中間層がくびれた分子ネットワーク構造の自発的な出現機構の解明

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2024-09-02 広島大学

本研究成果のポイント
  • 中間層がくびれた多層ネットワーク構造であるBow-tie構造※は、ガン化関連経路をはじめとする分子ネットワークに多く見られ、その進化原理が議論されてきた。
  • Bow-tie構造は進化初期段階の相互作用が小さければ自発的に出現することを示し、Bow-tie構造出現機構を解明した。
  • 生命の情報処理システムの起源や、ガン化関連経路の成り立ちに迫る重要な手掛かりに。
概要

細胞内の情報伝達ネットワーク(遺伝子ネットワーク、シグナル伝達系)には一般的に、入力層、中間層、出力層、という階層性があります。特に中間層がくびれたネットワークはBow-tie構造として知られ、様々な生物や伝達系で報告されています。Bow-tie構造の偏在性の説明として、構造の機能的な有利性が今までに考えられてきました。しかし、私たちは網羅的な設定で進化シミュレーションを行い、Bow-tie構造の出現に寄与しているのは機能の最適化ではなく、適応初期段階の相互作用の大きさであることを発見しました。常微分方程式を用いた進化ダイナミクスの解析からもBow-tie構造の出現条件は初期相互作用の大きさが重要であることを示しました。
自発的に生じたBow-tie構造は適応目標によってはやがて崩壊してしまいますが、環境揺らぎを考慮すると、Bow-tie構造は長い間維持されることがわかりました。さらに、進化の初期段階で分子間相互作用が大きい場合でも、入出力数の増大などを考慮することでBow-tie構造が出現することを示しました。このことから、Bow-tie構造は機能的に有利だから進化したのではなく、進化の過程で出現しやすい構造であったと本研究では主張しています。
本研究成果は、2024年6月29日に学術誌「npj Systems Biology and Applications」でオンライン公開されました。

論文情報
  • 題目: Revisiting the evolution of bow-tie architecture in signaling networks.
  • 著者: 伊藤 冬馬1, 2, 3, 近藤 洋平1, 2, 3, 青木 一洋1, 2, 3, 斉藤 稔3,4,*
    1 )総合研究大学院大学
    2) 基礎生物学研究所
    3) 生命創成探究センター
    4) 広島大学大学院統合生命科学研究科
    *) 責任著者
    近藤洋平助教(現:京都大学 特定准教授)、青木一洋教授(現:京都大学 教授)に関しては研究遂行時の所属
  • 掲載誌: npj Systems Biology and Applications
  • DOI: https://doi.org/10.1038/s41540-024-00396-8

中間層がくびれた分子ネットワーク構造の自発的な出現機構の解明

背景

細胞は、環境状態に反応し分子ネットワークを通して内部状態を変化させる情報処理装置とみなすことができます。この情報処理を担う分子ネットワークには、しばしば特徴的な構造が見られることが知られています。ネットワーク構造は機能と密接に関わると考えられ、構造の設計原理を機能の最適性から説明する試みがシステム生物分野で多く行われてきました。しかし近年は、機能の最適性によらず自発的に出現するネットワーク構造も知られており、設計原理を自発性から説明する試みが注目されています。本研究はそのような研究の一つと位置付けられます。
本研究で着目したBow-tie構造は、素朴な構造ながらも、細胞内の情報処理の中枢において多く見られる構造です。しかしながら、Bow-tie構造は中間層への摂動に弱く、実際にBow-tie構造の中間層への変異がガン化の要因となる場合も知られています。このような脆弱性を持つ構造が、どうして細胞内の情報処理の中枢に多くあるのか、その理由は果たして最適化の結果なのか、という疑問を抱き、本研究を着想しました。

研究成果の内容

細胞内ネットワーク、特に遺伝子調節ネットワークやシグナル伝達ネットワークには、特有の階層構造である「Bow-tie構造」が見られます。この構造は、複数の入力と出力、そして狭い中間層から成り立っています。これまで、Bow-tie構造の普遍性は、この構造が持つ適応上の利点(高い進化の可能性や入力を分類する能力など)によって説明されてきました。しかし我々は、進化の初期条件で分子間相互作用が弱い場合、機能的な利点がなくてもBow-tie構造が必然的に出現することを示しました。また、初期条件に強い分子間相互作用を持っていても、適応の途中段階で入力(つまり受容体)と出力(つまり下流の遺伝子)の数が増加すると、中間層の幅が減少し、より狭い中間層を持ったBow-tie構造が出現することを示しました。多くの先行研究はBow-tie構造の適応特性について議論してきましたが、我々の発見は、Bow-tie構造が自発的に進化したものである可能性を示唆しています。

今後の展開

本研究は、細胞内ネットワークに多く見られるBow-tie構造に焦点を当て、この構造がどのようにして進化してきたのかを明らかにしました。その結果、Bow-tie構造は必ずしも機能的適応性を理由に進化するわけではないことを示しました。さらに生物情報学的な解析などへと発展させることにより、生命の情報処理システムの起源に迫ることなどが期待されます。

用語解説

※Bow-tie構造…複数の入力と出力、そして狭い中間層から成り立つ階層性ネットワーク。

参考資料

【お問い合わせ先】
広島大学大学院統合生命科学研究科 数理生命科学プログラム
准教授 斉藤 稔

細胞遺伝子工学
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