2021-12-09 大阪大学,日本医療研究開発機構
研究成果のポイント
- 腸内微生物叢※1由来の全ゲノムシークエンスデータから腸内ウイルス叢情報を取得する解析パイプラインを独自に構築した。
- 特定のバクテリオファージ※2、つまりヒトではなく細菌に感染するウイルスが、自己免疫疾患※3患者において減少していることがわかった。
- CRISPR(Clustered Regularly Interspaced Short Palindromic Repeats)※4配列を利用した解析によって、自己免疫疾患に関連するウイルスがどのような細菌に感染しているのかを見出した。
概要
大阪大学大学院医学系研究科の大学院生の友藤嘉彦さん、岡田随象教授(遺伝統計学)らの研究グループは、腸内微生物叢由来全ゲノムシークエンス※5データ(メタゲノムデータ)から腸内ウイルス叢の情報を取得することで、腸内ウイルス叢と自己免疫疾患との関連を探索・同定しました。
我々の腸内には数多くの微生物が存在し、腸内微生物叢を構成しています。腸内微生物叢は免疫反応や代謝応答に密接に関わっており、自己免疫疾患や代謝疾患の発症に寄与することが知られています。ヒトの腸内には細菌だけではなく、バクテリオファージを中心としたウイルスも多く存在しています。バクテリオファージはヒトではなく細菌に感染し、細菌の代謝や量を変化させるので、腸内微生物叢と疾患との関係性を包括的に理解するには、腸内ウイルス叢の解析が必要不可欠です。しかしながら、腸内ウイルス叢解析を行うためには複雑な解析パイプラインを構築しなければならないため、腸内ウイルス叢解析はあまり広く普及しておらず、腸内ウイルス叢と疾患との関連については殆ど調べられてきていませんでした。
今回、研究グループは、腸内微生物叢由来の全メタゲノムシークエンスデータ(メタゲノムデータ)から腸内ウイルス叢情報を取得するパイプラインを構築しました(図)。そして、この腸内ウイルス叢解析パイプラインを関節リウマチ※6、全身性エリテマトーデス※7、多発性硬化症※8患者と健常者の計476名から取得したメタゲノムデータに対して適用することで、自己免疫疾患患者の腸内ウイルス叢の特徴を探索しました。その結果、関節リウマチ、全身性エリテマトーデス患者の腸内において、crAss-like phage※9というバクテリオファージが減少していることがわかりました。また、全身性エリテマトーデス患者の腸内ではPodoviridae※10というバクテリオファージが減少していました。さらに、研究チームはCRISPRを利用した解析によって、crAss-like phageやPodoviridaeなどのバクテリオファージがどのような細菌に感染するのかを見出しました。
図:本研究の概略
本研究成果によって、これまで殆ど着目されていなかった腸内ウイルス叢を解析することが可能になりました。そして、腸内微生物叢を介した自己免疫疾患の発症機序について、より包括的な理解が可能となり、新たな治療・診断技術の開発につながると期待されます。
本研究成果は、英国科学誌「Annals of the Rheumatic Diseases」に2021年12月9日(木)午前0時(日本時間)に公開されました。
研究の背景
関節リウマチ、全身性エリテマトーデス、多発性硬化症などに代表される自己免疫疾患は免疫系が自己を攻撃してしまうことによって発症する疾患です。自己免疫疾患の発症には環境因子と遺伝因子の双方が寄与すると考えられていますが、発症機序の全容は明らかになっていません。
