渡りのスケジュールは台風次第 ~エリグロアジサシのバイオロギング研究

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2021-01-28 国立極地研究所

国立極地研究所、山階鳥類研究所などの研究グループは、渡り鳥の一種である「エリグロアジサシ」(注1)の営巣地から越冬地への「渡り」の位置情報データの収集に成功しました。エリグロアジサシは、台風が多い年には出発時期を早めたり、ルートを調整したりすることで、台風の少ない年と同じ季節に越冬地へ到着していました。この成果は、学術誌Marine Biologyに掲載されました。

近年、熱帯地域全体で台風の頻度と強度が増加しており、このような変化は熱帯海洋生態系特に、渡り鳥の「渡り」に対して大きく影響することが予想されています。しかし、その実態は把握されていません。そこで、国立極地研究所のJean-Baptiste Thiebot特任研究員らのグループは、台風が海鳥の渡りへ与える影響を調べることを目的に、台風の多いフィリピン海を渡るエリグロアジサシにジオロケーションロガー(位置情報記録計)を取り付けて、7年以上にわたる調査を行いました。

図1:ロガーをつけたエリグロアジサシ。提供:尾崎清明氏(山階鳥類研究所)

図2:エリグロアジサシの渡りのルート(グレー色の部分)。三角のマークの場所が沖縄。
提供:Jean‑Baptiste Thiebot (NIPR)

研究グループは、2012年と2017年、渡りの出発地である沖縄で、37羽のエリグロアジサシにロガーを取り付けました。翌年以降に6羽からロガーを回収し、2012年から2017年の延べ9シーズン分の移動データの取得に成功しました。

解析の結果、8月にフィリピン海を台風が多く通過した2012年から2014年にかけてと、台風の通過が少なかった2017年では、エリグロアジサシの渡りのスケジュールが大きく異なっていることが明らかとなりました。

2012年から2014年には、エリグロアジサシは、8月、台風がフィリピン海を通り過ぎた数日後に、中継地を目指して沖縄を出発していました(図3)。一方で、8月に強い台風が通過しなかった2017年には、2012年~2014年に比べて23.8日遅く沖縄を出発していました。そしてその代わりに、中継地での滞在を経ないか、中継地ではごく短時間の滞在となっていました。このような行動の変化により、出発日が異なるにもかかわらず、2012年~14年、2017年ともに、越冬地には、10月1日の前後約1週間のあいだに到着していました。

図3:渡り鳥の位置と台風の経路の一例。台風11号の経路を塗りつぶした丸と赤線で、エリグロアジサシの経路を白抜き色線の丸で示す。同じ色は同じ日を表しており、三角のマークが営巣地の沖縄。フィリピン海を台風が通り過ぎてから、エリグロアジサシが移動を開始しているのが分かる。
提供: Jean‑Baptiste Thiebot (NIPR)

「台風の発生状況に応じて、エリグロアジサシが移動のタイミングや経路を調整しているように見えますが、おそらく、台風によって海水の表面と深い部分が混ざり、餌となる魚が取りづらくなるという環境に対応しているのだと思います」とThiebot特任研究員は述べています。また、台風によって発生するインフラサウンド(人間には聞き取れない超低周波領域の音)などの環境因子をエリグロアジサシが感知し、それに反応することで、結果的に渡りの時期や経路が調整されている可能性もあると考えられ、研究グループはこの仮説を検証するため、営巣地でのインフラサウンドの測定を計画しています。Thiebot特任研究員は「台風活動の変化に対して、エリグロアジサシの渡りがどんな影響を受けるのか、理解をさらに進めたい」と語っています。

注1:エリグロアジサシ
太平洋やインド洋に広く分布し、日本では沖縄を含む南西諸島で見られる。赤道付近で子育てをするエリグロアジサシは渡りをしないが、沖縄で見られるエリグロアジサシは、子育て後の8月から9月にかけて沖縄を出発し、フィリピン海を渡って、インドネシア周辺(カリマンタン島、スラウェシ島)に到着して冬を越す。国内の生息数は減少しており、環境省のレッドリストで絶滅危惧Ⅱ種(絶滅の危険が増大している種)に指定されている。

発表論文

掲載誌:Marine Biology
タイトル:Migration of black-naped terns in contrasted cyclonic conditions

著者:
Jean-Baptiste Thiebot (国立極地研究所 生物圏研究グループ 特任研究員)
仲村 昇(山階鳥類研究所 保全研究室(鳥類標識センター)研究員)
渡久地 豊(工房リュウキュウロビン)
富田 直樹(山階鳥類研究所 保全研究室(鳥類標識センター)研究員)
尾崎 清明(山階鳥類研究所 副所長)
DOI:10.1007/s00227-020-03691-0
URL:https://link.springer.com/article/10.1007/s00227-020-03691-0
公開日:2020年5月30日

研究サポート

この研究は環境省のモニタリングサイト1000プロジェクトのサポートを受けました。また、サントリー世界愛鳥基金(2017-19)、山階鳥類研究所鳥類標識センター(2012)の助成を受けました。

生物環境工学
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