2021-05-07 熊本大学,日本医療研究開発機構
ポイント
- 急性骨髄性白血病の一つである赤芽球性白血病では、転写調節タンパク質であるLSD1※1が多く存在していることがわかった。
- 赤芽球性白血病細胞において、LSD1は解糖系※2やヘム合成※3に関わる遺伝子の発現を促進し、特徴的な代謝の個性を生み出していることを見出した。
- LSD1阻害薬と代謝経路を標的とした薬剤の併用により、白血病の病型に応じた特異性の高い治療戦略が期待できる。
概要説明
熊本大学発生医学研究所細胞医学分野の興梠健作研究員、日野信次朗准教授、中尾光善教授らは、遺伝子発現に関わる酵素「リジン特異的脱メチル化酵素1(LSD1)」が急性骨髄性白血病細胞の病型に応じた代謝の個性を生み出すことを明らかにしました。
がん細胞は正常細胞とは異なるユニークな物質代謝能を持つことが知られ、固有の物質代謝能が治療標的として有望視されていますが、急性骨髄性白血病の代謝特性やそれが形作られる仕組みは、よく分かっていませんでした。
この成果は白血病の進展に関わる代謝遺伝子制御メカニズムの一端を解明するものであり、現在抗がん剤として実用化が期待されているLSD1阻害薬の安全かつ効果的な使用や患者の層別化に役立つことが期待されます。
本研究成果は、文部科学省科学研究費補助金、日本医療研究開発機構 革新的先端研究開発支援事業(AMED-CREST)「エピゲノム研究に基づく診断・治療へ向けた新技術の創出」領域、SGH財団研究助成、武田科学振興財団研究助成などの支援を受けて、科学雑誌「Blood Advances」オンライン版に米国時間の令和3年4月30日に掲載されました。なお、本研究は熊本大学発生医学研究所の興梠健作研究員、日野信次朗准教授、中尾光善教授と、九州大学の佐藤哲也助教(旧所属)、産業技術総合研究所の新木和孝主任研究員、熊本大学大学院生命科学研究部小児科学分野の中村公俊教授らによる共同研究で行ったものです。
説明
背景
急性骨髄性白血病(AML)は造血幹細胞が白血球や赤血球に分化する途中で腫瘍化することで発症しますが、分化のどの段階で腫瘍化するかで、多様な病型が存在することが知られています。そのうち、赤血球への分化の途中で腫瘍化したものは、赤芽球性白血病(EL)に分類されます。一部のAMLでは病態に応じた分子標的療法が開発され、治療成績が向上していますが、赤芽球性白血病をはじめとする多くの病型では個別の治療法がないため死亡率が高く、病型や分子病態に基づく治療法が望まれています。
近年の研究で、がん細胞が持つ固有の物質代謝能が、腫瘍形成、転移や治療抵抗性に大きく寄与することが明らかになりました。そこで、がん細胞で活発な栄養輸送や代謝経路を標的とした治療戦略が考案されていますが、一方でがんの種類や進行度によって代謝特性に違いがあることも指摘されています。また、AMLの代謝特性については十分な検討がなされておらず、特に病型による代謝特性の違いやそれが形作られる仕組みは明らかになっていません。
遺伝子の機能(発現)のon/offは、遺伝情報を担うゲノムに印付けされた「エピゲノム」によって調節されています。DNAのメチル化や、DNAが巻きついているヒストンタンパク質のメチル化などの化学修飾がエピゲノムを形作る「印」として働きます。がん細胞と正常細胞ではエピゲノムに多くの違いがあり、遺伝子発現パターンが大きく異なっていることが知られています。
本研究グループは、メチル化されたヒストンからメチル基を除去する働きを持つ脱メチル化酵素「LSD1」が、様々な細胞種でエネルギー代謝の調節に関わることを明らかにしました(Nature Communications 2012,Cancer Research 2015, Nucleic Acids Research 2018)。例えば、LSD1が肝がんにおいて、がん細胞の典型的な代謝型である“好気的解糖”(酸素が豊富でも解糖系による酸素を使わないエネルギー産生が活発な状態)を促進することを明らかにしました(Cancer Research 2015)。
これらの状況を踏まえて、LSD1がAML細胞の代謝調節に関わる可能性を検証することにしました。これまでに、LSD1阻害剤がAMLの治療に有効である可能性が示されていますが、病型による有効性の違いについてはあまりわかっていません。そこで、本研究ではAMLの病型による代謝特性の違いとLSD1の役割に注目することにしました。
研究の内容・成果