我々の腸内には数多くの微生物が存在し、腸内微生物叢を構成しています。腸内微生物叢は免疫反応や代謝応答を介して我々の体に大きな影響を与えており、多くの疾患に関与しています。これまでに多くの研究チームが腸内微生物叢の中でも特に腸内細菌に着目して研究を行ってきており、最近では次世代シーケンサー※11を利用したメタゲノム解析※12によって、腸内細菌と疾患との関連を網羅的に探索することができるようになってきました。ヒトの腸内には細菌だけではなく、バクテリオファージを中心としたウイルスも多く存在しています。バクテリオファージはヒトではなく細菌に感染するウイルスで、腸内に存在しているバクテリオファージは腸内細菌に感染することで、その腸内細菌の代謝や量を変化させると考えられています。そのため、腸内微生物叢と疾患との関連を包括的に理解するためには、腸内細菌だけではなく、腸内ウイルスも解析する必要性があります。しかしながら、腸内ウイルス叢解析を行うためには複雑な解析パイプラインを構築しなければならないため、腸内ウイルス叢解析はあまり広く普及しておらず、腸内ウイルス叢と疾患との関連については殆ど調べられていませんでした。
本研究の成果
今回、岡田教授らのグループは、腸内微生物叢由来全ゲノムシークエンスデータ(メタゲノムデータ)から腸内ウイルス叢情報を取得・解析するパイプラインを構築しました(図)。この解析パイプラインを日本人集団476名(関節リウマチ患者111名、全身性エリテマトーデス患者47名、多発性硬化症患者29名、健常者289名)のメタゲノムデータに対して適用し、自己免疫疾患患者の腸内ウイルス叢の特徴を探索しました。その結果、関節リウマチ、全身性エリテマトーデス患者の腸内において、crAss-like phageというバクテリオファージが減少していることがわかりました。また、全身性エリテマトーデス患者の腸内ではPodoviridaeというバクテリオファージが減少していました。さらに、研究チームはCRISPRを利用した解析によって、crAss-like phageおよびPodoviridaeがどのような細菌に感染しているのかを探索しました。その結果、crAss-like phageは既知の感染先であるBacteroidetesの他、RuminococcusなどのFirmicutesにも感染する可能性が示唆されました。また、PodoviridaeとFaecalibacteriumの存在量は正の相関をしており、PodoviridaeとFaecalibacteriumとがウイルスー宿主共生関係にある可能性が示唆されました。RuminococcusやFaecalibacteriumは過去に自己免疫疾患との関連が報告されてきた細菌であり、今回同定した自己免疫疾患関連ウイルスが宿主となる細菌の機能や量を変化させることで、自己免疫疾患に寄与する可能性が示唆されました。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究成果によって、腸内微生物叢由来全ゲノムシークエンスデータ(メタゲノムデータ)を用いて腸内ウイルス叢の解析を行うことが可能になりました。この技術は自己免疫疾患に留まらず、様々な疾患についても適用可能であると期待されます。そして、本研究で得られた発見により、腸内微生物叢を介した自己免疫疾患の発症機序について、より包括的な理解が可能になると期待されます。
本研究で同定されたウイルスについては細菌実験や動物実験などのさらなる検証を進めることで、自己免疫疾患における治療標的としての可能性を評価することが可能であると考えられます。また、今回明らかになった、自己免疫疾患患者の腸内ウイルス叢の特徴は、診断に利用可能なバイオマーカー※13として利用可能であることが期待されます。
論文情報
本研究成果は、2021年12月9日(木)午前0時(日本時間)に英国科学誌「Annals of the Rheumatic Diseases」(オンライン)に掲載されました。
- タイトル
- “A whole gut virome analysis of 476 Japanese revealed a link between phage and autoimmune disease.”
