植物病原菌の宿主を決める因子の発見~土壌病害に対する新たな防除法開発に期待~

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2021-06-09 理化学研究所,東京農工大学

理化学研究所(理研)環境資源科学研究センター植物免疫研究グループの鮎川侑訪問研究員、浅井秀太上級研究員(研究当時、科学技術振興機構さきがけ研究者)、白須賢グループディレクター、東京農工大学大学院農学研究院生物制御科学部門の有江力教授らの国際共同研究グループは、土壌病原菌フザリウム(Fusarium oxysporum)から、宿主を決める因子を発見しました。

本研究成果は、安定的な作物生産に向けた土壌病害[1]防除に貢献することが期待できます。

病原微生物は全ての農作物に発病するわけではなく、病原微生物の種や株ごとに感染する植物が異なります。例えば、世界中の作物生産に深刻な被害を与えているフザリウムは、100種以上の植物に対して萎(しお)れ症状を引き起こしますが、菌株によって宿主となる植物が異なります。

今回、国際共同研究グループは、フザリウムの比較ゲノム解析を通して、モデル植物シロイヌナズナに感染するキャベツ萎黄病[2]菌から、宿主決定に必要な二つの遺伝子(SIX8とPSE1)を特定しました。これらの遺伝子は病原性に必要なCD染色体[3]の塩基配列上に隣接して座乗し、ペアで働くことでシロイヌナズナに特有の抗菌物質を介した免疫の抑制に関与することが示唆されました。

本研究は、科学雑誌『Communications Biology』オンライン版(6月9日付:日本時間6月9日)に掲載されます。

土壌病原菌フザリウムの宿主決定に必要な二つの遺伝子(SIX8とPSE1)を特定

背景

農業現場においては、植物病原微生物のために安定的な作物生産が脅かされ、多額の経済的損失が生じています。しかし、病原微生物は全ての農作物に発病するわけではなく、病原微生物の種や株ごとに感染する植物が異なります。

例えば、世界中の作物生産に深刻な被害を与えている土壌病原菌フザリウム(Fusarium oxysporum)は、100種以上の植物に対して萎(しお)れ症状を引き起こしますが、菌株によって宿主となる植物が異なります。このうちバナナに感染する菌株(バナナパナマ病菌)は、食卓からバナナが消える恐れがあるほどアジアで広がり、近年では、中南米でも猛威を振るっていますが、トマトやキャベツなどに病気を引き起こすことはありません。

このような明確な宿主範囲の違いは古くから知られているにもかかわらず、フザリウムの宿主を決める因子は特定されていませんでした。そこで、国際共同研究グループはフザリウムの宿主を決める遺伝子の同定を試みました。

研究手法と成果

国際共同研究グループは、まずモデル植物シロイヌナズナやキャベツに感染するフザリウムの菌株(キャベツ萎黄病菌)の全ゲノム解析および、ゲノム情報が既知のトマトに感染する菌株(トマト萎凋病[4]菌)との比較ゲノム解析[5]を行い、キャベツ萎黄病菌に特有のゲノム塩基配列で構成される染色体を複数本特定しました(図1A)。

これまでにトマト萎凋病菌から、培地上での生育に関与せず、宿主のトマトへの病原性に必要な染色体(CD染色体)が特定されています。CD染色体は生育には必須でないため、CD染色体を失った菌株は培地上で培養できますが、病原性は失われます。そこで、キャベツ萎黄病菌に特有の染色体がCD染色体であるか調査するため、キャベツ萎黄病菌において、染色体異常[6]を誘導する変異処理を通して、染色体喪失株を人為的に作出しました。染色体喪失株のゲノム解析の結果、変異株ごとに染色体の喪失パターンが異なること、ならびに喪失が確認された染色体は全てキャベツ萎黄病菌に特有な染色体であることが明らかになりました。

これらの変異株の病原性を調査したところ、シロイヌナズナへの病原性だけを喪失した変異株(変異株1)、シロイヌナズナおよびキャベツ双方への病原性を喪失した変異株(変異株2)が認められました(図1B)。病原性の変化と染色体喪失パターンを照らし合わせることで、シロイヌナズナへの病原性に必要なCD染色体1(SC10、SC20)およびキャベツへの病原性に必要なCD染色体2(SC08)を特定しました(図1)。

キャベツ萎黄病菌のCD染色体の特定の図

図1 キャベツ萎黄病菌のCD染色体の特定

a)トマト萎凋(いちょう)病菌とキャベツ萎黄病菌の比較ゲノム解析によって、キャベツ萎黄病菌に特有の染色体を特定できた。赤色が変異株において、喪失が確認された染色体である。

b)CD染色体1(SC10、SC20)を失った変異株はシロイヌナズナに対する病原性が低下し、CD染色体1および2(SC08)を失った変異株はシロイヌナズナおよびキャベツ双方への病原性が低下した。


