単独で普通の細胞を直に幹細胞に変えるステミン遺伝子の発見

ad

2019-07-09  基礎生物学研究所,名古屋大学,金沢大学

私たち人間をはじめ、動物も植物も、一つの細胞である受精卵が分裂し、増えた細胞がいろいろな性質を持ち特殊化する(分化する)ことで、体ができあがります。ところが、ひとたび分化した普通の細胞でも、受精卵のようにさまざまな種類の細胞を作り出すことができる幹細胞(注1)へと変化させることができます。ヒトを含む哺乳類では、分化した細胞に複数の遺伝子を働かせて、幹細胞(iPS細胞)(注2)に変化させることができるようになりました。一方で植物は、遺伝子操作をしなくても、挿し木や葉刺しによって容易に植物体全体を作り出すことができます。これは、分化した細胞から幹細胞が作られるためです。これまで、1遺伝子を働かせることで葉細胞から幹細胞を含む分裂組織を作り出すことは可能でしたが(注3)、葉細胞を幹細胞に直接変える遺伝子は見つかっていませんでした。

本研究はJST戦略的創造研究推進事業ERATO分化全能性進化プロジェクト(長谷部光泰 研究総括)において、樋口洋平 博士(現・東京大学 講師)、佐藤良勝グループリーダー(現名古屋大学 特任准教授)によって開始され、同プロジェクト終了後、基礎生物学研究所/総合研究大学院大学の石川雅樹 助教、森下美生 大学院生、長谷部光泰 教授、名古屋大学の佐藤良勝 特任准教授、金沢大学の西山智明 助教らを中心として研究が進展しました。

研究グループは、コケ植物ヒメツリガネゴケの再生能力について研究を行なっていたところ、たった一つの遺伝子を働かせるだけで植物体の中の葉細胞を幹細胞に直接変えることができることを発見しました。この遺伝子をステミン(STEM CELL INDUCING FACTOR、幹細胞[ステムセル]誘導因子: 略してSTEMIN)と名付けました。一つの遺伝子を人工的に操作するだけで生体内の無傷の分化した細胞を直接、幹細胞に変えることができたのは、全ての生物において初めてです(注3)。そして、通常は化学修飾によって厳重に働かないように管理されている幹細胞化遺伝子を、ステミンが化学修飾を減少させることで働かせていることを発見しました。
今後は、ステミン遺伝子の働きをより詳しく調べることで、植物の分化した細胞を幹細胞に変える仕組みの全貌解明につながることが期待されます。また、作物の効率的育種への可能性も秘めています。
本研究は、科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業ERATO、日本学術振興会 科学研究費助成事業などの支援のもと、基礎生物学研究所、総合研究大学院大学、名古屋大学、金沢大学などの共同研究チームによる成果です。本研究成果は、2019年7月8日付(日本時間9日公開)で国際学術誌“Nature Plants”(ネイチャー・プランツ)に掲載されます。
単独で普通の細胞を直に幹細胞に変えるステミン遺伝子の発見

【研究の背景】
幹細胞は、細胞分裂によって自分自身と同じ幹細胞と、自分自身とは異なり、より特殊化した細胞(分化細胞)になる細胞を作り出します。植物では、茎や根の先端に幹細胞があり、それらの幹細胞は自分自身を作り出すとともに、茎や葉、あるいは根に分化する細胞を作り出していきます。分化した細胞は、それぞれの細胞が持つ性質を保ち続けることで秩序だった体を維持することができます。
植物は、挿し木や葉刺しのように、いったん分化した細胞から容易に新しい植物体を作り出すことができます。これは、茎や葉を作っている分化細胞から、幹細胞が作り出されるためです。動物でもiPS細胞のように人工的に分化細胞から幹細胞を作り出すことが可能になりましたが、植物には、分化細胞を幹細胞に戻す能力がもともと備わっています。これまで多くの研究が行われ、無傷の植物体内で1遺伝子を働かせることで葉細胞から幹細胞を含む分裂組織を作り出すことは可能でしたが、葉細胞を直接、幹細胞に変える遺伝子は見つかっていませんでした。

