舌で「おいしい」塩味を感じる仕組みが明らかに

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味蕾において塩味を受容する細胞とその情報変換の分子メカニズムを解明

2020-03-31 京都府立医科大学,科学技術振興機構

ポイント
  • 飽食の現代、塩分を摂り過ぎる傾向にあるが、食塩をおいしく感じる仕組みは謎だった。
  • マウスを用いた実験で、舌にある塩味を感じる細胞(塩味受容細胞)を同定し、さらに、この細胞で塩味の情報が変換され、脳へと伝えられる仕組みを分子レベルで解明した。
  • 将来、科学的知見に基づく効果的な減塩食品開発の加速が期待される。

京都府立医科大学 大学院医学研究科 細胞生理学の樽野 陽幸 教授らは、マウスを用いた実験により、舌の味蕾注1)と呼ばれる味覚注2)センサー器官の中の塩味を感じる細胞の同定に成功し、さらにこれらの細胞が塩味注3)の情報を変換して脳へと伝える仕組みを分子レベルで解明しました。

我々は食塩(塩化ナトリウム)をその「おいしさ」のせいで摂り過ぎてしまいます。塩の過剰摂取はさまざまな心血管疾患の引き金になる高血圧の最大のリスク因子であり、世界保健機関(WHO)をはじめ全世界で減塩が推奨されています。しかし、これまでは塩味を感じる仕組みが理解されていなかったために、経験的な減塩戦略に頼らざるを得ず、その効果は限定的でした。

今回樽野教授らは、マウスを用いた実験から、舌の味蕾で塩味を受容する細胞がENaC注4)とCALHM1/3チャネル注5)と呼ばれる分子を持つ細胞であることを突き止めました。さらに、食塩に含まれるナトリウムがENaCを介してこの細胞の中に流入すると活動電位と呼ばれる電気的インパルスが生じ、その結果CALHM1/3チャネルを通して神経伝達物質(ATP)が細胞外へと放出され、塩味情報を脳に伝達する神経を活性化させることを解明しました(図1)。

本研究成果により、食塩のおいしさの背景にある仕組みが細胞および分子のレベルで解明されました。今後、科学的な知見に基づいた減塩食品の開発研究が加速すると期待できます。

本研究は、2020年3月30日付け(米国東部時間)で米国科学雑誌「Neuron」に掲載されます。

本研究は、以下の研究費の支援を受けて行われました。

科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 さきがけ(JPMJPR1886)(樽野 陽幸)

日本学術振興会 科研費 基盤(B)19H03819(樽野 陽幸)

日本学術振興会 科研費 挑戦的研究(萌芽)16K15181(樽野 陽幸)

ソルト・サイエンス研究助成(18C2/19C2)(樽野 陽幸)

京都府公立大学法人 若手研究者・地域未来づくり支援事業(野村 憲吾)

<研究分野の背景とこれまでの研究の問題点>

我々の味覚を生み出しているのは、舌に備わっている味蕾と呼ばれる味覚センサー器官です。食塩の構成成分の1つであるナトリウムイオン(Na+)は、体液量および全身の細胞機能を維持するための必須栄養素であるため、口に含むと「おいしい」味として知覚されます。飽食の現代、このおいしさに起因する食塩摂取過多が多くの高血圧症患者を生み出しています。そのため、食事で摂取するNa+を減らす取り組み、つまり減塩によって国民の健康を守ることが予防医学上の喫緊の課題になっています。しかし、塩味を感じる科学的な仕組みが理解されていないため、これまでの減塩食品の開発戦略は経験的な知見に頼らざるを得ず、充分な効果が得られていませんでした。

味蕾における味覚受容メカニズムについては世界中で多くの研究がなされてきました。すでに、5基本味のうち、塩味以外の全ての味質の受容細胞、センサー分子、細胞内情報伝達系、そして神経伝達機構が明らかとなっています。しかし、塩味に関しては、Na+を検知するセンサー分子が上皮型ナトリウムチャネル(ENaC)であることが分かって以来、ENaCを発現する塩味受容細胞(塩味細胞)の正体は30年以上もの間不明のままでした。さらに、塩味細胞がどのようにして塩味情報を変換し神経に伝えているのかについても長年の謎でした。

<研究成果の要点>

塩味研究が遅れていた要因の1つは、細胞をNa+で刺激して細胞応答を測定するのが難しいことでした。これは、Na+が正常な細胞機能の維持にも必要なため、細胞外のNa+濃度を変えることができなかったためです。そこで樽野教授らは、あらかじめENaC阻害剤を作用させておいた細胞(=ENaCが抑制された状態)から、阻害剤を瞬時に除去するという手法を考案しました。これにより、Na+濃度を変えずにENaCだけを活性化させた時の細胞応答を記録できるようになりました。