シロイヌナズナやキャベツなどのアブラナ科植物は、アミノ酸であるトリプトファン由来の生体防御物質を生合成することが知られています。そこで、キャベツ萎黄病菌のCD染色体がトリプトファン由来の生体防御物質を介したシロイヌナズナの免疫を抑制するか確認するために、トリプトファン由来の二次代謝産物[7]の生合成変異シロイヌナズナ(cyp79b2/cyp79b3二重変異体)に対するCD染色体1喪失株(変異株1)の病原性を調査しました。その結果、変異株1は、シロイヌナズナの野生型には病原性を示さないのに対して、cyp79b2/cyp79b3二重変異体に対しては病原性を示しました(図2)。

トリプトファン由来の生体防御物質は多様性に富んでおり、アブラナ科植物間でも生合成される抗菌物質は異なります。例えば、トリプトファン由来の抗菌物質であるカマレキシン[8]はシロイヌナズナで生合成されますが、キャベツでは生合成されません。そこで、カマレキシン生合成変異シロイヌナズナ(pad3変異体)とカマレキシン以外の一部のトリプトファン由来生体防御物質の生合成変異体(pen2変異体およびcyp82c2変異体)に対する病原性を調べたところ、変異株1はpad3変異体に対して病原性を示すことが分かりました(図2)。このことから、CD染色体1はシロイヌナズナ特有の抗菌物質を介する免疫の抑制に関与することが示されました。

トリプトファン由来の生体防御物質に依存する免疫の抑制に関与するCD染色体1の図

図2 トリプトファン由来の生体防御物質に依存する免疫の抑制に関与するCD染色体1

CD染色体1喪失株はシロイヌナズナ野生型に対する病原性が低下するが、トリプトファン由来の二次代謝産物の生合成変異シロイヌナズナ(cyp79b2/cyp79b3二重変異体)に対して高い病原性を示した。トリプトファン由来の抗菌物質であるカマレキシンの生合成変異体(pad3変異体)に対しては中程度の病原性を示し、その他の抗菌物質変異体(pen2変異体およびcyp82c2変異体)に対する病原性は低下したままであった。


次に、キャベツ萎黄病菌のCD染色体1から、シロイヌナズナ特有の免疫機構の抑制に関与する病原性遺伝子を特定するために、シロイヌナズナ感染時の遺伝子発現パターンを調べました。その結果、CD染色体1の塩基配列上で隣り合って座乗する二つの遺伝子(SIX8およびPSE1)が、シロイヌナズナ感染時に強く発現誘導されることを見いだしました(図3A)。

そこで、この二つの遺伝子を含むゲノム領域(SIX8-PSE1)をキャベツ萎黄病菌CD染色体1喪失株(変異株1)に導入したところ、シロイヌナズナへの病原性が復帰しました(図3C)。一方、SIX8単独、PSE1単独で導入した変異株1形質転換株においては、病原性の復帰が観察されませんでした。このことから、SIX8とPSE1は一緒に(ペア遺伝子として)機能することで、シロイヌナズナ特有の抗菌物質を介する免疫の抑制に関与すると考えられました。

次に、SIX8とPSE1が他のフザリウム菌株にも保存されているか調査したところ、シロイヌナズナに感染できる菌株、例えばストック萎凋病菌には、SIX8とPSE1それぞれ相同性の高い遺伝子が保存されていることが分かりました(図3A)。一方で、シロイヌナズナに感染しないトマト萎凋病菌は、SIX8相同遺伝子[9]の近傍に、キャベツ萎黄病菌PSE1と比較して、10個のアミノ酸の挿入が見られるPSE1類似遺伝子(PSL1)が見いだされました。(図3B)。また、バナナパナマ病菌ではSIX8相同遺伝子のみが保存されており、ウリ科植物に感染する菌株などでは、SIX8とPSE1どちらの遺伝子も保存されていませんでした(図3B)。

続いて、上記SIX8-PSE1相同遺伝子がシロイヌナズナへの病原性に関与するか調査するために、キャベツ萎黄病菌CD染色体1喪失株(変異株1)に相同遺伝子を導入しました。その結果、ストック萎凋病菌由来の相同遺伝子を導入した株では、シロイヌナズナへの病原性が復帰しましたが、トマト萎凋病菌由来の相同遺伝子を導入した株では、病原性が復帰しませんでした(図3C)。これらの結果から、SIX8-PSE1ペア遺伝子がシロイヌナズナに感染する菌株間で、遺伝的かつ機能的に保存されている可能性が示されました。

