新規神経保護剤「KUS121」の投与安全性と有効性を医師主導治験にてヒトで初めて確認

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治療薬を網膜中心動脈閉塞症患者へ

2020-03-03    京都大学

池田華子 医学部附属病院特定准教授、辻川明孝 医学研究科教授らの研究グループは、医師主導治験により、網膜中心動脈閉塞症に対して、本学で研究開発してきた化合物KUS121の投与安全性と視力改善効果を明らかにしました。

網膜中心動脈閉塞症は、目の血管が閉塞することによって重度の視力障害を引き起こす病気で、視力改善の標準的治療は存在しません。KUS121は、VCPという蛋白質のATPase活性に対する阻害剤として垣塚彰 生命科学研究科教授らが中心となって研究開発してきた、新規の細胞保護剤です。今回の治験は、KUS121を初めてヒト(患者)に投与する第1/2相試験であり、本治験で投与安全性と有効性が確認されました。

国内初の新規メカニズムによる神経保護剤として、今後の開発が期待されます。本疾患に対しては、検証的試験(第3相試験)を実施予定であり、さらに、緑内障をはじめとした他の眼科疾患への応用研究を進める予定です。

本研究成果は、2020年2月14日に、国際学術誌「PLOS ONE」のオンライン版に掲載されました。

新規神経保護剤「KUS121」の投与安全性と有効性を医師主導治験にてヒトで初めて確認

図:本研究の概要図

書誌情報

京都新聞(2月15日 26面)、産経新聞(2月18日 21面)、日本経済新聞(2月24日 9面)および毎日新聞(3月1日 19面)に掲載されました。

詳しい研究内容について

新規神経保護剤「KUS121」の投与安全性と有効性を 医師主導治験にてヒトで初めて確認
―治療薬を網膜中心動脈閉塞症患者へ―

概要
京都大学医学部附属病院 眼科 池田華子 特定准教授、同大学院医学研究科 眼科学 辻川明孝 教授らの研究グループは、医師主導治験により、網膜中心動脈閉塞症に対して、京都大学で研究開発してきた化合物 KUS121 の投与安全性と視力改善効果を明らかにしました。
網膜中心動脈閉塞症は、目の血管が閉塞することによって重度の視力障害を引き起こす病気で、視力改善の標準的治療は存在しません。KUS121 は、VCP という蛋白質の ATPase 活性に対する阻害剤として京都大学大学院生命科学研究科垣塚彰教授らが中心となって研究開発してきた、新規の細胞保護剤です。今回の治験は、
KUS121 を初めてヒト(患者)に投与する第 1/2 相試験であり、本治験で投与安全性と有効性が確認されました。国内初の新規メカニズムによる神経保護剤として、今後の開発が期待されます。本疾患に対しては、検証的試験( 第 3 相試験)を実施予定であり、さらに、緑内障をはじめとした他の眼科疾患への応用研究を進める予定です。
本成果は、2020 年 2 月 14 日に米国 open access 科学誌 PLOS ONE」のオンライン版に掲載されました。

1.背景
網膜中心動脈閉塞症は、網膜を灌流する唯一の血管である網膜中心動脈が閉塞することによって、急激に視力低下、視野( 見えている範囲)狭窄が起きる疾患です。いろいろな治療が試されていますが、これまで、発症後に視力を改善させる、標準的な治療法は存在しませんでした。
細胞内には、VCP( valosin-containing protein)という、ATP( アデノシン三リン酸)を加水分解する作用( ATPase)を持つタンパク質が多量に存在します。これまで本研究グループは、この APTase 活性を阻害する化合物である 「KUS( Kyoto University Substance)」の研究開発を行ってきました。KUS は、細胞内のエネルギーである ATP の減少を抑制し、様々な細胞の細胞死を抑制すること、緑内障や網膜変性、虚血性眼疾患のモデル動物に投与することで、網膜細胞の細胞死を抑制し、病気の進行を緩徐にすることが明らかになってきました。つまり、KUS は神経保護剤として様々な眼疾患に対する進行抑制治療薬となりうると考えられます。
この KUS の臨床応用に際し、より短期間で“神経保護作用”を検討するために、対象疾患を網膜中心動脈閉塞症に設定しました。また、KUS の中では、効果が強く、安全性の高い KUS121 を使用することにしました。そして、初めてヒトに投与する前に必要な、様々な安全性試験を実施し、治験の準備を進めてきました。

2.研究手法・成果
本医師主導治験、 「非動脈炎性網膜中心動脈閉塞症に対する KUS121 の 3 日間硝子体内投与による安全性および有効性に関する第 I / II 相試験」(iACT-15014, UMIN000023979)は、医学部附属病院の医薬品等臨床研究審査委員会(治験審査委員会)の承認後、2016 年 9 月に治験届けを提出し開始しました。
網膜中心動脈閉塞症を発症し、発症後48時間以内に京都大学病院眼科を受診された患者さんに対して、治験について説明を行った後、ご同意いただいた 9 名に、治験に参加していただきました。KUS121 を眼内に注射にて投与し、3 ヶ月間、視力や視野の状態に関して経過観察しました。
その結果、特に重篤な副作用( 薬を投与したことによる悪い影響)は認めませんでした。また、全ての例で、有意な視力改善を認めました。WHO は視力 0.05 未満を失明の定義としていますが、本治験においては最終視力が 0.05 以上、つまり”失明“を脱した症例は 9 例中 7 例(78%)でした。これまでの本研究グループや他のグループによる論文等での研究成果報告では、網膜中心動脈閉塞症の発症後に視力が改善する割合は 36~52%であり、およそ 70%で最終視力が 0.05 未満、つまり“失明“状態に陥っていました。したがって、本治験の結果は、KUS121 投与による視力改善効果を示唆するものです。

