生殖細胞のシグナル異常が老化に伴う精子形成異常を誘導することを発見~精子幹細胞の老化機構解明~

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2019-08-05 京都大学

篠原美都 医学研究科助教らの研究グループは、自律的に起こる生殖細胞のシグナル異常が老化に伴う精子形成の減弱を引き起こすことを発見しました。
精子幹細胞は毎日膨大な数の精子を作り続けますが、老化とともに精子形成は減弱します。その原因は生殖細胞側になく体細胞側にあると考えられてきました。
本研究では精子幹細胞の培養系を用いてその老化メカニズムを調べました。テロメアは染色体の末端にあり細胞の増殖限界を規定するものです。老化精子幹細胞ではテロメア短縮に関わらずほぼ無限に増殖しましたが精子への分化能力の喪失が見られ、精子幹細胞自体も自律的に老化することを示しています。精子幹細胞の老化にはストレス応答性キナーゼであるJNKシグナルを中心とするシグナル異常が引き起こす様々な変化(増殖亢進、ミトコンドリア機能低下、代謝経路の変化など)が伴い、これらの現象は培養細胞だけでなく老化個体精巣の幹細胞でも認められました。
本結果はテロメアが細胞の増殖限界を規定するという従来の見解を覆すとともに、幹細胞も自律的に老化し精子異常を起こすことを示す点で画期的であり、老化に伴う精子形成低下の原因解明とその新たな治療法開発に貢献するものです。
本研究成果は、2019年7月30日に、国際学術誌「Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America」のオンライン版に掲載されました。

生殖細胞のシグナル異常が老化に伴う精子形成異常を誘導することを発見~精子幹細胞の老化機構解明~

図:本研究の概要図

書誌情報

【DOI】 https://doi.org/10.1073/pnas.1904980116

Mito Kanatsu-Shinohara, Takuya Yamamoto, Hidehiro Toh, Yasuhiro Kazuki, Kanako Kazuki, Junichi Imoto, Kazuho Ikeo, Motohiko Oshima, Katsuhiko Shirahige, Atsushi Iwama, Yoichi Nabeshima, Hiroyuki Sasaki, and Takashi Shinohara (2019). Aging of spermatogonial stem cells by Jnk-mediated glycolysis activation. Proceedings of the National Academy of Sciences.

詳しい研究内容について

生殖細胞のシグナル異常が老化に伴う精子形成異常を誘導することを発見
―精子幹細胞の老化機構の解明―

概要
京都大学大学院医学研究科の篠原美都助教らの研究グループは、自律的に起こる生殖細胞のシグナル異常が 老化に伴う精子形成の減弱を引き起こすことを発見しました。
精子幹細胞は毎日膨大な数の精子を作り続けますが、老化とともに精子形成は減弱します。その原因は生殖 細胞側になく体細胞側にあると考えられてきました。本研究では精子幹細胞の培養系を用いてその老化メカニ ズムを調べました。テロメアは染色体の末端にあり細胞の増殖限界を規定するものです。老化精子幹細胞では テロメア短縮に関わらずほぼ無限に増殖しましたが精子への分化能力の喪失が見られ、精子幹細胞自体も自律 的に老化することを示しています。精子幹細胞の老化にはストレス応答性キナーゼである JNK シグナルを中 心とするシグナル異常が引き起こす様々な変化(増殖亢進、ミトコンドリア機能低下、代謝経路の変化など) が伴い、これらの現象は培養細胞だけでなく老化個体精巣の幹細胞でも認められました。この結果はテロメア が細胞の増殖限界を規定するという従来の見解を覆すとともに、幹細胞も自律的に老化し精子異常を起こすこ とを示す点で画期的であり、老化に伴う精子形成低下の原因解明とその新たな治療法開発に貢献するものです。
本研究成果は、2019 年 7 月 30 日に国際学術誌「 米国アカデミー紀要(Proceedings of the National Academy of  Sciences of the United States of America)」のオンライン版に掲載されました。

1.背景
老化と共に精子形成は減少することが知られています。精子形成の源には幹細胞があり、その数の減少は精 子形成の低下を引き起こす要因の一つです。これまでに行われた移植実験の結果から、老化の原因は幹細胞側 でなく、幹細胞の微小環境を構成する体細胞の劣化にあると考えられてきました。
精巣における幹細胞の数は少なく(マウス精巣では2-3万個と言われています)特異的なマーカーがない ため老化が幹細胞に及ぼす影響を生体内で経時的に調べることは困難です。そこで本研究グループはマウス精 子幹細胞を2年以上にわたって試験管内で増幅維持できる実験系を確立し、これまで精子幹細胞の研究を行っ てきました。長期培養細胞は 2 年間で 1085 倍に増幅した段階でも正常な核型を維持し、子孫を作成すること もできます (Kanatsu-Shinohara et al. Development 132,4155-62,2005)。生体内の精子幹細胞も持続的に 分裂しているため、本研究グループはこの培養系を用いて精子幹細胞の老化メカニズムを解明できるのではな いかと仮説を立てました。

