魚類はエネルギー最効率化のため生育環境に応じて呼吸代謝特性を調整する

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2021-02-10 東京大学大気海洋研究所

発表のポイント

◆日本周辺に分布するマサバ稚魚~未成魚の遊泳及び呼吸代謝を様々な水温で測定し、以前に発表したカリフォルニア海域のマサバの呼吸代謝データベースと統合した。
◆北西太平洋系群(日本周辺)は北東太平洋系群(カリフォルニア海域)と比べて、呼吸代謝に伴う酸素消費量の体重および水温依存性が低く、高水温でも酸素消費量を抑える能力が高いことが示された。
◆マサバの系群間の呼吸代謝特性の違いから、魚類は水温環境に応じて呼吸代謝に伴うエネルギー消費を最小限に抑え、長距離の回遊を可能としていることを仮説として提案した。

発表者

郭  晨穎(東京大学大学院農学生命科学研究科/大気海洋研究所・博士課程3年生)
伊藤 進一(東京大学大気海洋研究所・教授)
米田 道夫(国立研究開発法人 水産・研究教育機構 水産技術研究所・主任研究員)
北野  載(国立研究開発法人 水産・研究教育機構 開発調査センター・研究員)
金子  仁(国立研究開発法人 海洋研究開発機構 地球環境部門 むつ研究所)
中村 政裕(国立研究開発法人 水産・研究教育機構 水産技術研究所・研究員)
北川 貴士(東京大学大気海洋研究所 附属国際沿岸海洋研究センター・准教授)

発表概要

魚類は、自律的な体温調節をできない外温動物である。外温動物の生物的特性が、緯度方向の環境変化に伴い変化することがこれまでも報告されていたが、その緯度変化が日長によるものなのか、生息温度によるものなのか半世紀に渡り議論が続いている。

東京大学大気海洋研究所、国立研究開発法人水産研究・教育機構、国立研究開発法人海洋研究開発機構、米国南西漁業科学センターからなる研究チームは、太平洋沿岸地域に広く分布するマサバ(Scomber japonious)に注目し、日本周辺に分布する北西太平洋系群の遊泳能力、呼吸代謝特性を複数水温で測定し、カリフォルニア周辺に分布する北東太平洋系群と比較した。両系群において、最大持続遊泳速度(注1)や最適持続遊泳速度(注2)には有意な差がないのに対し、呼吸代謝に伴う酸素消費量に関しては、北西太平洋系群がより低い体重および水温依存性を持っており、高水温においても酸素消費量を抑える能力が高いことが示された。両系群の回遊経路上の経験水温を用いて呼吸代謝に伴う消費エネルギーを計算した結果、北西太平洋系群が高水温を経験するにもかかわらず、成魚になるまでの積算消費エネルギーには両系群で明瞭な差がなかった。同じ緯度帯で日長変化が類似しているにもかかわらず、種内での経験水温が東西で異なる(西側は黒潮で温暖、東側は沿岸湧昇(注3)で寒冷)生息環境を経験している例は海洋生物特有の条件であり、魚類は水温環境に応じて呼吸代謝に伴うエネルギー消費を最小限に抑え、長距離の回遊を可能としていることを仮説として提案した。

発表内容

自律的な体温を調節できない外温動物について、体サイズ、成長速度などに緯度変化があることが報告されており、成長期間を規定する日長による影響なのか、呼吸代謝を規定する生息温度による影響なのか、半世紀に渡り議論が続いている。これは、日長、生息温度そしてその他の環境条件も緯度によって変化するため、環境要因の分離が難しいことが大きな原因の一つであった。しかし、海洋の場合、風系の影響のため、大洋を挟み、中緯度の西側に暖流が、東側に冷たい沿岸湧昇が存在し、同じ緯度帯で日長が類似していても水温環境が大きく異なる状況が維持されている。両海域に跨って生息する代表的な魚類としてマサバがおり、その遊泳能力、呼吸代謝特性について、カリフォルニア海域に生息する北東太平洋系群について調べられているが、日本周辺に生息する北西太平洋系群については未知であった。そこで、東京大学大気海洋研究所、国立研究開発法人水産・研究教育機構、国立研究開発法人海洋研究開発機構、米国南西漁業科学センターからなる研究チームは、生物の成長を制御する大きな要因の一つである呼吸代謝特性に注目し、マサバの呼吸代謝特性が両海域で種内差があるのか、その差が生息域の水温環境の差によるものなのかを明らかにすること目的にし、北西太平洋系群の遊泳能力、呼吸代謝特性を調べた。