- 著者名
- Yoshihiko Tomofuji1, Toshihiro Kishikawa1,2,3, Yuichi Maeda4,5,6, Kotaro Ogawa7, Takuro Nii4,5, Tatsusada Okuno7, Eri Oguro-Igashira4,5, Makoto Kinoshita7, Kenichi Yamamoto1,8, Kyuto Sonehara1,6, Mayu Yagita4,5, Akiko Hosokawa9, Daisuke Motooka10, Yuki Matsumoto10, Hidetoshi Matsuoka11, Maiko Yoshimura11, Shiro Ohshima11, Shota Nakamura6,10, Hidenori Inohara2, Hideki Mochizuki7, Kiyoshi Takeda5,12, Atsushi Kumanogoh4,6,13, Yukinori Okada1,6,14,15*(*:責任著者)
- 所属
-
- 大阪大学大学院医学系研究科 遺伝統計学
- 大阪大学大学院医学系研究科 耳鼻咽喉科・頭頸部外科学
- 愛知県がんセンター 頭頸部外科部
- 大阪大学大学院医学系研究科 呼吸器・免疫内科学
- 大阪大学大学院医学系研究科 免疫制御学
- 大阪大学先導的学際研究機構 生命医科学融合フロンティア研究部門
- 大阪大学大学院医学系研究科 神経内科学
- 大阪大学大学院医学系研究科 小児科学
- 吹田市民病院 脳神経内科
- 大阪大学 微生物病研究所 感染症メタゲノム研究分野
- 大阪南医療センター リウマチ・膠原病・アレルギー科
- 大阪大学 免疫学フロンティア研究センター 粘膜免疫学
- 大阪大学 免疫学フロンティア研究センター 感染病態分野
- 大阪大学 免疫学フロンティア研究センター 免疫統計学
- 理化学研究所 生命医科学研究センター システム遺伝学チーム
- DOI
- 10.1136/annrheumdis-2021-221267
研究支援
本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)革新的先端研究開発支援事業FORCEの採択課題「メタゲノムワイド関連解析による疾患特異的微生物叢解明と個別化医療実装」(研究開発代表者:岡田随象)の一環として行われ、大阪大学免疫学フロンティア研究センター 次世代主任研究者支援プログラム、大阪大学先導的学際研究機構、大阪大学大学院医学系研究科 バイオインフォマティクスイニシアティブの協力を得て行われました。
用語説明
- ※1 腸内微生物叢
- 宿主であるヒトや動物と共生関係にある多種多様な腸内微生物の集まり。
- ※2 バクテリオファージ
- ヒトではなく、細菌や古細菌に感染して複製するウイルス。
- ※3 自己免疫疾患
- 免疫系が自分の組織を攻撃してしまうことで発症する疾患の総称。
- ※4 CRISPR(Clustered Regularly Interspaced Short Palindromic Repeats)
- 原核生物が持つファージやプラスミドに対する獲得免疫機構の1つ。侵入してきたファージやプラスミドのDNA配列の一部をスペーサーとしてCRISPR領域に取り組み、免疫記憶として利用する。本研究においては、CRISPR領域中のスペーサー配列とウイルス配列との相同性を調べることにより、細菌がどの様なウイルスに感染したのかを見出した。
- ※5 腸内微生物叢由来全ゲノムシークエンス
- 便サンプルから、個別の微生物の単離・培養やマーカー遺伝子の増幅を行わずに、直接ゲノムを収集・抽出し、シークエンシング解析を行う解析手法。
- ※6 関節リウマチ
- 自己免疫疾患の1つで、関節に炎症が起き、骨が破壊されて、放っておくと関節が変形してしまう病気。
- ※7 全身性エリテマトーデス
- 自己免疫疾患の1つで、自己抗体の産生や、腎臓・皮膚・脳神経・心臓などに起きる多様な臓器障害を特徴とする。
- ※8 多発性硬化症
- 脳や脊髄、視神経のさまざまな部位に病巣ができ、多様な神経症状が現れる自己免疫疾患。
- ※9 crAss-like phage
- バクテリオファージの分類の一つで科レベル相当と考えられている。2014年にヒトの腸内細菌叢メタゲノムデータから再構築され、発見された。ヒトの腸内における主要なバクテリオファージの1つ。
- ※10 Podoviridae
- バクテリオファージの科レベルの分類。人の腸内における主要なバクテリオファージの1つ。
- ※11 次世代シーケンサー
- 数千から数百万ものDNA分子を同時に配列決定することのできるシーケンス機器。
- ※12 メタゲノム解析
- 群集を構成する微生物のゲノムの総和に対して行う解析。各微生物の単離・培養を行わず、集団から直接ゲノムを収集・抽出し、解析を行う。
- ※13 バイオマーカー
- タンパク質や遺伝子などの生体内の物質で、病状の変化や治療の効果の指標となるもの。
本件に関する問い合わせ先
研究に関すること
岡田随象(おかだ ゆきのり)
大阪大学 大学院医学系研究科 遺伝統計学 教授
報道に関すること
大阪大学大学院医学系研究科 広報室
AMED事業に関すること
日本医療研究開発機構
シーズ開発・研究基盤事業部 革新的先端研究開発課