2020-03-02 京都大学
田尾龍太郎 農学研究科教授は、赤木剛士 岡山大学准教授、Isabelle M. Henry カリフォルニア大学デービス校博士、かずさDNA研究所と共同でカキ(柿)の近縁野生種であるマメガキの全ゲノム配列を解読しました。
日本人にはなじみの深いカキですが、 100年以上も謎に包まれていた「植物の性別」を決定する遺伝子がカキ属植物で最初に発見されたことから、カキ属植物は、作物の栽培や育種にとって非常に重要な「植物の性」の研究でも世界的に注目されています。本研究で解読された全ゲノム配列から、カキ属の性決定遺伝子「OGI」や「MeGI」は、カキ属の進化に特異な「全ゲノム倍化」によって生じたものであり、本来は性に関与していなかった遺伝子が進化の過程で、新しく性決定遺伝子に変化したことが明らかになりました。
本研究成果は、本来は両性花を着花する植物が、どのように性別を手に入れたのかを解明する手掛かりを与えるものです。また、本研究で得られた全ゲノム情報によって、「甘柿と渋柿の違い」といった、私たちにも身近なカキの性質へのゲノム研究からのアプローチも可能になります。
本研究成果は、2020年2月29日に、国際学術誌「PLOS Genetics」に掲載されました。
図:カキノキ科/カキ属特異的なゲノム・遺伝子倍化による性決定遺伝子の成立
書誌情報
【DOI】 https://doi.org/10.1371/journal.pgen.1008566
【KURENAIアクセスURL】 http://hdl.handle.net/2433/245870
Takashi Akagi, Kenta Shirasawa, Hideki Nagasaki, Hideki Hirakawa, Ryutaro Tao, Luca Comai, Isabelle M. Henry (2020). The persimmon genome reveals clues to the evolution of a lineage-specific sex determination system in plants. PLOS Genetics, 16(2):e1008566.
詳しい研究内容について
「柿」の全ゲノムを解読
―植物における「性の進化」のヒント―
概要
京都大学大学院農学研究科 田尾龍太郎 教授は、岡山大学大学院環境生命科学研究科 赤木剛士 准教授、カリフォルニア大学デービス校 Isabelle M. Henry 博士、かずさ DNA 研究所の共同研究者とともにカキの近縁野生種であるマメガキの全ゲノム配列を解読しました。日本人にはなじみの深いカキ 柿)ですが、 100 年以上も謎に包まれていた 植物の性別」を決定する遺伝子がカキ属植物で最初に発見されたことから、カキ属植物は、作物の栽培や育種にとって非常に重要な 植物の性」の研究でも世界的に注目されています。本研究で解読された全ゲノム配列から、カキ属の性決定遺伝子 OGI」や MeGI」は、カキ属の進化に特異な 全ゲノム倍化」によって生じたものであり、本来は性に関与していなかった遺伝子が進化の過程で、新しく性決定遺伝子に変化したことが明らかになりました。この発見は、本来は両性花を着花する植物が、どのように性別を手に入れたのかを解明する手掛かりを与えるものです。また、本研究で得られた全ゲノム情報によって、 甘
柿と渋柿の違い」といった、私たちにも身近なカキの性質へのゲノム研究からのアプローチも可能になります。
本研究成果は、2020 年 2 月 29 日に米国の科学雑誌 PLOS Genetics」に掲載されました。
図:カキノキ科/カキ属特異的なゲノム・遺伝子倍化による性決定遺伝子の成立
1. 背景
カキは、日本を代表する果樹作物の一つであり、近年は世界的に生産量が伸び続けています。しかし、その遺伝学的基盤は全くと言って良いほど整備されておらず、遺伝子情報やゲノム情報などのデータベースはありませんでした。一方、カキは 大量のタンニン 渋み物質)を蓄積する果実 いわゆる渋柿)」を始めとして、実用的にも科学的にも着目される多くの特徴があります。その一つとして、カキを含むカキ属は、植物では初めてとなる 性別の決定遺伝子」が発見された属であり、100 年以上続いている植物の性に関する研究において注目を集める研究材料でもありました。 性別」に由来する有性生殖は動植物を問わず、生物が種内の多様性を維持するために進化させてきた最も重要な仕組みの一つです。植物の性別決定遺伝子が発見されたのは近年のことであり、その進化過程は未だに多くの謎に包まれています。植物は種ごとに異なった性別決定の仕組みを作り上げており、 なぜ、そんなに多様な性決定を系統独立的に成立させることができたのか?」という根本的な問いに答える知見すら得られていませんでした。
2. 研究内容
今回の研究では、カキ 栽培ガキ Diospyros kaki)の二倍体野生種であるマメガキ Diospyros lotus)の全ゲノム情報を解読しました。この全ゲノム情報から、カキ属植物が進化の中で経験した 全ゲノム倍化」 注1)の痕跡を発見することができ、この Dd-α と名付けたゲノム倍化がカキ属またはカキノキ科植物に特異なものであることを解明しました 第 1 図)。興味深いことに、この Dd-α が起こった時期は他の植物種でも同様に系統特異的なゲノム倍化が起こった時期と一致しており、これは K-Pg 境界 注2)と呼ばれる、いわゆる 生物の最終大量絶滅期」と一致していました 第 1 図)。ゲノム倍化により遺伝子セットが増えることによって遺伝子の機能分化や新機能獲得が生じることが知られており、天体衝突による気候変動が引き起こしたと考えられているこの大量絶滅において、自ら移動することが出来ない植物では、ゲノム倍化によって 新しい特徴・性質」を手に入れたもののみが生存した可能性が考えられます。
