ウイルスの感染力を高め、日本人に高頻度な細胞性免疫応答から免れるSARS-CoV-2変異の発見

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2021-06-16 東京大学,熊本大学,東海大学,宮崎大学,日本医療研究開発機構

発表者

佐藤 佳(東京大学医科学研究所 附属感染症国際研究センター システムウイルス学分野 准教授)

※研究コンソーシアム「The Genotype to Phenotype Japan(G2P-Japan)」(注1)メンバー
佐藤 佳(東京大学医科学研究所 附属感染症国際研究センター システムウイルス学分野 准教授)
本園 千尋(熊本大学ヒトレトロウイルス学共同研究センター 感染予防部門感染免疫学分野 講師)
中川 草(東海大学 医学部医学科 基礎医学系分子生命科学 講師)
齊藤 暁(宮崎大学 農学部獣医学科 獣医微生物学研究室 准教授)
池田 輝政(熊本大学ヒトレトロウイルス学共同研究センター 国際先端研究部門分子ウイルス・遺伝学分野分野 准教授)
上野 貴将(熊本大学ヒトレトロウイルス学共同研究センター 感染予防部門感染免疫学分野 教授)

発表のポイント
  • 新型コロナウイルスのスパイクタンパク質(注2)の感染受容体結合部位(注3)が、ヒトの細胞性免疫(注4)を司る「ヒト白血球抗原(HLA)」(注5)の一種「HLA-A24」によって認識されることを見出した。
  • 「懸念すべき変異株」(注6)に認定されている「カリフォルニア株(B.1.427/429系統)」と「インド株(B.1.617系統;デルタ型)」に共通するスパイクタンパク質の「L452R変異」が、HLA-A24を介した細胞性免疫から逃避することを明らかにした。
  • 「L452R変異」は、ウイルスの感染力を増強する効果があることを明らかにした。
発表概要

東京大学医科学研究所 附属感染症国際研究センター システムウイルス学分野の佐藤准教授が主宰する研究コンソーシアム「The Genotype to Phenotype Japan(G2P-Japan)」は、新型コロナウイルスの「懸念すべき変異株」である「カリフォルニア株(B.1.427/429系統)」と「インド株(B.1.617系統;デルタ型)」に共通するスパイクタンパク質の「L452R変異」が、HLA-A24を介した細胞性免疫からの逃避に関わることを明らかにしました。また、「L452R変異」は、ウイルスの感染力を増強する効果もあることを明らかにしました。

本研究成果は2021年6月14日、米国科学雑誌「Cell Host & Microbe」オンライン版で公開されました。

ウイルスの感染力を高め、日本人に高頻度な細胞性免疫応答から免れるSARS-CoV-2変異の発見

本研究の概要:本研究では、流行株の大規模な配列解析により、HLA-A24によって認識されるエピトープ部位の変異、Y453FとL452Rを同定しました。Y453F変異は、HLA-A24から逃避し、感染受容体ACE2への結合性を高める能力を持ちますが、この変異を持つB.1.1.298系統は、昨秋のデンマークでの一過的な流行以降に収束しました。一方、L452R変異は、HLA-A24から逃避するのみならず、感染受容体ACE2への結合性を高め、ウイルスの膜融合活性を高めることによってウイルスの感染力を増強させることを明らかにしました。L452R変異を持つ流行株として、カリフォルニア株(B.1.427/429系統)とインド株(B.1.617系統)が知られています。現在、カリフォルニア株の流行規模は減少傾向にありますが、本研究の展開後、同じL452R変異を持つインド株が出現し、現在「懸念すべき変異株」のひとつとして注目されています。

発表内容

新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)は、2021年6月現在、全世界において1億5千万人以上が感染し、350万人以上を死に至らしめている、現在進行形の災厄です。現在、世界中でワクチン接種が進んでいますが、2019年末に突如出現したこのウイルスについては不明な点が多く、感染病態の原理やウイルスの複製原理、免疫逃避と流行動態の関連についてはほとんど明らかになっていません。

ヒトの免疫、特に獲得免疫(注7)は、「液性免疫(中和抗体)」(注8)と「細胞性免疫」に大別されます。イギリス株やブラジル株などの新型コロナウイルスの「懸念すべき変異株」が、液性免疫(中和抗体)から逃避する可能性については世界中で研究が進んでいますが、細胞性免疫からの逃避の可能性については報告がありませんでした。

本研究では、まず、新型コロナウイルスのスパイクタンパク質の一部が、「HLA-A24」という、日本人に多く見られる型の細胞性免疫によってきわめて強く認識されることを、免疫学実験によって実証しました。次に、75万配列以上の新型コロナウイルスコロナウイルス流行株の大規模な配列解析を行い、スパイクタンパク質のHLA-A24で認識される部位に、いくつかの重要な変異があることを見出しました。昨年デンマークで流行したB.1.1.298系統で見つかったY453Fと、現在世界中で流行拡大しているB.1.617系統(通称「インド株」)とB.1.427/429系統(通称「カリフォルニア株」)の変異、L452R変異というアミノ酸変異です。更に免疫学実験により、これらの変異はいずれも、HLA-A24による細胞性免疫から逃避することを実証しました。これは、「懸念すべき変異株」が、細胞性免疫から逃避することを実証した世界で初めての成果です。

本研究で見出したY453F変異とL452R変異はどちらも、新型コロナウイルスのスパイクタンパク質の中でも、新型コロナウイルスの感染受容体に結合するモチーフの中の変異でした。そこで次に、これらの変異が、ウイルスの感染と複製効率に与える影響を、ウイルス学実験で検討しました。その結果、L452R変異は、ウイルスの膜融合活性を高め、感染力を増強させることを明らかにしました。

