2023-05-08 東京大学
発表概要
かずさDNA研究所と東京大学大学院農学生命科学研究科は、共同でマツタケのゲノム*1を解読しました。
秋の高級食材として知られるマツタケは、近年、生息地の環境悪化などにより収穫量が減少しています。マツタケは生きた樹木の根に共生するため、未だ人工栽培に至っておらず、生息域外保全も難しい状況にあります。本研究では、最新のロングリード配列解析装置*2を使って、マツタケがもつ13本の染色体*3の塩基配列(合計1.6億塩基対)と、ミトコンドリアの環状DNA(7.6万塩基対)を端から端までひとつづきで決定することに初めて成功しました。そして、マツタケが21,887個の遺伝子をもつこと、ゲノムの71.6%は転移因子などのリピート配列*4が占めることを明らかにしました。解読されたゲノム情報により、マツタケの生態が解明され保全につながることが期待されます。さらなる遺伝子解析により、マツタケの大量生産や人工栽培への道が拓かれることが望まれます。
研究成果は国際学術雑誌 DNA Researchにおいて、4月25日(火)にオンライン公開されました。
発表内容
解析に使用したマツタケ(長野県伊那市産)
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背景
秋の高級食材として知られるマツタケは、近年、生息地の環境悪化などにより収穫量が減少しています。2019年には、国際自然保護連合(IUCN)により絶滅危惧II類(危急種)に指定されました。マツタケは生きた樹木の根に共生するため、未だ人工栽培に至っておらず、生息域外保全も難しい状況にあります。マツタケの生態を研究し、保全に活用するためには、ゲノム情報が基盤になります。マツタケのゲノムは、データベース上に4種類が登録されていますが、どれも不完全で、多くの断片に分かれており、染色体が何本あるかも不明だったことから、研究の現場ではその情報が充分に活かされていませんでした。マツタケのゲノム上には、MarY1と呼ばれる比較的大きい(~6,000塩基対)レトロトランスポゾン*5が多数存在しており、従来法ではDNA断片を染色体レベルにつなげることが困難でした。最近になって、ロングリード配列解析装置などゲノム解析技術の精度が上がってきたことから、今回新たにマツタケのゲノム解読に取り組むことにしました。
研究成果の概要
- マツタケがもつ13本の染色体のそれぞれの塩基配列(合計1.6億塩基対)とミトコンドリアの環状DNA(7.6万塩基対)を端から端までひとつづきで決定することに成功しました。
- マツタケは21,887個の遺伝子を持つこと、ゲノムの71.6%は転移因子などのリピート配列が占めることがわかりました。
将来の波及効果
- 本解析で使用したロングリード技術は、マツタケ以外の多くのキノコ類(菌類)においても染色体の塩基配列を端から端までひとつづきで決定するための新規ゲノム解析技術となることが期待されます。
- 解読されたゲノム情報をもとにマツタケの生態が解明され、保全につなげることが期待されます。
- 遺伝子の解析から、マツタケの大量生産や人工栽培につながる可能性があります。
発表雑誌
- 雑誌名
- DNA Research
- 論文タイトル
- Telomere-to-telomere genome assembly of matsutake (Tricholoma matsutake)
- 著者
- Hiroyuki Kurokochi, Naoyuki Tajima, Mitsuhiko P. Sato, Kazutoshi Yoshitake, Shuichi Asakawa, Sachiko Isobe, Kenta Shirasawa
- DOI番号
- https://doi.org/10.1093/dnares/dsad006
用語解説
注1 ゲノム
生物をその生物たらしめるのに必須な最小限の染色体のひとまとまり、またはDNA全体のこと。
注2 ロングリード配列解析装置
DNA配列を一度に長く解析するための装置。次世代型の配列解析装置では、約200 塩基の配列を数百万サンプル同時に解読するのに対し、ロングリード技術は、1 万塩基以上の長い配列を連続して読み取ることができる。そのため、繰り返し配列が多い、似た配列があるなど、複雑なゲノム構造をもつ生物の配列を解読するのに適している。
注3 染色体
細く長い DNA を保護し、細胞増殖時には効率良く複製と分配を行うための構造体のこと。ヒトでは、染色体は1つの細胞に23対46本ある。すべてのゲノムを解読することができれば、読み取り断片をつなぎ合わせてできる連続した配列(スキャフォールド)は染色体数と同じになる。
注4 リピート配列(反復配列)
ゲノム上で特定の塩基配列が繰返し出現することをいう。短いパターンが何度も繰り返されるものや、転移因子(トランスポゾン)など、様々なタイプがある。
注5 レトロトランスポゾン
「転移因子(トランスポゾン)」のうち、RNAに転写されたのちに逆転写されてゲノム上の位置を転移することのできるものを指す。レトロトランスポゾンは元の遺伝子を残しながらコピーが他の場所に入り込むため、ゲノム中に蓄積していく。
問い合わせ先
<研究に関すること>
かずさDNA研究所 植物ゲノム・遺伝学研究室
室長 白澤 健太(しらさわ けんた)
東京大学 大学院農学生命科学研究科(当時)
(現)独立行政法人 国立科学博物館 植物研究部
協力研究員 黒河内 寛之(くろこうち ひろゆき)
東京大学 大学院農学生命科学研究科 水圏生物科学専攻
教授 浅川 修一(あさかわ しゅういち)
<報道に関すること>
かずさDNA研究所 広報・研究推進グループ
東京大学農学部総務課広報情報担当