次に樽野教授らは、ENaCを持つ細胞が緑色に光る遺伝子改変マウス(ENaCα-GCaMP3マウス)を作製しました。このマウスの味蕾には、緑色に光る細胞が見られます(図2A左下)。この中に塩味細胞があると予想されるので、緑色に光る味蕾細胞一つ一つを生きたまま採取して(図2A右下)、先述の方法を用いてENaCを活性化させた時の細胞応答を解析しました。その結果、ENaCを介したNa+流入が起こった時に応答を示す細胞の記録に成功しました(図2B)。この細胞のさらなる詳細な解析の結果、ENaCを持つ細胞集団の中でもCALHM1/3チャネルを持つ細胞だけが塩味細胞として機能することを突き止めました。

さらに、食塩を好む行動(嗜好性行動)や、舌と脳をつなぐ神経(味神経)の食塩に対する応答が、ENaCを欠損したマウスやCALHM1/3チャネルを欠損したマウスでは損なわれていました。このように、塩味受容に関与する分子、細胞の機能から個体の行動までを包括的に解析した結果、味蕾で塩味を作り出す細胞およびその塩味受容の仕組みを明らかにすることができました。

主なブレークスルーのポイントは以下の3点です。

(1)塩味細胞の同定

数ある味蕾細胞のうち、ENaCとCALHM1/3チャネルを同時に発現するという特徴を持った細胞集団が塩味の受容を担当する細胞、すなわち塩味細胞であることを突き止めました(図3)。

(2)塩味細胞の情報変換・神経伝達の分子メカニズムの解明

塩味細胞が食塩に応答して活性化する仕組みを以下のように明らかにしました。まずENaCを介して細胞内にNa+が流入すると、Na+はプラスの電荷を帯びているためそれによってNavチャネル注6)が活性化してさらなるNa+流入が起こります。このNavチャネルを介したNa+流入は塩味細胞に大きな電気的インパルス(活動電位)を発生させることになります。この活動電位に応答したCALHM1/3チャネルが神経伝達物質ATPを放出し、味神経(舌から脳へと味覚情報を伝える神経)を活性化させることで塩味を生じさせています(図3)。実際に、超解像顕微鏡で塩味細胞の微細な構造を観察すると、塩味細胞のうち味神経と接している部分(図3B、白矢印)にCALHM1/3チャネルが配置されていることが分かります。

(3)新たな塩味受容メカニズムの存在の発見

これまでは、ENaCだけが「おいしい」塩味を感じるためのセンサーであると考えられてきました。本研究でも、ENaCを欠損したマウスは低濃度の食塩に対しては嗜好性行動を示しませんでした。しかし予想に反して、高濃度の食塩(240ミリモーラー、480ミリモーラー)に対しては弱いながらもまだ嗜好性行動を示し(図4)、ENaC非依存的な塩味受容メカニズムの存在が新たに示唆されました。この食塩濃度は、ざる蕎麦のつゆや漬物の調味液と同程度といわれています。すなわちこの結果は、塩の「おいしさ」をつくる仕組みが多様であることも明らかにしており、我々人間の複雑な塩味感覚を科学的に説明するための糸口になると考えられます。

<今後の展開と社会へのアピールポイント>

食塩の過剰摂取は高血圧の最も大きなリスク因子で、高血圧はさまざまな心血管疾患の引き金となることが知られており、WHOをはじめ全世界で減塩が推奨されています。日本ではその固有の食文化が諸外国に比べて食塩の摂取量を押し上げており、日本人の平均塩分摂取量(9.9グラム)(厚生労働省平成29年国民健康・栄養調査)は日本高血圧学会の高血圧治療ガイドライン2014における減塩目標値(6グラム)あるいは2012年のWHOの一般向けのガイドラインにおける目標値(5グラム)を大きく上回っています。そのため、日本の高血圧性疾患の総患者数は993万人に上り(厚生労働省平成29年度患者調査)、合併する脳心血管障害も含めると年間医療費は1.8兆円(厚生労働省平成29年度国民医療費)に上ります。このように日本では減塩が特に重要な予防医学的課題となっています。現在は、カリウムでナトリウムを代用する、他の味付けで薄味をごまかす、といった方法が用いられています。しかしこれらの方法は、科学的知見に基づかない経験的な減塩戦略であり、効果が限定的なこともあって広く普及していません。本研究は食塩を「おいしく」感じる仕組みを世界で初めて細胞および分子のレベルで解き明かしたものです。将来、これらの細胞や分子を標的にした科学的かつ効果的な減塩食品の開発が加速され、「おいしい」減塩が実現することでさらなる健康長寿社会の実現につながるものと期待できます。