上述の通り、L452R変異は、現在世界中で流行拡大しているインド株に特徴的な変異です。また、L452R変異による免疫逃避に関わる、細胞性免疫を担うHLA-A24というタイプの白血球抗原は、約60%の日本人が持っています。L452R変異は、日本人に多いHLA-A24による細胞免疫から逃避するだけでなく、ウイルスの感染力を増強しうる変異であることから、この変異を持つインド株は、日本人あるいは日本社会にとって、他の変異株よりも危険な変異株である可能性が示唆されます。

本研究は、東京大学医科学研究所 システムウイルス学分野の佐藤准教授が主宰する研究コンソーシアム「G2P-Japan」によって実施されたものです。G2P-Japanコンソーシアムでは、今後も、新型コロナウイルスの変異(genotype)の早期捕捉と、その変異がヒトの免疫やウイルスの病原性・複製に与える影響(phenotype)を明らかにするための研究を推進します。

本研究への支援

本研究は、佐藤 佳准教授らに対する日本医療研究開発機構(AMED)新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業(20fk0108413)、科学技術振興機構CREST(JPMJCR20H4)、科学研究費補助金 基盤研究B(18H02662)などの支援の下で実施されました。

発表雑誌
雑誌名
「Cell Host & Microbe」2021年6月14日オンライン版
論文タイトル
SARS-CoV-2 spike L452R variant evades cellular immunity and increases infectivity
著者
本園千尋,豊田真子#,Jiri Zahradnik#,齊藤暁#,Hesham Nasser#,Toong Seng Tan,Isaac Ngare,木村出海,瓜生慧也,小杉優介,Yuan Yue,清水凌,伊東潤平,鳥居志保,米川晶子,下野信行,長﨑洋司,南留美,遠矢嵩,関谷紀貴,福原崇介,松浦善治,Gideon Schreiber,The Genotype to Phenotype Japan(G2P-Japan)Consortium,池田輝政*,中川草*,上野貴将*,佐藤佳*(#Equal contribution; *Corresponding authors)
DOI番号
10.1016/j.chom.2021.06.006
用語解説
(注1)研究コンソーシアム「The Genotype to Phenotype Japan(G2P-Japan)」
東京大学医科学研究所 システムウイルス学分野の佐藤准教授が主宰する研究チーム。日本国内の複数の若手研究者・研究室が参画し、研究の加速化のために共同で研究を推進している。
(注2)新型コロナウイルスのスパイクタンパク質
新型コロナウイルスが感染する際に、細胞表面に新型コロナウイルスが結合するために重要な役割を果たすタンパク質。スパイクタンパク質は現在使用されているワクチンの標的となっている。
(注3)感染受容体結合部位
新型コロナウイルスが感染する際に、細胞表面の感染受容体に新型コロナウイルスのスパイクタンパク質が結合するためのスパイクタンパク質の一部位。
(注4)細胞性免疫
ヒトの免疫は自然免疫と獲得免疫に分類され、細胞性免疫は獲得免疫応答のひとつ。主に、キラーT細胞とヘルパーT細胞によって担われる。ヒト白血球抗原(HLA)によって提示された外来物(今回の場合、新型コロナウイルス)由来のエピトープを認識し、感染細胞を殺す役割等を担う。
(注5)ヒト白血球抗原(HLA)
Human leukocyte antigenの略。クラス1とクラス2に大別されるタンパク質であり、クラス1はヒトの全身のほぼすべての細胞に発現している。外来物(今回の場合、新型コロナウイルス)やがんなどの異質な物質をエピトープとして提示し、細胞性免疫を誘導する役割を担う。
(注6)懸念すべき変異株
新型コロナウイルスの流行拡大によって出現した、顕著な変異を有する変異株のこと。”Variants of concern”の和訳。現在まで、イギリス株(B.1.1.7系統、アルファ型)、南アフリカ株(B.1.351系統、ベータ型)、ブラジル株(P.1系統、ガンマ型)、カリフォルニア株(B.1.427/429系統)、インド株(B.1.617系統、デルタ型)が、「懸念すべき変異株」として認定されている。伝播力の向上や、免疫からの逃避能力の獲得などが報告されている。カリフォルニア株(B.1.427/429系統)「懸念すべき変異株」のひとつであり、L452R変異を持つ。昨年末に米国カリフォルニア州で出現し、今年初めに流行拡大したが、その後、この株の流行は収束した。インド株(B.1.617系統;デルタ型)は、もっとも最近「懸念すべき変異株」に登録された株であり、L452R変異を持つ。今年3月に、インドでの感染爆発で出現した。現在、日本を含めた世界中に伝播し、流行拡大が続いている。
(注7)獲得免疫
ヒトの主要な免疫応答のひとつ。B細胞による液性免疫と、T細胞による細胞性免疫の総称。後天的に外来物やがんなどの異質な物質に対して一度獲得されると、それが「免疫記憶」として維持される。ワクチンはこの作用を利用している。
(注8)液性免疫(中和抗体)
細胞性免疫と同じく、獲得免疫応答のひとつ。B細胞によって産生される中和抗体による免疫システムのこと。
お問い合わせ先

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東京大学医科学研究所 附属感染症国際研究センター システムウイルス学分野
准教授 佐藤 佳(さとう けい)

熊本大学ヒトレトロウイルス学共同研究センター 感染予防部門感染免疫学分野
教授 上野 貴将(うえの たかまさ)

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