【研究の成果】
ヒメツリガネゴケは、葉を切り離して水につけておくだけで、切断面に面した葉細胞が幹細胞である原糸体幹細胞へと変化します(図1)。研究グループは、コケ植物のヒメツリガネゴケの高い再生能力に着目し、ヒメツリガネゴケの全遺伝子32,926個の中から幹細胞化に関わる遺伝子を探索しました。そして、候補遺伝子を15個まで絞り込み、個別に機能を調べました。
fig1.jpg図1 ヒメツリガネゴケの茎葉体(左)と切断後3日目の葉(右)。切り口に面している葉細胞が原糸体幹細胞へ変化して原糸体が伸び出す。原糸体幹細胞は原糸体の先端に位置する。
その結果、たった一つの遺伝子を無傷の葉細胞に働かせるだけで、葉細胞を直接幹細胞へと変化させることができることを発見しました(図2)。研究グループは、この遺伝子をステミン(STEM CELL INDUCING FACTOR, 幹細胞[ステムセル]誘導因子: 略してSTEMIN)と名付けました。
fig2.jpg図2 通常のヒメツリガネゴケの茎葉体(左上図)とステミン遺伝子を働かせた3日目の茎葉体(右上図)。ステミン遺伝子を働かせると、葉細胞が直接、原糸体幹細胞に変化して伸び出す(下図)。
ステミンが働いている時期と場所を調べたところ、葉を切断した後、12時間から24時間で、切り口に面した細胞でステミンタンパク質の量が増え、それらの細胞が幹細胞化しました(図3)。さらに、ステミンとそれに似た二つの遺伝子の計三つの遺伝子を壊したところ、幹細胞への変化が遅れることが分かりました。これらのことから、ステミンは葉細胞が幹細胞に変化する時に働く遺伝子であることが分かりました。
fig3.jpg図3 ヒメツリガネゴケの葉を切断し、ステミンが存在する細胞を示した連続写真。葉を切断すると、12時間から24時間でステミンが蓄積し始める。緑色の蛍光を発している細胞が、ステミンが蓄積している細胞。
次に研究グループは、ステミンがどのようにして葉細胞を幹細胞へと変化させるのか、その仕組みに迫りました。
分化した細胞がそれぞれ異なる性質や機能を維持できるのは、それぞれの細胞特有の遺伝子だけを働かせる仕組みがあるからです。遺伝子の実体であるDNAは、ヒストン(注4)と呼ばれるタンパク質に巻きつき、染色体を作っています。ところがヒストンの特定の場所で特有の化学修飾が起こると(注5)、そのまわりの遺伝子が働かなくなります。この化学修飾によって分化した細胞では不必要な遺伝子の働きが抑えられています。
研究グループは、ステミン遺伝子からできるタンパク質が転写因子(注6)であることに着目して、ステミンによって直接調節される遺伝子について調べました。その結果、ステミンは1,416個の遺伝子を直接調節していることが分かりました。その中には、幹細胞の特徴である細胞分裂を促進する遺伝子などが含まれていました。そして、これらの遺伝子領域では、ヒストンに化学修飾が入っており、遺伝子の働き(転写)が抑えられていました。ところがステミンを働かせると、その修飾が顕著に減少し幹細胞化に必要な多くの遺伝子が働き出すことが分かりました(図4)。
以上のことをまとめると、葉細胞では、ヒストンの化学修飾によって幹細胞化に必要な遺伝子群が強く抑制されているので、葉細胞の性質を保つことができます(図5上)。葉が切断され、ステミンタンパク質が作られ始めると、特定のDNA配列にステミンが結合し、ヒストンの化学修飾が外れます(図5下)。その結果、これまで抑制されていた多数の遺伝子が働き始め、それらの遺伝子の働きにより葉細胞が幹細胞へと変化するという、分化した細胞から幹細胞へ変化させる仕組みが明らかになりました。
fig4.jpg図4 ステミンの働きによるDNAの化学修飾の変化。ステミン遺伝子からつくられたステミンタンパク質は特定のDNA領域に結合する性質を持つ。ステミンタンパク質が働くことにより、ステミン結合領域近傍の遺伝子の化学修飾(ヒストンH3K27me3)が減少する。赤の矢印は、ステミンが結合する位置。
fig5.jpg図5 ステミンによって葉細胞が幹細胞に変化する仕組みを説明したモデル。葉細胞では、幹細胞へ変化する時に働く多数の遺伝子が化学修飾によって厳密にオフの状態になっている(上)。ステミンを働かせると、ステミンがその遺伝子領域に結合し、化学修飾が外れて、幹細胞化の遺伝子が働く(下)。ステミンは化学修飾を減らす働きと、化学修飾が減った遺伝子を働かせる(転写する)2つの働きをしていると考えられる。
本研究から、幹細胞化に必要な遺伝子は、通常は、ヒストンの化学修飾によって厳格に働きが抑えられていることが分かりました。転写因子(注6)はもともと多くの遺伝子の働きを一括して調節できますが、ステミンは、ヒストンの化学修飾を取り除き、厳格に働きが抑えられた遺伝子を働かせられる点が新しい発見です。

