分岐鎖アルコールによる細胞生育阻害の新たな分子メカニズムを発見

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窒素飢餓ストレス応答の制御による耐性獲得と バイオ燃料イソブタノール生産能の向上

2019-11-21 京都大学

黒田浩一 農学研究科准教授は、Gregory Stephanopoulos マサチューセッツ工科大学教授、Gerald R. Fink ホワイトヘッド医学生物学研究所教授、José L. Avalos プリンストン大学助教らと共同で、バイオエネルギーとして重要なイソブタノールなどの分岐鎖アルコール生産時に起こる細胞生育阻害の新たなメカニズムを発見しました。

また、窒素飢餓ストレス応答を制御することによって、分岐鎖アルコール特異的に耐性を高めることに成功しました(gln3Δ株)。さらに、代謝デザインによるイソブタノール生産を行う際、耐性を高めた酵母を用いることで生産能を大幅に増大させることができました。

本研究成果は、分岐鎖アルコールによる生育阻害が、本来細胞に備わっているストレス適応メカニズムを介して引き起こされるという、分岐鎖アルコールの細胞毒性機構を解明した初めての知見であり、酵母による医薬品を含む様々な化成品の生産性を増大させる上でも重要な代謝工学・合成生物学の戦略を提唱するものです。

本研究成果は、2019年11月14日に、国際学術誌「Cell Systems」のオンライン版に掲載されました。

分岐鎖アルコールによる細胞生育阻害の新たな分子メカニズムを発見

図:本研究の概要図

書誌情報

日刊工業新聞(11月19日 21面)に掲載されました。

詳しい研究内容について

分岐鎖アルコールによる細胞生育阻害の新たな分子メカニズムを発見
―窒素飢餓ストレス応答の制御による耐性獲得と バイオ燃料イソブタノール生産能の向上―

概要
京都大学大学院農学研究科 黒田浩一 准教授は、マサチューセッツ工科大学 Gregory Stephanopoulos 教授、ホワイトヘッド医学生物学研究所 Gerald R. Fink 教授、プリンストン大学 José L. Avalos 助教ら との国際共同研究により、バイオエネルギーとして重要なイソブタノールなどの分岐鎖アルコール生産 時に起こる細胞生育阻害の新たなメカニズムを発見しました。また、窒素飢餓ストレス応答を制御する ことによって、分岐鎖アルコール特異的に耐性を高めることに成功しました (gln3Δ株)。さらに、代謝 デザインによるイソブタノール生産を行う際、耐性を高めた酵母を用いることで生産能を大幅に増大さ せることができました。本研究成果は、分岐鎖アルコールによる生育阻害が、本来細胞に備わっているス トレス適応メカニズムを介して引き起こされるという、分岐鎖アルコールの細胞毒性機構を解明した初 めての知見であり、酵母による医薬品を含む様々な化成品の生産性を増大させる上でも重要な代謝工学 合成生物学の戦略を提唱するものです。
本研究は、京都大学スーパージョン万プログラム、京都大学 SPIRITS の支援により行われたものであ り、その成果は 2019 年 11 月 14 日に国際学術誌「Cell Systems」にオンライン掲載されました。

1.背景
生物が生きていく上で、いかにして環境条件に上手く適応するかが重要です。様々な環境因子がどの ようにして生物にストレスをかけ、生物がどのように応答しているかを解明することは、生物の生存戦 略の根本的理解を深めるだけでなく、新たな技術革新につながることが期待されます。微生物による物 質生産は、持続的かつ環境に優しい技術としての可能性を秘めており、有用代謝経路の新規導入や既存 代謝経路の改変など、様々な取り組みがなされています。しかし、物質生産を行う環境条件によっては細 胞に様々なストレスを与えます。特に生産物自体が毒性を持つ場合、生産量の増加に伴って大きなスト レスを与え、細胞代謝活性の低下、ひいては生産効率の低下を引き起こします。したがって、生産性を高 めたい反面、ストレスにより細胞機能が低下してしまうというジレンマを抱えています。
イソブタノールなどの分岐鎖アルコールは、高エネルギー密度、低蒸気圧、既存のインフラが使用可能 といった長所をもち、エタノールよりも優れたバイオ燃料として期待されています。パンなどの食品や 酒類の製造に用いられる酵母 Saccharomyces cerevisiae は、エタノール耐性が高いこともあり、元来エ タノール生産能に優れた微生物です。しかし、同じアルコールでも炭素数が 2 つ増えたブタノール類に 対しては耐性が全く異なり、高い耐性は見られません。したがって、酵母でイソブタノール生産を行う 際、細胞自体の耐性を高めておくことが重要となりますが、酵母のイソブタノール耐性を大きく向上さ せた例は無く、イソブタノールが毒性を発揮する機構についてもほとんど分かっていないという状況で した。

