2023-08-04 国立精神・神経医療研究センター,東京大学
【本発表のポイント】
- 本研究では日本全国での多施設共同研究体制のもと、14の研究機関が連携して、4大精神疾患 (統合失調症、双極性障害、大うつ病性障害、自閉スペクトラム症)(注1)におけるMRI脳構造画像(注2)を用いた大脳皮質下領域構造(注3)についての大規模解析を行いました。
- 大脳皮質下領域構造の体積によるデータ駆動型の新たな分類を提案し、この分類が認知機能および社会機能と関連することを見出しました。
- 本研究の成果は、近年進みつつある精神疾患の新たな客観的診断法の開発に役立つと期待されます。
キーワード:精神疾患、大脳皮質下領域構造、MRI、脳構造画像、多施設大規模共同研究
本研究成果は、日本時間2023年8月4日(金)午前9時に「Molecular Psychiatry」オンライン版に掲載されます。
概要
国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター(NCNP)精神保健研究所精神疾患病態研究部の橋本亮太部長、東京大学国際高等研究所ニューロインテリジェンス国際研究機構(WPI-IRCN)の岡田直大特任准教授、東京大学大学院医学系研究科精神医学分野/医学部附属病院精神神経科の笠井清登教授(WPI-IRCN 主任研究者)らの研究グループは、認知ゲノム共同研究機構 Cognitive Genetics Collaborative Research Organization (COCORO) (特記事項に詳細あり)によるオールジャパンでの多施設共同研究体制のもと、日本全国の14の研究機関において、4大精神疾患(統合失調症、双極性障害、大うつ病性障害、自閉スペクトラム症)の患者・当事者と健常者の計5604名(統合失調症 1500名、双極性障害 235名、大うつ病性障害 598名、自閉スペクトラム症 193名、健常者 3078名)よりMRI脳構造画像データを収集し、大脳皮質下領域構造についての大規模解析を行いました。まず、各疾患における大脳皮質下領域構造の体積の特徴を調べました。健常者と比較して、統合失調症、双極性障害、大うつ病性障害において側脳室の体積が大きく、統合失調症、双極性障害において海馬の体積が小さく、さらには統合失調症において、扁桃体、視床、側坐核の体積が小さく、尾状核、被殻、淡蒼球の体積が大きいことを見出しました(図1)。これらの結果は、米国のEnhancing Neuroimaging Genetics through Meta‒Analysis(ENIGMA)コンソーシアムより報告されていた多施設大規模研究の結果を概ね再現しました。次に、計5604名について大脳皮質下領域構造の体積によるクラスタリング解析を実施し、4つの類型(脳バイオタイプ)に分類されることを見出しました(図2)。またこの分類は、認知機能および社会機能と関連しました。本研究の成果は、近年進みつつある精神疾患の客観的診断法の開発に役立つと考えられます。
図1. 4大精神疾患における大脳皮質下領域構造の体積
研究の背景
精神科の臨床現場において、鑑別診断が困難であることが時にあります。これは、患者・当事者本人の主観的な訴えとしての症状や徴候に基づく診断基準を利用していることと関連しています。こうした背景から、客観的なバイオマーカーを利用した新たな診断基準の創出が期待されています。これまでの脳神経画像研究やその他の研究から、大脳皮質下領域構造がさまざまな心理行動学的機能において中心的な役割を果たしていることがわかっています。しかしながら、現行の診断基準の限界点を乗り越える、認知・社会機能を反映するような脳神経画像データ駆動型の臨床的診断基準は、これまでにありませんでした。
図2. 大脳皮質下領域構造の体積による4つの類型(脳バイオタイプ)
本研究が社会に与える影響(本研究の意義と展望)
本研究の成果は、近年進みつつある従来の精神疾患の診断基準の見直しに一石を投じ、生物学的データ駆動型の新たな精神科診断基準の創出につながる可能性があります。こうした取り組みは、精神科の臨床現場において、患者・当事者の方々の予後予測や治療法選択に役立つものと期待されます。また、大脳皮質下領域構造の体積の違いが生じる時期やメカニズム、臨床的な転帰との関連に関して、今後さらに調査する必要があります。そうした調査のための、ヒトを対象としたさまざまな研究や、動物モデルを用いたトランスレーショナル・リサーチの発展に、本研究が寄与するものと期待されます。
用語解説
注1 4大精神疾患 (統合失調症、双極性障害、大うつ病性障害、自閉スペクトラム症):
統合失調症: 約100人に1人が発症する精神疾患です。思春期青年期の発症が多く、幻覚・妄想などの陽性症状、意欲低下・感情鈍麻などの陰性症状、認知機能障害等が認められ、多くは慢性・再発性の経過をたどります。社会的機能の低下を生じ、働くことが困難で自宅で闘病する患者が多いだけでなく、日本の長期入院患者の約70%が統合失調症です。
双極性障害: 約100人に2-3人が発症する精神疾患です。うつ状態に加え、うつ状態とは対極の躁状態も現れ、これらをくりかえし、慢性に経過することが多いです。躁状態では、気分が高揚し、不眠となって極端に活発となり、妄想や易怒性が見られ、社会機能の障害を引き起こします。
大うつ病性障害: 約100人に3-16人が発症する精神疾患です。抑うつ症状、興味や喜びの減退、不眠、食欲不振、不安・焦燥、意欲低下、罪悪感、思考力の減退などが認められ、うつ状態となって社会機能の障害を引き起こします。