<参考図>

舌で「おいしい」塩味を感じる仕組みが明らかに

図1 明らかとなった「おいしい」塩味受容の細胞および分子メカニズム

図2 実験イメージ

図2 実験イメージ

(A)ENaCα-GCaMP3マウスから単離した緑色に光る味細胞

(B)ENaC阻害剤amilorideの急速除去によるENaC活性化と細胞応答(上:活動電位、下:Ca2+測光)

図3

図3

(A)塩味情報変換・神経伝達機構

(B)塩味細胞の蛍光染色超解像写真

図4 ENaC欠損マウスの塩味に対する嗜好性行動試験

図4 ENaC欠損マウスの塩味に対する嗜好性行動試験

<用語解説>
注1)味蕾(みらい)
舌にある味覚センサー器官で、約100個の細長い細胞(味細胞)が集まってできています。球根が土の中から芽を出すように、味細胞は舌の表面に細長い突起をのぞかせており、先端部分に味覚センサー分子があります。5基本味はそれぞれ固有の味覚センサー分子を持つ別々の味細胞で受容されます。味細胞は食物に含まれる物質で活性化されると興奮し、神経伝達物質を味神経へと放出することで味覚情報を脳へと伝達します。
注2)味覚
味蕾を構成する味細胞が食物に含まれる物質で刺激されて生じる感覚。味の質(味質)には少なくとも5種類(甘味、苦味、うま味、酸味、塩味)が知られ、基本味と呼ばれます。例えば糖質を知らせる甘味はおいしく、毒素を知らせる苦味はまずく感じるように、栄養素の摂取や危険物の忌避を担う味覚は生存に欠かせません。さらに味覚は食の喜びを介して我々の生活の質を高めます。一方、飽食の現代は「おいしさ」に起因する栄養素の摂取過剰による肥満や高血圧などの生活習慣病が社会問題になっています。
注3)塩味
主に食塩によって生じる味覚。同じ塩でもスープがおいしく海水がまずいように、厳密には塩味はおいしさの受容メカニズムとまずさの受容メカニズムの2つで構成されますが、簡易化のため本研究では「おいしい」塩味受容メカニズムから生じる味覚を塩味と呼んでいます。
注4)ENaC(上皮型ナトリウムチャネル)
細胞の内と外を隔てる膜(細胞膜)に埋め込まれたチャネルと呼ばれる分子の一種です。小さな孔(ポア)を持ち、この孔を通過して細胞外から細胞内にNa+を選択的に移動させます。ENaCα、β、γという3つの構成部品(サブユニット)によって作られます。塩味細胞では、Na+を細胞内に流入させて電気的シグナルを発生させます。
注5)CALHM1/3チャネル
ENaCと同様にチャネル分子の一種です。CALHM1/3チャネルの孔は細胞が活動電位と呼ばれる電気的インパルスを生じたときに開き、細胞内から外にATPを放出させます。CALHM1、CALHM3という2つのサブユニットで作られます。塩味細胞では、ATP放出を介して味神経ひいては脳に情報を伝達します。
注6)Navチャネル
ナトリウムチャネルの一種で、細胞膜の電位の上昇すなわち電気的なシグナルが発生したときに孔が一気に開いて、細胞外から細胞内にNa+を急激に移動させます。この時に生じる電気的インパルスを活動電位と呼びます。塩味細胞では、ENaCを介したNa+流入によって発生する電気的シグナルを活動電位に変換し、CALHM1/3チャネルの活性化へと橋渡しする役割を担います。
<論文タイトル>
“All-electrical Ca2+-independent signal transduction mediates attractive sodium taste in taste buds”
(味蕾において総電気仕掛けでCa2+非依存性のシグナル伝達が「おいしい」塩味をつくり出す)
著者名:野村 憲吾、中西 光歩、石館 文善、岩田 和実、樽野 陽幸(責任著者)
DOI:10.1016/j.neuron.2020.03.006
<お問い合わせ先>
<研究に関すること>

樽野 陽幸(タルノ アキユキ)
京都府立医科大学 大学院医学研究科 細胞生理学 教授

<JST事業に関すること>

川口 哲(カワグチ テツ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部 ライフイノベーショングループ

<報道担当>

京都府立医科大学 広報センター 企画・研究支援課

科学技術振興機構 広報課

医療・健康細胞遺伝子工学生物化学工学
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