2019-08-07 北海道大学,北海道立総合研究機構,北海道ひがし農業共済組合,東北大学,扶桑薬品工業株式会社,日本医療研究開発機構
ポイント
- 牛白血病にはこれまで有効なワクチンや治療法がなく、新たな制御法の開発が急務。
- PGE2産生阻害剤及び免疫チェックポイント阻害薬が、生体内で抗ウイルス効果を発揮。
- ウシの慢性感染症に対する新規制御法への応用に期待。
概要
北海道大学大学院獣医学研究院、同人獣共通感染症リサーチセンター、北海道立総合研究機構・農業研究本部畜産試験場、東北大学、北海道ひがし農業共済組合、扶桑薬品工業株式会社らの研究グループは、生理活性物質プロスタグランジンE2(PGE2)及び免疫チェックポイント因子*1(PD-L1)を同時に阻害する方法により、牛白血病ウイルス(BLV)感染牛の中でもウイルス量が非常に多いハイリスク牛*2においてウイルス量を減少させることに成功しました。
家畜の感染症のうちワクチンが樹立されている疾患はごくわずかです。ウシの慢性感染症では、開発したワクチンが期待された効果を発揮しない事象が認められており、新たな戦略が求められています。本研究グループは、このような慢性感染症において、生理活性物質PGE2や免疫チェックポイント因子(PD-1/PD-L1等)を介した免疫細胞(T細胞)の機能抑制が観察され、病態進行の助長に関わること、また、PGE2の産生を阻害する薬剤(COX-2阻害剤*3)のみ投与、もしくは免疫チェックポイント阻害薬(抗PD-L1抗体)との併用によって抗病原体免疫が増強されることを示してきました。しかし、これらの治療戦略の生体内における効果は明らかになっていませんでした。
本研究では、BLV感染牛において病態進行に伴い血液中PGE2量が高くなること、COX-2阻害剤及び抗PD-L1抗体との併用によって、抗ウイルス免疫が活性化されることを確認しました。次に、COX-2阻害剤及び抗PD-L1抗体の治療効果を生体内で調査するために、BLV感染牛に対して臨床投与試験を行いました。その結果、COX-2阻害剤が生体内において抗ウイルス効果を発揮する(ウイルス量を減少させる)こと、さらに、COX-2阻害剤と抗PD-L1抗体との併用により、この抗ウイルス効果が増強されることを確認しました。本研究成果は、ウシをはじめとする家畜やヒトの研究においても前例がなく、家畜やヒトにおける慢性感染症の新規制御法としての応用が期待されます。
本研究の一部は文部科学省科学研究費助成事業、国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構生物系特定産業技術研究支援センター・イノベーション創出強化研究推進事業並びに革新的技術開発・緊急展開事業(うち地域戦略プロジェクト)、農林水産省委託プロジェクト研究・薬剤耐性問題に対応した家畜疾病防除技術の開発及び東北大学における国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)創薬等ライフサイエンス研究支援基盤事業(BINDS)の支援の下で行われた技術開発です。なお、本研究成果は2019年8月1日(木)公開のThe Journal of Immunology誌に掲載されました。
背景
家畜伝染病予防法が指定する家畜の重要疾病(監視伝染病)である牛白血病は、リンパ球の増加や全身性の悪性リンパ腫を引き起こす疾病です。牛白血病は、2018年の届出数で3,859頭を数え、家畜伝染病予防法が指定する監視伝染病のうち、ウシの疾病では最多です。この発生数は、牛白血病が届出伝染病に指定された1998年の38倍以上の数であり、未だ増加に歯止めがかかっていません。牛白血病の主な原因は、レトロウイルス*4である牛白血病ウイルス(BLV)の感染です。現在、すでに日本のウシの約35%以上がBLVに感染しているとされ、感染牛の淘汰事業の実施は極めて困難な状況です。この病気は、北海道をはじめとした全国の酪農家にとって経済損失の原因となっており、早急な対策を求める声は多いものの、BLVはレトロウイルスであるゆえ有効なワクチンや治療法がないのが現状です(図1)。