2.研究手法・成果
テロメア(注1)は染色体の末端にあり、細胞の増殖限界を規定する構造です。テロメアの同定とその機能 解析に対して 2009 年のノーベル賞が授与されました。テロメアは細胞分裂ごとに短縮し、一定長より短くな ると一般的な細胞は増殖停止し、 細胞老化」と呼ばれる状態になります。上述の2年間の培養でも精子幹細 胞のテロメアは徐々に短縮しました。短縮の速度を鑑みると培養開始からおよそ 34 ヶ月前後でテロメアはな くなり細胞増殖が停止すると推測されました。そこで本研究ではさらに培養を継続して増殖能の変化を観察し ました。テロメア長はさらに短縮しましたがβ-ガラクトシダーゼ染色で検出される 細胞老化」のマーカー は陰性であり、34 ヶ月以降も増殖は停止せず、むしろ増殖速度の亢進が見られました。テロメア長は 54 ヶ月 以降2kb(キロベース 塩基対 1000 個分の長さを表す)程度で保たれていることが分かりました。この結果 はテロメアの長さが細胞の寿命を決めるという従来の結果とは矛盾するものでした。
そこで老化が精子幹細胞の機能に及ぼす影響を調べるため、5 ヶ月〜60 ヶ月の培養細胞についてその性質を 比較しました。多くの幹細胞は老化と共に幹細胞活性を失いますが、60 ヶ月の培養細胞は精細管内に移植す るとコロニーを形成することから精子幹細胞としての機能を維持していることが分かりました。しかしながら 精子への分化能は 30 ヶ月(培養開始から~10106倍に増幅)までは認められるものの、それ以降の培養細胞で は減数分裂期以降の分化が阻害されていました。移植精巣で腫瘍の形成は認められなかったこと、老化細胞に 特異的な染色体異常は認められなかったことから、精子幹細胞は老化しても幹細胞活性を維持できるという点 で他の組織幹細胞と異なる性質を持つことが明らかになりました。
この細胞がどうして長期に分裂する能力を持つかを明らかにするために、まず活性酸素種について調べまし た。活性酸素種(注2)は老化細胞で増加し、細胞の機能に障害を与えると考えられています。当初の予想と は逆に、60 ヶ月の培養細胞ではむしろ活性酸素量は低下していました。その原因を調べたところ、60 ヶ月の 細胞では活性酸素を大量に産生するミトコンドリアの量および活性が低下していることが分かりました。ミト コンドリアは細胞のエネルギー産生の中心となる細胞内小器官として知られてます。ミトコンドリアの活性低 下によって、ミトコンドリア内のクエン酸回路によるエネルギー産生が低下し、代わりに解糖系(注3)から エネルギーを得ることが老化細胞の特徴であることが分かりました。
さらに、このような変化の根底にあるシグナルを同定するため網羅的な分子細胞生物学解析を行ったところ 老化した精子幹細胞では Wnt7b「(注4)という遺伝子が発現増強しており、このサイトカインのシグナル伝達 に関わる JNK シグナル(注 5)の活性化が起こることが分かりました。Wnt7b は様々なシグナルを細胞内に 伝えますが、中でも JNK シグナルが活性化されることでミトコンドリア生合成のマスター遺伝子である転写 コアクチベーターPPARGC1A の発現が抑制され、それに伴い解糖系が亢進するために細胞代謝が老化型へと 変化することを証明できました。Wnt7b の発現が増強する理由はまだ明らかでありませんが、老化細胞で見ら れた DNA ダメージが原因ではないかと予想しています。
上記の培養細胞での結果を踏まえて研究グループは、老化個体の体内の精子幹細胞でも類似の特徴が見られ るかを調べました。その結果、老化モデルである Klotho 欠損マウス(注 6)と 24 ヶ月齢の野生型ラットにお いても、未分化型精原細胞(注 7)にて Wnt7b/JNK シグナルの活性化と増殖亢進・解糖系の亢進が認められ ました。また、これらの老化個体では精巣重量の低下や、精子形成の減少が認められました。
卵子の老化はよく話題になりますが、男性側の老化に伴う精子形成減弱・喪失、特に幹細胞老化の理由はい まだにわかっていません。これまで精巣の体細胞の劣化が生殖細胞の老化を引き起こすと考えられていました が、本研究の成果は生殖細胞も自律的な原因で老化すること、老化に伴い分化能力を失うために精子産生が低 下するが、幹細胞自体はほぼ無限に増殖できることを明らかにしました。分化能がどうして失われるのかを明 らかにすることができれば、外部からそうした分子を操作することで老化に伴う精子形成異常を回復できる可 能性があることを示しています。