【今後の展望】
本研究において、ステミンを無傷の植物体で働かせることで分化細胞をじかに幹細胞へと変化させることに成功しました。そして、ステミンは化学修飾で厳格に抑制されている幹細胞化遺伝子の化学修飾を取り除くことで、幹細胞化遺伝子を一括制御していることを明らかにしました。ステミン遺伝子は、イネやバラといった農作物や園芸植物などの植物にも存在しています。これらの植物におけるステミン遺伝子の機能はまだ不明ですが、コケ植物のように簡単に増やせるようになるかもしれません。一方で、ステミンがどのような仕組みでヒストンの化学修飾を減らすかについては未解明です。今後は、この点を明らかにすることで、植物の分化した細胞を幹細胞に変える仕組みの全貌解明につながることが期待されます。

【用語説明】
(注1)幹細胞
細胞が分裂して、自分と同じ細胞とさまざまな細胞に分化する能力を持つ特殊な細胞のこと。
(注2)iPS細胞(人工多能性幹細胞)
哺乳類の分化した細胞に、いくつかの遺伝子を導入することで作られる幹細胞。いろいろな細胞を生み出すことができるので多能性幹細胞と呼ばれる。
(注3)被子植物(花の咲く植物)において、葉細胞から幹細胞を含む分裂組織(メリステム)を誘導するKNOTTED1 (KN1)遺伝子(Sinha et al. 1993 Genes Dev. 7: 787-795など)、葉細胞から分裂組織に似たカルスを誘導するWIND1遺伝子(Iwase et al. 2011. Curr. Biol. 21: 508-514)、カルスからメリステムを誘導するESR1遺伝子(Banno et al. 2001 Plant Cell 13: 2609-2618)などが見つかっています。
(注4)ヒストン
核に存在するタンパク質で、H1、H2A、H2B、H3、H4の5種類が知られている。DNAはH2A、H2B、H3、H4の4種類からなるコアヒストンと呼ばれる複合体に巻きついている。
(注5)ヒストンの特定の場所が化学修飾される
ヒストンは、細胞内にあるさまざまな酵素によって化学修飾され、修飾される位置や化学修飾の種類によって異なる機能を持つことが知られている。その中でも、ヒストンH3の27番目のアミノ酸がトリメチル化という化学修飾を受けると(H3K27me3と略される)、DNAが折りたたまれた構造を取り、そこにある遺伝子が働かないように抑制される。
(注6)転写因子
DNA上の決まった配列を認識して結合し、遺伝子の働き具合(遺伝子のスイッチをオンにしたりオフにしたりする)を調節するタンパク質。遺伝子を社員に例えると、課長や部長に当たる遺伝子。

【発表雑誌】
雑誌名:Nature Plants(ネイチャー・プランツ)
掲載日:2019年7月8日 英国時間 16時(日本時間7月9日 午前0時)
論文タイトル:Physcomitrella STEMIN transcription factor induces stem cell formation with epigenetic reprogramming
著者:*Masaki Ishikawa, *Mio Morishita, Yohei Higuchi, Shunsuke Ichikawa, Takaaki Ishikawa, Tomoaki Nishiyama, Yukiko Kabeya, Yuji Hiwatashi, Tetsuya Kurata, Minoru Kubo, Shuji Shigenobu, Yosuke Tamada, Yoshikatsu Sato, and Mitsuyasu Hasebe(*共同筆頭著者)
DOI: 10.1038/s41477-019-0464-2 (https://www.nature.com/articles/s41477-019-0464-2)

【研究グループ】
本研究はJST戦略的創造研究推進事業ERATO分化全能性進化プロジェクト(長谷部光泰 研究総括)において、樋口洋平 博士(現・東京大学 講師)、佐藤良勝グループリーダー(現名古屋大学 特任准教授)によって開始され、同プロジェクト終了後、基礎生物学研究所/総合研究大学院大学の石川雅樹 助教、森下美生 大学院生、長谷部光泰 教授、名古屋大学の佐藤良勝 特任准教授、金沢大学の西山智明 助教らを中心として研究が進展しました。

【研究サポート】
本研究は、科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業ERATO、文部科学省 科学研究費助成事業 新学術領域研究「植物の生命力を支える多能性幹細胞の基盤原理」、科学研究費助成事業 基盤研究などの支援を受けて行われました。

【本研究に関するお問い合わせ先】
基礎生物学研究所 生物進化研究部門
総合研究大学院大学 生命科学研究科 基礎生物学専攻
助教 石川 雅樹(イシカワ マサキ)
教授 長谷部 光泰(ハセベ ミツヤス)
名古屋大学 トランスフォーマティブ生命分子研究所 / 大学院理学研究科
ライブイメージングセンター / 光生物学グループ
特任准教授 佐藤 良勝(サトウ ヨシカツ)
金沢大学 学際科学実験センター
助教 西山 智明(ニシヤマ トモアキ)

【報道担当】
基礎生物学研究所 広報室
名古屋大学総務部総務課広報室
金沢大学 総務部広報室

細胞遺伝子工学生物化学工学
ad
ad
Follow
ad
タイトルとURLをコピーしました