D)、チムニー鉛直断面の概念図(E)、Eの拡大図。チムニー内部での走磁性細菌の様子を概略化したイラスト(F)。

走磁性細菌は磁石を用いて地球磁場に沿って上下に細胞を傾け、鉛直方向に形成される化学勾配(注8)に応じて、最適な位置に水塊や堆積物中で速やかに移動することが知られていた(図1)。チムニーは鉛直方向の化学勾配が明瞭に存在しないため、これまで走磁性細菌が生息するとは考えられてこなかった(図1E)。走磁性に関係のない環境に走磁性細菌が生息することは、大気中の酸素と鉛直方向の化学勾配が存在しない、初期地球の微生物の生態と類似しており、地球の初期生命の理解が深まると共に、惑星形成初期に地磁気の消失した火星(注9)にも同様の生命が存在することが期待される。

発表内容

深海底熱水噴出孔は生命誕生の場の有力な候補として、また地球外生命を育む場として盛んに微生物研究が行われている。チムニーは、内側に銅と鉄に富む硫化物鉱物が、外側に鉄または亜鉛に富む硫化物鉱物が、同心円状に形成するのが一般的である(図1C, E)。走磁性細菌は細胞内に強力な磁石を持ち、地球磁場に沿って細胞を上下方向に傾ける性質が知られる(図2)。細胞が上下に傾いた状態で泳動すると、水平方向より鉛直方向に効率的に移動できるため、磁石は鉛直方向の化学勾配(例えば酸素や溶存鉄の濃度)に沿って効率的な移動のために進化したと考えられている(図2)。同心円構造を持つチムニーは、鉛直方向に明瞭な化学勾配が存在しないため、これまで走磁性細菌が生息するとは考えられてなかった。


図2:地球磁場の概念図(A)、成層した水塊での化学勾配と細胞の地磁気に沿った泳動の様子(B)。

自然界に生息する微生物の99%は培養できず、走磁性細菌も例外でなく現在知られるほとんどが培養できていない。そのため培養に依存しない方法の遺伝子解析により、磁石に引き寄せて回収した細胞の系統分類がなされてきた。近年のゲノム解析技術の発達により、環境微生物の生命の設計図であるゲノムが解読された。走磁性細菌のゲノムには、マグネトソームの形成を司る複数の遺伝子が、連続的に並んだクラスターを持つことが判明している。

本研究グループは、グアムから約140 km沖合の南部マリアナトラフの水深2787 mの深海底熱水噴出孔から、熱水噴出の終了したチムニーを採取し、走磁性細菌の探索を行った(図1A)。本研究では、銀色の周縁部から磁石を用いて走磁性細菌の回収し、電子顕微鏡により解析した。その結果、直線に並んで配列する磁鉄鉱のナノ結晶を持つ細胞が観察された(図1D)。また、メタゲノム解析から構築されたゲノム中を調べた結果、これまで走磁性細菌として知られていないNitrospinae門の細菌(注10)が、ゲノム中にマグネトソーム遺伝子クラスターを有することが判明した。Nitrospinae門の細菌のマグネトソームの形成を司る遺伝子は、他の門の走磁性細菌から水平伝搬で獲得したものではなく、走磁性細菌の共通祖先から垂直伝搬で受け継いでおり、走磁性細菌の共通祖先の特徴を有していることが判明した。マグネトソーム遺伝子クラスターを持つチムニー中のNitrospinae門の細菌は、硫黄酸化と亜硝酸呼吸を組み合わせて、独立栄養生物(注11)に必要なエネルギー獲得する能力が、ゲノムの遺伝子から示されている。

チムニー内部は、水塊や堆積物と異なり鉛直方向に微生物代謝で必要な化学物質(例えば酸素や溶存鉄)の鉛直方向の勾配が明確ではない。走磁性細菌が発見されたチムニーは熱水噴出が終了しており、微生物のエネルギー源が欠乏している。それにも関わらず、エネルギーを費やしてマグネトソームを形成することは、鉛直方向に泳動することが生存に有利という走磁性細菌の概念を一変するかもしれない。なぜなら、化学勾配の有無に関係なく走磁性細菌が存在することを意味し、水塊や堆積物中における鉛直方向の勾配が現在と比べて無視できる程度であった初期地球においても同様に生息していた可能性を示すからだ。地磁気が惑星形成後の早い段階で消失した火星にも、マグネトソームを有する生物が生息する可能性も示している。マグネトソームを構成する磁鉄鉱ナノ粒子は、形状が独特であり、数十億年スケールで安定に岩石中に保存されるため、火星で形成して地球に飛来した火星隕石ALH84001で、火星生命の痕跡(注12)として報告されている。火星探査車Perseveranceは、磁場が消失した時代の地層や岩石から生命探査を目的とした試料を採取している。その試料から磁鉄鉱ナノ粒子が生命の痕跡として見つかることも期待される。

