2021-10-12 国際農研,モーリタニア国立サバクトビバッタ防除センター,フランス国際農業開発センター,モロッコ国立サバクトビバッタ防除センター
ポイント
- 性成熟したサバクトビバッタの成虫は、雌雄どちらかに性比が偏った集団を形成
- 日中、オスの集団に産卵直前のメスが飛来して交尾し、夜間にペアで集団産卵
- オス集団を目印にすることで、格好の防除対象である集団産卵場所の予測が可能
概要
国際農研は、モーリタニア国立サバクトビバッタ防除センター、フランス国際農業開発センター、モロッコ国立サバクトビバッタ防除センターと共同で、野外においてこれまで不明だったサバクトビバッタ(以下、バッタ)成虫の交尾と産卵行動を明らかにしました。
サハラ砂漠で野外調査を行った結果、性成熟したバッタの成虫は、雌雄どちらかに性比が偏った集団を形成していました。メスに性比が偏った集団では、ほとんどのメスは卵巣発達中で、交尾していませんでした。一方、オスに性比が偏った集団では、メスは産卵直前の大きな卵を持っており、ほとんどが交尾していました。詳しく調査したところ、日中、オスの集団に産卵直前のメスが飛来して交尾し、夜間にペアで集団産卵していました。バッタは交尾中、オスはメスの背中に乗ってしがみつくため、メスは飛んで逃げることができず、鳥等の天敵から襲われやすくなります。雌雄が同居していると、オスは執拗にメスに交尾を迫るため、卵巣発育中のメスはオスと別居することで交尾を避け、産卵するときだけオスにガードされて安全に産卵していると考えられます。雌雄が集団別居することで雌雄間の対立を解消しつつ、パートナーに効率よく出会えていると推察されます。
防除の観点では、集団産卵中のペアはその場に数時間留まるため、日中、オスの集団を発見してもすぐに防除せず、夜間の集団産卵のタイミングを見計らって防除することが効率的です。バッタの生態を応用することで必要以上に農薬を使用しない、環境や健康に配慮した防除に結び付くことが期待されます。
<関連情報>
- 予算
- 運営費交付金、日本学術振興会海外特別研究費(No. 128・2011)、日本ーCGIAR フェロー、住友財団(No. 140381) 、科研費(No. 15K18808)、科研費(No. 21K05627)
発表論文
- 論文著者
- Maeno, K.O., Piou, C., Ould Ely, S., Ould Mohamed, S., Jaavar, M.E.H., Ghaout, S. and Ould Babah Ebbe, M.A.
- 論文タイトル
- Density-dependent mating behaviors reduce mating harassment in locusts
- 雑誌
- Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America (PNAS),
DOI: https://doi.org/10.1073/pnas.2104673118
問い合わせ先など
国際農研(茨城県つくば市大わし1-1)理事長 小山 修
研究推進責任者:プログラムディレクター 中島 一雄
研究担当者:生産環境・畜産領域 前野 浩太郎
広報担当者:情報広報室長 大森 圭祐
本資料は、農政クラブ、農林記者会、農業技術クラブ、筑波研究学園都市記者会に配付しています。
※国際農研(こくさいのうけん)は、国立研究開発法人 国際農林水産業研究センターのコミュニケーションネームです。
新聞、TV等の報道でも当センターの名称としては「国際農研」のご使用をお願い申し上げます。
背景と経緯
サバクトビバッタ(以下、バッタ)は、西アフリカからインドにわたる半乾燥地域に生息していますが、しばしば大発生し、深刻な農業被害を引き起こします。2020年から2021年にかけて、東アフリカと南アジアで大発生し、深刻な農業被害が報告されています。バッタの発生地は広大で、特に成虫は長距離飛翔するため、農薬散布による防除は難しく、被害の軽減を図るためには、バッタの生態に基づいた防除技術を開発する必要があります。この問題の解決には、バッタの行動パターン、特に繁殖期の成虫が、野外においてどのように交尾と産卵をしているのかを理解することが重要です。そこで、サハラ砂漠におけるバッタの繁殖戦略を明らかにすることを目的として、2011年から2019年にかけて野外調査を実施しました。
内容・意義