2.研究手法 ・成果
2-1.イソブタノール耐性に影響を与える酵母 1 遺伝子破壊株を同定-イソブタノール耐性酵母の同定 に成功-
イソブタノールによる生育阻害の理解に向け、イソブタノール耐性に影響を与える 1 遺伝子破壊株の 同定を試みました。酵母 1 遺伝子破壊株ライブラリーの生育比較により、イソブタノール高感受性株お よび耐性株を同定することができました。特に、ペントースリン酸経路の遺伝子破壊株ではエタノール 耐性には影響せずイソブタノールに対してのみ高感受性を示します。一方、窒素源カタボライト抑制 (Nitrogen catabolite repression)に関わる転写因子をコードする GLN3 遺伝子を破壊した株 (gln3Δ) ではイソブタノール耐性が大きく向上し、さらに分岐鎖アルコール特異的な耐性を示すというユニーク な表現型を初めて見出しました (図 1)。したがって、各種アルコールの中でも分岐鎖を特異的に認識す る分子機構の存在が示唆されます。

2-2.イソブタノールによる新たな生育阻害機構および gln3Δ株の耐性機構を発見
酵母野生株、gln3Δ株を通常の培地またはイソブタノール含有培地にて生育させ、全遺伝子について転 写産物の比較定量解析を行いました。その結果、野生株ではイソブタノールが窒素飢餓シグナルとなり、 培地中に窒素が豊富に存在するにも関わらず、窒素飢餓ストレス応答を強力に引き起こしていることが 分かりました。逆に、gln3Δ株ではイソブタノールによる窒素飢餓ストレス応答は起こらず、生育促進に 必要な遺伝子群の転写は維持されました。したがって、イソブタノールにより引き起こされる窒素飢餓 ストレス応答が生育阻害の主な原因となっており、GLN3 遺伝子の破壊により窒素飢餓ストレス応答を 制御することで、イソブタノール耐性を高めることができたと考えられます。これは、本来細胞が備えて いるストレス適応メカニズムを介して分岐鎖アルコールによる生育阻害が引き起こされてしまうという、 分岐鎖アルコールの細胞毒性機構を解明した初めての知見です。

2-3.分岐鎖アルコール耐性酵母 gln3Δ株によりイソブタノール生産能の増大に成功
分岐鎖アルコール耐性を示す gln3Δ株において、代謝工学的観点からイソブタノール生合成経路の酵 素をコードする 5 つの遺伝子を過剰発現させ、イソブタノール生産のための合成生物学的育種を行いま した。その結果、gln3Δ株では野生株と比較してイソブタノール生産量を約 5 倍に増加させることがで きました (図 2)。したがって、イソブタノールを生産させる酵母自体の耐性を高めておくことが、生産 性を増大させる上で有効な戦略であると言えます。

3.波及効果、今後の予定
本研究では、ゲノム、転写物レベルでの網羅的解析、代謝物解析などを駆使しながら、分岐鎖アルコー ルによる細胞生育阻害の新たなメカニズムを発見しました。分岐鎖アルコールによる酵母の生育阻害が 窒素飢餓ストレス応答により引き起こされるという知見であり、窒素飢餓ストレス応答の人工的制御に より、分岐鎖アルコール特異的に耐性を向上させることができます。また、合成生物学的育種を行う際、 生産物ストレス耐性を高めておくことで生産性の大きな増大を可能にする新しい育種法を開発しました。 今回の研究成果は分岐鎖アルコールによる生育阻害機構についての理解を深めるだけでなく、酵母のス トレス耐性や医薬品を含む様々な化成品の生産性を向上させる上で重要な知見を提供することができる と期待されます。

4.研究プロジェクトについて
本研究は、京都大学若手人材海外派遣事業スーパージョン万プログラムにより、マサチューセッツ工 科大学 Gregory Stephanopoulos 教授、ホワイトヘッド医学生物学研究所 Gerald R. Fink 教授、プリン ストン大学 José L. Avalos 助教との国際共同研究の成果であり、京都大学 SPIRITS 2017 により助成を 受けたものです。

<研究者のコメント>
 酵母は元来エタノール耐性が高い微生物ですが、炭素数が 2 つ増えたイソブタノー ルに対しては高い耐性が見られません。本研究により、両者は全く異なるメカニズムで 細胞に作用しており、イソブタノールが窒素飢餓シグナルとなって細胞生育阻害を起こ すことを発見できました。分岐鎖アルコールは優れたバイオ燃料であると同時に、分岐 鎖アミノ酸の異化反応によって細胞内で作られている代謝物でもあり、基礎面 応用面 で非常に興味深い知見であると考えています。

<論文タイトルと著者>
タイトル: Critical roles of the pentose phosphate pathway and GLN3 in isobutanol-specific tolerance in yeast
(酵母のイソブタノール特異的な耐性においてペントースリン酸経路と GLN3 遺伝子が重要 な役割を果たす)
著 者: Kouichi Kuroda*, Sarah K. Hammer, Yukio Watanabe, José Montaño López, Gerald R. Fink, Gregory Stephanopoulos, Mitsuyoshi Ueda, José L. Avalos* (*Corresponding authors)
掲 載 誌: Cell Systems(DOI: 10.1016/j.cels.2019.10.006)

<参考図表>


図 1 各種アルコール存在下における野生株と gln3Δ株の生育


図 2 イソブタノール耐性酵母 gln3Δ株によるイソブタノール生産
pRS426: コントロールプラスミド
pJA184: イソブタノール生合成遺伝子過剰発現のためのプラスミド

有機化学・薬学
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