光ファイバーを用いない「ファイバーレス神経活動操作」の開発とその応用による長期間のマウス行動制御の達成

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2019-01-23  名古屋大学,東北大学,科学技術振興機構

ポイント
  • これまで光遺伝学による行動実験を実施するためには、光ファイバーの脳への刺入と接続が必須であった。これに起因する種々の問題を解決するために、光ファイバーを用いないファイバーレス光遺伝学を開発した。
  • 近赤外光をアップコンバージョン反応によって可視光に高効率で変換するランタニドマイクロ粒子を用いた。ランタニドマイクロ粒子を脳内に注入し、生体外から近赤外光を照射することで、体内の深部組織にて可視光を発光させ、その光によって神経活動を操作して、実験動物の行動を制御することが可能であることを示した。
  • ランタニドマイクロ粒子の注入後、約8週間にわたって操作が可能であり、一度の注入で通常の行動実験が十分行えることも示した。

名古屋大学 環境医学研究所の山中 章弘 教授、山下 貴之 准教授らの研究グループは、科学技術振興機構(CREST、さきがけ、SICORP)の支援を受けて、東北大学大学院生命科学研究科の八尾 寛 名誉教授、東京工業大学との共同研究で、光ファイバーを実験動物に刺入せず、ファイバーレスにて神経活動を操作する技術を開発しました。この方法により、実験動物が実験中に痛みを伴わないことから、今後、より一層、神経回路機能の解明に応用されることが期待されます。
光を用いて特定の細胞の機能を高い時間・空間精度で操作する光遺伝学注1)においては、特定の波長の光を感知して神経活動を操作する分子を、標的神経細胞に発現させることが必要です。しかし、これらの分子はいずれも、生体透過性の低い可視光領域の光(400-600nm)を感知する性質のため、体内の深部組織への光送達には光ファイバーの実験動物個体への接続と刺入が不可欠でした。しかし、光ファイバーの接続と刺入をすることは、実験動物の組織の損傷、実験中の行動の制限など、実験結果の解釈に影響が出ていました。
そこで、光ファイバーの刺入と接続に起因する種々の問題を解決するため、本研究グループは、生体透過性が高い近赤外光を用いるファイバーレス光遺伝学を開発しました。近赤外光で神経活動を操作するために、近赤外光をアップコンバージョン反応注2)によって可視光に高効率で変換するランタニド注3)マイクロ粒子(LMP)を用いました。アップコンバージョン反応とは、長波長の光を短波長の光に変換する反応のことであり、レアメタル元素であるランタニド類元素を組み合わせることにより、近赤外光(976nm)を可視光(540nm)に変換できることが知られています。このランタニドマイクロ粒子を脳内に微量注入し、生体外から近赤外光を照射することで、体内の深部組織において可視光を発光させ、その光によって神経活動を操作し、実験動物個体の行動を制御することが可能であることを示しました。本研究では、ランタニドマイクロ粒子の注入後約8週間にわたって行動制御が可能であり、一度の注入で長期間の行動実験が十分行えることも示しました。
本研究成果は、米国の科学雑誌「Cell Reports」に掲載されます(日本時間2019年1月23日付けの電子版(掲載時間午前1時))。

光を用いて特定の細胞の機能を高い時間・空間精度で操作する光遺伝学は生体透過性の低い可視光を用いるために、体内の深部組織へ光送達するためには光ファイバーの実験動物個体への接続と刺入が不可欠でした。しかし、光ファイバーの接続と刺入によって、実験動物の組織の損傷と実験中の行動の制限は避けられないため、行動実験の種類が限定されるなど、その実験結果には組織損傷の影響も含まれていました。

本研究では、アップコンバージョン反応によって近赤外光を可視光(赤色、青色、緑色)に変換する、ランタニドマイクロ粒子(図1)を用いました。運動制御に関わる、線条体とよばれる脳領域の神経細胞に、緑色光で神経活動を活性化させるチャネルロドプシン変異体C1V1注4)を発現させ、緑色に発光するランタニド粒子を同領域に極微量注入しました。その後、マウスの体外約20cmから近赤外光を照射することで、脳内のランタニドマイクロ粒子から緑色光を発光させ、線条体の神経細胞の活動を活性化させることができました。その結果マウスの自発行動量が増加しました。また、緑色光で神経活動を抑制する分子であるAnion channel rhodopsin(ACR1)を線条体神経に発現させて、同様に神経活動の抑制を行ったところ、マウスの協調運動が抑制されました。これらの結果から、光ファイバーを刺入せずに神経活動操作が可能なことが明らかとなりました(図2)。ランタニドマイクロ粒子の注入から約8週間の間、行動制御が可能であったことから、長期間にわたり神経回路機能の研究が行えることも確認できました。

今後は、さらに、体内の深部の神経細胞の活動操作ができるように改良を行うことで、光遺伝学を用いた多くの実験において光ファイバー刺入の必要が無くなります。そうすることによって、マウスの適応可能な行動実験が増加し、神経回路機能の解明が加速することが期待されます。

図1 ランタニドマイクロ粒子(LMP)

図1 ランタニドマイクロ粒子(LMP)

 
図2 ランタニドマイクロ粒子によるアップコンバージョンを用いたファイバーレス光遺伝子の図解

図2 ランタニドマイクロ粒子によるアップコンバージョンを用いたファイバーレス光遺伝子の図解
注1)光遺伝学
特定の波長の光を用いて神経活動を高い時間空間精度で操作する実験技術。
注2)アップコンバージョン反応
エネルギー状態の低い長波長の光を、エネルギー状態の高い短波長の光に変換する反応。
注3)ランタニド
希土類元素、レアアースでありYbイットリビウム、Erエルビウム、Gdガドリニウムなどの元素が含まれる。
注4)チャネルロドプシン変異体C1V1
緑藻類クラミドモナスの眼点から単離され、青色光を感知してイオンチャネルを開口する光遺伝学に用いられる分子であるチャネルロドプシンの変異体であり、緑色光で活性化される。

タイトル:“Large Timescale Interrogation of Neuronal Function by Fiberless Optogenetics Using Lanthanide Micro-particles”
著者名:Toh Miyazaki, Srikanta Chowdhury, Takayuki Yamashita, Takanori Matsubara, Hiromu Yawo, Hideya Yuasa and Akihiro Yamanaka

山中 章弘(ヤマナカ アキヒロ)
名古屋大学 環境医学研究所 神経系分野2(神経性調節学) 教授

川口 哲(カワグチ テツ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部 ライフグループ

名古屋大学 医学部・医学系研究科 総務課 総務係
東北大学 大学院生命科学研究科 広報室
科学技術振興機構 広報課

生物化学工学
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