本研究では、バッタの生息地である西アフリカのモーリタニアに広がるサハラ砂漠で野外調査を行いました。孤独相の成虫が群生相化1)した集団である転移相2)を対象に、性比、交尾の状態、卵巣発達の程度を同時に記録し、どのように交尾しているのかを調べました。
その結果、集団の性比は雌雄どちらか一方に偏っていることがわかりました。メスに性比が偏った集団では、ほとんどのメスは卵巣発達中で、交尾していませんでしたが、オスに性比が偏った集団にいたメスのほとんどは、産卵間近の大きい卵を持ち、交尾していました。バッタは交尾中、オスはメスの背中に乗ってしがみつくため、メスは飛んで逃げることができず、鳥等の天敵から襲われやすくなります。オスは執拗にメスに交尾を迫るため、オスと同居しているとメスは不利益を被ります。卵巣発育中のメスはオスと別居することで、不利益になる交尾(性的対立3))を避けていると考えられます。
オスに性比が偏った集団でさらに詳しく観察したところ、日中、オスの集団(図1a)に産卵直前のメスが飛来すると多数のオスがすぐに飛びついて交尾を試み、オス間で激しい競争が起こりました(図1b)。一匹のオスがメスの背中に乗ると他のオスは諦めてそれ以上の競争は起こらず、交尾しました。交尾終了後もオスはメスの背中に乗ったまま交尾後ガード4)を続け、夕方になると出会った近くの開けた砂地に集まり(図1c)、夜間にペアで集団産卵することも明らかにしました(図1d)。メスは産卵中、オスにガードされているため、安全に産卵していると考えられます。オスの集団内では、オス間のメスを巡る競争は高くなりますが、産卵直前のメスと出会えるため、交尾後ガードする時間が短くなり、他のメスと交尾できる機会が増えます。雌雄が集別居することで性的対立を解消しつつ、パートナーに効率よく出会えていると推察されます。
集団産卵中のペアは数時間その場に留まるため、格好の防除対象です。オスの集団を発見してもすぐに防除せずに、そのまま夜まで集団産卵を待つことで、農薬使用量の減少に繋がる防除が可能になります。
今後の予定・期待
今回はサハラ砂漠で転移相を対象に調査しましたが、今後は数世代にわたり群生相化している個体群や、他の季節、地域でも調査する必要があります。オスが集合する場所をどうやって決めているのか、産卵間近のメスは何を手掛かりにしてオスの集団を訪れるのか等を明らかにしていく予定です。また、中国や南米など世界各地で農業被害を引き起こしている別種のバッタの繁殖行動を調査する必要があります。国際連合食糧農業機関が推奨しているように、バッタが不活発な時間帯を特定し、集中的に農薬を散布することで、必要以上に農薬を使用しない、環境や健康に配慮した防除に結び付くことが期待されます。
用語の解説
- 1) 群生相化
- サバクトビバッタは混み合いに応じて、行動や形態、生理的特徴を変化させる「相変異」を示す。平穏時の低密度下で育った個体は「孤独相」、大発生時の高密度下のものは「群生相」と呼ばれる。相は混み合いに応じて柔軟に変化し、孤独相が混み合い、群生相へと変化することは「群生相化」と呼ばれる。
- 2) 転移相
- 成虫になった孤独相が混み合うことで群生相化が起こり、外部形態は孤独相的だが、行動は群生相的である個体は「転移相」と呼ばれる。本研究で調査した集団は「転移相」にあたる。群生相化したバッタが性成熟するとメスはわずかに黄色になるが、オスは鮮やかな黄色になり、大変目立つ。
- 3) 性的対立
- 雌雄間で繁殖に関する利害が異なるときに起こる対立関係のこと。
- 4) 交尾後ガード
- オスが交尾したメスが産卵するまで他のオスに奪われないようにメスを守る行動のこと。バッタのメスは交尾したオスの精子を体内に貯蔵し、一回の交尾で生涯の受精に十分な量の精子を受け取っていることが知られている。また、一番最後に交尾したオスの精子が受精に使われることから、オスは父性を確定するため、産卵するまでメスをガードする習性がある。
図1. 野外におけるサバクトビバッタの繁殖行動
(a) 地表にて飛来するメスを待ち受けるオスの集団。
(b) オスの集団に飛来したメス(→)に群がり交尾を争うオス。
(c) 夕方、産卵場所に群がるペア。
(d) 夜間、集団産卵中のペア。
参考図. 繁殖行動の流れ
日中、卵巣発達中のメスは、メスに性比が偏った集団で過ごし、交尾はしない。産卵直前の大きな卵を持ったメスがオスの集団に飛来すると、多数のオスが争って交尾を試みる。一匹のオスがメスの背中に乗ると他のオスは諦めてそれ以上の争いは生じない。その後、交尾する。夕方、産卵に適した砂地にペアで移動し、集合し始める。夜間、集団産卵する。