図1.牛白血病ウイルス感染症の問題点
本研究グループはこれまで、臨床検体を用いた、牛白血病の病態発生機序の解析を進めてきました。その結果、牛白血病の病態進行にはPD-L1などの免疫チェックポイント因子によって誘導される免疫抑制が深く関与すること、また、抗PD-L1抗体がBLV感染牛に対して抗ウイルス効果を発揮することを明らかにしました(参考1、2)。しかしながら、抗PD-L1抗体の投与のみでは、ウイルス量が高いハイリスク牛に対する効果が弱く、ハイリスク牛に対して効果を発揮する新規制御法の開発が急務となっていました。そこで本研究では、ウシの慢性細菌性感染症(ヨーネ病*5)の病態発生メカニズムを解明した際に発表(参考3)した免疫抑制機能が示唆されたPGE2に着目し、BLV感染症におけるPGE2の動態及び病態進行への関与を解析するとともに、COX-2阻害剤のみ投与、もしくは抗PD-L1抗体との併用による免疫活性化効果並びに抗ウイルス効果をウシの生体内で解析しました(図2)。
図2.牛白血病における免疫チェックポイント因子の解析
- 参考
- (1)牛難治性疾病の制御に応用できる免疫チェックポイント阻害薬(抗 PD-L1 抗体)の開発にはじめて成功 PDF(北海道大学のプレスリリース)
(2)牛難治性疾病の制御に応用できる免疫チェックポイント阻害薬(抗 PD-1 抗体)を、抗PD-L1抗体薬に続き開発 PDF(北海道大学のプレスリリース)
(3)ヨーネ病の病態発生メカニズムを解明~家畜法定伝染病ヨーネ病に対する制御法への応用に期待~ PDF(北海道大学のプレスリリース)
研究手法
BLV感染牛の血液を材料に、免疫学的な実験手法によりBLV感染症の病態進行におけるPGE2の動態解析や、COX-2阻害剤のみ投与、もしくは抗PD-L1抗体との併用によるT細胞応答の活性化効果を検討しました。さらに、BLV感染牛に対してCOX-2阻害剤のみ、もしくは抗PD-L1抗体と併用して投与を行い、ウシの生体内における抗ウイルス効果の評価を行いました。
研究成果
本研究により、BLV感染症の病態進行に伴い血液中のPGE2量が増加していることが明らかになりました。さらに、PGE2の産生を阻害するCOX-2阻害剤は、BLV抗原特異的なT細胞応答を活性化させ、抗PD-L1抗体と併用することでその効果が増強されることを示しました(図3)。また、COX-2阻害剤をBLV感染牛に投与すると、血液中のウイルス量が減少したことから、本剤が生体内において抗ウイルス効果を持つことを明らかにし、加えてCOX-2阻害剤と抗PD-L1抗体を併用して投与することで、ハイリスク牛(ウイルス量の多いBLV感染牛)のウイルス量を減少させることにも成功しました(図4)。
図3.COX-2阻害剤とPD-L1抗体の併用による抗ウイルス効果
図4.ハイリスク牛に対する臨床試験成績と今後への期待
今後への期待
現在、BLV感染症に対する有効なワクチンや治療法は存在せず、新規制御法の開発が急務となっています。本研究で示した、COX-2阻害剤と抗PD-L1抗体の併用法により、農場において主な感染源であるハイリスク牛に対しても抗ウイルス効果があることを明らかにしました。今後は、本研究で開発された技術をBLV感染症の新規制御法として応用するために、より大規模な実証試験を行う予定です。また、本研究で開発された技術を用いて北海道をはじめとした畜産生産地で問題となっている様々なウシの疾病に対しても抗病原体効果を調査していく予定です。
論文情報
- 論文名
- Prostaglandin E2 induced immune exhaustion and enhancement of anti-viral effects by anti-PD-L1 antibody combined with COX-2 inhibitor in bovine leukemia virus infection
- (牛白血病ウイルス感染症におけるプロスタグランジンE2による免疫疲弊とCOX-2阻害薬と免疫チェックポイント阻害薬の併用による抗ウイルス効果の増強).