マサバ北西太平洋系群は、九州大学唐津市水産業活性化センターおよび国立研究開発法人水産・研究教育機構にて継代飼育されている養殖マサバの稚魚と未成魚と、東京大学大気海洋研究所附属国際沿岸海洋研究センターが面する大槌湾で採取した天然マサバ未成魚を使用した(図1)。マサバの呼吸代謝は成長段階、環境水温および遊泳速度によって変化するため、一定の水温で馴致したマサバを密閉循環式水槽に入れ、一定の水流のもとで酸素消費量を測定することを異なる成長段階(稚魚~未成魚)、異なる水温(14,18,24℃)、異なる速度で実施することにより、酸素消費量の体重、水温、遊泳速度依存性を調べた。一方、北東太平洋系群の呼吸代謝の特性は、既往研究で米国San Diego沿岸で採取したマサバ未成魚と成魚の遊泳呼吸実験から算出している水温依存性、体重依存性、遊泳速度依存性を使用した。また、衛星データを用いて両系群の平均的な回遊ルートにおける経験水温を推定し、成長曲線と合わせて酸素消費量を計算し、マサバの呼吸代謝に伴うエネルギー消費量を東西比較した。

遊泳能力に関しては、北西太平洋系群の分布下限に近い14℃では、同じ体長範囲における北西太平洋系群の最大持続遊泳速度Umaxは北東太平洋系群と比べて有意に低かったが、24℃と18℃においては、同じ体長範囲における両系群の最大持続遊泳速度Umaxに有意な差はなかった(図2)。また、距離当たりの酸素消費量が最小になる遊泳速度である最適持続遊泳速度にも両系群で有意な差が無いことが示された。このことから、マサバの遊泳能力は、低水温以外では系群間に顕著な差がないことが推察された。

呼吸代謝に伴う酸素消費量は、遊泳速度に伴う増加が確認されたが、その速度依存性は系群間で差異が無かった。一方、体重あたりの基礎酸素消費率(SMR)は体重とともに減少し、水温とともに増加するが、その体重、水温依存性が北西太平洋の方が低いことが示された。両系群の平均的な回遊ルートにおける経験水温と平均的な体重変化を与えて、酸素消費量を推定した結果、北東太平洋系群マサバは、初期段階には成長が速いために呼吸代謝が高いが、体重依存性が大きくかつ水温が低いために急激に酸素消費量が減少する一方、北西太平洋系群は、黒潮が卓越する高水温域を回遊するが、低い水温依存性によって初期段階の酸素消費を大幅に抑えていることが示された。成魚(2歳魚、200g以上)になるまでに呼吸代謝で消費される積算エネルギー消費量は、両系群で明瞭な差がなかった(図3)。これらのことから、マサバの系群間の呼吸代謝特性の違いは、水温環境の違いに応じて、マサバが呼吸代謝に伴うエネルギー消費を最小限に抑えるようにした結果だと推察された。以上の結果から、魚類は水温環境に応じて呼吸代謝に伴うエネルギー消費を最小限に抑え、長距離の回遊を可能としていることを仮説として提案した。

発表雑誌

雑誌名:「Frontiers in Marine Science」
論文タイトル:Fish specialize their metabolic performance to maximize bioenergetic efficiency in their local environment: conspecific comparison between two stocks of Pacific chub mackerel (Scomber japonicus)
著者:Chenying Guo, Shin-ichi Ito*, Michio Yoneda, Hajime Kitano, Hitoshi Kaneko, Megumi Enomoto, Tomoya Aono, Masahiro Nakamura, Takashi Kitagawa, Nicholas C. Wegner, Emmanis Dorval
DOI番号:https://doi.org/10.3389/fmars.2021.613965
アブストラクトURL:https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fmars.2021.613965/abstract

問い合わせ先

東京大学大気海洋研究所 海洋生物資源部門
教授 伊藤 進一(いとう しんいち)

用語解説
注1:最大持続遊泳速度
長期間の持続的な遊泳を維持できる限界の速度。密閉循環式水槽では、任意の海水の循環速度に対し、10分から15分間に渡る酸素消費量測定を2回繰り返した。その間、持続的な遊泳を維持できる最大の速度を最大持続遊泳速度と定義した。
注2:最適持続遊泳速度
酸素消費量を遊泳速度で割ることで単位距離当たりの酸素消費量を計算することができる。この単位距離当たりの酸素消費量が最小になる遊泳速度。呼吸代謝に伴うエネルギー消費を最小限に抑えることができる遊泳速度を表す。
注3:沿岸湧昇
カリフォルニア海域など、大洋の東側では、夏季に赤道向きの風が吹く。この風と地球回転の影響受けて、海水が沖向きに運ばれ、その補償流として下層から冷たい海水が沿岸域に上がってくる現象を指す。
添付資料

魚類はエネルギー最効率化のため生育環境に応じて呼吸代謝特性を調整する

図1. マサバ北西太平洋系群と北東太平洋系群の(a)採集地点(赤マーク)、推定分布海域(灰色区間)、仮定孵化月(緑丸印で囲った月)、月平均回遊ルート(青矢印)と(b)月平均経験水温(赤:北西太平洋系群;青:北東太平洋系群)

図2. 24℃、18℃、14℃における最大持続遊泳速度と体長の関係。▲=北西太平洋系群養殖個体、■=北西太平洋系群天然個体、○=北東太平洋系群天然個体

図3. マサバ北西太平洋系群と北東太平洋系群において推定された(a)経験水温、(b)基礎酸素消費率、(c)消費された総酸素量

生物環境工学
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