3.波及効果、今後の予定
今後、網膜動脈閉塞症に対しては、KUS の開発目的で設立されたベンチャー会社である、株式会社京都創薬研究所による企業治験として、検証試験( 第 3 相試験)が行われる予定です。KUS121 の視力改善効果が次の試験で検証されれば、網膜動脈閉塞症に対する視力改善薬として実際の医療現場で使用できる様になります。KUS121 は、網膜動脈閉塞症のみならず、現在治療法の無い網膜変性疾患や、緑内障など他の眼疾患においても、病気の進行を抑制する効果が期待されます。今回の治験では、KUS121 を目の中に直接注射にて投与していますが、慢性に進行する疾患では、目に頻回に注射を繰り返すことは現実的ではありません。従って、現在、目薬による治療が可能か、検討を進めています。

4.研究プロジェクトについて
本研究は、厚生労働省科学研究費難治性疾患等実用化研究事業、AMED 橋渡し研究戦略的推進プログラムの研究助成金、および、KUS の研究開発のために設立されたベンチャー企業である株式会社京都創薬研究所からの研究費を用いて実施されました。
また、本治験は、京都大学医学部附属病院臨床研究総合センター(iACT)の支援を受けて実施されています。

<用語解説>
1. 網膜中心動脈閉塞症:網膜の唯一の灌流血管である、網膜中心動脈が閉塞することによって発症する。脳梗塞と同様の病態であり、高血圧、糖尿病、心臓病などの全身の病気を合併することも多い。患者は、突然の視力低下、視野( 見えている範囲)の狭窄を自覚する。多くの場合、いったん低下した視力 視野は大きくは改善せず、重篤な視機能障害が永続する。急性期には、血栓を溶解する治療や眼圧を低下させる治療、血流を増加させる治療、高圧酸素療法などが試みられるものの、視力改善効果が確立された標準治療は存在しない。


図 :右眼は眼鏡での視力が 1.5 であるものの、左眼は目の前で手を動かしていることがわかる程度の視力に低下している。血管が細くなり、網膜が浮腫により白濁していることがわかる。

2. VCP (valosin-containing protein, バロシン含有蛋白質):体中のあらゆる細胞の中に豊富に存在する蛋白質。細胞中の ATP を加水分解する ATPase に属する。細胞内での異常蛋白質の分解 細胞周期 細胞死 細胞融合など、多岐にわたる働きを持つことが知られているが、本 KUS 剤はこれらの機能を抑制すること無く、VCP の ATPase 活性を特異的に抑制する。近年、骨パジェット病と前側頭葉型痴呆を伴う遺伝性封入体筋炎(IBMPFD)や一部の家族性筋委縮性側索硬化症(ALS)で、 ATPase 活性の上昇を伴う変異が、原因遺伝子として同定されている。また、神経変性疾患の神経細胞死 発症にかかわることが明らかになっている。

3. ATPase: 細胞内のエネルギー原の一つである ATP( アデノシン三リン酸)の、高エネルギーリン酸結合を加水分解する活性をもつ蛋白質の総称。食事で摂取したエネルギーは、ATP としてこれらの蛋白質で利用 消費される。

4. KUS( Kyoto University Substance):VCP の ATPase 活性を阻害する目的で我々が新規合成した低分子化合物。細胞保護活性を持つことが明らかになり、今回の対象疾患である、虚血性眼疾患モデル動物のみならず、網膜色素変性や緑内障のモデル動物においても、病気の進行遅延効果があることを確認している(2014、2016 年の記者レク)。

5. 医師主導治験: 製薬企業ではなく、医師自ら治験を企画 立案し、治験計画届を提出して実施する治験。

6. First in human 試験:被験薬を動物ではなくヒトに対して世界で初めて投与する試験。投与安全性や薬物動態などが調べられる。今回は、投与法が硝子体内投与であり、多少の侵襲性があるため、健常人ではなく患者対象に行っている。従って、被検薬の効果をも検討する、第 1/2 相試験として実施した。

<研究者のコメント>
 京都大学で研究開発を行ってきた、新しい神経保護剤を患者さんに投与し、その安全性と視力改善効果を確認することができました。治験に参加いただいた患者さんはもとより、多くの方々の協力のおかげであり、感謝しています。今後、網膜中心動脈閉塞症に対しては、治療薬となるよう、次相試験を予定しています。また、現在治療法のない、他の眼疾患の患者さんにも 1 日でも早く治療薬をお届けできるように、研究開発を続けていく予定です。

<論文タイトルと著者>

タイトル:Safety and effectiveness of a novel neuroprotectant, KUS121, in patients with non-arteritic central retinal artery occlusion: An open-label, non-randomized, first-in-humans, phase 1/2 trial
(新規神経保護剤 KUS121 の非動脈炎性網膜中心動脈閉塞症患者における投与安全性と有効性:オープンラベル、first in human、第 1/2 相臨床試験)
著 者:Hanako Ohashi Ikeda*, Yuki Muraoka, Masayuki Hata, Eriko Sumi, Takafumi Ikeda, Takayuki Nakagawa, Hiroyasu Abe, Harue Tada, Satoshi Morita, Akira Kakizuka, Nagahisa Yoshimura, Akitaka Tsujikawa
掲 載 誌:PLOS ONE the link to the article, which will go live upon publication:
https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0229068

医療・健康有機化学・薬学
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