臨床応用に向けて有望な細胞源として期待
2020-11-24 慶應義塾大学医学部,大日本住友製薬株式会社,日本医療研究開発機構
慶應義塾大学医学部整形外科学教室の鎌田泰裕(大学院医学研究科博士課程4年生)、同生理学教室の神山淳准教授らの研究グループは、大日本住友製薬株式会社再生・細胞医薬神戸センターの磯田美帆博士らとの共同研究で、臨床用ヒトiPS細胞(注1)から効率的にグリア細胞(オリゴデンドロサイト(注2)など)へ分化する臨床応用可能な誘導方法を開発し、脊髄損傷モデル動物の脊髄への投与により低下していた運動機能の改善を認めることを確認しました。
脊髄損傷に対する神経幹細胞(注3)移植による機能回復メカニズムの一つとして、移植細胞の再髄鞘化が重要であることが知られています。髄鞘は、神経細胞から伸びる軸索を覆うことで絶縁シートのように働き、脊髄内の非常に速い神経伝達を可能にしています。これまでもヒトiPS細胞由来の移植細胞による再髄鞘化の報告はありましたが、これまでの移植細胞はいずれも研究用のiPS細胞を使用したものであり、臨床用ヒトiPS細胞での分化誘導法の確立やモデル動物を用いた検証は報告されてきませんでした。脊髄損傷に対するヒトiPS細胞を用いた再生医療の実現が期待されていますが、今回、拒絶反応が起きにくいHLA型の組み合わせを持つヒトiPS細胞由来から作製した、グリア細胞に分化しやすい神経幹細胞移植により明らかな運動機能改善効果が得られたことから、本成果は基礎から臨床をシームレスなものにし、臨床応用に向けて強力な後押しとなることが期待されます。
本研究結果は2020年11月23日(米国東部時間)に『STEM CELLS Translational Medicine』オンライン版に公開されました。
研究の背景と概要
脊髄を損傷すると、損傷部より下の知覚・運動・自律神経系が麻痺します。日本では毎年約5,000人が新規に受傷しており、国内には約10万人以上の脊髄損傷の患者がいると言われていますが、未だ確固たる治療法は確立されていないのが現状です。しかし神経科学の急激な進歩により、損傷後でも神経幹細胞を移植することで、再生が不可能と長らく信じられていた脊髄が、修復・再生することが明らかになってきました。脊髄損傷に対する、神経幹細胞移植による機能回復のメカニズムとしていくつかの機序が報告されていますが、近年、基礎研究の分野では、移植細胞由来のオリゴデンドロサイトによる、脱髄(注4)軸索の再髄鞘化の重要性が着目されてきました。オリゴデンドロサイトなどのグリア細胞へ効率的に分化を促進する誘導法はこれまでも報告されてきましたが、その報告はいずれも基礎研究用に作製されたiPS細胞からの誘導法であり、臨床に用いることは不可能でした。そこで本研究では京都大学iPS細胞研究所(CiRA)で作製された臨床用iPS細胞からグリア細胞指向性神経幹細胞(Neural Stem/Progenitor Cells(NS/PCs) with gliogenic competence from clinically relevant feeder-free human iPSCs:以下、ffiPSC-gNS/PCs)への臨床応用可能な誘導法を開発し、脊髄損傷モデルマウスにffiPSC-gNS/PCsの移植を行うことでその安全性及び有効性を検証しました(下図)。
図 本研究の概略図
研究の成果と意義・今後の展開
- (1)作製された細胞は免疫染色、遺伝子発現解析でグリア細胞分化指向性が高いことを確認
- 本研究で開発した新規誘導法を用いて作製された神経幹細胞では、未分化な細胞がグリア細胞へと分化する際に必須であるとされるNFIAやOLIG2と呼ばれる転写因子が高発現していることを免疫染色により確認しました。さらに、遺伝子発現解析でも同様にグリア細胞に関連した遺伝子が発現上昇していることを確認しました。
- (2)移植した細胞は多くがオリゴデンドロサイトに分化し、再髄鞘化を確認
- 移植したffiPSC-gNS/PCsは移植後12週のマウスの損傷脊髄内において、ニューロン、アストロサイト、成熟オリゴデンドロサイトに分化していました。また電子顕微鏡では、移植細胞由来オリゴデンドロサイトからなる残存軸索に対する再髄鞘化を多数確認しました。
- (3)細胞移植したマウスで、脊髄損傷により低下した運動機能が改善
- 脊髄損傷後にffiPSC-gNS/PCsを移植したマウスと、リン酸緩衝食塩水のみを注入したマウスで後肢運動機能評価を行った結果、細胞移植したマウスで明らかな運動機能の改善が認められました。さらに、回転するロッド上での歩行可能時間と平地歩行時での歩幅でも改善を認めました。また、ffiPSC-gNS/PCsを移植したマウスでは、後肢の股関節、膝関節、足関節がよりスムーズに運動していることがわかりました。
特記事項
本研究は主に、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)再生医療実現拠点ネットワークプログラム(技術開発個別課題)「iPS細胞由来神経前駆細胞を『高品質化』する手法の開発」の支援を受けて実施されました。
論文
- 英文タイトル
- A robust culture system to generate neural progenitors with gliogenic competence from clinically relevant induced pluripotent stem cells for treatment of spinal cord injury
- タイトル和訳
- 臨床用iPS細胞由来グリア指向性神経幹細胞の頑健的誘導法
- 著者名
- 鎌田泰裕、磯田美帆、佐野坂司、柴田玲生、伊藤修平、大久保寿樹、篠崎宗久、井上満博、古家育子、芝田晋介、進藤知子、松本守雄、中村雅也、岡野栄之、名越慈人、神山淳*(* Corresponding authors)
- 掲載誌
- 『STEM CELLS Translational Medicine』オンライン版
- DOI
- 10.1002/sctm.20-0269
用語解説
- (注1)臨床用ヒトiPS細胞
- 京都大学iPS細胞研究所で作製されたiPS細胞。製造過程で動物由来成分は含まれておらず、また拒絶反応が起きにくいHLA型の組み合わせ(HLAホモ接合体)を持つ健康なボランティアの方から作製されている。京都大学iPS細胞研究所において臨床用iPS細胞としての品質検査項目を満たした細胞である。
- (注2)オリゴデンドロサイト
- 中枢神経内に存在するグリア細胞の1つで、細い神経の周囲を取り囲む髄鞘と呼ばれる脂質の層を形成し、神経の信号が伝わる速度を早める機能を持つ。
- (注3)神経幹細胞
- 未分化な状態を保ったまま増殖することができる自己複製能と、中枢神経系を構成するニューロン、アストロサイト、オリゴデンドロサイトの3種類の細胞に分化することができる多分化能を併せ持つ細胞。
- (注4)脱髄
- 中枢神経系では神経細胞はオリゴデンドロサイトからなる髄鞘という構造を有し、神経伝達を効率的に行っている。しかし、一度形成された髄鞘が何らかの原因により破壊されることで、軸索が剥き出しの状態になる。これにより神経伝導速度が遅くなり、さまざまな神経症状があらわれる。
お問い合わせ先
本発表資料のお問い合わせ先
慶應義塾大学医学部生理学教室 准教授
神山淳(こうやまじゅん)
大日本住友製薬株式会社 コーポレートコミュニケーション部
本リリースの配信元
慶應義塾大学 信濃町キャンパス総務課 山崎・飯塚
大日本住友製薬株式会社 コーポレートコミュニケーション部
AMED事業に関するお問い合わせ先
国立研究開発法人日本医療研究開発機構
再生・細胞医療・遺伝子治療事業部 再生医療研究開発課