霊長類において動機付け行動に関わる投射経路の機能を解明

ad
ad

「我慢して多くの報酬を得る」ための回路を同定

2020-10-20 京都大学,KU Leuven Medical School
INSERM,生理学研究所,Harvard Medical School,Massachusetts General Hospital,日本医療研究開発機構

研究成果のポイント

霊長類の腹側被蓋野(VTA)※1から側坐核(NAc)※2への投射経路は動機付けに基づく意思決定には関与するものの、強化学習には必ずしも重要ではないことを明らかにしました。

概要

VTAは辺縁系や大脳皮質へドーパミンを供給する脳部位として知られ、特にNAcへの投射経路は、動機付け行動や薬物依存などに関与する経路として注目されています。しかし、これまでは霊長類が経験に基づいて多様な選択肢から行動を決定していく過程で、この経路がどのように機能しているかは不明でした。

本研究では、2種類のウィルスベクターを組み合わせて特定の経路を一時的に遮断する方法を用いて、アカゲザルにおいてVTAからNAcへの経路を一時的に遮断し、その影響を調べました。その結果、

  1. 前頭葉※3と側頭葉※4を中心とする広汎な脳領域間の結合性が増強すること、
  2. 動機付け行動選択課題において「より我慢強く待ってより多くの報酬がもらうことを好む」行動特性が、「より短い待ち時間で少ない報酬を得る」ような傾向に変化すること、
  3. その一方で、報酬がより高い確率で得られるゴールを選択するという強化学習課題における学習速度には変化が見られないことが明らかになりました。

この結果は、VTAからNAcに至る経路が「努力によって多くの報酬を得る動機付け行動」に重要であるということを霊長類で明確に示した点で画期的です。また、この経路が霊長類において強化学習には重要ではないことを示したことは、従来のげっ歯類での研究を覆す結果です。

本研究成果は、2020年8月5日に国際学術誌「NEURON」のオンライン版に掲載されました。

研究の背景

腹側被蓋野(VTA)は辺縁系や大脳皮質へドーパミンを供給する脳部位として知られています。特に、側坐核(NAc)への投射経路は、動機付け行動や薬物依存などに関与する経路として注目されています。また、ドーパミン細胞の一過性の発火活動は、予測通りに報酬をもらえたか、もらえなかったかという「報酬予測誤差」の情報を有し、これが報酬を獲得できた行為をより強化する「強化学習」の成立に重要な教師信号になっているとされています。しかし、このような、VTAからNAcに至る経路が動機付け行動や強化学習に関与するという知見の多くは齧歯類において比較的単純な行動課題を用いて明らかにされたもので、霊長類が経験に基づいて多様な選択肢から行動を決定していく過程でどのように機能しているかはよくわかっていませんでした。

研究手法と成果

今回、伊佐正教授ら(現京都大学、元生理学研究所)は、ベルギーのルーバンカトリック大学のWim Vanduffel教授のグループ、そして生理学研究所ウィルスベクター開発室の小林憲太准教授と共同研究を行い、自らが開発した2種類のウィルスベクターを組み合わせて特定の経路を一時的に遮断する方法を用いて、アカゲザルにおいてVTAからNAcへの経路を一時的に遮断し、その影響を調べました(図1)。

図1:神経細胞の投射先から細胞体に運ばれる逆行性ベクター1を側坐核(NAc)に注入。そして細胞体に直接感染するベクター2を腹側被蓋野(VTA)に注入すると、VTAから側坐核に投射する細胞のみが2重に感染する。そして動物がドキシサイクリン(dox)を摂取しているときにだけ、rtTAV16配列がTRE配列に作用して破傷風毒素(eTeNT)が翻訳される。そしてeTeNTは2重感染した細胞の軸索末端に運ばれ、VAMP2を分解するため、シナプス伝達ができなくなる。このようにして特定経路を可逆的に遮断することができる(Kinoshita et al. Nature, 2012)。

その結果として、

1)VTAをseed(神経活動の追跡開始点)とする覚醒下の安静時MRI計測により、前頭葉と側頭葉を中心とする広汎な脳領域間の結合性が増強する(図2)

2)動機付け行動選択課題において「より我慢強く待ってより多くの報酬がもらうことを好む」行動特性が、「より短い待ち時間で少ない報酬を得る」ような傾向に変化する(図3)

