肉芽腫性疾患の異常遺伝子群を発見 〜ヒトゲノムに潜在する太古の内在性レトロウィルスが現代の遺伝子をハックするとき〜

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2025-02-07 国立精神・神経医療研究センター,大阪大学

国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター(NCNP)メディカル・ゲノムセンターの飯田有俊室長、船隈俊介研究員、西野一三部長らと大阪大学大学院医学系研究科遺伝統計学(兼 東京大学大学院医学系研究科遺伝情報学)の岡田随象教授らの共同研究グループは、NCNP筋リポジトリーを活用して全身の肉芽腫性疾患であるサルコイドーシスを解析し、「内在性レトロウィルスTHE1Bをエクソン1などとして、近傍遺伝子のエクソンにスプライシングした融合トランスクリプトを異常発現する遺伝子群」(以下、THE1B融合遺伝子群)を世界で初めて発見しました。さらにはTHE1B融合トランスクリプト群がサルコイドーシスのみならず、同様の肉芽腫性疾患である結核のマクロファージでも高発現していることを見出しました。
今回の成果は、これまで不明であったサルコイドーシスの発症がヒトゲノム中の太古のウイルスと関連していることを明らかにしたことです。今後、サルコイドーシスや結核などの肉芽腫性疾患の発症機構の理解、新たな治療法・診断法の開発につながるものと期待されます。

ポイント

  • レトロトランスポゾン融合遺伝子解析プログラム「COFFEE」を独自開発したこと。
  • 筋サルコイドーシスの解析で、19種類のTHE1B融合遺伝子群を発見したこと。
  • そのうち、15種類は世界中の主な公共ゲノム・遺伝子データベースに未登録であったこと。
  • 「トファシチニブで寛解した皮膚サルコイドーシス症例群のRNAシークエンスデータ」の解析で、8種類のTHE1B融合トランスクリプトの発現低下を認めたこと。
  • THE1B融合トラスクリプト群が筋サルコイドーシス、皮膚サルコイドーシスの肉芽腫関連マクロファージで発現していたこと。
  • 結核由来のRNAシークエンスデータにおいてTHE1B融合トラスクリプト群が肉芽腫周囲のマクロファージで発現していたこと。

などを見出しました。
本研究成果は日本時間2025年2月7日19時に、英国の総合科学オンラインジャーナル「ネイチャーコミニュケーションズ(Nature Communications)」に掲載されました。

研究の背景

サルコイドーシスは、国の指定難病のひとつで、肺、皮膚、眼、心臓、神経、筋などの様々な臓器に肉芽腫を形成する原因不明の炎症性疾患です。臨床症状は多彩で、自然寛解する人から慢性化、難治化する人まで個人差があると言われています。発症は、遺伝因子と環境因子の相互作用によるものと考えられていますが、現在のところ、根本的な治療法はなく、副腎皮質ステロイドホルモン薬で肉芽腫性炎症を抑える対症療法が行われています。
THE1Bエレメント(以下、THE1B)は、レトロトランスポゾンに属するDNA配列です。この配列は、約5,000万年前の霊長類に感染した太古のレトロウィルスの名残と言われています。ヒトゲノム中には、少なくとも27,233ヶ所にTHE1Bが見いだされていますが、主に反復配列構造を持つことから、他のレトロトランスポゾンと同様、長らくヒトゲノム中の「がらくたDNA、化石DNAなど」として軽視されてきました。

研究の概要

本研究グループは、筋サルコイドーシスの疾患関連遺伝子を同定する目的で、NCNP筋レポジトリー内の筋サルコイドーシス16例と他の筋疾患400例(対照)の凍結筋から抽出したRNAを対象として、レトロトランス・ゲノム解析を行いました。独自に開発した「COFFEE」解析プログラムを用い、27,233ヶ所のTHE1Bについて、近傍のエクソンと融合して異常発現するトランスクリプトを探索しました(図1)。筋サルコイドーシスでは19種類のTHE1B融合トランスクリプトが異常発現していることを世界で初めて同定しました(調整したP値<0.05、log2FC>2)。さらにその内15種類は、世界のいかなる公共遺伝子・ゲノムデータベースにも登録されていませんでした。
この結果を検証すべく、米国の公共データベース「GEO」に登録されていた「トファシチニブで治療した皮膚サルコイドーシス症例群由来のRNAシークエンスデータ(3例の完全寛解例、3例の部分寛解例、2例の対照)」を調べたところ、治療後に8種類のTHE1B融合トランスクリプトの発現が完全寛解症例では殆どゼロにまで低下することを見出しました(図2)。
さらに、筋サルコイドーシスのシングル核RNAシークエンスデータ、GEO登録の皮膚サルコイドーシスのシングルセルRNAシークエンスデータを用いて、THE1B融合トランスクリプトが肉芽腫を構成するマクロファージに発現していること、また、GEO登録の結核のシングルセルRNAシークエンスデータでもマクロファージに発現していることを見出しました。一方でサルコイドーシスと結核では、THE1B融合トランスクリプトの発現細胞種に差異があることも見出しました。
最後に、THE1B融合トランスクリプトと関連して肉芽腫形成に関わるTREM2遺伝子がマクロファージで共発現すること、またSIRPB1SIRPDの2遺伝子が融合したリードスルー・トランスクリプトもマクロファージで発現していることを同定しました。
肉芽腫性疾患の異常遺伝子群を発見 〜ヒトゲノムに潜在する太古の内在性レトロウィルスが現代の遺伝子をハックするとき〜
【図1】COFFEE解析プログラムを用いた、筋サルコイドーシスにおけるTHE1B融合トランスクリプトの単離
a.筋サルコイドーシスで認められる肉芽腫。
b.ヒトゲノムにおけるレトロトランスポゾンの内訳。
c. COFFEE解析プログラムの概念図。
d.筋サルコイドーシスで同定されたTHE1B融合遺伝子のゲノム上の位置。