また、以上のことから、キャベツ萎黄病菌はSIX8-PSE1ペア遺伝子によって、シロイヌナズナ特有の免疫機構を抑制し、感染を成立させていると考えられます。

CD染色体1に座乗する二つの病原性遺伝子の遺伝的および機能的な保存性の図

図3 CD染色体1に座乗する二つの病原性遺伝子の遺伝的および機能的な保存性

a)シロイヌナズナに感染する菌株(キャベツ萎黄病菌、ストック萎凋病菌)間では、SIX8-PSE1遺伝子領域は保存されていた。

b)シロイヌナズナに感染しない菌株間では、SIX8-PSE1遺伝子領域に変異が存在(トマト萎凋病菌)、またはSIX8-PSE1遺伝子領域が保存されていない(バナナパナマ病菌、ウリ科病原菌株など)。トマト萎凋病菌の赤色の部分は、キャベツ萎黄病菌PSE1と比較して挿入が確認された10個のアミノ酸を示す。

b)キャベツ萎黄病菌およびストック萎凋病菌由来のSIX8-PSE1遺伝子領域の導入によって、CD染色体1喪失株の病原性が復帰したが、トマト萎凋病菌由来のSIX8-PSL1遺伝子領域の導入では復帰しなかった。

今後の期待

本研究により、「CD染色体に座乗する遺伝子が宿主特有の免疫機構を抑制することで、感染を成立させている」というフザリウムの宿主決定の一端を明らかにしました。本研究成果は、土壌に潜む病原性フザリウム菌株の特定など土壌の病害診断技術の開発や、フザリウムが標的とする宿主免疫機構を改変した作物の育種など、新たな病害防除法の開発に貢献することが期待できます。

また、今回の研究は、国際連合が2016年に定めた17項目の「持続可能な開発目標(SDGs) [10]」のうち「2. 飢餓をゼロに」に大きく貢献すると期待されます。

補足説明

1.土壌病害
土壌中に生息する病原体によって引き起こされる植物の病気。土壌中に普遍的に存在するフザリウム(Fusarium oxysporum)は土壌病原菌の代表格とされており、植物の根から感染し、萎れ症状や、根腐れ症状などを引き起こす。土壌病害は一般的に防除が難しいとされる。

2.萎黄病
フザリウム(Fusarium oxysporum)に起因する病徴は、最終的には株全体の萎凋症状(萎れ症状)を共通的に示す。作物や特徴的な病徴によって病名(和名)が異なり、アブラナ科作物では、葉の黄化に由来して萎黄病と呼ばれる。

3.CD染色体
生育や生命活動に必須でなく、その保持/不保持が病原性などの二次的機能決定に関わる染色体。CD染色体を失った菌株では、生育・生存には影響が見られないが、病原性の喪失や低下が見られる。CDはconditionally dispensableの略。

4.萎凋病
トマトにおけるフザリウム(Fusarium oxysporum)による病徴は、全身的な萎凋症状(萎れ症状)を示すため、萎凋病と呼ばれる。

5.比較ゲノム解析
生物の設計図とされるゲノム(全塩基配列や核型など)を異なる生物間(種間や個体間など)で比較する解析手法。ここでは、宿主が異なるフザリウムの菌株間で全塩基配列の比較解析を行い、各菌株に特有の塩基配列を特定した。

6.染色体異常
染色体数や染色体構造が変化すること。ここでは、核分裂阻害剤を使用し、CD染色体が正常に分配されず、喪失した細胞を選抜した。

7.二次代謝産物
発生や生殖などの生命現象に直接関与しない物質を生合成する化学反応を二次代謝といい、それによりできた有機化合物を二次代謝産物と呼ぶ。

8.カマレキシン
シロイヌナズナなどの一部のアブラナ科植物から生合成される抗菌物質。主に、病原体を認識した後に生合成され、病原体の感染を防ぐ。

9.相同遺伝子
共通の祖先に由来し、同じ構造・機能を持つ遺伝子。

10.持続可能な開発目標(SDGs)
2015年9月の国連サミットで採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」にて記載された2016年から2030年までの国際目標。持続可能な世界を実現するための17のゴールから構成され、地球上の誰一人として取り残さないことを誓っている。SDGsは発展途上国のみならず、先進国自身が取り組むユニバーサル(普遍的)なものであり、日本も積極的に取り組んでいる(外務省のホームページから一部改変して転載)。SDGs はsustainable development goalsの略。

国際共同研究グループ

理化学研究所
環境資源科学研究センター 植物免疫研究グループ
訪問研究員 鮎川 侑(あゆかわ ゆう)
(日本学術振興会(JSPS) 特別研究員PD)
上級研究員 浅井 秀太(あさい しゅうた)
(研究当時、科学技術振興機構(JST) さきがけ研究者)
グループディレクター 白須 賢(しらす けん)
(環境資源科学研究センター 副センター長)
専任研究員(研究当時) パメラ ガン(Pamela Gan)
特別研究員(研究当時) 津島 綾子(つしま あやこ)
テクニカルスタッフⅡ 柴田 ありさ(しばた ありさ)
バイオリソース研究センター 植物-微生物共生研究開発チーム
チームリーダー 市橋 泰範(いちはし やすのり)

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