3.波及効果、今後の予定
・ 通常の細胞ではテロメアが短縮すると分裂停止しますが精子幹細胞ではそれがなく、幹細胞もしくは生殖 系列の幹細胞に特異なメカニズムで無限の増殖能が備わっている可能性があります。現在、精子幹細胞の テロメア制御機構の解明を目指しています。
・ 老化した幹細胞で分化能力がなくなる原因がわかれば、老化個体の精子形成を再開させ不妊治療に応用で きる可能性があります。
・ 若い個体と老化個体では精子幹細胞の増殖や代謝などのメカニズムが異なっていることが分かりました。 今回の研究はマウスとラットを用いたものですが、ヒトにおいても老化によって精子幹細胞の質的な変化 が起きている可能性が考えられます。
・ 精子幹細胞で JNK シグナルの活性化や代謝の変化が起こることで、産生される精子の質や量に影響するの か、について現在調べています。

4.研究プロジェクトについて
本研究の遂行にあたり、文部科学省科学研究費補助金・新学術領域研究、基盤研究 S による支援を受けました。

<研究者のコメント>
幹細胞の自己複製能は「 無限」だという仮説は本当かを知りたくて、精子幹細胞の長期培養を続けました。5 年間培養するのは大変でしたが、そこまでしても分裂が止まらないことが分かったのは満足でした。幹細胞の 種類によって自己複製能のレベルに差があるのか、本当に「 無限」なのは生殖細胞だからなのか?など、これ から明らかにできたらいいな、と思っています。

<語句説明>
注1)テロメア:染色体末端にある繰り返し配列、末端を保護する役目をもつ。
注2)活性酸素種:酸素が反応性の高い不安定な物質に変化したもの。
注3)解糖系:生体内の生化学反応経路であり、グルコースを分解し生物が使いやすいエネルギーを産生する。
注 4)Wnt:分泌性糖タンパク質のファミリー。形態形成や細胞の増殖・分化など様々な現象に関与する。
注 5)JNK:様々なストレス刺激に対して活性化するキナーゼ。
注 6)Klotho 欠損マウス:短寿命、生殖腺の萎縮、動脈硬化、骨粗鬆症、皮膚移植などヒト老化に似た表現 形を示すマウス。
注 7)精原細胞:成体の精巣にある生殖細胞のうち最も未分化なもの。この細胞の一部が精子幹細胞である。

<論文タイトルと著者>
タイトル :“ Aging of spermatogonial stem cells by Jnk-mediated glycolysis activation”(JNK を介する糖代 謝活性化による精子幹細胞の老化)
著 者: Mito  Kanatsu-Shinohara,  Takuya  Yamamoto, Hidehiro Toh, Yasuhiro Kazuki, Kanako Kazuki, Junichi Imoto, Kazuho Ikeo, Motohiko Oshima, Katsuhiko Shirahige, Atsushi Iwama, Yoichi Nabeshima,Hiroyuki Sasaki,Takashi Shinohara
・ 篠原美都、篠原隆司 京都大学大学院医学研究科 遺伝医学講座 分子遺伝学分野
・ 山本拓也 京都大学 iPS 研究所 未来生命科学開拓部門、同高等研究院ヒト生物学高等研究拠 点
・ 藤英博、佐々木裕之 九州大学生体防御医学研究所
・ 香月康宏、香月加奈子 鳥取大学医学研究科
・ 井元順一池尾一穂 国立遺伝学研究所 生命情報研究センター
・ 大島基彦、岩間厚志 千葉大学 医学研究院細胞分子医学、東京大学 医科学研究所 幹細胞治 療研究センター
・ 白髭克彦 東京大学 定量生命科学研究所 ゲノム情報解析研究分野
・ 鍋島陽一 公益財団法人神戸医療産業都市推進機構

掲 載 誌: 米国アカデミー紀要 「Proceedings of  the National  Academy of Sciences of the United  States of  America
D O I: 未定

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