〈関連のプレスリリース〉
「深海底熱水噴出孔で始原的な微生物を発見-銅まみれの予想外の生態が発見の鍵-」(2022/06/07)
https://www.s.u-tokyo.ac.jp/ja/press/2022/7925/

論文情報
雑誌名
Frontiers in Microbiology論文タイトル
Bullet-shaped magnetosomes and metagenomics-based magnetosome gene profiles in a deep-sea hydrothermal vent chimney著者
Shinsaku Nakano, Hitoshi Furutani, Shingo Kato, Mariko Kouduka, Toshitsugu Yamazaki, and Yohey Suzuki

DOI番号
10.3389/fmicb.2023.1174899

研究助成

本研究は、科研費「新学術領域(課題番号:20109006)」、「基盤B(課題番号:19H03310、25287137)」、挑戦的萌芽(課題番号:16K13896)」の支援により実施されました。

用語解説

注1  金属硫化物チムニー
チムニーは煙突に対応する英語で、金属と硫化水素に富む黒色の熱水(ブラックスモーカー)が、深海底から噴出する場で、同心円上に金属硫化物が固体として沈殿して形成される構造体。

注2  走磁性細菌
細胞内に磁石を持ち、コンパスのように地磁気に応じて南北方向に細胞が回転する。地球の極域以外の場所では上下方向に細胞が傾くため、鞭毛を使って鉛直方向に選択的に移動する性質がある。この性質を有する生物は、細菌でしか見つかっておらず、走磁性細菌がこれまで知られる門(注6)は4つであった。

注3  ナノ結晶の磁鉄鉱
磁鉄鉱は砂鉄の成分であり、走磁性細菌は磁石の最小の大きさ(単磁区と呼ばれる)に制御して形成し、その大きさと形状の特異性から生物活動の痕跡として用いられている。

注4  マグネトソーム
ナノ結晶の磁鉄鉱を合成するための細胞内小器官で、ナノ結晶の磁鉄鉱を包む膜、磁鉄鉱を結晶化するためのタンパク質、ナノ結晶の磁鉄鉱を直線に配列するためのタンパク質から成る。

注5  メタゲノム解析
複数種類の生物を含む試料から、まとめてゲノムの塩基配列を決定する技術。得られた配列から、生物のゲノム全体を構築できる技術が発達することで、生物の系統分類と遺伝子機能推定を組み合わせることが可能になっている。

注6 門
門、綱、目、科、属、種からなる細菌の分類階級の中で最上位の分類階級を示す。

注7 走磁性細菌の共通祖先
マグネトソームの形成を司る遺伝子は、走磁性細菌の門が異なっても共通しているため、走磁性細菌の祖先が存在すると考えられている。その祖先はDNA配列に基づく分子時計の計算により35億年前には誕生していたと推定されている。

注8 化学勾配
物質の濃度がある方向に徐々に増減する状態を示す。例えば、夏の湖は大気と接する水面近くは酸素濃度が高く、深くなるにつれて減少するが、逆に湖底は鉄濃度が高く、浅くなるにつれて低くなる。

注9 地磁気の消失した火星
地球よりも小さい火星では、液体金属のコアが冷却されるにつれて成層構造を成し、地磁気を生み出す対流が失われた。

注10 Nitrospinae門の細菌
細菌門の1つで、分離培養されている株は亜硝酸を硝酸に酸化することで炭素固定のためのエネルギーを獲得し、海洋環境の炭素と窒素の循環に大きく寄与している。

注11 独立栄養生物
二酸化炭素等の無機物を炭素源にする生物の総称。無機炭素から有機物を生成し、生態系の一次生産者として重要な役割を果たす。

注12 火星隕石ALH84001で火星生命の痕跡
アラン・ヒルズ84001の略で、南極大陸で採取された火星隕石で、その内部から生命体の化石として、走磁性細菌の形成するものと類似したナノ結晶の磁鉄鉱が報告されている。

生物化学工学
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