3)一方で、報酬がより高い確率で得られるゴールを選択するという強化学習課題における学習速度には変化が見られない

ということが明らかになりました。

図2:VTAからNAcに投射する経路を選択的に遮断した際にVTAとの安静時活動の結合が高まる脳部位。特に前頭葉と側頭葉で顕著である。
図3:サルの動機付け行動選択課題。Aのようにサルには異なる色の2点が提示され、そのいずれかを眼の動きで選択する。B、Cに示すように、仮にオレンジ(A)や赤(B)を選んだ際には待ち時間は短いがもらえる報酬のジュースの量も少ない。一方。緑(E)や黄緑(D)を選ぶと、待ち時間は長いが、もらえるジュースの量も多い。D左はVTA-NAc経路を両側性に遮断したサルM40とM47の結果。dox投与前は緑を好んでいるが、dox投与開始後、オレンジや赤をより選択するようになる。一方、右のようにeTeNTを搭載していないベクターを投与した対照サル(M35)ではそのような効果は観察されなかった。

これらの結果のうち、1)については、興奮性と考えられているVTAからNAcという一つの経路を遮断することで、脳の広汎なネットワークに影響が出ること、そしてそれが予想に反して結合性を高める方向への変化を促したという点が極めて新しい知見です。一方で、ドーパミンが欠乏することで生じるパーキンソン病では脳の結合性が高まることが報告されており、それとは合致する結果とも言えます。

2)はVTAからNAcに至る経路が「努力によって多くの報酬を得る動機付け行動」に重要であるということを明確に示した点で画期的です。

3)は、この経路の強化学習への関与を完全に否定するものではありませんが、これまでのげっ歯類での研究を覆す結果です。霊長類が経験から確率的に判断して行動選択を行う場合には前頭葉も含めた別の経路がより重要なのかもしれません。

研究成果の意義、今後の展開

今回の研究成果は最新の神経回路操作技術(伊佐らが開発)と覚醒下の霊長類を対象とする高精度MRI計測技術(Vanduffel教授が開発)に、高度な認知行動課題を組み合わせることで、霊長類脳科学の新しい方向性を示すことに成功した画期的な脳科学研究であると言えます。

用語解説
※1 腹側被蓋野(VTA)
中脳の正中寄りの腹側にある領域で、多くのドーパミン作動性ニューロンが局在している。背側線条体に主として投射する黒質緻密部に対して、大脳皮質、辺縁系や腹側線条体に主として投射し、モチベーションや報酬系などの認知機能を制御するmeso-limbic dopamine systemを構成するとされている。
※2 側坐核(NAc)
線条体の腹側部を構成する領域で、モチベーションの制御や依存症の形成に関わるとされている。
※3 前頭葉
中心後より前の部位。霊長類、特にヒトにおいて顕著に拡大しており、判断、推論、理性、作業記憶、不要な行為の抑制、計算、注意の制御などの高次な行動実行系とされている。
※4 側頭葉
シルビウス裂より外腹側に位置し、視覚系における物体視の最上位中枢であり、カテゴリーの認知、顔や表情の認知、そして海馬との情動のやりとりにより、物体視の記憶なども担当する。
掲載論文
タイトル
Selective mesoaccumbal pathway inactivation affects motivation but not reinforcement-based learning in macaques.
(腹側被蓋野から側坐核への投射経路の選択的遮断は霊長類においては動機付けを阻害するが強化学習には影響を与えない)
著者
Pascaline Vancraeyenest, John T. Arsenault, Xiaolian Li, Qi Zhu, Kenta Kobayashi, Kaoru Isa, Tadashi Isa, Wim Vanduffel
掲載誌
Neuron, 2020. 108.
DOI
10.2139/ssrn.3532767
参考文献

Masaharu Kinoshita, Ryosuke Matsui, Shigeki Kato, Taku Hasegawa, Hironori Kasahara, Kaoru Isa, Akiya Watakabe, Tetsuo Yamamori, Yukio Nishimura, Bror Alstermark, Dai Watanabe, Kazuto Kobayashi, Tadashi Isa. Genetic dissection of the circuit for hand dexterity in primates. Nature. 2012 Jul 12;487(7406):235-8. doi: 10.1038/nature11206.

本研究の支援

本研究は日本医療研究開発機構戦略的国際脳科学研究推進プログラム、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業(CREST)、科学研究費国際共同研究強化(B)及び学術振興会二国間交流事業の支援を得て行われました。

お問い合わせ先

研究に関すること
伊佐正(いさただし)
高次脳科学講座 神経生物学分野 教授

AMED事業について
国立研究開発法人日本医療研究開発機構
疾患基礎研究事業部 疾患基礎研究課
戦略的国際脳科学研究推進プログラム

ad

生物化学工学
ad
ad
Follow
ad
タイトルとURLをコピーしました