自閉スペクトラム症: 約100人に1-2人がもつ精神疾患です。相互的な対人関係の障害、コミュニケーションの障害、興味や行動の偏りやこだわりの3つの特徴が現れます。その特徴によって周囲と軋轢が生じ、二次性の精神障害が生じることがしばしばみられます。
注2 MRI脳構造画像:
MRIとはMagnetic Resonance Imaging (磁気共鳴画像法)の略です。磁気を利用して体内を撮像し、放射線被ばくがなく安全な検査装置であり、医療現場で広く利用されています。MRI脳構造画像は、200枚程度の断層写真の撮像により脳の立体的な形状を知ることができ、脳の部位の体積を算出することが可能です。
注3 大脳皮質下領域構造:
大脳の深部にある構造で、海馬、扁桃体、視床、側坐核、尾状核、被殻、淡蒼球などが含まれ、系統発生的に古いとされる領域です。運動機能や記憶・情動・意欲などに関与するとされています。
特記事項
本研究は、COCOROに参加する多数の研究機関による多施設共同研究です(図3)。COCOROは、国内43研究機関で構成されており、精神医学領域の認知機能、脳神経画像、神経生理機能などの中間表現型と遺伝子解析を組み合わせた臨床研究を中心に行い、さらに基礎神経分野とのトランスレーショナル・リサーチを推進し、精神疾患の病因・病態を解明することにより、精神医療へ還元することを目指しています(https://byoutai.ncnp.go.jp/cocoro)。臨床研究においては、単施設の少数例による成果が今までも多数報告されていますが、再現性に乏しく、多施設多数例を用いて臨床応用に結び付ける研究がなされていないことが問題とされていました。精神医学研究領域において、このような多施設共同研究体制が整ったことから、今後の研究のさらなる発展が期待されます。
図3. 国内43研究機関で構成される COCORO
研究支援
本研究成果は、以下の支援によって行われました。
※MEXT/JSPS科学研究費補助金(JP18K15478, JP22H04926, JP20K06920, JP21H02851, JP20KK0193, JP20H03605, JP21H05171, JP21H05174, JP18K15522, JP19H05467, JP20H03611)
※国立研究開発法人 日本医療研究開発機構(AMED) 戦略的国際脳科学研究推進プログラム (JP18dm0307001, JP18dm0307004, JP18dm0307002), 革新的技術による脳機能ネットワークの全容解明プロジェクト(JP19dm0207069), 精神・神経疾患メカニズム解明プロジェクト(JP21wm0425012), 障害者対策総合研究開発事業(JP21dk0307103), 医工連携・人工知能実装研究事業(JP21uk1024002)
※JSTムーンショット型研究開発事業(JPMJMS2021)
※公益財団法人 先進医薬研究振興財団
※国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター 精神・神経疾患研究開発費(4-6, 3-1)
※米国国立衛生研究所(R01MH116147, R01AG058854)
※ミルケン財団バシュッキ脳研究基金
原論文情報
※論文名:Subcortical volumetric alterations in four major psychiatric disorders: A mega-analysis study of 5604 subjects and a volumetric data-driven approach for classification.
※著者: Okada N, Fukunaga M, Miura K, Nemoto K, Matsumoto J, Hashimoto N, Kiyota M, Morita K, Koshiyama D, Ohi K, Takahashi T, Koeda M, Yamamori H, Fujimoto M, Yasuda Y, Hasegawa N, Narita H, Yokoyama S, Mishima R, Kawashima T, Kobayashi Y, Sasabayashi D, Harada K, Yamamoto M, Hirano Y, Itahashi T, Nakataki M, Hashimoto RI, Tha KK, Koike S, Matsubara T, Okada G, van Erp TGM, Jahanshad N, Yoshimura R, Abe O, Onitsuka T, Watanabe Y, Matsuo K, Yamasue H, Okamoto Y, Suzuki M, Turner JA, Thompson PM, Ozaki N, Kasai K, Hashimoto R.
※掲載誌:Molecular Psychiatry
URL:https://www.nature.com/articles/s41380-023-02141-9
DOI:10.1038/s41380-023-02141-9
本件に関する問い合わせ先
【研究に関するお問い合わせ】
国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター
精神保健研究所 精神疾患病態研究部 部長 橋本亮太(はしもと りょうた)
【報道に関するお問い合わせ】
国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター 総務課 広報係
東京大学国際高等研究所 ニューロインテリジェンス国際研究機構(WPI-IRCN)(広報担当)
東京大学医学部附属病院 パブリック・リレーションセンター(担当:小岩井、渡部)