カキノキ科に特異なゲノム倍化であるDd-αによって新機能を獲得した遺伝子群を同定するため、Dd-α に由来する遺伝子重複後に適応進化したと考えられるパターンを選抜した結果、カキ属の性決定遺伝子である MeGI 注3)が含まれていました。詳細な調査の結果、MeGIはDd-αによってSister of MeGIと名付けた遺伝子と分岐し、その後、正の選抜 注4)を受けて積極的な適応進化としてメス化機能を獲得したことが明らかになりました 第 2 図)。さらに、その後のカキ属特異的な遺伝子重複によって、現在の性染色体 Y 染色体)の核であるオス化決定遺伝子 OGI」 注3)が成立したことが示唆されました 第 2 図)。これらの結果は、本来は性決定へ関与しなかった遺伝子群が、カキ属特異的なゲノム倍化や遺伝子倍化によって、積極的に性決定機能を獲得するように進化したことを示すものでした。興味深いことに、 系統特異的なゲノム倍化が性の成立を積極的に駆動する」という進化メカニズムは、これまでに性決定遺伝子が同定されているキウイフルーツやアスパラガスにも当てはまり、植物に特徴的である 頻繁な系統特異的ゲノム倍化」という現象が、多様な性決定システムの成立に寄与している可能性が示されました。
3. 社会的意義
カキの全ゲノム情報が解読されたことにより、カキの品質にとって重要な形質について、遺伝学的解析・ ゲノム情報からのアプローチが可能になりました。私たちの研究グループではカキのゲノムデータベースを公開しており http://persimmon.kazusa.or.jp/index.html)、どなたでもカキの全ゲノム・全遺伝子情報にアクセスできるようになっています。今後は、このゲノム情報を基盤として、カキ果実の 渋み性」 形の多様性」 貯蔵性」などが明らかにされていくことが期待され、また、育種 品種改良)における遺伝子マーカーとしても利用されると思われます。
4. 研究資金
本研究は、JST さきがけ「 フィールドにおける植物の生命現象の制御に向けた次世代基盤技術の創出」領域における カキ属をモデルとした環境応答性の性表現多様化機構の解明 JPMJPR15Q1)、若手研究 (A) 「カキ果実の生育・ 成熟機構に関する全ゲノムワイドモデルの構築」 (26712005)、挑戦的萌芽研究 「カキ属のゲノム倍化に伴う重要形質多様化機構の解明」 (15K14654)、新学術領域 「植物新種誕生の原理」における 植物における性表現の揺らぎを成立させる進化機構」 (19H04862)、挑戦的研究 (開拓) 「作物科学研究へのパラダイムシフトを誘起するカキ属植物の研究加速化のための基盤形成」 (19H05539)の支援を受けて実施されました。
<補足・用語説明>
(注 1)全ゲノム倍化:遺伝情報全体を指す ゲノム」が 2 セット以上に増える現象。 倍数化」とも呼ばれる。全遺伝子が 2 セット以上に増えることから、遺伝子の機能分化や新機能獲得など、様々な遺伝情報の再編成が行われる。
(注 2)K-Pg 境界:中生代と新生代の境目に相当する大量絶滅期。メキシコ付近への隕石衝突による気候変動が原因で、恐竜や多くの植物が絶滅に追いやられたことが明らかにされている。
(注 3)MeGI/OGI: 植物で初めて同定されたカキ属植物の性決定遺伝子。OGIは Y 染色体上に座乗する非翻訳 small-RNA であり、MeGI mRNA を分解することでその作用を抑制する。MeGIは雄ずいの生育抑制と雌ずいの生育促進を担っている。
(注 4)正の選抜:特定の変異が生存に有利に作用し、優先的に選抜されて集団に固定される進化。
<論文タイトルと著者>
論 文 名:The persimmon genome reveals clues to the evolution of a lineage-specific sex determination system in plants
著 者:Takashi Akagi, Kenta Shirasawa, Hideki Nagasaki, Hideki Hirakawa, Ryutaro Tao, Luca Comai, Isabelle M. Henry
掲 載 紙:PLOS Genetics
D O I:https://doi.org/10.1371/journal.pgen.1008566
<参考図表>
第 1 図:カキと様々な植物における進化過程での全ゲノム倍化
全ゲノム倍化を〇で表示。多くの種 または属)で系統特異的な全ゲノム倍化が生じており、多くは6000-7000 万年前のK-Pg境界と呼ばれる 大量絶滅期」に起こっている。
第 2 図:カキノキ科/カキ属特異的なゲノム・遺伝子倍化による性決定遺伝子の成立
本来は性決定に関与しない遺伝子が、Dd-αによる倍化によって分岐し、片方が適応進化として積極的にメス化の機能を有するMeGIになった。さらに、その後の遺伝子倍化によって分岐が起こり、片方がオス化機能を獲得してOGIとなった。