図2
【図2】サルコイドーシスにおけるTHE1B融合遺伝子の遺伝子構造と発現解析
a.THE1B/CIR1遺伝子のゲノム(上段)とそのトランスクリプト(下段)の構造、THE1B/CIR1遺伝子は、CIR1遺伝子のイントロン7にあるTHE1BからCIR1遺伝子のエクソン8、9、10にスプライシングしていた。緑色の矢印は、遺伝子の転写方向を示す。
b.筋サルコイドーシスにおけるTHE1B/CIR1トランスクリプトの発現比較、対照は筋サルコイドーシス以外の筋疾患から抽出したRNA。
c.皮膚サルコイドーシスにおけるトファシチニブ治療群のRNAシークエンスデータを用いた解析。
d.筋サルコイドーシス由来のシングル核RNAシークエンスデータと結核由来のシングルセルRNAシークエンスデータを用いたTHE1B融合トランスクリプトの発現細胞種の同定。

今後の展望

今回の成果は、サルコイドーシスと結核における遺伝要因のひとつがTHE1B融合トランスクリプトの異常発現であることを初めて明らかにしたことです。今後、更に詳細な発症メカニズムの解明、さらには新たな治療法・診断法の開発につながるものと期待されます。

用語解説

1)NCNP筋レポジトリー
診断後の検体を患者の同意を得て保管し、研究利用している国立精神・神経医療研究センターの筋疾患検体バンク。世界最大級の規模を誇る。

2)トランスクリプト(転写産物)
ゲノム上の特定のDNA配列からRNAが合成されることを転写という。トランスクリプト(転写産物)とは、転写されたmRNA分子のこと。

3)レトロトランスポゾン
トランスポゾンは、ゲノム領域を自由に移動できるDNA配列であり、DNAトランスポゾンとレトロトランスポゾンに大別される。ヒトゲノム配列において、タンパク質をコードするDNA配列は全体の1.5%未満程度であり、残りの非コードDNA配列の約41%はレトロトランスポゾン由来の反復配列である。レトロトランスポゾンは、長鎖分散型核内反復配列(LINE)、短鎖分散型核内反復配列(SINE)、内在性レトロウィルス様配列(ERVL)に分類され、それぞれヒトゲノム配列の20%、13%、8%を占める。THE1Bは、ERVL-MaLRファミリーに属し、真猿類のゲノムだけに見出されるレトロトランスポゾンである。

4)レトロトランス・ゲノム解析
ヒトの全レトロトランスポゾンを解析するための手法。「ゲノムワイド・レトロトランスポゾン解析」と「レトロトランスクリプトームから全ゲノム解析への逆行ゲノミクス」の意味を持つ。具体的には、ショートリード/ロングリードRNAシークエンスとCOFFEEアルゴリズムを組み合わせた解析で、レトロトランスポゾン融合遺伝子を単離できる。

原著論文情報

・論文名:Retrotrans-genomics identifies aberrant THE1B endogenous retrovirus fusion transcripts in the pathogenesis of sarcoidosis
・著者:Shunsuke Funaguma, Aritoshi Iida, Yoshihiko Saito, Jantima Tanboon, Francia Victoria De Los Reyes, Kyuto Sonehara, Yu-ichi Goto, Yukinori Okada, Shinichiro Hayashi & Ichizo Nishino
・掲載誌: Nature Communications
・doi: 10.1038/s41467-025-56567-6
・https://www.nature.com/articles/s41467-025-56567-6

研究経費

本研究結果は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)難治性疾患実用化研究事業「マルチオミックスによる筋疾患病態の全容解明(22ek0109490h0003)」および国立精神・神経医療研究センター精神・神経疾患研究開発費の支援を受けて行われました。

参考リンク

メディカル・ゲノムセンター(MGC)
https://mgc.ncnp.go.jp/

お問い合わせ

【研究に関するお問い合わせ】
国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター
メディカル・ゲノムセンター ゲノム診療開発部 臨床ゲノム解析室
室長 飯田有俊

【報道に関するお問い合わせ】
国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター
総務部総務課 広報室

国立大学法人 大阪大学 大学院医学系研究科 広報室

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