- 著者名
- 佐治木 大和1、今内 覚1、岡川 朋弘1、西森 朝美1、前川 直也1、後藤 伸也1、渡 慧1、港 江利奈1、小林 篤史1、小原 潤子2、山田 慎二3、金子 美華3、加藤 幸成3、高橋 博文4、寺崎 信広4、武田 章4、山本 啓一1、5、戸田 幹洋1、5、鈴木 定彦1、6、村田 史郎1、大橋 和彦1
- (1北海道大学大学院獣医学研究院、2北海道立総合研究機構・農業研究本部畜産試験場、3東北大学大学院医学系研究科、4北海道ひがし農業共済組合、5扶桑薬品工業株式会社、6北海道大学人獣共通感染症リサーチセンター)
- 雑誌名
- The Journal of Immunology(免疫学の専門誌)
- DOI
- 10.4049/jimmunol.1900342
- 公表日
- 2019年8月1日(木)(オンライン公開)
用語解説
- *1 免疫チェックポイント因子
- 一部の病原体やがん細胞は、免疫による攻撃を回避するような仕組みを有している。例えば、免疫細胞(T細胞)のPD-1というタンパク質と病原体の感染細胞やがん細胞のPD-L1というタンパク質が結びつくと、免疫細胞は病原体やがん細胞に対する攻撃を止めてしまう。このPD-1やPD-L1のことを免疫チェックポイント因子と呼び、PD-1とPD-L1の結合を阻害する薬を免疫チェックポイント阻害薬という。PD-1側にキャップをしてPD-L1との結合を阻害する薬を抗PD-1抗体、PD-L1側にキャップをしてPD-1との結合を阻害する薬を抗PD-L1抗体という。
なお、PD-1を発見し、新たながん治療薬に応用した京都大学の本庶 佑 特別教授と、同じく免疫チェックポイント因子CTLA-4をがん治療薬に応用したテキサス州立大学MDアンダーソンがんセンターのJames P. Allison博士は、2018年のノーベル賞生理学・医学賞を受賞している。 - *2 ハイリスク牛
- 牛白血病ウイルス感染牛の中でも病態が進行してウイルス量が非常に多いウシ。水平、垂直感染のリスクが極めて高く農場における主な感染源となる。
- *3 COX-2阻害剤
- 非ステロイド性消炎鎮痛薬(NSAIDs)の一つでPGE2の産生を阻害する薬剤。PGE2はアラキドン酸から律速酵素シクロオキシゲナーゼ(COX)によって産生される。COXにはCOX-1とCOX-2の2つのアイソザイムが存在するが、COX-2阻害剤は選択的にCOX-2を阻害してPGE2産生を抑制する。
- *4 レトロウイルス
- RNAを遺伝物質に持つウイルスの種類。RNAからDNAを合成する逆転写酵素を持つ。感染した細胞のゲノムに逆転写されたウイルスDNAが挿入されてしまうため、有効なワクチンや根治的な治療薬がない。
- *5 ヨーネ病
- ヨーネ菌(Mycobacterium avium subsp. paratuberculosis)の経口感染によるウシなどの反芻動物の慢性肉芽腫性腸炎。長い潜伏期間を経て発症し、難治性の慢性下痢と重度の削痩により衰弱死を引き起こす。
お問い合わせ先
北海道大学大学院獣医学研究院病原制御分野/先端創薬分野
准教授 今内 覚(こんない さとる)
北海道立総合研究機構畜産試験場
研究主査 小原 潤子(こはら じゅんこ)
北海道ひがし農業共済組合・事務部診療課検査室
高橋 博文(たかはし ひろふみ)
東北大学未来科学技術共同研究センター/医学系研究科抗体創薬研究分野
教授 加藤 幸成(かとう ゆきなり)
扶桑薬品工業株式会社研究開発センター 知的財産室
山本 啓一(やまもと けいいち)
配信元
北海道大学総務企画部広報課
AMED事業に関するお問い合わせ先
日本医療研究開発機構(AMED)
創薬戦略部 医薬品研究課