今回の研究ではまず、AML患者やAML由来の培養細胞株の遺伝子発現データベースの解析から、AMLの中でも赤芽球性白血病においてLSD1と解糖系の遺伝子の発現が共に高いことがわかりました。そこで、赤芽球性白血病細胞株を用いてLSD1の機能阻害試験を行ったところ、LSD1が細胞内へのグルコース取り込みと解糖系を促進していることがわかりました。次に、統合オミクス解析※4の結果、解糖系の他、正常な赤血球の特徴的代謝経路であるヘム合成もLSD1によって活性化されていることを突き止めました(図1)。そのメカニズムとして、LSD1が赤血球系転写因子※5であるGATA1タンパク質の分解を防ぐことで、解糖系およびヘム合成遺伝子発現を活性化させることがわかりました。さらに、LSD1機能阻害下では、いずれも白血球の顆粒球・単球系の転写因子であるCEBP/αの発現が劇的に上昇し、GATA1による代謝制御を阻害することがわかりました。これらの結果から、LSD1が血液細胞系譜に関わる転写因子のバランスを調節することにより、赤芽球性白血病に特徴的な代謝表現型を生み出すことが明らかになりました(図2)。
図1:LSD1は、赤芽球性白血病(EL)細胞で解糖系とヘム合成を促進するLSD1の機能を抑制(LSD1-KD)すると、細胞内へのグルコース(糖)の取り込みが抑制されると共に(左)、ヘモグロビン陽性細胞数が有意に減少する(右)。
図2:LSD1は、赤芽球性白血病(EL)に特徴的な代謝の個性を生み出すLSD1はGATA1を安定化させる一方で、C/EBPαの発現を抑制することにより、解糖系・ヘム合成遺伝子の発現を促進する。
さらに、AMLの様々な病型を網羅した臨床データの解析から、LSD1、GATA1、解糖系・ヘム合成遺伝子の発現が有意な正の相関関係を示すことが分かりました(図3)。このことは、LSD1による細胞系譜制御がAMLの代謝型の多様性を生み出す可能性を示唆しています。
図3:急性骨髄性白血病(AML)患者におけるLSD1と代謝関連遺伝子の発現は、正の相関を示すLSD1と解糖系遺伝子(GLUT1、左)、LSD1とヘム合成遺伝子(ALAS2、右)は、それぞれ有意な正の相関を示す。特に赤の点で示した赤芽球性白血病(EL)ではこれらの遺伝子が高発現している。
mRNA:メッセンジャーRNA
展開
これらの研究成果からLSD1が多く発現している赤芽球性白血病患者に対して、従来の治療法に加えてLSD1阻害剤と代謝標的薬を併用することで、高い治療効果が得られる可能性があります。また、現在臨床試験が行われているLSD1阻害薬の効果が期待できる患者を選定するための重要な手掛かりであると考えられます。
用語解説
- ※1:リジン特異的脱メチル化酵素1(LSD1)
- タンパク質中のメチル化されたリジン(アミノ酸のひとつ)のメチル基を除去する酵素。ヒストンH3タンパク質や転写因子の機能を調節して遺伝子発現制御に働く。
- ※2:解糖系
- 細胞内に取り込んだグルコースを代謝してエネルギーを合成する代謝経路。
- ※3:ヘム合成
- グリシン、スクシニルCoAや鉄イオンを材料として、ヘモグロビンの元となるヘムを合成するミトコンドリア内の代謝経路。
- ※4:統合オミクス解析
- トランスクリプトーム解析、エピゲノム解析およびメタボローム解析に基づく生体分子情報を統合し、相互に関連したネットワークとして捉えて行う解析方法。
- ※5:赤血球系転写因子
- 遺伝子発現を調節する転写因子の中で、赤血球の分化や成熟を促進するもの。
論文情報
- 論文名
- LSD1 defines erythroleukemia metabolism by controlling lineage-specific transcription factors GATA1 and C/EBPα
(LSD1は系譜特異的な転写因子を制御することによって赤芽球性白血病の代謝を規定する) - 著者
- Kensaku Kohrogi, Shinjiro Hino*, Akihisa Sakamoto, Kotaro Anan, Ryuta Takase, Hirotaka Araki, Yuko Hino, Kazutaka Araki, Tetsuya Sato, Kimitoshi Nakamura, and Mitsuyoshi Nakao*(*責任著者)
- 掲載誌
- Blood Advances
- doi
- 10.1182/bloodadvances.2020003521
- URL
- https://ashpublications.org/bloodadvances/article/5/9/2305/475840/LSD1-defines-erythroleukemia-metabolism-by
お問い合わせ先
熊本大学発生医学研究所 細胞医学分野
担当:准教授 日野 信次朗 (ひの しんじろう)
教授 中尾 光善 (なかお みつよし)
AMEDの事業に関すること
日本医療研究開発機構
シーズ開発・研究基盤事業部 革新的先端研究開発課